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第十六話:ヒーツヘイズ! 女王として命じます!

 震える身体で、手で、カバンから笛を取り出し口に運ぶ。途中で、何度か取り落としそうになが、三十秒ほどかかって、ようやく咥えることができた。


 笛を吹く。音は出ない。周りの悪党連中も何かを察したのか、何も言わねぇ。


 そして、それからややあって、ババァが俺の前に現れた。


「すまぬ。遅れた。つい先程魔法薬(ポーション)が完成し、て……」


 ババァの言葉が尻すぼみになる。聡いババァのことだ。すぐに状況を把握したのだろう。


「おい、ババァ」


「イズミ・ヤマブキ……」


「なぁ、ババァ。こいつ、起き上がらねぇんだ。どうせ俺をおちょくって遊んでるだけだってのによ。起き上がらねぇんだ」


「……ゲルグよ」


「起き上がらねぇんだよ……。身体が冷たいんだ。こんな細けぇところまで凝りやがってよ。ははっ、馬鹿だよな。全力出しすぎだろ」


 わかってる。イズミ・ヤマブキは死んだ。何が原因なのかもよくわからねぇ。だが、死んだんだ。そんなことは理解しているんだ。


 でも、そんな事を口に出してしまったら、本当にイズミが死んだんじゃねぇかって。まだ本当は死んでなんてなくて、ただ俺をからかってるだけなんだって、そう思えなくなる。


「忍の平均寿命は二十歳。イズミ・ヤマブキは比較的長生きだったな」


 ババァの言葉が刺さる。こいつは俺に「現実を直視しろ」と、「受け入れろ」とそう言っているのだ。


「ミリアとフランチェスカがいつだったか言ってたぞ。神聖魔法は時には死者をも甦らせるって……。てめぇなら使えんだろ。頼む、なんとかしてくれ……」


 すがるようにババァを見る。ババァはただ、チェルシーの時のように、あの時のように目を伏せた。


「……余計な知識をつけよって。確かに、神聖魔法には死者蘇生の魔法はある。だが、条件を満たしていなければ使えん」


「じょう、けん?」


「病や寿命ではなく、外傷で死に至った者。そして、魂がまだこの場に留まっている者だ」


「つまり?」


「イズミ・ヤマブキにその魔法を使っても生き返らん。どちらの条件も満たしていない」


 ババァの淡々とした言葉に、俺はただ一言「そうか」、と答えた。


 寿命で死んだ。それについては理解した。ババァがそう言うならそうなんだろう。イズミも最期そう言っていた。


 そして、魂。人間が死ぬとその肉体から魂が抜けると、そう言われている。そして最終的には上位領域とかいう場所へ向かうらしい。ミリアが言っていた。


 魂が上位領域に向かう時、それは全ての未練を受け入れたときだ。そうとも聞いている。


 つまりイズミは……。


 大きなため息を吐く。モノクロだった世界が、徐々に彩りを取り戻す。


 抱いていたイズミの遺体をゆっくりと降ろし、立ち上がる。そして満身創痍な状態ではありながらも俺を取り囲んでいた悪党連中をぐるりと見回して、最後にマダルに顔を向けた。なんか、心配そうに俺を見ていた。お前みたいな筋肉ダルマもそんな顔すんだな。


