第十三話:運命なんて一言で片付けるにゃ、悲しすぎるだろ
「……やっと着いたのか……」
主に俺の足腰がぐでぐでになりながらも、俺達は転移の洞窟にたどり着いた。長かった。ここまで長かった。リーベを出てから約一週間だ。俺以外の魔王討伐メンバーは流石に世界中を旅しちゃいない。エリナは少しばかりうんざりはしているようだが、それにしたって俺以外の奴らは基本的にケロっとしている。
「ん。ここが転移の洞窟」
アスナが俺の呟きに律儀に返答する。
「懐かしいわね。一年前もここを通ったっけ」
エリナが感慨深げに呟く。キースとミリアがその言葉に頷いた。
こいつらにとっちゃ、この洞窟が旅の始まりそのものだったんだろう。そりゃあ感慨深くもなるだろうさ。俺というお荷物がいるせいでスキップできないってのが、なんとも情けなくもあるが。
んでもって前もって聞いていた話通りというかなんというか、洞窟の入り口は固い土で出来た壁で塞がれていた。
「んじゃ、発破かけるぞ。お前らちょっと離れてろ」
カバンの中から拳大の球を取り出して、導火線に火を付ける。いくら魔王討伐を果たした連中だからといって、この爆発が直撃すれば命に関わる。土壁に火をつけた爆薬を置いて、俺もササッと距離を取る。
大気をつんざく轟音、身体の芯から震えさせるような爆音。そんな音が鳴り響き、土煙がもくもくと立ち上がる。あの爆薬の威力は折り紙付きだ。土木工事にすら使われる、ちょっとばかし威力のでかすぎるブツ。その威力を証明するように、土煙が晴れ、立派だった土壁は跡形もなく消し飛んでいた。
「凄いわね。あの壁、多分魔法で作られたものよ。ちょっとやそっとじゃ壊れないはず。それがあんな小さな爆弾で消し飛ばすなんて……」
流石魔法の専門家。俺にゃただの土で出来た壁にしか見えなかったけどな。そうか、魔法で作られたものなのか。
「ゲルグって、なんと言いますか……」
ミリアがなんだか言いにくそうに言葉を濁す。なんだ何が言いたい?
「あぁ、ミリア。俺も多分同じことを思っていた」
「あたしもあたしも」
何だお前ら、揃いも揃って。
「便利ですね」
「便利だな」
「便利よね」
便利、ってお前ら。ちょっと酷くねぇか? 言うに事欠いて「便利」かよ。便利か。便利……。俺は大きくため息を吐く。
「ゲルグ。助けられてる。ありがと」
そういうことを言ってくれるのはお前だけだよアスナ。俺は目頭が熱くなるのを感じた。これは涙じゃない。心の汗だ。
気を取り直して転移の洞窟に入り込むと、いかにも人の手が入った人工物のような、そんな感想を抱かせる風景が目に映った。洞窟ってなんだ、洞窟って。話だけには聞いちゃいたが、ここまで「洞窟」なんて言葉が似合わない場所もねぇぞ。
壁には燭台が据え付けられている。火は着いちゃいないがな。そんでもって薄ぼんやりと壁が床が光っている。これもなんかよくわからん魔法によるものなのか?
