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第八話:よく、アスナを守ったわ。褒めて遣わす

 アスナの頬をペチペチと叩く。少し長めの睫毛が、ぴくりと動き、そして小さくうめき声を上げた。


「おい、アスナ。起きろ」


「……むにゅ……」


「『むにゅ』じゃねぇ、『むにゅ』じゃ。さっさと起きろ」


 ピクピク動いていたまぶたが、ゆっくりと開き、中から青白い瞳がその姿をのぞかせる。しかし、焦点は合っていない。目が見えていねぇんだから当然だ。


「ゲルグ?」


「おう、俺だ。どこまで覚えてる?」


「ん。確か、なんか良く分かんないけど、『船が沈没する』とか聞こえて……」


「そうだ」


「それから、多分……ゲルグに腕を引っ張られて、何かに乗せられて」


「蒸気船に付けられてた小舟だな」


「腕に何かを巻き付けられて」


「俺の腕とお前の腕をロープで結んどいた」


「……そっからは覚えてない」


 大体覚えているものは変わりないようだ。つまり、沈没して、気絶して、溺れかかって、この島に流れ着いた、と。どんな奇跡的な状況だよ。アホか。


「ここ、どこ?」


「相当俺達は運が良いらしい。グリミア火山島だ」


「他の皆は?」


 他の連中の心配。アスナが状況を把握して、一番に気にしそうなことだ。


「見える範囲には俺とお前だけだ。つっても、当たり一面灰だらけで数十歩先も見えねぇ状態だがな」


 他の連中が無事なのかどうかは確かに気になる。死んでなきゃ良いが。


 と、連中一人一人に思いを馳せようとして、すぐに辞めた。考えても仕方のないことだからだ。今心配するべきはそこじゃない。俺達二人が死なずに、生き続けるってことだけだ。


 俺のカバンは奇跡的に胴体にくくりつけられてぶら下がってるが、基本的にその中に入っているモノ以外の装備品やら荷物やらはどっかいっちまった。アスナも同じで、剣も鎧も船と一緒に魚の餌だ。


「……しかし、っとに運が良い」


 まず、船が沈没して、小舟と一緒に渦に飲まれて、その時点で死んでる可能性が一番高かったはずだ。運良くそこで死ななかったとしても、魔物なり動物なりの餌になって死ぬ。


 そこをなんとかくぐり抜けたとしても、目的地であるこの島に流れ着くってのは、本当に奇跡みたいな確率だ。精霊メティアとかクソ喰らえ、なんて思っちゃいるが、財の精霊(メルクリウス)の言葉通り、本当に何かに護られてるってことなのかね?


「何が……」


 そんな風に考え事をしていると、アスナが震える声で呟いた。


「何が運が良いの? 船が沈没して、皆離れ離れになっちゃって。生きてるか死んでるかもわからない。なんで、ゲルグは『運が良い』なんて言えるの?」


 それは静かな問いかけだった。怒っているようでもあり、悲しんでいるようでもあった。ともすれば、ただ心の中に湧いて出た疑問をただ口にしただけにも聞こえた。


 俺は冷淡にも聞こえる、酷く冷静な声色を心がけて、アスナに応える。


「いいか、アスナ。本来船が沈没して、渦に飲まれた時点で全滅だ。全員死んでたはずだ」


「でもっ!」


 アスナの眦に涙が浮かぶ。


「俺とお前がこうして生きてるだけでも奇跡に近い。これで運が良くなけりゃ、何が運が良いんだ?」


「でも……エリナが、ミリアが、キースも……。イズミさんも、ヨハンも……」


 ついに、抑えきれなくなり、頬を涙が伝った。


「考えんな。今は」


「でも、でも!」


「俺達があいつらを心配して、それであいつらの生存確率が上がるんだったら俺も必死こいて心配してる。考えても考えなくても一緒だ。結果は変わらねぇ」


 冷たいように聞こえるが事実だ。俺が、アスナがどんだけ心配しても、あいつらがとっくに死んでたら、心配するだけ損だ。逆もまた然りだろう。人情としちゃ間違ってねぇ。だが、それが役に立たない状況もある。


