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第十三話:最大限に苦しめてぶっ殺してやるから、大人しくアタシ達に殺されなさい!

「そんじゃ、ゲルグ。やりなさい」


 エリナの指示に、俺は詠唱を始める。


「財の精霊、メルクリウスに乞い願わん。我らが行く手を阻む艱難辛苦をもはねのく速度を与えたもれ」


 魔力(マナ)の奔流が身体中を駆け巡り、そしてある一定方向に定まっていくのを感じる。


範囲速度向上エリアアジリティインプルービング


 魔法名の発話と共に、青い光が地面から生え、そして俺達全員の身体に伝わっていった。


「っし。行くわよ! キース! くれぐれもデカい音立てるんじゃないわよ!」


「し、承知しました! 姫様!」


 俺やイズミほどじゃないとは言え、キースだってある程度気配を消して動くことはできる。そこはそれ、流石魔王をぶち殺したメンバーの一人だってところだ。いや、なんか怪しく思えてきたな。まぁできると信じよう。


 エリナの指示を契機に、フランチェスカの客室を飛び出す。背中からアスナの「皆、気をつけて」という、心配そうな声が聞こえたもんだから、「心配すんな」という意味も込めて、手を上げひらひらとさせた。


 走る。走る。


 道が分岐している時は、俺とイズミの出番だ。


「右です」


 イズミの指示どおりに、俺達は走る。


「左も右も駄目だ。そのまま進め」


 どっちが何を担当するとかはねぇ。とにかく先に気づいて、先に声を発した方に従う。自然とそんなルールになった。なにしろ、近距離に限って言えば、俺とイズミの対生物センサーの性能にそこまで差はない。


 差があるのは広げられる範囲、そして広げられる速度だ。


 だもんで、こういった場面においては俺が間違っているだとか、イズミが間違っているだとか、そういう事態にはならない。


 イズミと時折顔を見合わせながら、武器庫へ向かう最適なルートを探る。


 また分岐だ。舌打ちを一つ。


「どこ行っても魔物がいやがる。一番少ないのは、右だ」


「私が露払いを」


 イズミが跳び上がり天井の梁の上に登った。そこから先は猛スピード過ぎて見えなかったが、右に曲がった先の魔物の気配が恐るべきスピードで消えたのだけは理解できた。


「……イズミ、流石に優秀ね……」


 エリナがボソリと呟いた。抜き足差し足忍び足で右の通路に躍り出ると、イズミが死んだ魔物を色のない瞳で見ていた。武器もないのにどうやったのかって? 素手だ。忍は武器がないということはハンディキャップにはなれど、その行動を阻害する要因にはならないそうだ。


