第十五話:てめぇらみてぇなゲロくせぇ奴は産まれて初めてお目にかかるよ
魔王を討伐した勇者サマ御一行なら、この程度の相手問題なく殺し尽くせるはずだ。だが、それでも力量としては遥かに劣る目の前の化け物を殺すのに躊躇を隠しきれていない。
アスナの剣筋が鈍い。キースはいつもどおりではあるが、それでも「けったくそ悪い」、そう言わんばかりの顔をしている。エリナは押さえきれない怒りに顔を盛大にしかめていたし、ミリアは今にも吐き出しそうな表情でうずくまっている。
そうでもって、数の暴力が半端じゃない。いつの間にか俺達がいた通路は前も後ろも改造された人間がひしめき合う、そんな状態になっていた。
俺はミリアの背中をさすりながらも、どうにかこの状況を突破する手立てを考える。
考えろ。考えろ。アスナ達は戦いたくないにもかかわらず、必死に戦っている。だが駄目だ。職業軍人だったキースはともかく、他の二人――ミリアはもう戦力外と言ってもいいだろう――はそれ相応に攻撃に躊躇が感じられる。アスナは勿論だ。だが、エリナも気丈に振る舞ってはいはするものの、いつもの勢いが感じ取れない。
このままじゃ押し負ける。どうすればいい。考えろ。
「たす……け……たすけてぇ……」
「ころ……ころころころ……」
改造人間どもは、悲しげな呪詛の言葉を撒き散らしながらも、理性をなんらかの方法で奪われ、身体が俺達を害する、そんな方向に無理やり動かされているようだ。あぁ実にクソッタレな状況だよ。奴らが悲しげな声を出す度に、ビクリとアスナの身体が止まる。奴らはそんな小さな隙を見逃さない。アスナの身体に少なくない傷が出来ていく。もともと動きやすさを重視した急所のみを守るような構造の鎧だ。それ意外の部分は無防備。急所じゃないにしても、四肢の末端やらがどんどんと傷付き血が滲んでいく。
唯一動けるキースは、もはや遠くの方に押し流されてしまったようだ。一所懸命奮闘しているようだが、次から次へ湧いて出てくるこいつらに舌を巻いているのがありありとわかる。
当然ながら、俺の周りにも奴らが集まっている。一匹一匹の攻撃はそんなに強くねぇ。だが、数の暴力ってぇのは厄介なことこの上ない。いて、痛ぇって。だが、青ざめた顔でうずくまるミリアを放って逃げ出すわけにもいかない。というか、逃げ出すにしてもどう逃げ出せば良いのかもはやとんと見当もつかない。
考えろ。どうすれば良い? 数が多すぎるのが問題だ。せめて半分にでもなってくれれば……。半分? こいつらを半分ほど殺せるぐらいの威力? そうか、そうだ。
「お前ら! 爆薬を使う! 最後の一個だ! この通路の床に発破かける! できる限り遠くへ逃げるか、伏せろ!」
爆弾はもう一つだけ持っていた。ほら、一個だけじゃ心もとないだろ? ちゃんと予備は用意しておくのが人生うまく生きていくコツだ。アスナが、キースが、エリナがこちらをちらりと見遣って、心得たという瞳をしたことを確認する。
俺はカバンから爆弾を取り出して、できる限り仲間達から距離のある場所に放り投げた。
「伏せろ!」
爆音、轟音。ここが狭い通路だからか、音が反響しやがる。この洞窟に入る時よりも強烈な衝撃が身体を震わせる。耳鳴りがやまねぇ。
煙が少しずつ晴れる。舌打ちを一つ。
結構な強度の素材を使っているようで、爆発は付近に居た化け物五十匹程度をぶち殺せはしたが、床をぶち抜くまではいかなかったようだ。罅が入ってはいるが、それだけだ。クソッタレが。
でも、罅は入ってる。もうちょい、もう少しばかりだ。もう少しばかり力を与えてやりゃ簡単に崩れそうな気もする。その僅かな可能性に賭けるか? いや。どうする? んにゃ、考える暇はねぇ。
「キース! お前の馬鹿力で、なんとかできねぇか!?」
「っ!? ちょっと待て!」
