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第四話:貴様は邪道にかけては誰しもが認めるところだ。言葉は必要あるまい?

 キースとなにやら気持ち悪い会話を繰り広げて、翌日。充てがわれた部屋のベッドで目を覚ます。


 寝ぼけた脳味噌で、昨日の会談の内容を俺はぼんやりと振り返った。


 まず、決まったことは、ルイジア連邦国、ヒスパーナ辺境国が中心となって兵力を展開すること。


 両国は、軍事力、技術力において、他国を圧倒的に上回っているらしい。そこに関して、眉をひそめる連中もいたもんだが、それでも異を唱える奴はいなかった。


 続いて、各国から捻出できる兵力やら、費用やらの調整等が決まった。一番揉めたのはそこだった。ただそれぞれの言いたいことも理解できなくはない。「ウチの国はこれぐらいしか兵力が出せない。費用も捻出できない」って部分に関しちゃ、もう誰がどうこう言ってもどうしようもない。


 特に兵力に関しちゃ、既にたっぷり時間をかけて調整し、兵士どもを船に乗っけてメティアーナに連れてきてしまっている以上、上限が決まっている。議論の余地があるのは、「連れてきた兵士のウチ、何割を、何人を後方支援や補欠戦力としてメティアーナに残しておくのか」って部分ぐらいだ。


 逆に「ウチの国はもっと費用を捻出できるし、兵力ももっと出せる」と主張する国もいた。シンやインハオ、そして初っ端に難癖をつけたサザモストなんかがそうだ。


 なんでも国際的に、各国の力関係ってのがあるらしい。俺にはよくわからんが、エリナが終わった後に教えてくれたもんだ。


 つまるところ、「俺たちをもっと活躍させろ」と言っているのだ。ここで活躍すると、必然的に国としての立ち位置も上がり、そして国際的なパワーバランスを変化させることができる、と踏んだんだろう。


 だが、そこに関してはフランチェスカが頑なに拒んだ。メティア聖公国は、各国の兵力を、軍事力を、経済力を把握しているのだそうだ。ちなみにこれもエリナが会談後に教えてくれた情報だ。


 サザモストはともかくとして、シンもインハオもメティア教を国教としている。メティア教を国教としているということは、メティア教の教会が幾つもその国に存在し、そして国からも国民からも寄付が送られるということだ。


 寄付の額からその国の様々なデータを予測し、見通すことは、フランチェスカにとってはお手の物らしい。ったく末恐ろしいガキだよ、マジで。


「本作戦は飽くまで魔王という世界共通の敵を打倒するためのものです。今後の国同士の諍いや、各国同士の関係のあり方に影響を与えることは許しません。これは私個人ではなく、メティア教の総意だとお考え下さい」とは、フランチェスカの言だ。その言葉がどれだけの重みを持つのかは俺もはっきりとは理解していない。


 だが、メティア教の決定というのがそれを国教に据える国にとって非常に重要な意味を持つ、ということだけは理解できた。喚いていた連中がその一言で大人しくなったのがその証拠だ。勿論腹の中で何を考えているのかまではわからねぇがな。


 各国が捻出する兵力と費用については、それぞれの意見を最大限に尊重しつつも、最終的にはフランチェスカが「えいや」で決定した。


 ルイジア連邦国から三千人。ヒスパーナ辺境国から二千人。他の国はそれぞれだいたい五百人前後ずつ。合わせて九千人ほど。それにメティア聖公国から千人の神官が加わり、全部で一万人。一万人と聞くと相当なようにも聞こえる。


 だが、実態としちゃ、それぞれの国が出す兵力は抱えている全兵力の数パーセント、多くても二割から三割程度だ。そう考えりゃ一万人って数字も多くはない。それには理由がある。


