第十四話:うるせぇ……、それ以上、しゃべるんじゃねぇ……
転移の洞窟は、こんなん人間が作れんのか、なんて疑問に思うほど複雑な構造になっていた。まぁ少し考えれば納得できる話だ。
アリスタード王国は世界有数の海に対する軍事力を有する国だ。外洋からの侵略にはめっぽう強い。だが、一方で島国であることが災いしたのか、陸に対する軍事力に関しては目も当てられない。
船で攻めることのできない他国が仮にアリスタード王国を攻めるとしたら、この転移の洞窟経由で攻めてくるだろう。それを防ぐためなんだろうさ。洞窟を酷く入り組んだ厭らしい作りにしているのは。
その上、アリスタード王国は暗礁に囲まれた、いわば自然で作られた要塞だ。他国が海から攻めてくることはまず考えられない。必然的に、この転移の洞窟が他国との唯一の繋がりになる、ってーそういうことなんだろう。
当然ながら魔物もうじゃうじゃいやがる。魔物はその性質からこういったジメジメした暗いところが大好きだ。俺のセンサーがそこかしこにいる生物の反応を薄ぼんやりとキャッチする。
「アスナ」
「ん。わかってる」
アスナが俺の言葉に小さく頷く。魔物だ。右の曲がり角、その奥から真っ直ぐにこっちに向かってきてやがる。
アスナが、ついでにキースが剣を構える。エリナが杖を握りしめる。ミリアは後ろの方で見守っているだけだが、何かあればすぐに動けるような状態になっているのだろう。俺? 当たり前だが蚊帳の外だ。
「来た」
アスナの声と同時にアンデッドの群れが曲がり角の奥からぬうっと姿を現す。王都の周辺が行動範囲の俺にとっちゃ見たこともねぇ魔物だ。骸骨がカタカタと音を鳴らしながら猛スピードで走ってくる。更に皮膚が腐った人間みたいな奴らがその後からのそのそとこちらに近づいてくる。うえっ。気持ちわりい。
ってか、アンデッドだってのはわかる。でもアンデッドってどうやって倒すんだ? もう死んでるじゃねぇか。死んでる奴をどうやって殺すんだよ。
答えはすぐに分かった。至極簡単だった。物理で殴る。それだけだった。
アスナの剣閃が、襲いかかろうとしてきた骸骨の数匹を一刀両断にする。キースが骸骨の群れをひらりと身をかわしながら、後ろにでのろのろと歩いている腐った死体をその大きな剣で華麗に切り刻む。止めは、エリナの攻撃魔法だ。塵一つ残さないほどの爆発を起こす。全てが終わった後には魔物共の死体の一片ですら残らなかった。
文字通りの瞬殺だ。すげぇ。何度見ても感心しかできねぇ。俺は何度目かわからない惜しみない拍手を三人に贈った。
「流石にお前ら強ぇな。どんな鍛え方したらそんなんなるんだ?」
「世界中の魔物と戦ってきたからな。この辺の魔物には遅れなんてとらん」
キースが少しばかり自慢気に鼻を鳴らす。鼻持ちならねぇ態度ではあるが、実力は確かだ。初めから疑っちゃあいないが、こうも何度も華麗に魔物を蹴散らす様を見せられると、もはや感嘆の溜息すら出てこない。ただただ称賛するばかりだ。
「いや、さすがは魔王討伐御一行サマだ。すげぇ。すげぇなぁ。本当に」
手放しで褒める俺に、エリナが少しばかり顔を赤くする。
「そんな褒められると、まぁ、悪い気はしないわね。あ、でもアンデッドは本当はミリアの活躍の場でもあるの。神聖魔法の中にはああいったアンデッドを浄化する魔法もあるから」
「ほーん。そうなのか。なんでミリアはそれを使わねぇんだ?」
「だって、いざという時に回復できなかったら困るじゃない」
そりゃそうだ。この洞窟にいる魔物なんて連中にとっちゃ雑魚そのものなんだろう。これから先、王国からの追手が来ることも予測される。そんな状況で貴重な回復役を消耗させるわけにはいかねぇ。確かに納得できる話だ。
ん? だが待てよ?
