第九話:アタシ達はイカロス霊殿を目指す
「いや~、皆さん探しましたよぉ。流石の私も死ぬかと思いましたねぇ。あ、アスナさん、少し顔色悪いですけど大丈夫ですか?」
「ん。体調は問題ない。ありがと、イズミさん」
「いえいえ、ゲルグさ~ん。ちゃんとアスナさんを見ててくださいねぇ。今ゲルグさんにできるのってそれぐらいしかないんですからぁ」
うるせぇ。
合流したイズミは、いつもと変わらないテンションで、こちらが拍子抜けするほどだった。ところどころ服やらなんかは破けていたり煤けていたりはするが、元気いっぱいだ。その元気が今は非常に煩わしい。
「エリナ様もよくご無事で。流石キースさんですね。命を賭しても主君を守る。騎士の鑑です」
「む、そ、そのだな。俺はただ」
「いや~、誰にでもできることじゃないですよぉ。流石です。よっ! アリスタードいち~!」
「む、ぬ、ぬう」
そんなイズミの饒舌な様子にとうとうエリナの堪忍袋の緒が切れそうになった。
「イズミ。早めにくっちゃべるのを辞めないと、そのクソみたいによく回る舌を引っこ抜くわよ」
「も~、エリナ様もいけずですねぇ。ちょっと暗くなってそうだったので明るくしようとしただけじゃないですかぁ」
「そんな暇ないって言ってんのよ」
「こりゃまた失礼しましたぁ」
にへへ、とイズミが頭を掻きながら笑う。その笑い声にエリナの眉間にシワが寄り、そして次の瞬間イズミの顔から笑顔が消えた。
その変わり身の早さは見事としか言いようのないもので、エリナが怒り出すギリギリを狙っているようでもあった。我が師匠ながら性格の悪さがにじみ出ている。
イズミがエリナに向かって跪く。
「それで? エリナ様。喫緊の私の任務をお聞かせ願えますか?」
「ぐっ……。っとーに、アンタといると調子が狂うわ。いきなり真面目になりすぎなのよ……」
諦めろ。エリナ。それがイズミだ。
「イズミ。アンタはアタシの部下でもなんでもないから命令なんてしないわ。だからこれはお願い」
「いえ。私はヒスパーナより直々に皆様に随伴し全身全霊を以てお力添えすることを命じられた身。エリナ様のご命令は、フィリップ様、アナスタシア様のご命令と同義です」
「そう。ならば命じるわ。ミリアとヨハンを探し出してきなさい。必ず無事、生きている状態、で……いえ、ごめん。これは希望的観測過ぎたわ。生きていたら無事アタシ達と合流させなさい。死んでたら……、遺体を運んできなさい」
「拝命仕りました」
「必要な道具はちゃんとわたすか――」
「必要ありません。この島に向かうと聞いたときから、|絶対に無くさないところ《・・・・・・・・・・・》に、必要な魔法具をしまってあります」
「絶対に無くさないところにって……あぁ、そういうことね。わかった、では行きなさい」
「はっ」
イズミは小さく頷き、立ち上がると目にも留まらぬスピードでどこかに消えていった。
「ミリアとヨハンはイズミに任せましょう。さっき、拡声魔法で『生きてるなら、その場から動かないで、極力体力の使わない大げさな動きを繰り返してなさい』って伝えたから」
イズミの対生物センサーの優秀さは俺とは比べ物にならない。俺もそこそこ広い範囲で人間やらなんやらの気配を感じ取ることはできるが、その範囲を比較すりゃ段違いだ。
「ところで姫様」
キースが藪から棒にエリナに問いかける。
「なによ」
「『絶対に無くさないところ』ってどこなのでしょうか?」
あー、馬鹿。そこ聞くか? 俺も気づいてたが言わなかったのによ。
「そこ聞く? 童貞はこれだから……。言いたくないんだけど……」
エリナがやれやれ、と頭を振る。いや、そうは言うけどな。アスナも理解してなさそうな顔してんぞ。いや別にアスナがそれを知ってても何の意味もねぇけどよ。
どでかいため息をエリナが吐く。
「あのね……人間には何個か穴があるわよね」
「ありますね」
そう鼻の穴、口の穴。色々ある。耳の穴、へそ。そして、ケツの穴。
人類共通の穴はこんなもんだ。だが……。
「女って、男よりも穴の数が多いのよ? これで理解出来た?」
そういうことだ。隠す場所が隠す場所なだけに、無くさない。取り出せなくなって困ることはあってもな。だが、そんな心配はイズミには杞憂だろう。
キースの顔をちらりと見ると、意味を理解したのかものすごく気まずそうな顔をしていた。
「尤も、イズミがどの穴にしまってたのかまでは、私もわからないけどね。きっと胃の中とかでしょ。スタンダードだし。そう思いましょ」
「そ、そうですね」
エリナのよくわからない気迫に、キースはただただ頷くだけだった。
「……そっか。そうすれば、小さいものなら絶対に無くさないようにしまえる……」