「それに別に合流を諦めるなんて言ってねぇ。できる限り全員無事な状態での合流を目指す」


 具体的な手段は知らねぇし、プランもねぇ。そんなことは口が裂けても言わねぇけどな。


「だから、考えんな」


「……ん」


 そう。考えない。それが一番の今取るべき選択肢だ。理解はしたが納得はしていない。そんな顔でアスナが頷いた。だが、それで十分だ。今は。


 それに、あいつらは死んじゃいない。何故かわからないが、そんな気がする。そんな予感がする。根拠はない。


 兎にも角にも、対策だ。エリナがこの島を探索するための対策はある、なんて言ってたが、具体的な話を聞いておくべきだった。


 なにしろ、すでに暑い。今は噴火してから相当時間が経過しているのだろう。噴火の直後はそこにいるだけで、黒焦げになるなんて聞いた記憶がある。次の噴火がいつ来るかわからないことを置いといても、とにかくこの暑さに対する対策は必須だ。


「アスナ、高温から身を守る魔法ってのは使えるか?」


「ん。エリナほど上手くないけど」


「よし、じゃあ使ってくれ。あと、導灯火(ガイディングライト)だったか、それも」


「ん」


 アスナが詠唱をし、ややあって二つの魔法が発動した。身体に感じる熱がさっと冷めていくのを感じる。汗ばんだ身体にその魔法が与えてくれる冷涼感が心地よい。


 そして、目の前に不思議な眩しい光を放つ球が現れた。


導灯火(ガイディングライト)は、光の球なの。どんな不純物も関係なく、見たい方向を照らしてくれる」


「そりゃ助かる」


 まずは連中が生きてる痕跡を探す。もしあいつらが俺達と同じ様にこの島に漂着しているとするなら、海岸沿いに跡が残ってるはずだ。島自体は小さい。歩けば一日もかからずに外周を一回りできるはずだ。生物センサーをフル稼働させて、生き物の反応を探る。この島は人間どころか、生き物一匹いやしない、死の島だ。


 つまり、俺のセンサーに反応したら、それはあいつらだ。そういうことだ。


 なかったら……。いや、ここから先は考えないようにしよう。


「……アスナ、これから先は俺の言うことを絶対に聞け。いいな」


 エリナの言を借りるなら、俺は「アスナの眼」だ。脳みそじゃない。


 だが、今この状況。俺はこのちっちゃい勇者サマの脳みそになってやらないとならない。


 それがおっさんの役目だ。


 アスナが不安げな顔で小さく頷いた。






 歩く。歩く。歩く。


 ただひたすら歩く。海は常に身体の右側に。つまるところ、反時計回りに島を一周している。


 暑さはアスナの魔法のおかげでそうでもねぇ。だが、火山から降り積もった灰による砂浜(・・)が予想以上に体力を奪う。


 勿論アスナを手助けすることも忘れない。ただでさえ足が取られやすいんだ。慎重に、アスナが転ばないように、手をつないで時折声をかけながら歩く。


「大丈夫か?」


「ん」


「三歩先、流木があるから気をつけろ。腕、引っ張るぞ。……っと」


「ん」


 腕を引っ張り、流木に躓かないようにアスナを誘導する。


「ありがと」


 アスナの顔色は悪い。


「具合悪くねぇか?」


「ん。だいじょぶ」


 最悪な状況に血の気が引いているのか、本当に身体の調子が悪いのかはわからねぇ。なにしろこいつは「だいじょぶ」しか言わねぇ。


 顔色の悪さに気づいてすぐ、額に手を当てて確かめたが、体温に変わりはなかった。だが、身体の不調ってのは、体温だけに表れるものじゃない。注意深くアスナを観察したきたが、顔色と、元気が無いこと以外は普段どおりだからよくわからねぇ。


 それと同時に生物センサーも全開だ。これは魔法がカバーしてくれねぇし、もしもそんな魔法があったとしても俺がつかえねぇ。完全に俺の感覚頼りだ。今のところめぼしい反応はない。


