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第十話:ゲルグ! 何度も言わせるな! 優先順位を違えるな!

 俺達が上陸した場所は、死の大陸の最南端。サマエル霊殿はそこから、海岸沿いに西に歩いたところにあるらしい。


「フランチェスカ様、聞こえますか? エリナです。死の大陸に上陸しました」


『……ザザッ……エ……ナさま……きこ……てます……。じょ……きょ……はあくし……した……ザッ……れん……うぐんには…………きつけておくよ……じしま……ザーッ……しにすす……ださい』


 エリナが魔法を使ってフランチェスカと連絡を取る。フランチェスカの声はノイズだらけで聞き取れたもんじゃない。原因が何なのかはエリナもわからないらしい。


 だが、なんとなく言っていることは把握できた。


「連合軍には敵を引き付けておくよう指示する。そのまま西へ進め」と、そう言っていたのだろう。


 エリナが俺達を見回す。


「行くわよ。西へ」


 アスナが小さく頷いた。


「ん」


 最後の精霊。悪意の精霊(サマエル)と契約するために。俺達は西へ歩を進める。






 死の大陸は、「大陸」と呼ばれちゃいるが、実際は言うほど広くはない。せいぜい大きめの島ってぐらいだ。忘却の島より少し大きめ程度か。


 サマエル霊殿まで歩いて二時間とちょっと。


 テラガルドの最北だけあって、ぴゅうぴゅうと風が吹き、クソ寒い。予めぶ厚めの防寒着を着てきたのは正解だったようだ。


「しかしよ。なんで雪が降ってねぇんだ?」


 ふと思いついた疑問を知ってそうな奴――エリナかミリアかババァあたりが答えてくれるだろう――にぶつけてみる。


 ババァがいの一番にその疑問に返答してくれた。


「普段は分厚い雪に覆われている。魔王の力によって気温が上がっているのだろう。魔物も魔族も、程度の差はあれど、他の生物達と大きく違いは無い。寒すぎる場所や暑すぎる場所では、工夫なしに生きていける者など少ない」


「ってことは、つまり」


「そうだ。この島全体を温暖化させる程度には、魔王の力は強大だ、ということとなる。もうしばらく時を経れば、エウロパ大陸ぐらいの気温になるだろうな」


 末恐ろしい。そんな化け物を最終的にはぶっ殺さねぇといけねぇって、そういうことなのか。思わず少し身震いをする。


「ゲルグ、アンタ怖いの?」


 茶化すようにエリナがニヤニヤしながら言う。だがそんな軽口に、軽口で返せるほど、お気楽には考えていない。


「……怖かねぇ、と言いたいところだがな。そうも言ってられねぇらしい」


 俺の神妙そうな言葉を聞いて、エリナの笑顔が引っ込む。


「調子狂うわね。でも、うん、そうよね。正直アタシも怖い。ってか怖くない人間なんてこの中にいない」


「そうよね」とエリナが皆を見回す。ババァ以外の全員が首を小さく縦に振った。


「ん。魔王、凄く強かった。今はもっと強くなってるはず。ちょっと怖い」


 アスナが珍しく、自分から「怖い」とか言い出した。いつもなら「だいじょぶ」とか繰り返すもんなんだがな。まぁ、こいつが「だいじょぶ」しか言わなくなった時は動揺してるってことだ。分かりやすい。


 しかし、魔王、か。


「……アリスタードで見た時は、『こんなん人間が相手にできるわけねぇだろ』て思ったな……」


 ボソリと呟いた言葉に、ババァとアスナ以外の全員の表情が凍りついた。いや、すまん。思わず心のなかで謝る。


「考えても仕方があるまい。まずはサマエル霊殿だ。ゆくぞ」


 ババァの言葉に、凍りついた雰囲気が和らぐ。助かった。心中で胸を撫で下ろす。


 いかんいかん。俺がこいつらの士気を積極的に下げにいってどうすんだよ。確かに俺ぁこいつらに比べりゃ脆弱な一般人だ。だが、年長者のやることじゃねぇだろ。俺も多分に不安になっているらしい。