「ゲルグさん。これすごいですね」


「あん?」


「魔法の力です。ヤーペンでは魔法は一般的な技術ではないんです。だから初めて経験しました。自分でも制御出来ないほど、速くなってる。こんなのは初めてです」


 そりゃそうだろう。俺も最初魔法で速度を底上げした時は、制御が効かなくて焦ったもんだ。


 イズミがニヤリと笑う。


「この魔法があれば百人力ですよ」


「おい、お前のその笑顔怖ぇからやめろ」


「失礼ですね。こんな美女に向かって。……何もかも落ち着いて、その時まだ生きてたら私も魔法とやらを使えるようになってみましょうかねぇ」


「生きてたら」とか、縁起でもねぇこと言うんじゃねぇよ。お前が俺達にひっついてるって任務をこなしてる限り、お前が死ぬ時は、俺達全員が死ぬ時だよ、馬鹿。


 そう思って、じろりとイズミを見る。そんな視線に気づきながらも、何処吹く風な様子のイズミが俺を恐らく意図的に無視してエリナを見た。


「あとはここを真っ直ぐで武器庫です。行きましょう」


「えぇ。助かるわ。イズミ」






 武器庫に大量に安置されていた武器の数々は、そりゃもうお粗末なものだった。


 キースが剣を一本一本拾い上げて、「これは使えんな」と、隅の方に放り投げる。いやいやいや。出来がどうであれ、結構それ重いぞ? 流石脳筋馬鹿力。


「私はこれで良いです」


 その放り投げた剣の中でも一番小振りな物をイズミが二本拾う。確かめるように、柄を握りしめ、そのまま振り切る。風を切る音が倉庫にこだました。


「えぇっと……どんな武器でも無いよりマシなのでは無いですか? キース様」


 ミリアが素朴な疑問をキースに投げかける。それに関しちゃ完全に同意だ。素手よりゃマシだろ。


「強度が足りない。俺が振るうと粉々になりかねない」


「……そ、そうですか」


 マジかよ。ドン引きだよ。ほれ見てみろ。その馬鹿力っぷりにミリアもドン引きしてるぞ。


 しかし、王宮の武器庫ねぇ。ここの武器は一般の兵士やら、衛士だとかが使うもんだろう。そういう武器ってのは、安く大量に仕入れるってのが相場だ。


 そうなりゃ、キースのお眼鏡にかなう武器ってのはねぇだろうなぁ。使い古しの武器で、しかも安物ってなりゃあ、二束三文にもなりゃしねぇ。金目のもんでもありゃ、テンションも上がるってもんだが。


 そう思って倉庫の中をぐるりと見回す。


 あった。


 あるじゃねぇか。高そうな奴がよ。儀式用とかじゃねぇ。宝石が散りばめられてるわけでもねぇ。だが、長年の経験で鍛えた俺の審美眼は確かだ。


「おい、キース」


 俺は部屋の隅で埃を被っていた、一振りの大剣を指差す。


「あれはどうなんだ?」


 キースが使えなかったとしても、あれは高く売れる。実用重視の武器として。その程度には作りがしっかりしている、と感じる。詳しいことはわからねぇ。俺の盗人としての感覚がそう言っている。


 キースが、どれどれ、とその大剣を持ち上げる。


「ふむ」


 そして、俺達と少しだけ距離を取り、それを軽く振った。


 ぶん、と「風を切る」なんて生易しいもんじゃない轟音が鳴り、剣が生み出した衝撃が身体の芯をぐらりと揺らした。


「良い剣だ。よく見つけた、悪党」


 ニヤリと笑いながらキースが俺を見る。


「もう悪党じゃねぇらしいぞ」


「だが、貴様は悪党なのだろう?」


「当然だ」


 俺もそのしたり顔に応える。


 なんだかんだで、この脳筋とも仲良くなったもんだよ。キースが俺に対して「仲良しこよし」とか思ってるかは不明だがな。いや、俺も別に仲良しこよしなんざ思ってねぇがよ。


 武器は見つかった。後は……。


「防具、だな……」


 その言葉にキースが(かぶり)を振る。


「俺のサイズに合う防具はそもそも無い。ハナから諦めている」


「確かに、お前図体でけぇもんな」


「屈強な肉体を持っていると言え」


 軽口を言い合った後、二人で顔を見合わせて少し笑う。


「……談笑してる時間はないわ。武器は手に入れたわね。次は謁見室よ。行くわ」


 静かにキースが武器を選ぶのを見守っていたエリナが、厳し目の声を発した。


「す、すみません、姫様」


「こまっけぇんだよ。そんなに時間も取らせてねぇだろ」


「うるさいわよ! 行くわよ!」


 エリナが号令を上げる。そんな大声だしたら、気配消してんのが意味ねぇっつーの。と思ったが、特に反応した魔物はいないのでよしとする。


 次が本丸だ。気合いをいれねぇとな。


 俺達は武器庫を飛び出した。






 武器も手に入れた。後は気配を消して謁見室まで走るだけ。


 驚くほど順調だ。その順調さ加減に俺の脳味噌が警鐘を鳴らしている。


「エリナ」


「えぇ、わかってる。順調過ぎる」


 違和感を覚えていたのは俺だけじゃなかったらしい。エリナも十二分にこの順調過ぎる進捗状況に首をひねっていたらしい。


「謁見室の気配に動きはありません。心配し過ぎもよくないですよ」


 イズミが気の抜けたことを言う。まぁ、そりゃそうなんだけどな。


「順調に行っているなら、それが一番です」


 あぁ、俺もそう思う。


 だがよ、こういう順調に物事が進んでいる時に限って……。いや、辞めておこう。こういうのは、思えばその通りになるって、よく言うだろ。頭を振って、嫌な予感を振り払う。


「後十秒ほどで謁見室前です。魔物の気配はありません」


 イズミがその細く鋭い目を、さらに鋭くして前を睨みつけながら言う。


 走る。気配を消して。


 そして、謁見室の前で静かに立ち止まった。


 中の様子を窺う。どうなってる?