「おい、エリナ。この壁やら床がぼんやり光ってんのはどういうことだ? 魔法か?」
「厳密には魔法じゃないわ。そういう素材を使って作ってるってだけ。魔力を帯びた石を加工して、壁と床に敷き詰めてるのよ」
「ほーん。流石に博学だなぁ」
「当然でしょ? 私を誰だと思ってるの? 大魔道士エリナ様よ?」
お前が「大魔道士」なんていう、大層な人物だとは初めて聞いたよ。王女サマじゃねぇのかよ。
「エリナは魔法とか魔力とか、そういうのに凄い詳しい。勉強家。大魔道士って呼ばれても誇張じゃない」
アスナが補足する。こいつがそこまで言うんなら、それほどまでの使い手で、知識量なんだろう。だが、腑に落ちねぇ。
「王国の姫さんがねぇ。なんだって、そんなに勉強したんだか」
「そんなの決まってるじゃない。好きだからよ」
好きだから、かぁ。それならしょうがねぇな。ってなるかボケ。好きこそものの上手なれとは言うが、普通一国の王女がそこまで知識を蒐集したりはしねぇよ。
「ミリア、どう思う?」
「え? えっと、私にはなんともですね……。その、なんと言いますか……」
すまん。お前に聞いた俺が馬鹿だった。
「ま、なんだ。進むか」
「そうだな。早いところ大陸を抜けるのが良いだろう」
「ゲルグはアリスタード大陸から出るのは初めてなんですよね」
道すがら、不意にミリアから疑問が投げかけられた。
「あぁ。なんたってちんけな泥棒だからなぁ」
「大陸を出たいと思ったことは無いのですか? 貴方ほどの器用さなら、他の大陸で様々な生き方もできたと思うのですが。その……盗みを働くとかそういう方法ではなくて」
三日前くらいにキースに同じようなことを聞かれたな。あんときゃどう返したんだっけか。俺は三日前のキースとの会話を思い出そうとするが、歳なのか中々思い出せず、押し黙った。
そんな様子の俺を勘違いしたのか、ミリアが少しばかり慌て始めた。
「い、いえ、決してゲルグの人生が間違っているとか、そういうことではなくてですね。確かに泥棒は悪いことですが、そうせざるを得なかった事情とか、色々あるんだろうなぁ、とか想像してはいるんです。その、なんというか……」
「あぁ、悪い。三日ぐらい前にキースに同じようなこと聞かれてな。別に黙りこくったことに他意はねぇよ。そんな慌てんな。別に泥棒が『泥棒』って言われたって怒りゃしねぇ。事実だからな」
やめろ。お前さんが慌てると、俺も慌てそうになる。あわあわしているミリアをちらりと横目で見る。あぁ、ようやく思い出した。
「キースにも言ったが、自分の人生にゃそれなりに満足してた。それだけだよ」
「満足、ですか?」
「あぁ。そりゃ、堂々と胸張って威張れるような稼業じゃねぇのは理解してんだ。でも、その日暮らしとは言えそれなりに銭が稼げて、何一つ不自由ないとまではいかないがそれなりに自由にやってこれた」
「自由、ですか……」
「それが一番だなぁ。んなこと言っても、それなりにしがらみもあったりしたもんだが」
主にグラマンとかグラマンとかグラマンとかだな。あいつがいなくなってからは、比較的自由ではあったが、それでも裏社会にゃ裏社会のルールがあった。あれ? そう考えると、なんとなく全然自由な気がしてこない。どういうこっちゃ?
「私は神官です。ゲルグの仰る自由とは正反対の生活を送ってきました。精霊メティアに仕え、しきたりを守り、貞節を差し出し、祈りを捧げ、迷える子羊を導く。アスナ様に同行するよう命ぜられたのも、私自身の意思ではありませんでした。いえ、その事自体は大変名誉なことなので、嫌々同行したわけでは無いのですが」
「はぁ」
なんだこれ? 俺、更生させられようとしてんのか? 要領を得ねぇ。何が言いてぇんだ?