「んじゃ、エリナ。お前さんはなんでまたあんなバカスカ魔法ぶちかましてんだよ」
「そんなの決まってるじゃない。すっとするからよ」
あぁ。こいつ、頭はいいけど馬鹿なんだな。うん。俺は勝手に納得した。
「あ、今なんか失礼なこと考えなかった!?」
「考えてねぇよ。ほれ、雑魚を蹴散らしたならさっさと行くぞ」
時間が惜しい訳ではないが、こんな薄暗いところはまっぴらごめんだ。お天道様に顔向けできない俺だって、そりゃ太陽の眩い光なんてものが届かない場所にずっといたくはない。
俺はこの洞窟の道なんて知ったこっちゃ無いが、アスナ達が覚えてるはずだ。一年前とはいえ、一回通った洞窟だろ? 覚えてるに決まってる。
「あれ、ここ、どっちだったかしら」
「ん。覚えてない」
覚えてるんだよな? そうだよな?
「キース。覚えてる?」
「アスナ様。俺が方向音痴だってこと忘れてませんか?」
「ミリア」
「す、すみません。私も実は今私達がどこにいるのか把握できてなくて……」
覚えてるんだよな? そうだよな? そうであってくれ。いや、もうわかってる。お前らの会話を聞いてまずい状況にあるってことはなんとなくわかってる。だけどな、現実逃避ぐらいはさせてくれ。
「ゲルグ……言いにくいこと、言うね」
アスナが申し訳無さそうにこちらを見る。
「うん、察しはついてる。皆まで言うな」
「迷った」
皆まで言うなって言っただろうがよ……。
「……うん。分かってる。分かってるから、一旦休憩にしよう」
俺は一行を見回して、そう提言するのだった。
洞窟のど真ん中で休憩なんて正気の沙汰じゃねぇと思うが、そこはそれ、魔法ってやつは便利だ。アスナが邪気回避の魔法を使えた。聞いたことのねぇ魔法だが、なんでも魔物やらを近づけないようにする結界を張ることができるんだとか。
だが、結界を張り続けている間、ずっと少しずつ魔力を消費し続ける。あまり長居はできないのも事実だ。
俺はカバンから紙とペンを取り出して、今まで通ってきた道を描いて簡易的な地図を作る。いわゆるマッピングってやつだ。
「へぇ、よく覚えてるわねぇ」
エリナが感心したように声を上げる。
「自分の通った道を覚えておくのは、職業病だ」
例えば、一度盗みを働いた道。その場所は一ヶ月程警戒が強くなる。君子危うきに近寄らずとは言うが、わざわざ自分から捕まりに行くってのもありえない話だ。
数分程かけて、今まで通ってきた道の地図が完成した。今俺達がいるのは地下二階。二枚分の紙を使って、二つのフロアの中途半端な地図を作り上げた。
「やっぱ、ゲルグって便利ねぇ」
「便利って言うんじゃねぇ。いいか? 今俺達がいるのは恐らくここだ」
俺は中途半端に書き上げた地下二階の地図の一点を指差す。地図の中でも嫌に端っこの方だ。
「この洞窟のフロアはいくつある?」
「最下層が地下三階だったと記憶しています」
ふむふむ。ミリアの言を信じるなら、後一回階段を降りる必要がある、とそういうことだな。
「建物の構造と、作った奴の考えを推察するに、降りる階段はこの辺にあるだろ」
俺はまだまっさらな何も書かれていない箇所を指差す。
「確かにそのへんだったような気もする。ゲルグ、なんで分かるの?」
「小悪党ってのはな、人の考えを見抜くのが得意なもんなんだよ」
主に他人を上手いこと利用するためにな。他人から物をかっぱらうのも楽じゃねぇ。その人間の思考をトレースして、隙のありそうなタイミングを狙う。
その経験から言やぁ、この洞窟を作った奴の考えは読みやすい。侵入者を迷わせようという意思がひしひしと感じられる。俺がこの洞窟を作ったやつなら、きっとここに階段を配置する。
「ほんと、便利ねぇ」
「だから便利って言うんじゃねぇ」
そうぼやいて、エリナを睨みつけようとした、その時だった。猛スピードでこっちに向かってくる何かが俺のセンサーに反応した。後ろからだ。魔物か? だが、魔物ならアスナが張った結界で入ってこれないはずだ。
「アスナ! この結界はどんな魔物でも跳ね除ける。そうだな?」
「厳密には違う。私の力量を超えた魔物は意に介さない。あと人間には効果が無い」
アスナの力量を超えた魔物? そんなもんいるはずがねぇ。だとしたら追手か?