 人間相手の戦いであれば、農民やら、下手すりゃ奴隷なんかに武器を持たせて戦わせれば良い。数さえ揃えればある程度はどうとでもなる。


 一方で、相手が魔物やら魔族となるとそうもいかない。確りと訓練を受けた、練度の高い兵が必要だ。それだけ魔物というのは一般的な人間にとって脅威なのだ。


 各国が選りすぐった優れた人間。その寄せ集めが一万人。魔物と戦える人材がどれだけ貴重なのかがよく理解できる。


 そして相手取るのは、死の大陸に棲む強大な魔物だ。


 各国の威信を懸けて、強者を選抜した。早い話がそういうことらしい。


 費用については細かい数字は覚えてねぇ。ただ、ヒスパーナ辺境国が最大出資国となったということだけは覚えている。


 その他諸々話し合ったものだが、最後の最後に揉めたのは指揮系統だった。


 当然だ。隣り合いいがみ合っている国もいりゃ、とんと国交のねぇ国もいる。そんなよくわからねぇ連中の指揮下に置かれるなんて冗談にもならねぇ。


 はじめはルイジア連邦国が指揮権を主張した。曰く「この中で最大の軍事力および技術力を持っているのは連邦国に他ならない」とのことだ。フランチェスカもそこに関しては否定はしなかった。


 異を唱えたのはシンとインハオ。年がら年中小競り合いをしている、その相手の下につくなんて悪夢にほかならない。言葉は違えど言っていることはそういうことだった。


 そんでもって、サザモストが「他のどの国の指示も受けたくない。こっちはこっちで判断して行動する」なんて言い出したもんだから、もうしっちゃかめっちゃかだ。


 議論は停滞し、結論が出るまでに相当時間がかかるように思えた。


 しかし、存外決着は簡単についた。


 主張の激しい国同士が、いがみ合い、空気も最悪になり、そして議論に疲れて言葉数も減ってきた、その絶妙なタイミングでフランチェスカの鶴の一声が飛んだのだ。


「ことこの出兵において、各国の上下関係や、敵対関係などはこの際忘れて下さい。これはお願いではありません。私、メティア教最高責任者からの……いえ、メティア教の総意としての命令です。指揮系統はメティア聖公国が握ります。各国は聖公国の指示を末端まで伝達できるよう、それぞれで指揮系統を整えて下さい。もう一度申し上げます。これは命令です」


 世界を牛耳っていると言っても過言ではないメティア教からの命令ときたもんだ。言ってるこた大した事のねぇように感じるかもしれねぇが、あの会談の、空気の中、きっぱりはっきりとそう言い切れるガキなんてそうそういねぇ。


 初めて会ったときから空恐ろしいガキだとは思っていたが、ここまでとは思わなかった。その未熟な子供のような響きと、老練した歴戦の為政者のような響き、二つの矛盾する響きを併せ持ったメティア教教皇の声は、各国の首脳陣さえも黙らせた。


 勿論、メティア教を信仰していない国もある。代表的なのはサザモストだ。他には、ウィジス国やキャニアもメティア教を国教とは認めていない。


 鼻息を荒くした問題児、チエルノが立ち上がり、フランチェスカを睨みつける。


「我が国はメティア教などという、邪教とは関わりがない。よって、その命令を受諾することもありえない」


 その宗教の最高責任者に向かって「邪教」とは、よく言ったもんだとも思う。その勇猛さには敬意だって持てる。


 一方のウィジス、キャニアはだんまりだ。事の顛末を予想できていたのだろう。


「わかりました。ということであれば、チエルノ族長? サザモスト人および、サザモスト出身の人間の精霊との契約を禁止せざるを得ませんが、不都合はございませんでしょうか?」


 魔法は生活に根ざした技術だ。世界中の人間が魔法を使い、魔法によって一定の文明的な生活を送っている。例えメティア教を信仰していなくても、人間はその恩恵をたしかに受けている。


 魔法を使える人間が限られていたとしても、その限られた数人が国にとって重要なポジションに就き、そしてその力を行使して国民の生活を豊かなものにしていることは事実でしか無い。