「でも、私自身はそれを不自由と感じたことはありません。ゲルグの仰る自由というのはどういったものなのですか?」
自由、自由ねぇ。うーん。自分でもよくわからんが。
「安息日以外は朝から晩まであくせく働いて、汗流して、それで生活するってのが性に合わなかったんだろうな。俺の稼業はいわば個人事業主みてぇなもんだ。休む日も働く日も自分で選べる。そりゃ、休み過ぎたら食いっぱぐれて死ぬのは自分なんだがな。そういう根無し草の生き方が性に合ってたんだろうよ」
「そう、ですか……」
うん、っとーに要領を得ねぇ。何が言いてぇんだ? こいつは。俺ははっきりと聞いてみることにした。
「ミリア。お前さん、つまり何が言いてぇんだ?」
「ゲルグ、貴方には『風の加護』が精霊メティアより付与されています。加護はその人間の運命によって与えられる力。貴方の今までの在り方と照らし合わせても、加護を与えられる人生だったとは思えないのです。いえ、貴方の人生が悪いとかそういう話では無いのですが……」
流石神官だけあって、人間の加護とやらを見抜くことができるらしい。精霊メティアが人間を助けるために授ける力。加護。精霊サマが人間を助けるとかなんとかいう話は眉唾にしか思っちゃいないがな。
「なので、貴方がアスナ様を助け出した。それ自体が貴方に課せられた運命である、そう思わずにはいられないのです」
運命、運命ねぇ。人間には運命なんてもんがあるなんて言う奴もいるが、俺はそんな意見には同意しかねる。だが、ミリアはシスター、つまりメティア教の神官だ。運命とかそういう眉唾な話を本心から信じていたとしても不思議には思わない。
だがちげぇだろ。運命ってなんだ。俺がこれまで生きてきて自分で切り開いたと思ってることも「運命」なんてもんで説明できちまうのか? んなもんクソッタレだろうがよ。
「俺は自分の人生は、自分で選択して、切り開いていくものだと思ってるよ」
「精霊メティアは重要な運命を持った人間を予め決めると教義にあります。貴方に付与された加護。そして今の状況。無関係だとは思えないのです」
そりゃ、あれか? 俺がアスナを助ける、って決めた。その思いやら、決意やらも精霊に運命づけられたってことか? うーん。ミリアの言いたいことも理解できる。理解できるが。
「だとしたら、納得いかねぇな。俺は今この状況は、俺の、俺自身の矜持に則ったものだと思ってる。アスナを助けたのも、お前らに付いてきたのも、そんな運命だとかあやふやなもんじゃ決してねぇ。俺自身が選択して、俺自身が決めた」
それを「運命」なんて一言で片付けられちゃ、精霊メティアとやらに文句の一つでも言いたくなるってもんだ。
「あ、ごめんなさい。気分を害されたのでしたら謝ります」
「いい、いい。お前さんは神官だ。その考え方を否定する気はねぇよ。謝られる謂れもねぇ」
「いえ、すみません。そうですよね。ゲルグが選択して、ゲルグが感じたもの。それは精霊メティアでも推し量れないものですよね」
「精霊サマが何を考えてるかは知らねぇがな。俺は俺だ」
そう、俺は俺だ。それ以上でも以下でもない。
「でもよ、もしも精霊サマが運命なんてものを人間に押し付けてるんだとしたらよ」
酷く遠い目をしている自覚があった。
「そりゃ、ひでぇ話だと、俺は思うがな」
この状況も運命なのか? アスナ達が世界中から付け狙われているこの状況が? そんなもんクソだろ。そう思わねぇか? うん、考えても仕方のねぇ話ではある。だが、そう思わずにはいられない。
「運命なんて一言で片付けるにゃ、悲しすぎるだろ」
「……そうかも、しれません」
ミリアが押し黙る。うん、気まずい。実に気まずい。やっちまった。別にミリアにこんな顔をさせたくて言ったわけじゃないんだ。大人気なかった。すまん。
「何? 何の話ー?」
エリナがバカっぽい調子で俺達二人の間に割り込む。今回ばかしは、この王女とは思えねぇお嬢さんに感謝したい気持ちでいっぱいだった。
「いやな、ミリアにメティア教がどういうものなのか、ってのを教えてもらってたんだよ」