「悪い。こいつの遺体、しばらく預かっといてもらえるか? 簡単な防腐ぐらいならお前さんらでもできるだろ。借りもんなんだ」


「お、おお。そりゃ構わねぇが、『借りもん』?」


「あぁ、こいつはヒスパーナの諜報員だ。だから、遺体はヒスパーナに返してやらにゃ」


「ちょっ、諜報員!? ま、まぁ。よ、よくわからねぇが、わかった」


「頼んだ」


 マダルがやっぱり心配そうに俺を見ている。


「お前なんちゅー顔してんだ」


「い、いや、ゲルグよぉ。お前さん、だって――」


 言いにくそうに、言葉を詰まらせながらマダルが言う。


「――泣いてるぞ?」


「は?」


 んなはずあるか。俺ぁいい歳こいたおっさんだぞ。顔を触る。頬をなぞる。特に濡れちゃいない。


「何寝ぼけたこと言ってんだよ。マダル」


「あれ? え?」


 マダルが手の甲で自分の目をゴシゴシと擦る。


「き、気の所為?」


 マダルの冗談に付き合っている暇はねぇ。小さく鼻を鳴らす。


「ババァ、行くぞ。あいつらが心配だ」


魔法薬(ポーション)作りに集中していてな。状況がほとんど把握できておらんのだ。後ほど説明するが良い」


「あぁ。手早く説明するから、質問とかはするんじゃねぇぞ?」


 イズミの遺体に背を向ける。


「……もう、良いのか?」


 ババァの声が、酷く優しかった。数年前のあの時のように。


「あぁ。もう俺も結構歳喰ったしな。なによりここで立ち止まってたら叱られる」


 誰にかなんて言うまでもねぇ。頬を両手でバチンと叩く。


「まずはアスナに魔法薬(ポーション)を飲ませる。それから、てめぇに端的に今の状況を説明する。その後で、化け物退治だ」


「化け物退治、ときたか。アスナ・グレンバッハーグの位置は? 思い出せるか?」


「あぁ。王宮のフランチェスカの……」


「言わずとも良い。そなたの頭を読んだ。跳ぶぞ」


 ババァの魔力(マナ)がうねる。


簡易転移(イージーリープ)


 転移光に包まれる。向かうは、アスナのいる、フランチェスカの客室だ。


「お、おい、ゲルグ!」


 今にも転移でその場から消えようとする俺に、マダルが叫んだ。


「お前さんのいなくなったスラムは正直、なんか物足りなかった!」


 いや、知るかよ。だからなんだってんだ。


「だから、なんだ、その。上手く言えねぇが、あれだ、死ぬな!」


 バーカ。死ぬ気なんてあるかよ。俺はマダルの珍しい表情に、ニヤリと笑うことで答えた。


 景色が歪む。






 突如現れた俺とババァの気配に、アスナが驚いたような顔をした。無理もない。ちょっと前に意気込んで出ていった奴の一人と、いなかったはずの奴が、いきなり転移で現れたんだからな。目が見えねぇとは言え、気配で気づきゃ、驚きもする。


 ババァがアスナにゆっくりと近づき、できる限り驚かせないようにその頬を撫ぜる。


「アスナ・グレンバッハーグ。魔法薬(ポーション)が完成した。飲むが良い」


 そう言って、ババァが形容し難いどす黒い緑色の液体が入った小さめのフラスコを、アスナの手を取って握らせ、その口を塞いでいたコルクを抜く。ぽん、と小気味良い音が部屋に鳴り響いた。