アスナが、「良いことを聞いた」みたいな声色でぼそりと呟いた。
「アスナ!?」
エリナが叫ぶ。
「だから、言いたくなかったのよ! アスナはそんなことしないでね!」
「え? なくしたくないものを、溶けないような袋に入れて、飲み込むんでしょ?」
「あ、あー……。そう! そういうこと!」
どうやら、アスナには肝心な部分が伝わっていなかったらしい。いや、別に伝わってもいいとは思うんだがな。人間手段を選ぶべきじゃないときは、とことんやるべきではある。
だがまぁ。少し想像する。
うん、なんか嫌だな。
「アスナ。お前はそのままでいろな」
「? ん、わかった」
俺みたいな人様から物をかっぱらって生きてる小悪党にとっては常套手段だ。何度かやって、貴金属の価値をガクッと落としたことがある。グラマンに言われたもんだ。「こんな臭ぇ宝石、誰が買い取るんだよ」ってな。
っても、流石にある程度歳食ってからはやってねぇなぁ。ガキぐらいか? 盗んだ物を隠すのに通用するのは。こそ泥に対する取り調べってのは大人に対しての方が遠慮がねぇからな。ケツの穴まで指突っ込まれて調べられるから、すぐにバレる。そこは女も同じなんだろうな。
遠慮ねぇからなぁ。あいつら。
ま、歳食ってから盗みで捕まったことはねぇから人伝に聞いただけの知識なんだけどよ。
っと、いかんいかん。こういうことを考えている場合じゃない。
「んで? エリナ。これからどうするよ?」
「アタシ達はイカロス霊殿を目指す。次の噴火が始まるのがいつかわからない以上、もたもたしてる時間は無いわ」
そうだな。今山が火を吹いたら、流石に俺達も無事じゃすまねぇ。エリナとアスナがいる以上死にはしねぇだろうが、少なからずダメージを負うことは確かだ。
「で? 霊殿の場所に心当たりはあんのか?」
「大魔道士エリナ様を舐めないでよね」
ふふん、とエリナが不敵な笑みを浮かべた。
「忘却の島じゃ、島全体が魔力で充満してたし、具合も悪かったからアレだったけど、魔法使いは魔力を感じる能力に秀でているのよ」
ほぉ。そういや、そんなことも言ってたな。
「霊殿は魔力の塊とも言える精霊がいる場所。必然的に魔力の密度が濃くなる。今でも感じているわ。薄い魔力の流れをね。これを辿って行けば、少なくとも霊殿にはたどり着ける。幸い、魔力の流れは一方向にだけ向かっていってるから、向こうが霊殿で間違いないわ」
エリナが、振り返って指を差した。そっちの方角に霊殿があるってことか。
「んで? そこが火山のど真ん中でした~、じゃ洒落にならねぇんだが」
「そこはアンタの腕の見せどころでしょ? 使いなさいよ。構造調査」
「……?」
「何呆けた面してんのよ。一回使ったでしょ! ヒスパーナで!」
「……おぉ!」
「ぶん殴るわよ」
「やめれ」
エリナに殴られるのは御免被るので、急いで詠唱をし――何故か詠唱だけは忘れて無くてマジでホッとしたのは内緒だ――魔法を発動させる。
「構造調査」
頭の中にここら一帯の地形やら構造やらが入ってくる。人間の処理できる情報量を軽く超えていて気持ち悪くはあるが、まぁしょうがねぇ。
構造調査にも限界がある。島全体の見取り図的なものは流れ込んではこなかった。だが、俺達を中心としたある程度の範囲における地形の高低差は把握できた。十分だ。
恐らく火山は、エリナが指さした方向とは左側にずれた場所に存在する。そっちの方向に向かっていけば、急激に地形が高くなっていっていくだろう。
「多分大丈夫そうだ。霊殿は火山のど真ん中ってわけじゃない」
「安心したわ。じゃ、定期的に構造調査をアンタが使いながら行くわよ。休んでる暇も無いわ。出発よ」
灰が積もる、柔らかな大地を歩く。やっぱり足が取られて、時折転びそうになるが、俺が転けりゃ、アスナも転ける。歩くのは慎重にならざるを得ない。
その上、アスナは目が見えないもんで、しょっちゅう転びそうになる。俺が腕を引っ張ってなんとか介助するが、アスナも転びそうになるたびに体力を消耗するのか、顔が少し疲れていた。
だが、先程までの顔色の悪さはだいぶマシになった。やっぱり、自分がいた最悪の状況からくる不安や、心配からくるものだったのだろう。まだ全てが改善したわけではないとは言え、仲間の半分以上と合流できた。それが大きいのかもしれない。
本質的な体調不良とかではないようで、少しだけ安心する。
エリナもキースもアスナを気遣う。そのため、自然と足取りは遅くなる。
俺達はいつも旅をする時の、半分、いや三分の一程度のスピードで目的の場所へ向かって歩いていた。
時折風が吹く。灰が舞い、目や口に侵入してくる。目を擦り、咳き込みながら、ひたすら歩く。