 そんなわけで、俺の体力もどんどんどんどん削れていく。魔法によって過ごしやすい気温が保たれているってのに、冷や汗が次々と背中を流れていく。


 センサーの範囲の広さには自信がある。だが、それは活発に動いている生物に限った話だ。倒れて、気絶したり、寝てたりしてると感度は悪くなる。だもんで、それをカバーしようと感覚を研ぎ澄ます。それが、マジできつい。


「ゲルグ、だいじょぶ?」


「ガキが大人の心配をするな」


 口では強がってはいるが、限界は見えてきている。それでも気合と根性なんていうよくわからねぇもんで、島一周分はなんとかしてやろうって気概だ。


 っとーに、この島に魔物やらなんやらがいなくて助かった。


 そのことに安堵していたら、少しだけ気を抜いてしまい、呼吸が乱れた。


「息、荒いよ?」


 こまっけぇな。小さいことに気づきやがる。


「……お前はお前の心配をしろ」


「ん」


 そんな感じに、励まし合いながら――励まし合ってるのか全くもって疑問ではあるが――ひたすら歩く。


 歩き始めて、数時間ほど経っただろうか。時間の感覚もわからねぇ。なにしろ、この島は太陽の光がほとんど届かねぇ。わかるのは今が夜なのか朝なのかぐらいだ。


 目を覚ました時は夜じゃなかった。今も夜ではないらしい。それぐらいだ。


 そんな折、アスナが小さく口を開いた。


「ねぇ」


「んだ?」


「くだらないこと聞いても、良い?」


「別にいいぞ」


「どうして、ゲルグは、私と……私達と一緒に来てくれるって、そう決めてくれたの?」


 くだらねぇ質問の中でも、いっちゃんくだらねぇ質問が来たな。


 いや、くだらなくもねぇか。


 アスナにとっちゃ。いやあいつらにとっちゃ、俺って存在は不可思議でしかないだろう。


 なにしろただの一般人。一般人ですらねぇ。小悪党だ。今はなんかよくわからねぇままに、不本意ながら「騎士」とやらになっちまったみてぇだがな。


 その自問自答はな。俺の中ではとっくに決着が着いてんだ。でも言葉にするとすげぇ陳腐になる。陳腐にしようとしなけりゃ、話すのにやたらめったら時間がかかる。非常に厄介な質問だ。


 いつか誰かに聞かれるとは思ってた。そんでもって、多分それはアスナなんだろうな、ってことも、薄々感づいていた。他の連中は、勝手に自己完結してるか、俺が一緒にいるという結果が重要で、理由なんてどうでも良いかのどちらかだ。


 だから、俺はこう言うしかねぇんだ。自問自答のプロセスがどんなもんだったのかは置いといてな。


「俺が大人で、お前がガキだからだよ」


「むぅ」


 アスナが顔色は悪いままに、ぷくっと頬を膨らます。


「はぐらかした」


「はぐらかしてねぇよ。色々あっけどな」


 そう、全部。


「そこに行き着いちまうんだよ」


 その言葉にアスナが小さく笑った。つられて俺も少しだけ笑う。


 その時だった。俺のセンサーが僅かな気配を捉えた。


「っ!? アスナ!」


「ん!」


 アスナを抱き上げて走る。灰に脚を取られそうになるが、そこはおっさんの意地でなんとかこらえる。


 距離にして、およそ五百歩ほど。俺が走れば数秒だ。アスナの重さを差し引いてもそんぐらいだ。まだまだ俺も現役だよな。


 走りきって、灰に埋もれかけたそいつらを見て、俺はアスナの髪の毛をくしゃりと撫で付ける。


 アスナが一番心配しそうな奴が見つかった。おまけもつけてな。


「エリナとキースだ」


 キースがエリナを抱きかかえるようにして、倒れている。キースの野郎。立派に「騎士」してんじゃねぇか。自分が死んでもエリナは守るってか? 大した野郎だよ、全く。


 アスナの顔が喜色満面の笑みになる。ミリアとイズミ、それからヨハンが未だ行方不明だとは言え、この二人、特にエリナがいれば事態は圧倒的に好転する可能性が高くなる。


「アスナ、目覚ましの魔法ってあるか?」


「なにそれ」


 アスナが笑って、それから詠唱を始める。


覚醒(アウェイキニング)