キースが化け物共を切り刻みながら、爆発の中心部分にゆっくりと近寄る。爆弾で敵の数が減ったとは言え、それでも数は圧倒的だ。
アスナをちらりと見遣る。あいつ、まだ躊躇してやがる。人間を殺さない。立派だ。立派な心がけだ。だがな、こいつらはもう、人間をやめてる。殺してやるのが最大の供養だ。
「アスナ! 躊躇するな!」
「でも!」
「いいから! お前が死ぬ!」
「でも!!!」
「もうこいつらは人間には戻れない! 楽にしてやれ!」
俺の言葉にアスナの瞳が小さく光った気がした。アスナが悲痛な叫び声を上げる。
「あ、あああああ!」
斬る。斬る。斬る。縦に、斜めに、横に。勇者として磨き上げた力が、中途半端ではあるが覚悟を決めた力が、奴らをいともあっさりと屠っていく。本意ではないのだろう。あいつの悲痛な叫び声がその証拠だ。
「エリナ!」
「分かってる! 戦の精霊、ヴァルキュリアに乞い願わん。かの者に森羅万象を打倒する大いなる力を与えたもれ! 筋力向上!」
エリナの詠唱が完成し、キースの身体が淡く光る。あるとは予想してたが、やっぱりあるんだな。能力向上魔法。
それと同時に、キースが爆心地にようやっとたどり着いた。低い唸り声を上げて、その拳を思っくそ地面に突き刺した。
罅が、乾いた音を立てて広がっていく。ぴしぴし、ぴしぴし、と。
それはすぐに俺の足元まで広がり、そしてやがて大きな低い音を立てて床が崩落を始めた。
「飛び込め!」
俺はミリアを抱えて、キースがぶち開けた穴に、その崩落した床の石材と一緒になって飛び込む。キースはまっさきに床もろとも落ちていったようだ。
「アスナ! エリナ! お前らもだ!」
「分かってるわよ! アスナ!」
エリナが魔法で化け物を爆散させながら、アスナの元へ走り寄っていくのが視界の端に映った。
「ミリア! 舌噛むなよ!」
「……は、はい……」
俺達は、暗闇の中へ落ちていく。
目を覚ます。どれぐらい気を失ってた? 俺は自身の身体を検める。大きな外傷はねぇ。生きてる。
そうだ、ミリアは? あ、いた。……隣でぐーすか寝てやがった。こいつ、意外と大物かもしれねぇな。
アスナは? エリナは? キースは? 俺は周囲を見回す。どうやら、俺達が落ちた場所はもともとは随分と開けた場所だったようだ。上の階の床が抜けて、瓦礫だらけになっちゃいるがな。
あいつら、瓦礫に潰されてねぇよな?
「アスナ! いるか!? エリナ! キース!」
「ん……ゲル…グ?」
後ろから声が聞こえた。アスナだ。急いで立ち上がって踵を返す。エリナと折り重なるようにして倒れていた。瓦礫に潰されてるわけではなかったようで一安心する。
「アスナ、起きろ」
「ん」
アスナが頭を押さえながらゆっくりと起き上がる。目をパチクリさせて、今の状況を把握しようとしているようだ。数秒ほどぼうっとした後、自分の置かれている状況を思い出したのか、はっとしたように、立ち上がる。
「あ、あの人達は!」
「大半は瓦礫に埋もれて死んでるだろうよ。上にいる連中も自殺同然に落ちてくるわけでもなさそうだな。最低限自分の生命を守るってとこは変わらねぇみてぇだ」
つまり助かった、ってことだ。エリナを起こさにゃな。
「おい、性格ブサイク。起きろ」
「……誰が、性格ブサイクよ……」
「起きてんじゃねぇか、さっさと立ち上がれよ」
「うるさいわね。アスナを見てたのよ。文句ある?」
文句なんてあるに決まってるじゃねぇか。ぶん殴るぞ。そんなことは言葉に出さずに、小さくため息を吐く。エリナがゆっくりと起き上がって、ぱんぱんと身体についた砂やら土やらを払った。
「で、キースは?」
「あ、そういやいねぇな。おーい」
その声に呼応するように、俺の真下から、どかっと音を立てて腕が生えてきた。うわっ。何かと思った。