「おい、ババァ」


「なんだ、ゲルグよ」


悪意の精霊(サマエル)の試練ってのは、どんなんなんだ?」


「ん? 悪意の精霊(サマエル)か。そうだな。強い精神力が必要になる。そんな試練だ」


「強い精神力?」


「あぁ。この世界に存在するありとあらゆる悪意をぶつけられ、それに耐える。そのような試練だ。だが……」


 ババァがアスナを見た。


「今のアスナ・グレンバッハーグであれば問題にはなるまい。余も、ここまで成長するとは思わなかった」


 褒められたアスナが少しだけ照れたような顔をした。


「純粋で、愚直で、真っ直ぐなところは変わらず、ぶつかっても砕けないしなやかさを身に着けた。そして、自分を『勇者』という枠にはめることも辞めた」


「勇者」という枠にはめることを辞めた? いや、なんとなくは分かるけどよ。ってか今まではめてたのか。んな枠に。


「そうなのか?」


「……自分でもよくわからない。でも……」


 アスナが少しはにかんだ。


「自分の手が届く範囲、届かない範囲。届かせたいもの、届かせたいけどそこまで重要じゃないもの。それはなんとなくわかるようになった、かな?」


「そうだ。それが普通の人間なのだ。『勇者』という人種は、えてして全てを自分一人で救いたがる。余が随伴した先代もそうだった」


「そう、そういえば聞いてなかった。ジョーマさん。『魔王と戦うのは二度目』って、そういうことなの?」


 あぁ、そういや、この話って俺だけしか聞いてなかったな。他の連中には話してなかった。


「うむ。先代の勇者と一緒に世界中を旅し、そして魔王を打倒するのに一役買ったのだ。余は凄い魔女なのだぞ」


 ふふん、と誇らしげに笑うババァ。いや、凄いのは認めるし、誰しもがそれを理解してるから、わざわざそんな誇らしげにならなくても良いんじゃねぇのか? とは思う。


「先代の、勇者さんは?」


「死んださ。魔王を倒した時の傷が元でな」


「……ごめんなさい」


「謝る必要はない。遠い昔の話だ。あやつも、そなたと似た目をしていた。『何もかもを自分が守らなければならない』、『全てを自分一人で救って見せる』。そんな気概に満ちた瞳だ。だが、アスナ・グレンバッハーグよ。今のそなたは違う。先代よりも高みに昇ったのだ」


「……そう、なのかな?」


「誇るが良い。そなたは、『勇者』であって、『勇者』ではない。ただの身の程をわきまえた、少しばかり強いだけの人間だ。仲間たちがそれに気づかせてくれたのだろう?」


 ババァの言葉に、アスナが少し考え込む。数秒くらいして、ゆっくりと口を開いた。


「最初はゲルグだった。自分が勇者に選ばれてから、私を子供扱いする人ってあんまりいなかった。エリナとキース、ミリアは色々と心配してくれてたけど。でも、『ガキ』とか『小娘』とか、沢山言われた気がする」


 あぁ、言ってたな。なんなら今でも言ってるな。


「それを聞く度に、自分がまだ『子供』なんだって、ただの子供なんだって、そう思った」


 それからアスナがミリアを見る。


「次にミリア、だったかな? 夜に一緒に沢山お話したの、覚えてる。下らない話。でも『女の子』って感じの話。ミリアの話を聞いて、それで私も色々聞かれて。『あぁ、私も女の子なんだな』って思った」


 それは知らねぇ。だが、女同士の話だったんだろう。巻き込まれると怪我じゃすまねぇから、そこに俺がいなかったってのは、幸運だったんだろう。


「キースは、ゲルグが一回いなくなっちゃった時、私に『勇者とか、どうでも良い、関係ない、自分のしたいようにしろ』って言ってくれた。『したいようにして良いんだ』って思った」


 キースがそれを聞いて、恥ずかしそうに鼻をこすった。


「そして、エリナ。エリナは最初から私の親友。だからきっと、ずっと、私を一人の友達として見てくれてたんだと思う。でも最近まで気づかなかった。ずっと『アスナはアスナだから』って言い続けてくれてたのに。ごめんね、エリナ」


