第四話:此度の功労者、ゲルグ! 私の前までおいでなさい!
堅苦しい式典が終わりゃ、その後は王宮関係者向けに――貴族やら騎士やら兵士やらだ――パーティーを開くらしい。パーティーっても、俺が知ってる宴会みたいなもんじゃねぇ。しんみりと飲むようなもんでもねぇ。
アリスタードの王族の権威をこの国の貴族共に誇示するため。そして、新たに女王となったエリナが、「確かにこの国における全ての人間の上に立つ立場に相応しい」とわからせるため。そんな目的があるらしい。
というわけで、なんでか知らんが俺もパーティーに参加することになってんだが、そりゃもう手持ち無沙汰だ。
一回だけ、アスナに「とりあえず何もしねぇでそこに立ってろ、お前の分の飯、取ってくるから」とか言って、テーブルに所狭しと並べられた贅沢そうな料理を取りに行こうとしたもんだが、気持ち悪い視線を隠さないでアスナに近寄ってくる貴族がいやかったもんで、慌てて引き返したもんだ。
今じゃ、アスナにくそったれな連中が近づいてこねぇように見張るのが俺の役目だ。俺の人相はそこまで良い方じゃねぇ。そんでもって、勇者であるアスナの隣に立っていて、周りに睨みを効かせているときたもんだ。小心者の貴族は近寄っちゃこねぇし、たまに来る偉そうな貴族に関しても、ちょっとばかし「あぁん?」ってメンチを切りゃ、慌てて「用事を思い出した」とか言ってどっか行く。
この国でこそ泥なんてやってた頃にゃ、こんな芸当はできなかったもんだがな。俺もそれなりに力量が上がってるってこった。
「ゲルグ、お腹すいてない? 大丈夫?」
「お前は余計な心配すんな、馬鹿」
そうこうしているうちに、アスナに近づいてくる連中もいなくなり、今となっちゃ定期的にアスナが、「お腹すいてない?」と俺に聞き、「心配すんな、馬鹿」と俺が返すという、一種のルーチンが出来上がっている。
キースは同じ騎士やら、兵士やらと酒を飲みながら談笑している。積もる話もあるのだろう。小さく「俺はお前を信じていたぞ、キース」だとか聞こえてくる。それに対して豪快に笑うキース。あいつ、あれを本気で信じてるなら、脳みそがお花畑ってことになるが本当に大丈夫か?
ミリアはメティア聖公国から来た連中と、軽食をつまみながら話し込んでいる。神官を辞めたとは言え、元同僚。そりゃ、それなりに話も弾むのだろう。
そんでもって、一番すげぇのはエリナだ。列ができている。比喩じゃない。貴族共が、列になって、新たな女王陛下に挨拶にやってきているのだ。誰もが、堅っ苦しい挨拶に始まり、前王の愚行をあげつらい、エリナの気高さを褒めそやし、そして最後に自分のアピールをして帰っていく。あいつのこめかみに青筋が立ってるように見えるのは俺だけだろうか。いや、気のせいじゃねぇ。
あいつに取って、前王の話題は地雷に他ならない。確かにろくでもねぇとしか言いようが無い。そんなイメージしか俺だってもっちゃいねぇ。だが、エリナにとってはたしかに愛すべき父親であり、エリナもその愛情を受け取っていたはずだ。
なにがしかの歯車が狂って、こうなってしまった。ただそれだけなんだ。
だからこそ、俺達ですら前王の話題は避けている。口が裂けてもエリナの前ではその話はしない。
触れられたくない話題の一つや二つ、誰にだってある。今のあいつにとっちゃ、それがそうだって、そんだけだ。
だからこそ、無神経にエリナを持ち上げるためだけに前王を貶す馬鹿共に、エリナは静かに怒っているのだろう。今後のことを考えて爆発はしねぇようにしているようだが、うん。限界も近そうだ。
だが、貴族達の列はまだまだ続いている。入れ代わり立ち代わり女王に祝福の言葉を吐き、そしてエリナが引きつった笑顔で対応する。
「大変そうだなぁ」
「ん。私もそう思う。エリナ、大丈夫かな?」
アスナよ。お前はもうちょっと自分の心配もしろな? 少しばかり慣れてきたとは言え、まだ目が見えてねぇのは変わってねぇんだぞ?