 こうして、チエルノはカエルの鳴き声のような唸り声を上げながら、「発言を撤回する。異論はない」と着席するのであった。


 指揮系統が決まりゃ、後は各国の担う役割を決めるだけだ。この段階まで行くと、直前の発言で主導権を握ったフランチェスカに逆らえるやつは誰もいなかった。


 フランチェスカがただただ淡々と、各国の役割を告げ、各国がそれに言葉少なに頷く、という図の完成だ。


 役割分担に関しちゃ、よくわかってねぇ俺が聞いても公正な分担に思えた。


 まずメティア聖公国は一番後方だ。当然だろう。トップが前線に出るとか意味がわからねぇ。だが、そこはフランチェスカの優しさもあり、メティア聖公国の戦える神官、僧兵の八割は、各国の兵力に応じて配備されるとのことだ。


 ルイジア連邦国、ヒスパーナ辺境国は主力。どの国よりも前に出て、そしてその強大な軍事力を振りかざす。最も危険だが、他の国には任せられない重要な役割だ。


 他の国はそれぞれ細かい役割は違ったらしいが、とどのつまり遊撃部隊だ。兵士が少なく小回りが効く。ヤバそうなところに速攻で駆けつけて、支援する。それが仕事だ。


 一方的に突きつけられた役割ではあったものの、その公平さから、誰からも文句は出なかった。


 後は細かい部分を詰めるだけ。そこに関してはその場で議論する必要はないだろう、とフランチェスカが言葉少なに告げ、主な議題は終了となった。


 最後に、フランチェスカが全員の顔を見回し、そして言った。


「利便性と士気向上を兼ねて、世界が協力して成り立った史上初となる此度の兵力を、『ホールテラガルド連合軍』と呼称いたします。そして、此度の作戦を『ブレイドフォーブレイブ作戦』と呼称いたします。いかがでしょうか?」


「勇気の捧げる剣」、そして「勇者へ捧げる剣」のダブルミーニング。シンプルではあるが、悪かねぇ名前だ。こういうのは変にひねってもいけねぇ。


 名前なんて誰もこだわっちゃいねぇ。だもんで、異を唱える人間は一人も居なかった。何故かエリナが誇らしげだったのだけが気になったもんだが。


 そんなこんなが、昨日の会談の顛末だ。


 正直、あの場所にいた連中の話してることなんざ、さーっぱり覚えちゃいねぇが、後からちゃんとエリナが「何が決まって」、「何が重要で」、「誰がどんな不満をいだいていたのか」ぐらいは教えてくれたから、ある程度のの流れは把握できた。


 じゃねぇと、忘れちまわぁな。キースなんて途中立ったまま寝てたからな。エリナに小突かれて起こされてたがよ。妙に器用な奴だ。脳筋のくせに。


 伸びをして、上体を起こす。窓から差し込む朝日が眩しい。


 作戦の決行、つまり出兵は一週間後。それまで俺たちには特にやることが無い。各国の首脳陣共は急ピッチで色々と調整しなけりゃならないもんで、今頃ヒーヒー言ってるんだろうけどな。


 ん? エリナ? あいつはこの作戦の全容と最終的な落としどころを予めフランチェスカと共有してたのと、キアナグラーブのおっさんが滅茶苦茶優秀だったということもあってか、とっくに準備は終わらせてるって話だ。アスナと優雅に茶と茶菓子を嗜む毎日なんだろう。時々そこに疲れ切った顔のアナスタシアとフランチェスカが混ざるのまでは予想できてる。