俺は恐る恐る後ろを振り返る。
そこには魔物でも人間でもない、もっと別の恐ろしい何かがいた。
「ゲルグ! あれ魔物じゃないわ! 人間!? でも違う! 何あれ!」
エリナが悲鳴を上げる。ミリアは何も言えずただただ顔を青くしている。キースが顔をしかめる。
姿は人間に近い。脚が二本、腕が二本、頭があって胴体があって、頭があって。そんでもって、そのおつむにゃ、目が二つ、鼻は一つ、口が一つ。ぱっと見の特徴だけ挙げるなら人間としか言いようがない。だがまず特筆すべきは皮膚の色。どす黒く染まったその皮膚はそいつがただの人間じゃないことを物語っていた。
そして、人間には存在しないパーツがそこかしこに継ぎ接ぎされている。尻尾。翼。鋭い爪。
キースが鋭い眼光で剣を構える。アスナが抜剣する。
「魔物じゃねぇ。人間でもねぇ。何だこいつは」
なんかよくわからねぇが、ブツブツと呟いてやがる。何いってんだ? 俺は耳を澄ます。
「ころ……して……。ころ……して……」
胸糞悪い予想が頭をよぎった。その予想をここでしゃべる訳にはいかない。徒にこいつらの士気を下げるだけだ。
「ゲルグ。この人……」
「アスナ。何も考えるな。こいつは敵だ。魔物と同じに考えろ」
「でも」
「うるせぇ、来るぞ!」
そいつが猛スピードでアスナとキースに肉薄する。このスピード。俺程とはいかないが、かなりのスピードだ。やべぇ。やべぇぞこりゃ。
「ころ……ころころころころ……」
「うるせぇ……、それ以上、しゃべるんじゃねぇ……」
「殺してええええええ!」
奴さんが、その体中に継ぎ接ぎされたパーツを駆使して、アスナを打擲しようとする。
アスナはなんとなく察しがついているようだ。攻撃しようとはしない。ただただ、奴さんの攻撃をその細い剣でいなす。それだけだ。
なんて悪辣なことを考えんだよ。人間が思いついていいことじゃねぇだろ。そんなん、悪党の俺だって考えつかねぇ。
「ゲルグ。駄目。この人……」
アスナが必死で攻撃をいなしながら、俺の方を振り返らないままに悲痛な声を上げる。
「アスナ。こいつは魔物だ。そう思え」
「でも……っ!」
あぁ、もう。こういう化け物を相手にするのは、俺の役目じゃねぇんだがな。キースも、エリナも、ミリアも薄々こいつの正体に気づいてやがる。
俺は仕事道具の中から、煙玉を一つと、ピアノ線を取り出す。幸いにも奴さんはアスナに集中している。それをキースとエリナが手を出しあぐねる状態で取り囲んでいる現状だ。
煙玉に火を着け、アスナと奴の間に放り投げる。
「アスナ! 数秒間でいい! 息すんな! 他の連中もだ!」
この煙玉は特製だ。身体を痺れさせる煙を放出する。
元が人間の奴さんなら十分に効き目があるはずだ。そうあってくれよ。この煙は脳味噌に直接効く。流石に脳味噌まではいじくれねぇはずだ。
予想どおりだ。ほれみろ、動きが鈍くなってきやがった。
俺は息を止めながら、ピアノ線を奴さんの首に引っ掛ける。王宮で使ったピアノ線よりも細く、そして頑丈なものだ。
「悪いな」
ピアノ線をあらん限りの力で勢いよく引く。細い頑丈な糸。それは時に凶器となる。