「飲めるか?」


「ん。ありがとう。ジョーマさん」


 アスナが右手で持ったフラスコを丹念に左手でなぞる。手に持ったそれの形状を頭の中に描いているのだろう。


 そして、呑み口の場所を確認し、一気にそれを呷った。


 それを見てババァが少し慌てる。


「ア、アスナ・グレンバッハーグ! 一気に飲むでない!」


 一気に飲むな? それこそ最初に言っとけよ。ってか、一気に飲むとどうなるんだ。まさか、効果が出ないとかそんなオチじゃねぇよな。


 だが、その意味はアスナの直後の表情で理解できた。


 アスナが盛大に顔をしかめる。


「……苦くて辛い……」


「飲む速度で味が変わるのだ。今の飲み方は一番味の悪い飲み方だぞ」


「……先に言えよ、馬鹿」


 まぁ、味が地獄ってだけならよかった。


「どうだ? アスナ」


「ん。まだ見えない」


「どういうこった?」


「馬鹿者。効果が出るまではしばらくかかる。それだけ呪詛の反動というのは複雑なのだ」


「どれくらいだ?」


「知らぬ。計算できぬ。徐々に元の状態に戻っていく。だが、長くても、一時間も経てば、見えるようにはなろう」


 一時間、って。ちょっと時間が足りなすぎるぞ。


 ミハイルが化け物じみた力を発揮している今、一時間もちんたらやっていたら、全員死ぬ。


「あ、ちょっと見えてきた」


「本当か?」


「ん」


 アスナが俺を指差す。


「ゲルグ」


 そして、その後でババァを指差す。


「ジョーマさん」


「ふむ。意外と効果が出始めるのが早いな」


「ん。ジョーマさん、ありがとう」


「礼には及ばん。そなたは余の愛い子供らの一人。子供のために全力を出さない親など、少なくはない」


「それでも、ありがと」


 アスナがババァを見て、にっこりと笑う。それから、その笑顔をすぐに引っ込めて俺の顔を見た。目の焦点は合っている。見えているってのは嘘じゃないらしい。


 そして、怪訝そうな表情を浮かべて、アスナが俺の顔を見つめた。


「ゲルグ、何かあった?」


 このお嬢さんは本当に……。こういうときだけは察しが良すぎて困る。


 だが、今は別に伝えなくても良い。そう自分に言い聞かせる。


「後で……、いやそのうち話す。今はもっと優先順位の高いことがある」


「ん。皆が危ないんでしょ?」


 理解してるか。まぁ俺達がここに来た時点で何かが起こったんだろうことは、アスナじゃなくても容易に想像がつく。


「……あぁ。業腹だが、お前の力が必要だ」


「ん。ぼんやりだけど見えるし、戦える。でも、剣がない」


 そういやそうだ。アスナの剣に関しても、船の沈没のせいで行方不明だ。


「剣がないのか。ちょっと待て。ならばこれを使うが良い」


 ババァがなにやら呟くと、虚空に()が空いた。その穴に手を突っ込み、ピカピカの細身の剣を取り出した。どういう原理でそうなってんだよ。とは思いもするが、まぁババァのすることだ。理解しろって方が無理がある。


 しなやかそうでもあり、それでいた強かそうでもある両刃の剣。過度な装飾は殆どされておらず、無骨さが印象深い。だがそれでも見ただけでわかる。これは高く売れる。


 宝石やら、装飾やらが無いのに、俺がそう感じるってことは、これは。


 業物だ。


魔力(マナ)を編み込んだミスリル鋼に、オリハルコンを混ぜて叩き上げた刀身だ。切れ味は言うまでもないだろう。滅多なことでは刃こぼれもせん」


 ババァがその柄をアスナに向ける。それをアスナが握った。


「……握っただけでわかる。この子、意思がある」


「わかるか。魔力(マナ)と一緒に小精霊が混じったらしくてな。わずかながらではあるが思考する」


「……ん。なんか、『助けてくれる』、って」


「気に入られたな」


 よくわからねぇが、とにかくアスナにぴったりな剣らしい。


「それで?」


 ババァが俺を見る。


「今はどのような状況なのだ。端的に詳しく述べるが良い」


 端的に詳しくって、超難問じゃねぇか。


 俺は『詳しく』の台詞は無視して、手早く端的に、ババァが今の俺達の状況でババァが知らなそうな部分を説明したのだった。







「ふむ。ミハイルが……。余程ゲティアに気に入られたか。人間としては珍しい」


「ゲティアに気に入られたらあんななるのか?」


「前例は無い。だがそれが一番可能性が高い。あやつがやっていることは簡単だ。完全無詠唱で呪術を利用しているだけ。原理がわからんと、奇跡でも起きているように見えるがな」


「完全無詠唱?」


「詠唱は式であり関数であるという話はしたな? 魔法名の発話は、その式を、関数を発火させるものだ」


「あぁ」


「だが、その最後の工程を別の動作に置き換えたら?」


 確かに、ミハイルはあの不可思議な力を使う時、やたらと大げさに腕を振ったり、動かしたりしていた。


「右手の動作に割り当てているのだろう。不可思議に思える程度には、威力は強いのだろうがな」


 あんにゃろめ。俺達を上手いことだまくらかそうと、色々考えてやがったってことか。流石、頭脳派のチビだ。虚仮威しも、あそこまで上手くやりゃあ、立派に恐怖を煽ることができるってこった。


「首を落とされたのに、生き返ったのは?」


「呪術の中に、人体の臓器を自由に移動させられるものがある。それと暗黒呪術、つまり呪術版の神聖魔法だな。それの組み合わせだ」


 つまり、全部が全部トリックみたいなもんだったってことか?


 いや、だがそれを計画して遂行せしめるってところは素直にすげぇ。全部あいつの手のひらの上で踊らされてたってことだからな。


「では行くぞ。時間がないのだろう?」


「てめぇに説明する時間が一番勿体無かった気がするがな」


「勿体無かったとか言うでない。余だって仲間はずれは嫌なのだ」


 ため息を吐く。ババァに呆れ返ってのため息だ。


 だが、そんなため息を吐くだけの余裕も出てきた。


 なんとなくだ。あのただただひたすらに恐ろしかったミハイルも、ぶっ殺せそうな気がしてきた。


簡易転移(イージーリープ)


 ババァの魔法で、青白い転移光が俺達を包む。


 そして、俺の意識はまた途絶えた。






 ……このパターン何回目だよ。ことあるごとにちょっかいかけてきてんじゃねぇよ。


「やぁ、ゲルグ君。ごめんね。人間の精神に干渉するのって結構面倒くさくてね。転移の狭間が一番楽なんだ」


「……何の用だよ。財の精霊(メルクリウス)