「た、助けてくれー」
聞き覚えのある情けない声が聞こえる。案の定埋もれてやがった。ってか、このクソ重そうな瓦礫に埋もれて死なねぇのか。なんつー頑丈さだ。
手を引っ張ってやる。くっそ重いが、引っ張り上げられない程ではない。瓦礫を押しのけて、キースが這い出てきた。傷一つ負っちゃいねぇ。っとに頑丈だな。マジで。
「死ぬかと思った……」
「いや、普通死ぬだろ」
俺だったら死んでる。流石元騎士。いや、元騎士でも死んでるだろ。パないな。
「ミリア、起きろ」
ミリアの肩を揺する。
「……う……ん……ゲルグ……」
うん、起きがけの美人ってのは色っぺーもんだ。だが、その視線を見咎めたやつが居た。エリナだ。目つきが性犯罪者を見る目になっている。やめろ、そんな目でみるな。んでもって次に言いそうなこともだいたい予想できる。やめろ、言うな。
「目つきがいやらしいんだけど。端的に言って童貞臭い」
言うなよ……。
「……ど、童貞じゃねぇよ」
どもった。どもってしまった。
「あー、やだやだ。ヤラハタは死ぬまで童貞なのよ? 残念だったわね」
黙れよ。ヤラハタは死ぬまで童貞とか、誰が言い出したんだよ。言い出したやつは死ね。
「……ゲルグ……。えっと、あの、助けていただいてありがとうございます」
ようやく意識を取り戻したらしいミリアが、よいしょと立ち上がる。礼を言われる謂れはねぇが、美人に感謝されるのは悪い気はしねぇ。
「ミリア。感謝なんていらないわよ。こいつ、童貞だから」
「あのな、童貞関係ねぇだろ。……感謝が必要ねぇのはその通りだけどよ」
兎にも角にも、全員無事、ってそういうわけだ。ミリアが範囲治癒で、全員の傷を回復する。誰ともなく、ふーっ、と一息つく。
だが、一息ついてない奴が一人だけいた。
「なんで……」
アスナだ。
「なんで、あんな酷いこと……。魔物じゃない。人間。私、人を殺して……」
「考えんな。あいつらはもう人間じゃねぇ。お前は人間を殺しちゃいねぇ」
「でも……」
「いいか? あいつらは、人間、じゃねぇ」
「……ん」
納得してねぇ顔だ。そりゃ納得できねぇだろう。俺だって納得いっちゃいねぇ。だが一番納得いってねぇのは、こいつだろうな。エリナだ。
「……あのクソオヤジ……。……なんでこんな……」
さっきまでの元気はどこへやら、一人でぶつぶつ呟いている。そりゃそうだろう。自分の国がこんな馬鹿げたもんに手を染めてんだからな。
ついでに言や、ミリアはまだ顔を青ざめさせているし、キースは何やら神妙な顔をしている。
あー、やめだやめ。こんな空気、湿っぽくていけねぇ。
「ここ! どこだ! 誰か! 俺に! 教えろ!」
とにかく大声を出す。こういう時は、空気を読まずに大声を出すって相場が決まってる。いや、決まってねぇかもしれねぇ。
「……ここは、転移の魔法陣の手前の部屋」
アスナがどんよりした表情はそのままで教えてくれた。つまるとこ、あれだ。あとは魔法陣に乗って、エウロパ大陸に転移して、それでこの大陸とはおさらば、ってそういうことだな。
「良し、そうと決まりゃ行く、ぞ?」
俺は四人の思考を兎に角逸らそうと、奮起の声を上げようとした。だが、それはまばらな拍手の音で尻切れトンボになった。
俺のセンサーに反応が無かった。警戒を怠っていた訳じゃない。何者だ? 気配を消して近寄ってくるなんて、俺みたいな悪党ぐらいだぞ。
「流石は魔王討伐を果たした勇者御一行だ。改造人間の群れも役には立たなかったようだな」
「ま、アレは失敗作の集まりだからね。力不足もいいところだよ」
いけすかねぇ野郎が二人。拍手をしながらこちらに近づいてくる。誰だよ、こいつら。
「ガウォール様! ミハイル様!」
どうやらキースの顔見知りらしい。ってこたぁ、アリスタード王国の何がしか、ってとこか。エリナも驚いたような顔をしている。