その気味の悪い何かの首がぽたりと落ちる。あーあ。やっちまった。魔物は何匹か殺した経験はあるが、人間、いや元人間を殺したのは初めてだ。胸糞悪ぃ。
「ここから離れるぞ! この煙は俺達にも作用する!」
俺の言葉を皮切りに、俺達はその場を一目散に逃げ出したのだった。
「……エリナ。人間を改造する。そんな魔法は知ってるか?」
「そんな魔法ないわよ」
「ない、か……」
普通の技術で作られたもんじゃねぇことは確かだ。なんだあいつらは。
「ってーと、アレか。あいつらは、なんかしらの技術を使って弄くられた、そういうことか?」
「えぇ、たぶんね……。あのクソ親父! なんてものに手を染めてんのよ!」
人間を改造して、理性を奪い、そして勇者の追手に差し向ける。正気の沙汰とは思えねぇ。エリナが憤慨するのもよくわかる。
んでもって、それ以上にまずい状況になっていることを俺は感じた。俺のセンサーがビンビンと反応している。今度は複数だ。何体だ? ひい、ふう、みい……。クソッタレ。やめだ、やめ。後から後から湧いて出てきやがる。
俺達がいる通路。その奥にある丁字路から次々にさっきみたいな連中が姿を見せる。
「……ころ……し、て……ころころころころ」
「ころ……す……のろ……のろのろのろうう!」
「たす……け。た……す……け」
マジで、何体いやがるんだこいつら! アスナが顔を青くしている。そりゃそうだろう。守るべきものだと思っていた人間が、異形となって自分を害そうとしてるんだからな。
「アスナ! 気持ちはわかるわ! でもこうなってしまった人を助けるには、殺すしか無い!」
「わか、ってる……、わかってる、けど」
「私はやる! アスナをこんなところで失ってたまるもんですかっ!」
エリナが詠唱を始める。この多勢になりゃ俺は役たたずだ。おとなしく後方に控えているミリアの横に移動する。
ちらりと見ると、ミリアが顔を青くしていた。今にも反吐を巻き散らかしそうな表情だ。なんなら冷や汗までかいている。
「お、おい。大丈夫か?」
「……私のような神官は、人間の波動や心の声が、はっきりとではないですが、伝わってくるんです。なんなんですか? なんなんですかぁ! 人間をあんな風にするなんて、正気じゃないです!」
「落ち着け! キース! 行けるな!」
「あぁ、俺は大丈夫だ! さっきは驚きで動けなかったが、俺も戦争になれば人間を殺す役目を負っていた身だ」
流石、元騎士サマ。頼りになるぜ。あとは、アスナだ。顔を青くしながらも、そいつらを睨みつけている。
「アスナ! そいつらはもう人間じゃねぇ! 躊躇するな!」
「……っ!」
観念したアスナが剣を構える。
酷く。そう酷く悲しい戦いが始まった。
改造人間……。
アリスタード王国の方々はなんとも恐ろしいことを考えるものです。
アスナには効果テキメンです。
守るべき人間。それが、自分を自らの意思とは関係なく害そうとしているのですから。
多分大丈夫です。
主人公補正がありますから!アスナの!(いつだってこれ)
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