 目の前にはクソイケメン。周りには何もねぇ。ただの真っ白な空間だ。


「魔王が復活したよね」


「したな」


「でもそれは、正直大きな問題じゃないんだ」


「はぁ?」


 魔王が復活したってのは十二分に大きい問題になると思うがな。


「君達にとってはね。でも、結局現し世での出来事だ。僕達にとってはあんまり興味深い出来事じゃないんだよ」


 あぁ、そうかよ。で? それを言うために俺にちょっかいかけてんのか、てめぇは。


「違う違う。魔王の打倒は通過点。君が君である所以はその先にある」


「はぁ?」


 言ってる意味がぜんぜんわからねぇ。つっても、精霊どもって基本的に何言ってんだかわからねぇからなぁ。


「わからなくて良い。だから、ここで君達がやられてしまったら、それこそ元の木阿弥でさ。また千年近く待たなきゃいけなくなるんだ。流石に精霊にとっても千年は長くてねぇ」


「話が長ぇ。つまりどういうことだよ」


「あ、ごめんごめん。本題だ。君に授けた、模倣(イミテーション)。どういう効果だっけ?」


 模倣(イミテーション)? そりゃ、お前。直前に他の誰かが使った魔法を使えるってことだろうがよ。


「半分当たりで、半分外れ。いいかい?」


 財の精霊(メルクリウス)が、にこやかに言う。


 それと同時に、意識にノイズがまじり始めた。


――模倣(イミテーション)が模倣できるのは、誰かが直前に使った魔法だけじゃない。意識次第で汎ゆる全てを模倣(・・)する。それが模倣(イミテーション)だ。


 意識が飛ぶ。






 転移が終わり、廃墟じみた様相になってしまった謁見室が目に映る。


「ふむ」


 ババァが鼻を鳴らした。


「満身創痍ではあるが、よく耐えた。余の愛い子供達よ」


 周りを見回す。


 エリナが傷だらけの身体で、荒く呼吸をしながら膝を着いている。


 キースは、ボロボロになりながらも、ミハイルと皆の間に仁王立ちし続けている。


 ミリアの顔は恐怖に少しだけ歪みながらも、それでも傷だらけの身体は震えていない。心はまだ折れていないようだ。


「げ、ゲルグ? ジョーマ様? アスナ!?」


 エリナが俺達を見て、驚いたような声をだす。


「……っ!? 魔法薬(ポーション)、完成したのね!?」


 まぁ、まだぼんやりとしか見えねぇらしいけどな。


「ドブネズミ君に、テラガルドの魔女……。そして勇者。ガウォールは……しくじったのか。使えないなぁ」


 ミハイルがぼそりとそんなことを呟いた。


魔力(マナ)は空っぽ! アタシもミリアもそう! キースはもうギリギリ!」


 そんなん見りゃわかるよ。


「ジョーマ様! お願いしてもよろしいですか!?」


「皆まで言うでない。何のために来たと思っている?」


 ババァの魔力(マナ)がうねり始める。暴風のようにも感じるそれは、絶望的な今の状況じゃなかったとしても、「希望」としか言い表しようがない。


「アスナ! ごめん! なんとかしようとしたんだけどっ――」


「ん。エリナ、頑張った。皆も。後は任せて」


 そして、最後にエリナが俺を見た。


「ヒーツヘイズ! 女王として命じます!」


 おいおいおい。俺だけ命令かよ。


 だが、それに文句を言うのも野暮っちゃ野暮だな。


「この状況をどうにかしなさい!」


 こういう時って、何ていうんだっけかねぇ。


 なーんか、昔、戯れに見学した王宮の式典で出てきた気がするんだよな。


 なんだったか……、あー、思い出してきた。


 確か。


承知しました(イエス)女王陛下ユアマジェスティ

おっさんがイズミさんの死を乗り越えた、んですかね?

考えないようにしている、っていうのが正しいかもしれないですが。


そして、ミハイル君との最終決戦が始まります。

ジョーマさんとアスナのタッグに、ついでにおっさんがいます。

勝てるっ! 勝てるぞっ!


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― 新着の感想 ―
[一言] ジョーマが居るだけで安心感が違いますね。
[一言] ゲルグさん、嘆く前にやるべき事があるからだよね。
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