「メティア教? 精霊メティア様の存在を疑ったことはないわねぇ」
意外だ。エリナがそんな信心深いとは思わなかった。
「意外そうな顔すんな。っていうか魔法使いなら、メティア教は教義までは知らなくても身近なものだからね」
「ん? どういうことだ?」
「だって、精霊と契約しないと高位魔法使えないでしょ?」
あぁ、確かにな。そういや俺も精霊サマの存在自体には疑問を抱いたこたぁ無かったな。精霊サマが人間を救うだとか、善なる存在だとか、そういったものには懐疑的ではあったが。
「魔法がそのまま信仰と直結してる、ってことか」
「信仰、ってのとはまた違うと思うけどね。高位魔法使えないアンタにゃわからないでしょうけど、精霊は実在するわ。契約すれば、その存在が肌で感じ取れるわよ」
へー、ふーん、ほー。高位魔法なんて使えない俺にゃ縁のない話だ。なんたってアリスタード大陸には霊殿が無い。ひとっつも無い。なんで無いんだってほど無い。
「アンタもエウロパ大陸に行ったら、契約の一つでもしてみたら? 難しい魔法は使えなさそうだけどね~」
「まぁ、そうだな。使えねぇだろうけどな。力量と魔力の保有量によって決まってくるんだったか」
「んっとねぇ。八割ぐらい合ってるんだけど、ちょーっとだけ違うのよね。どの生物にも、適性ってものがあるの」
適性? そりゃ初めて聞いた話だ。
「ゲルグって、変に物知りなところもあれば、全然何も知らないところもあるわよね。例えば私なんかは神聖魔法には適性が無いの。だから回復魔法とかそういう魔法は契約したけど駄目だった。逆に適性があれば、自分の力量以上の魔法が使えたりもする」
「そういうもんなのか」
適性。適性かぁ。俺にゃどんな適性があるんだろうなぁ。どうせ何もねぇだろうなぁ。
「アンタだったら、メルクリウスとかに適性ありそうだけどね」
「ん? そうなのか?」
「メルクリウスは、財の精霊。つまるところ、盗賊とか商人とか職人とかそういう人間に適性があるのよ。適性っていうのはね、その人の性格とかこれまで歩んできた人生とか、考え方とかそういうので決まってくるのよ。ね、ミリア」
「はい。エリナ様の仰るとおりです。適性は過去と現在、未来によって決められると教義にあります。なので、歩んできた道のり、今の考え方、そして……運命……。それらによって決まります」
こいつめ。運命って言葉に俺が過剰反応すると思ってやがるな。バーカ。そんな小せぇ器じゃねぇよ。いや、小悪党だから器は小せぇのか? まぁいいや。
「ちなみに、私は基本的には攻撃する魔法に適性があるわ」
そりゃ、お前さんの性格をよーく表してるよ。そんな言葉はしまっておいた。
またも、繋ぎのお話です。
魔法の設定について新たなことがわかりましたね。
纏めると以下です。
■簡易魔法
・一部の特殊な例を除いて誰でも使える
・魔力を媒介に、万物に宿る小精霊の力を拝借
・大それたことはできない。日常生活で使えて便利だな、くらい
・詠唱は原則不要。念じるだけ。
・適正とかそういう難しいものはあまりない
■高位魔法
・各地の霊殿にいる精霊と契約しなければ使えない
・契約しても、その精霊が与える全ての魔法を使えるとは限らない
・使える魔法は、力量、魔力保有量、適正で決まる
・魔力を媒介に名前付きの大精霊の力を拝借する
・基本的に詠唱が必要で、結構だいそれたことができる
ってな塩梅です。
他にも話が進むにつれて色々設定が小出しになっていくと思います。
次話当たりから、いきなりピンチになっていく予定です。
ちょっと起伏のない話が二話ほど続きましたが、よろしくお願いいたします。
まぁ、この話の「運命なんて一言で片付けるにゃ、悲しすぎるだろ」って台詞、
私は好きなんですけどね。
ゲルグらしくて。
主人公補正です!アスナの!(これ言わないと始まらない)
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