「まさか、アンタ達があのクソオヤジとグルだったとはね」
「姫様。国王陛下は、姫様も国際手配すると仰られています。今戻れば私が進言します。一緒に戻りましょう」
エリナが、べーっと舌を出す。一国の王女とは思えないひでぇ顔しやがる。品位を大切にしろよ。俺が言えた義理じゃねぇが。
「ガウォール。良いって。儀礼上必要なのはわかるけどさぁ」
ふむふむ。あっちの、のっぽないけ好かないイケメンがガウォールとか言うやつで、隣のチビガキがミハイルとか言う奴なんだな。
「キース。あいつらは何者だ?」
「……アリスタード王国騎士団長のガウォール様と、主席宮廷魔道士のミハイル様だ」
ふーん。ほー。どっちにしろ、勇者サマ御一行の敵じゃねぇのは確かだ。死なねぇ程度に痛めつけりゃ良いだろ。アスナから、エリナから、ミリア、キースから感じられる圧倒的な威圧感が、あの二人からは感じられない。力量的にこっちが勝ってるのは明白だ。
「君がゲルグか。国王陛下が甚くご立腹だったよ」
「うるせぇよ。イケメンが。澄ました顔してんじゃねぇ。ムカつくんだよ。てめぇらが、こいつらに勝てると思ってんのか?」
まるで虎の威を借る狐のような言い方だが、それぐらいしか俺にできることはない。だが、その言葉を聞いて、チビが狂ったように笑い出した。
「あっはははははは! 勝てると思ってるって!? 馬鹿だなぁ。最初から勝つ気なんてないよ」
「はぁ?」
チビガキが笑い転げる。なんっつーか、はっきり言って気持ち悪い。キモいじゃなくて気持ち悪い。端的に言って気味が悪い。
「おい、ガキ。どういうこっちゃ。説明しやがれ」
「僕たちはね。兎に角君たちに嫌がらせをするためだけにここに来たんだよ」
嫌がらせだぁ? そのためだけに来た? っと意味がわかんねぇ。目的もわかんねぇ。だからこそ薄気味悪い。
「……この小悪党ゲルグ様に嫌がらせしようなんざ、馬鹿げた野郎どもだ。嫌がらせに関しちゃ俺の右に出るものは居ねぇよ」
「その減らず口が、何時まで続くのかなぁ」
ニヤニヤと心底愉快そうにやらしく唇を歪めながらミハエルとやらが嗤う。舐めた野郎どもだ。そんな舐めた野郎どもに怒り心頭なのは俺だけじゃない。そりゃそうだろう。勇者なんて有り様を否定するようなことを強いられて黙っていられねぇ人間がここには一人ばかしいる。
「……あの人達……」
「ん?」
イケメンもチビガキもどでかい地雷をとうに踏み抜いていることにまだ気づいて居ねぇらしい。
「あの人達は……貴方達がああしたの?」
アスナの怒気を孕んですらいる、小さな声に、チビガキが嗤う。
「僕が改造したんだよ。大丈夫、皆死刑囚だよ……。――なんてお花畑みたいなこと言うと思った? 適当に攫わせてきた身寄りの無い一般人さ」
「……お前ら、正気か? 俺もお天道様にゃ顔向けできねぇ人生を送ってきた自信はあるが、てめぇらみてぇなゲロくせぇ奴は産まれて初めてお目にかかるよ」
あぁ、腐ってる。この国はお終いだ。王都から、この大陸から、なし崩し的に脱出することになって、多少は業腹だったもんだがな。――こんな国こっちから願い下げだよ!
「……許さない!」
アスナの瞳がギラリと光る。その視線は、目の前の不倶戴天の敵に真っ直ぐ向けられていた。
はい~。わかりやすい悪役。登場です。
片方はなんか「その程度か? 勇者とやらの力は」とか言いそうだし、
もう片方は「僕もう飽きちゃった。殺していい?」とか言いそうですね。
いや、言わせませんよ?
でもテンプレ悪役。好きです。
大丈夫です。どーせ噛ませです。
アスナの主人公補正の前には誰も敵いません。
(毎度恒例)
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