そんな意味を込めて、アスナの頭を乱暴に撫で回す。
「ひゃっ、な、なに?」
「お前は他人の心配ばっかじゃなくて、自分のことももうちょっと考えろ」
「むう。ゲルグ、心配性。こうやって立ってるだけなら、人の気配もなんとなく感じるし、エリナの前にたくさん人がいるのもわかる」
そう。こいつだってある程度は周囲の人間や生物の気配を掴むことはできるのだ。野生の勘からなのか桁外れなソニアはともかく、イズミや俺とくらべても月とスッポンではあるがな。
だが重要なのは、人間や生物以外の気配は感じ取れねぇってところだ。早い話が地形みたいなもんは、どんだけ感覚を研ぎ澄ましてもわからねぇ。だから、今のアスナは危なっかしい。イズミや俺は、音の反響なんかである程度は把握することができるんだがな。まぁ、こりゃ今までの経験ってやつだ。
「とにかく、お前はちょっと大人しくしてろ。俺が付いてるから」
「ん」
ぐう、と腹がなる。アスナが「やっぱり」みたいな顔で俺の方を見る。
俺はアスナが口を開く前に、またアスナの頭をガシガシと撫でくりまわすのだった。
退屈な時間はまだまだ続きそうだ。
エリナの前に出来上がっていた貴族の列も残りわずかとなった。心なしかエリナの表情にも疲れが見える。
後、二、三人だ。「お疲れさん」とでも、後で労ってやろうとは思う。「小悪党に心配されるほど落ちぶれてないわよ」とか返ってきそうだがな。
そんなことを考えていると、ようやく最後の一人の挨拶が終わったらしい。進行役のおっさんが、どこからかしずしずと歩いてきて、エリナの横で立ち止まる。
「これより、女王陛下より勅語がございます。心して拝聴願います」
最後はエリナのスピーチで締めるのか。あいつも大変だな。本当に。
エリナがゆっくりと、威厳を感じさせるように立ち上がり、その場にいる全員を見回す。
「親愛なる家臣諸君。まずは私の戴冠に際し、祝福の言葉をかけてくれ、感謝する。……我が父、前王グラン・アリスタードは私が勇者アスナ・グレンバッハーグと旅立つまで、良き父であり、良き君主であった。少なくとも私はそう感じている」
その言葉に貴族どものほとんどが身体を強張らせた。さんざんエリナに対して、あの前王をこきおろしてた奴らだからな。面の皮の厚い奴はなんとも思ってなさそうに見えるが、そいつらはエリナからの印象は更に最悪なものになるだろう。
「しかし、勇者アスナ・グレンバッハーグと、私、そしてキース・グランファルド、ミリアが魔王を打倒し、帰ってきた時、前王の様子は以前とは違っていた。原因に心当たりはない。ただ、野心に目をぎらつかせ、以前の王とはまるで違って、そう、別人に私には見えた」
エリナが深く息を吸う。
「この中に原因に心当たりがあるものはいるか?」
誰も何も話さない。声を発しない。ただただ無言の時間が数秒過ぎた。
知っていたとしても、言うわけがないだろう。なぜならそれは、「王の豹変に自分が加担していた」と喧伝するようなものだからだ。そうじゃなくても、「なんで心当たりがあんのに何もしなかったんだ」って追及されることは間違いない。
だから、これはエリナの。あいつなりの牽制だ。きっと。「私は加担していた奴を決して赦す気は無い」と。
「……いない、か。しかしながら、原因とまではいかなくとも、少しばかり心当たりがある」
そう。それは。
「この場にいない、主席宮廷魔導士ミハイル及び、騎士団長ガウォール・サルマンの二名だ。ミハイルもサルマンも、この場にいて然るべきではないだろうか。そうは思わないか?」
エリナがまた貴族共の顔を見回す。
「奴らの居場所を知っている者は?」
やはり誰も答えない。エリナは深くため息を吐いた。