 エリナとキースの身体が淡く輝き、そして二人が重たそうにまぶたを開いた。


「ゲルグ?」


 最初に呆けた声を出したのはエリナだった。


「大丈夫か?」


「……あ、アスナはっ!?」


「落ち着け、無事だ。俺の隣を見ろ」


 エリナが猛スピードで立ち上がって、アスナの身体を触りまくる。


「あ、アスナ! 大丈夫? 痛いところとかない?」


 瞳に涙すら浮かべながらアスナを心配するエリナを見て、やっぱりエリナはエリナだよなぁ、なんて思う。そしてアスナが苦笑いを浮かべて「ん、ありがと、だいじょぶ。エリナこそ大丈夫?」、なんて言った。


 エリナがその言葉に我に返り、自分の身体を検める。ポンポン、ポンポン、と身体中を叩いて、異常がないかを確かめているようだ。


「なんとか……ねっ!」


 いきなりエリナが俺の向こう脛を思い切り蹴飛ばした。予想以上のその痛みに、アスナを放り投げそうになる。


「いっ!?」


「いつまでアスナを抱きかかえてるつもりよ!」


「しょっ! しょうがねぇだろ!」


「うるさい! 小悪党! 命令に従いなさい! アスナを降ろしなさい!」


「は、はいっ! す、すみませんっ!」


 俺の行動は早かった。アスナを迅速に、しかし危なげなく立たせる。その後でうずくまって脛をさする。あー、いってぇ……。


 そして、その後でエリナがキースの頭を蹴飛ばした。


「キース! もう起きてるんでしょ! 寝ぼけてないで、シャキッとしなさい!」


「ぐおっ! ひ、ひめさ……じゃなくて、陛下!?」


「もう『姫様』、で良いわよ。起きなさい」


 滅茶苦茶なスピードで、頭を抑えたキースが立ち上がった。


「状況は最悪。そういうことね?」


 流石聡明なエリナだ。もう、自分の置かれている状況を大凡把握しているらしい。脛をさすりながらも感心する。アスナがそんな俺を見て心配そうな声を出す。


「結構鈍い音したけど、だいじょぶ?」


「だいじょばねぇ……」


 正直クソほど痛い。


「アスナ。そんな小悪党心配しなくて良いから」


 その扱いはちょっとひどくねぇか? こっちは、お前らを助けに来たんだぞ?


 まぁ、いいや。


 今までなら魔法が飛んできた。今回は脛を蹴られるで済んだ。確実に俺の待遇は改善されている。そう思おう。いいんだ、それで。


「ってぇ~……。それで? これからどうするよ?」


 痛みも引いてきたところで、エリナの方を向く。


「まずやるべきことは一つよ」


「なんだよ」


「大声を出す」


「は?」


 大声出して、何とかなりゃ俺がとっくにそうしてるっつーの。


「アンタ馬鹿ね。アンタは使えないだろうけど、この世界には拡声魔法っていう便利なものがあるのよ」


 ……あー……。すっかり忘れてた。自分が使えないもんだから。思わず後頭部を掻きむしる。


 そんな俺にエリナが何故かかしこまった様子で向き直った。


「サー・ヒーツヘイズ!」


 一瞬誰のことを呼んでいるのかわからなかったが、すぐに気づく。それ俺だわ。


「よく、アスナを守ったわ。褒めて遣わす」


「お前に言われなくても、それぐらいこなすさ」


 なにせ、俺はおっさんだからな。若人を守り通すのが、大人の役目だ。


「んじゃ、拡声魔法使って大声出すわよ。イズミあたりは生きてれば引っかかってくれると思うのよね」


 エリナの拡声魔法作戦は完璧だった。数分もしないうちに、イズミがやってきた。流石、大魔道士エリナ様だよ。

全てはアスナの主人公補正です。

生物が生きていけない島。

普通なら絶望ですが、そこはそれ、皆しっかりしてますね。


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[一言] 遭難した場合、はぐれた場合の合図を決めていなかったのはマイナスですね。 イズミなら、そのへんもしっかりしてると思いました。
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