「なに言ってんのよ」


 エリナ、お前嬉しそうに笑ってる場合じゃねえぞ。アスナの口から明確に「エリナは親友」って発言が出たんだからな? わかってるか。あ、だめだ、多分分かってねぇ。


「私は私。この一年ぐらいで、皆が教えてくれた」


「そうだな。そなたの顔を見ればよく分かる。そして、その仲間たちも、そなたを勇者ではなく一人の人間として見るようになった。意識的にも無意識的も、だ。ルマリアで、迷いの森で修練していた時とは別のパーティーだ」


 ババァが俺達を見回す。


「流石は余の愛い子供らだ。余は誇りに思っている。そなたらになら、次代のテラガルドを任せてもよい。そう思える程度には、な」


 ちょっと待て。ババァ。


「てめぇ、ここまで俺達と関わって置いて、今更『後はそなたらに任せた』とか言えると思ってんのか? 何もかも終わってから、確りこき使ってやるから覚悟することだな」


「はーっはっはっは。余にそのようなことを言うのは、そなただけだ。ゲルグよ。そなたは実に面白い」


「面白かねぇよ。立ってるやつは親でも使えってな」


 軽口を叩く。嫌な予感がした。その予感がなんなのかはわからねぇ。だが、とんでもなく嫌な予感であることは間違いない。


 そう、このお人好しババァには、全部終わってからエリナにこき使われる俺を補助するっていう大事な役目があんだ。エリナだってババァがいりゃ心強いだろ。魔法の師匠みたいなもんだしな。


 そうだよ。そうならないとおかしいんだ。


 そんなふうに話しながら歩いていると、草木の一本も生えていない不毛の大地に、でっかくそびえ立つ建物が見えてきた。サマエル霊殿だ。


「見えてきたな」


 ババァが呟く。


「ん。頑張る」


 アスナがババァのその言葉に返答し、ぐっと握りこぶしを握った。


「改めていう。気楽にいけ。そなたであれば余程のことがない限り悪意の精霊(サマエル)の試練に合格することができよう。……多分」


 おい、小さく「多分」とか言うんじゃねぇよ。不安になるだろ。俺以外には……聞こえてねぇらしい。良かったな、ババァ。


「ありがとう、ジョーマさん」


 アスナが笑った。そしてその後で、少しだけ不思議な顔をした。


「でも、不思議。私達がこの大陸に乗り込んだことなんて、魔王ならとっくに分かってるはず。魔物は沢山皆が倒してくれたけど、魔族はいなかった。魔族の大群を差し向けてきてもおかしくないのに……」