 俺は最低限の身支度を整えて、暇つぶしがてらに散歩でも決め込もうと、部屋を後にした。






 部屋を出てぶらぶらしていると、中庭でキースが他国の兵士共と手合わせをしていた。手合わせっていうと、色々と語弊があるな。訓練をつけてやっていた。


 今やキースだって、世界最強と呼ばれる集団の一人で、英雄だ。なんたって魔王を一度は打倒したメンバーの一人なんだからな。


 あいつに手ほどきを受けたい兵士やら騎士なんていくらでもいるだろう。


 ぼんやりとその様子を見る。見ているだけで暑苦しい。


「……世界はより良い方向へ向かっている」


「うおっ、びっくりした!」


 背後から突然ババァの声が耳元で響き、驚いて飛び上がる。気配消して近づいてくるんじゃねぇよ。どんな魔法を使ってやってんのかしらねぇけどよ。


「ババァかよ。驚かせるんじゃねぇよ」


「表面上かもしれないが、世界がこのレベルで一つになったのは、余が知る限りでは今回が初めてだ。世界は変わっていく。勿論、良い方向にな」


「……俺みたいな悪党の居場所が無くならねぇように祈っとくよ」


「ゲルグよ。そなたはもう悪党ではない。いや、あるいは初めからそうだったのかもしれんな」


 はぁ? 何いってんだこいつ。


「そなたは今や勇者を支える重要なキーパーソンの一人だ。そして、それがそなたに風の加護が与えられた理由の一つなのだろうよ」


「まーた、運命やらなんやらって話か?」


 運命なんて信じねぇって、俺は。


「運命ではない。その人間に与えられた使命だ。似ているようで違う。使命を果たせるかどうかは、その者次第。つまり、そなた次第だ」


「使命を果たしゃ、どうなるっつーんだよ」


「さぁな。それは知らん。だが、人間はそれぞれ使命を持って生まれてくる。その使命の大小は様々だがな」


「あーん?」


「老いぼれの戯言だ。聞き流せ」


 てめぇがてめぇを「老いぼれ」とか言うと、違和感がすげぇんだよ。バカ。見た目だけは、二十代ちょい超えぐらいのべっぴんだからな。ちぐはぐな感じが酷く気持ちが悪い。


「キース・グランファルド! 調子はどうだ!」


 ババァが手すりから身を乗り出し、キースに声をかける。


「ソフトハート殿!? おはようございます! いやはや、私も他国にここまでの強者が揃っているとは思いませんでした。鍛え甲斐があります」


「そうか。そなたも良い顔になった。大人の男の顔だ。精進せよ」


「ありがたきお言葉、感謝いたします! ゲルグ! 貴様も降りてこい! 俺と手合わせだ!」


 はーあ? なんで俺が脳筋と模擬戦なんてしなきゃならねぇんだよ。


「なんで俺が――」


「良いか、諸君。敵が全員、正々堂々と戦ってくれるわけではない。搦め手を使ってくる者、卑怯な攻撃をする者、奇抜な動きをするもの。様々だ。魔物が相手となれば、その傾向も顕著になってくる。不測の事態に対処する心構えが重要だ」


 キースが俺の反論の声を無視して、兵どもに講釈を垂れる。


「ゲルグよ。行ってやるが良い」


「……やれやれだよ」


 風の加護を起動して、中庭にジャンプする。


「……であるからして、あの男……。む、来たのか。こいつはそういう意味ではプロフェッショナルだ。まずは俺が手合わせをし、諸君にその一端を見せよう。心して見るように」


「んで? どうすんだ?」


「ははっ。貴様は邪道にかけては誰しもが認めるところだ。言葉は必要あるまい?」


「バカ。こういうのは事前に口裏合わしとくんだよ、脳筋が」


 そんな軽口を叩き、キースと笑い合ってそして、一呼吸。俺とキースがぶつかり合う。


 その模擬戦が終わった後の見てた連中の「開いた口が塞がらない」を絵に書いたような顔は相当な見ものだった。ババァの愉快そうな笑い声が中庭に響いた。

作戦前のアイスブレイク的な、お話です。

なんかおっさんとキース君が仲良くなってる。

本人たちは絶対に認めたがらないのでしょうけどね。


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[一言] 騎士たちは、邪道を行う必要はないですが、邪道を知っておく必要はありますからね。 キースの判断は正しいかと。
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