 俺とイズミが聞き耳を立てるため、扉にそろそろと近づいた。


 その時だった。


 どでかいその扉が、ズズ、と重苦しい音を響かせながらゆっくりと開いた。


 ほれ、嫌な予感ってのは当たるもんだ。特にこういう自分たちでも驚くほど順調に進んでるときはな。


 イズミと顔を見合わせる。イズミが気まずそうな顔をしてやがる。こいつさっき言ったのは気休めで、こうなりそうなことは予測してやがったな。


 二人揃って開いた扉の奥を睨みつけた。


 ニヒヒッ、という薄ら寒い笑い声が聞こえる。


「ようこそ、王の間へ」


 なーにが王の間だよ。いつからてめぇは王になったんだ?


「ミハイルッッ!」


 エリナが様々な感情の籠もった怒声をチビに浴びせる。


「女王陛下、ご機嫌はいかがですか?」


「お陰様で最悪な気分よ。呪いに塗れたその薄汚い身体で玉座に座らないで貰いたいわね」


「あぁ、それは申し訳ないね。何しろ椅子がここにしかなかったもので。僕が王になるとか、そういうことは考えてないから、心配はしないでほしいな」


 しかし、フランチェスカの姿が見えねぇ。気配はある。だが、姿が見えねぇ。注意深く気配を探る。


 フランチェスカの気配は、よくよく感じ取るとミハイルと全く、寸分の狂いもなく同じ位置にあった。


「おい、てめぇ、フランチェスカはどうした?」


「ん? あぁ。猊下なら、この中だよ」


 クソチビがポケットから、手のひらにすっぽりと収まるサイズの筒状の何かを取り出す。目を凝らしてみると透明なその筒に、小さくなったフランチェスカのような何かが入っていた。


 しきりに筒の内側を両手で叩いて、何かを叫んでいる。


 舌打ちを一つ。


「人質、ってことか? 定番過ぎて埃被った頭の悪い手段を使いやがるな」


「まさか。フランチェスカ・フィオーレ猊下には、まだまだ生きていて貰わないといけないからね。安全のためだよ。この筒の中にいる限り、開けない限り、誰にも彼女をどうこうすることはできない」


 そう言って、クソチビがその筒を放り投げる。一瞬、頭に血がのぼりそうになるが、こいつの言う通り、筒の中にいる限り安全であるようだ。地面に落ちた筒の中のフランチェスカは無事そうだ。


「……何考えてやがる。意味がわからねぇ。ちゃんと説明しろ」


「説明しても無駄だからしないよ。僕は無駄なことは嫌いなんだ」


 よーく理解した。何をって?


 こいつとの問答が、全くもって無駄だということがだ。


「キース!」


「応ッッ!」


「エリナ!」


「わかってるわよ!」


「ミリア!」


「はい、おまかせ下さい!」


「イズミ!」


「こういう真っ向勝負は苦手なんですけどねぇ。やれやれですよ」


 速攻でこいつをぶっ殺して、フランチェスカを助けてやって、何もかもはそれから考える。


 もう、それで良い。


 皆、思い思いの臨戦態勢を取り、いざ、というその際だった。


「まぁ、待ちなよ。別に君たちと戦うのはやぶさかじゃない。でも、物事には順序ってのがあるんだよ」


 知るかよ、さっさとくたばれ。


 クソチビの言葉なんて知ったことかと、キースが、イズミが、俺が、それぞれの得物を振り上げて、駆け抜ける。


 だがその勢いは、すぐに止まった。


 何があるわけでもねぇ。障害物なんかは見えねぇし、感じ取れねぇ。


 だが、ミハイルに近づこうとすると、不思議な力で弾き返される。まるで滅茶苦茶強い向かい風が吹いているみたいに。


「だから、物事には順序ってものがあるって言ったじゃない。ちょっと大人しくしててよ」


 ミハイルがゆっくりと手を上にかざす。


月光砲(ムーンライトカノン)


 魔法の発動。その手のひらから、強烈なエネルギーを持った光が迸り、王宮の天井をぶち抜いた。


 轟音。衝撃。そしてパラパラ、と瓦礫とすら呼べない、小さな欠片が落ちてくる。


「アンタッ! アタシの宮殿に何してくれてんのよっ!」


 まぁ、そりゃこんだけ立派な王宮がぶち壊されたらエリナも怒る。だが、怒りの原因はそこじゃない。


 俺達にとって、いや、エリナにとってこのクソチビは自分の父親を嵌めたかもしれない憎き相手なわけで、罵倒なんていくらしてもしたりないだろう。


 だがそんなエリナの怒気にも、ミハイルは涼しげな顔で笑う。それがまたエリナの神経を逆なでする。


「クソ陰険呪術師ッ! 最大限に苦しめてぶっ殺してやるから、大人しくアタシ達に殺されなさい!」


「女王陛下がそんな言葉使っていいのかなぁ? まぁいいや」


 ミハイルが天を仰ぐ。


「今日は月が綺麗だよ」


 何いってんだこいつ。


「この数年で一番綺麗だ。そんな月夜だ。気温も丁度良い。風も無い」


 陶酔しきったその台詞に、サブイボが出る。


 だが、サブイボを出すべきは、こいつが放った次の台詞に対してだったことを、俺は思い知ることになる。


「魔王が復活する夜ってのは、こんな夜じゃないと」


 なんて言った? こいつは、今。


 魔王が復活?