 そういや、言ってたな。「ここからは魔族が出る」とかなんとか。


 でも、そういうの言うのやめろ。そういうことを言うと決まって、何かしら起こるんだよ。


 ほらほらほらほーら。嫌な気配が高速で近づいてきやがった。隠す気もねぇ。隠す意味もねぇんだろう。


「来るぞっ! 多分敵だ!」


 叫ぶ。


 俺の声に合わせて、全員が全員、臨戦態勢を取る。


 しかし、その構えが長く続くことは無かった。


 皆が皆――正確にはババァは動揺はしていなかった――その規格外の存在の登場に戦慄していた。


「魔族は私の愛すべき臣民だ。前回であればともかく、そなたらに殺させるために差し向けるわけがないだろう」


 魔王。


 本人が来やがった。


「久しいな、勇者よ」


「魔王……っ!」


 呆然としていたアスナが気を取り直して、剣を構える。


「まぁ待て。今は貴様と争う気はない。我々が再び戦うのは、あの時と同じ、私の城、その謁見室で、と決めている」


 そして、魔王がゆっくりとババァを見る。


「私はただ懐かしい気配を感じて挨拶に来たのだ。久しいな、ジョーマ」


 は? ババァと魔王が知り合い? んなはずねぇだろうが。ババァが魔王やらなんやらと関わってたのは先代の話だ。


 先代の魔王は倒したって。


「……確信はしたくなかった。だが、やはりそなたであったか。ユリウス」


「何十年ぶりだ? 老けたな、ジョーマ」


「余のピチピチのボディを目にして、老けたなどと。目が腐っているのか?」


「見た目の話ではない。魂の話だ。随分とすり減っている。老婆の汚らしい悪臭がここまで臭ってくるぞ」


 魔王、ユリウスの言葉に、ババァが鼻を鳴らす。


「流石に鼻が利くな。そなたも、魔族の身体を手に入れて、随分と快適そうではないか」


「それほどでもない。意外と窮屈だぞ。この身体も」


 ちょっと待てって。


「おい、ババァ! 説明しろ!」


「……ユリウス・アレクサンドロ、という名前に聞き覚えは無いか?」


 いや、ねぇよ。そんな言葉を吐き捨てる前に、エリナが震えた声を上げる。


「先代の……ゆ、うしゃ?」


 だから、何回俺に「待て」って思わせりゃ気が済むんだ。ババァは先代の勇者と一緒に魔王を倒して? 先代の勇者の名前は「ユリウス・アレクサンドロ」で? そんで、その先代勇者は死んで? んで今目の前にいる魔王が元勇者?


「意味がわからねぇっ。もっと詳しく説明しやがれ」


 ババァを睨みつける。


「ジョーマから話すのは酷だろう。私からことの顛末を話そうか」


 魔王が冷たい目で俺達を見ながらそう言う。


「私は、ユリウス。アレクサンドロという家名は一度死に、再び生まれ、人間を辞めた時に捨てた。ただのユリウスだ」


「いや、名前とかどうでも良いっつーの」


「そう結論を急くな。私は先代の魔王とほぼ相打ちになった。魔王は死に、そして私もその傷が元で死んだ。悔いはなかった。責務を全うできたからな」


 責務ってのは、勇者としての責務、なのだろうか。


「私の魂は上位領域へ招かれ、そして勇者としての役割を終え、次なる生の準備をする、そうなるはずだった」


「それで?」


「上位領域で、この世界の歪な真実を識った。思ったさ。『嗚呼、私が命を賭して守ったのは、このような醜く下らない世界に過ぎなかったのか』と」


「そりゃ、ゲティアとメティアの代理戦争がどうたらこうたらって話か?」


「それは誰から聞いた?」


「ババァからだよ」


 魔王がため息を吐く。


「ジョーマよ。貴様は真実を識っているはずだ。少なくとも今この時点では全て識っている。そう貴様から漂う臭いが告げている」


 は? 勇者と魔王の戦いはメティアとゲティアの代理戦争で、ってそういう話じゃねぇのか? ババァを見る。


「……ユリウスよ」


 笑う。ババァが笑う。壮絶に。


「少しばかり黙らぬか」


 魔力(マナ)がうねる。ババァからその奔流が、物理的な現象になるほど。凄まじい量だ。


「話していないのか。つくづく甘い女だ。まぁ良い」


 魔王がババァの怒気などそっちのけで、アスナを見た。


悪意の精霊(サマエル)と契約するのであろう? 早く行け。邪魔はせぬ。私はこの老いぼれと少しばかり思い出話に花を咲かせる」


 魔王からも、何かしらの力が溢れ出す。どす黒い、邪悪なそれが、魔王の周囲を覆うように顕現する。


 ってかお前ら。


「俺達を置いてけぼりにして、話をすすめてんじゃねぇ! どういうことか説明――」


「ゲルグ! 心苦しいが、今はジョーマ様に任せるのだ! 我々の今の目的は悪意の精霊(サマエル)とアスナ様の契約だ! 優先順位を間違えるな!」


 キースに羽交い締めにされ、そのまま持ち上げられる。


「姫様! ミリア! アスナ様! 行きます!」


「キース! ナイスよ! ジョーマ様! 申し訳ございません! ここはおまかせします! ご無事で!」


 エリナが、ミリアが、アスナがキースに抱えられた俺の後に続いて霊殿に走り出す。


「……もがっ! 離せ! ババァッ! ババァ!」


「ゲルグ! 何度も言わせるな! 優先順位を違えるな!」


「でもっ!」


 本当に、嫌な予感がするんだ。


 どんどんと小さくなっていくババァを見遣る。


 ババァが少し悲しげに笑いながら、口を動かした。


 その口は、こう言っていた。


「ゲルグよ。そなたと出会ってからの数年間。悪くはなかった」、と。

いきなり本丸の登場です。

ジョーマ様が食い止めてくれるようですが……。


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[一言] 魔王とジョーマ、帰ってきたらのんびりお茶飲んでたりしてw
[一言] いやな予感しかない
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