少しだけ、ババァを呼べばなんとかなるんじゃねぇのか、なんて思ったりもするが、今この島にいること自体が、アスナを守るための時間稼ぎであることを考えると、ババァの魔法薬作りの邪魔は極力できねぇ。
誰からも「ババァを呼ぶ」っていう提案が出ないことが、それが共通認識である証拠だ。
とにかく歩く。無言でだ。エリナなんかは体力もそんなにあるわけじゃない。それでも一般人よりはあるんだが、俺達の中では脆弱だ。
肩で息をしながらも、それでも前を向いて、汗を拭って、歩く。時折キースが心配そうな顔をエリナに向けるが、その真剣な表情を見て、何も言えずにまた前を向く。
構造調査で把握した範囲の外に出たら、俺がまた詠唱する。結構魔力を使う魔法なんだが、あと五回程度は使えそうだ。俺も成長したもんだ。
この歳になって自分の成長を感じるなんてそうそうない。そう考えると、アスナと出会ってから、充実した生活を送っている、と言っても過言ではないのかもしれないな。いっつもいつ死ぬかヒヤヒヤしていたもんなんだが。
構造調査も残り一回、となったところで、頭の中に流れ込んできた地形図に、どでかい建造物が入り込んだ。
「エリナ、あったぞ。こっから大体八千歩。もうちょいだ」
ずっと灰の中にいたもんだから時間の感覚が麻痺しちまっているが、どうやら今が夜中であることだけはわかる。舞った灰の隙間から微かに届くお天道様の光がさっぱりなくなってしまったからだ。
「うん。もうちょっとってことはアタシにもわかる。もうひと踏ん張りね」
顎から汗を垂らし、もうそれらを拭うことすら辞めたエリナがこちらを振り返らずに応える。
エリナほどではないが、アスナも十二分に疲れている。俺だってそうだ。唯一キースだけは、脳筋で体力馬鹿だからか、平気そうな顔をしている。
ややあって、身体中の「疲れたぞ」ってな悲鳴を無視しながらも、いつもどおりの外観をした見慣れた霊殿にたどり着いた。
ここからはアスナの出番だ。
「アスナ」
エリナがアスナの肩を優しく叩く。
「ちょっとだけなら休める。その後の挑戦で全然良いのよ?」
おそらくそれは半分本当で半分嘘だ。今は一刻を争う。いつ山が火を吹くかわからねぇ以上、すぐにでも試練を始めるべきだ。それでもエリナらしいその言葉に、すこしだけ笑いそうに鳴る。
アスナがエリナを安心させるように微笑んだ。
「ん。だいじょぶ。ありがと」
どうやら、このお嬢さんは今すぐに太陽の精霊の試練に挑戦する気らしい。いや、それが正解なんだがよ。それでも、疲れ切ってるだろうに。本当に大丈夫だろうか。
「ゲルグも、ありがと。これ、もう外すね」
霊殿に入れるのは一人きり。精霊は試練に横槍をいられれるのを極端に嫌がる。
だから、俺がアスナの手伝ってやれるのは霊殿の入り口までだ。
アスナが、アスナの腕と俺の腕をきつく縛っていたロープを手探りでゆっくりと解く。
「入り口までは、腕を引っ張っていく。それぐらいはいいだろ?」
「ん、ありがと。お願い、ゲルグ」
焦点の合っていない目で、それでもその瞳を決意に染めて、アスナが霊殿の方向を睨みつけた。
「エリナほどじゃないけど、私も魔力の流れは感じ取れる。あっち、だよね」
「そうだ」
「じゃ、ゲルグ、お願い」
「おう」
アスナの腕を掴み、ゆっくりと霊殿に向かう。灰で埋もれかけた階段を登り、そして、大きな入口の前までたどり着いた。
俺はアスナに「ちょっと待ってろな」と言って、霊殿の扉を開けてやる。
「扉は開けた。こっからは一人だが……大丈夫か? 無理はすんなよ?」
「ん。だいじょぶ、ありがと」
本当にこいつは「だいじょぶ」しか喋らねぇなぁ。本当に大丈夫なんだか。
ちらりとアスナの横顔を見る。あぁ。うん。大丈夫そうだ。
アリスタードで初めて出会ったころのこいつの顔を思い出す。確かにあのときも勇者として、それなりにしっかりした顔つきだった。
だが今と比べてみろ。比較になりゃしない。
俺は成長した。だがな、俺よりも若いアスナは俺よりも格段に早いスピードで成長しているんだ。若さってのにはそれだけの力がある。
どうあがいても、追いつけそうにはない。いや、追いつこうなんて考えたこともないがな。
その、頼もしい横顔を見て、俺は笑う。
「行って来い」
「行ってきます」
アスナは薄暗い霊殿の中に消えていった。
此処から先は、アスナ一人の戦いだ。
イカロス霊殿に到着しました。
色々と不安を抱えつつも、試練へ突入です。
ですが、アスナの様子を見る限り、あんまり心配なさそうですね。
それよりも、心配なのは……。
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