 言葉が理解できないのは俺だけだろうか。いや、俺だけじゃないらしい。周りを見回すが、全員が呆然とした顔をしている。


「さぁ、魔王、ユリウス様のご復活だよ。刮目しろっ!」


 魔王って、「ユリウス」って名前だったのか、だとか、っていうかなんで魔王の復活にこのクソチビが関与してんだとか、全然関係ない疑問が湧いてくる。それだけ、意味がわからねぇ。


 ミハイルが両手を月に向かって掲げる。場違いな程に綺麗な満月だ。


 その両手から迸る、何か邪悪に感じられる流れと月の光が混ざり合い、黒いモヤのようなものが生まれる。


「キース! アレをなんとかしなさい! どうにもできなくなるっ!」


「し、しかし姫様!」


 エリナの悲鳴じみた声が聞こえる。キースが全力で前に進もうとして、進めないでいる。


「……ま、魔王……」


 ミリアが怯えたような声を出す。


 慌てているのは、魔王を一度は打倒した、エリナ、キース、ミリアだ。


 そりゃそうだろう。あのモヤからは、尋常じゃない気配がする。それが魔王のものだというのであれば、怯えるのは、肌で実感している三人だろう。


 モヤがグネグネと形を変え、そして、人間の形に近い何かになる。


「キースッ! 早くっ!」


「だ、ダメです!」


 エリナの叫び声も、キースの奮闘もむなしく、それはゆっくりと迷いの森で見た魔族によく似た姿を形作った。なってしまった。


 これが……魔王?


 魔王と思しき魔族が閉じていた目をゆっくりと開け、それから自分の身体をしげしげと見つめる。右手を見、左手を見、そしてその後で部屋をぐるりと見回した。


「……ミハイル、とやらはお前か」


「はい、陛下」


「私を陛下と呼ぶか。人間の分際で……。まぁ良い。お前のおかげで随分と復活が早まった、礼を言おう。褒美も授けなければな」


「光栄でございます」


 ミハイルが魔王に跪く。このクソチビは最初からそっち側だったってことか? 全然状況が把握できねぇ。


 それ以上に、目の前にいる化け物はなんだ? 俺でもわかる。尋常じゃねぇ。冷や汗が後から後から垂れてきやがる。


 人間に、こいつは、倒せるのか?


「あぁ、すまない。そなたたちは……思い出した。勇者の仲間か。勇者はどうした?」


 エリナもキースもミリアも何も答えられない。歯の根が合わず、青い顔をして呆然と魔王を見ているだけだ。


「なるほど。答えられない、か。まぁそうかもしれないな」


 イズミは? あいつも呆然としてる。


 ってなりゃ、残るは。


 俺かよ。


「お、おい、魔王とやら」


「ほう?」


「あ、アスナは今はちょっと休憩中だ。ここには居ねぇ。ここでことを構えるってなら――」


 俺達が全力でてめぇをぶち殺してやる、そんな言葉を口走る前に、魔王がそれを遮った。


「それには及ばない。私は城へ戻る。家臣が、臣民が心配しているだろうからな。混乱から救ってやらねば。ミハイルといったか。この場は、お前に全てを任せよう」


「承知仕りました」


 魔王は上を見上げ、そして、俺達を一瞥する。


「勇者の仲間と、よくわからない人間二人。さらばだ。また相まみえることもあろう。その時は」


 皮肉にもアスナと同じ色、青白い色をした瞳が、不穏に光る。


「存分に殺し合おう」


 そして、「ではな」と言って、魔王は空を飛び消えた。


 その姿を見送ったミハイルが満足げな顔をして立ち上がる。そして微笑みながら、俺達を見た。


「さて、後始末をしようか」

魔王が復活してしまいました!

が、魔王との対決は持ち越しに。


目の前にするのは因縁の相手。

皆ー、がんばえー!!


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