「この場で名乗りを上げ、情報を提供することが危険であることも承知している。情報を持っている者は、後で私のところまで参りなさい。もし、其の者がかの者達に加担していようとも、一定の情状酌量を与えることを約束する」
そして、「勿論褒美も取らせる」と付け加える。
「ミハイル、サルマンの二名には、詳しく話を聞かなければならない。そのことは、勿論皆も認識しているだろうと思う。居場所を知っているもの。何をしていたのか、何を企んでいるのか、何をしようとしているのか。少しでも良い。情報が欲しい」
エリナは口では「情状酌量」やら「褒美を取らせる」やら言っているが、それが俺には本心には思えなかった。もし、あいつの父親を狂わせた原因が、ミハイルとガウォールで、そしてその活動にこの国の誰かが加担していたのであれば、きっとエリナはそいつを赦すことはないだろう。
「さて、諸君らに幾つか伝えておかなければならないことがある」
一呼吸置いて、エリナが話題を変えた。
「勇者アスナ・グレンバッハーグは魔王を打倒した。そのことは皆の記憶にも新しいだろう」
そりゃあ、ほんの数ヶ月前の話だ。忘れている奴なんていねぇだろう。
「だが、残念な知らせだ。魔王は未だ生きている。今、力を取り戻さんと表舞台から姿を消してはいるが、再度世界に危機を及ぼそうと画策している」
貴族に、騎士に、兵士に、動揺が走る。場が一気にざわめいた。当たり前だ。世界中が歓喜に震えたあの瞬間が、まるで嘘っぱちだった、そういうことだから。
だが、エリナの言葉に動揺しなかった数人を、俺は見逃さなかった。エリナも注意深くそいつらを順繰りに睨みつけた。後で情報を搾り取る必要があるだろう。
「我が国、アリスタード王国は、メティア聖公国と協力し、魔王を打倒することとする。……我々は愚かだった。魔王という世界に対する明確な脅威に対し、勇者アスナ・グレンバッハーグに全てを押し付け、重責を負わせた。精霊メティアからの託宣があったとは言え、数人の肩にそれを負わせるべきではなかった」
エリナの顔が険しいものとなる。
「国が一丸となるのだ。確かに魔王を打倒しうるのは勇者の力だけかもしれない。だが、我々にもできることはある。メティア聖公国を中心に世界を取りまとめ、一つになり、そして魔王を打倒するのだ」
その右手を、エリナが強く握り、天高く掲げた。
「魔王の軍勢は確かに脅威かもしれない。しかし、高潔な諸君らであれば、世界が一つになれば、決して負けはしない! 諸君らの力を、私は求めている! 世界を救う力を! 民を守る力を! 諸君らの献身を! 世界に対する献身を! 偉大なる、アリスタード王国こそ、世界の中心であると、魔王に対する圧倒的な攻勢を以て世界に知らしめるのだ!」
それは、淡々と、しかし有無を言わせぬ迫力を持ち、そして気分を高揚させるような、そんな言葉だった。声の抑揚なのだろうか。エリナの立ち居振る舞いなのだろうか。間のとり方なのだろうか。恐らく全てなのだろう。
貴族が、騎士が、兵が、この広間にいる全員がエリナの掲げた右手に呼応するように、己の右手を掲げた。
轟っ、と咆哮が発せられた。一人の物ではない。この広間にいるほとんどの人間が沸き立った。「エリナ様万歳!」、「アリスタード王国万歳!」と数え切れないほどの、感情が籠もった声が響き渡る。
エリナ、お前は本当に。
「名君だよ。お前がいりゃアリスタードは安泰だな」
「ん」
俺の独り言に、アスナが応える。
エリナのスピーチはまだ続く。
「そして、皆の意思が一つになったところで、まずやらなければならないことがある」
やらなければならないこと、ってのはなんだろうなぁ。なーんて、ぼけっと聞いていた。とにかくエリナの女王としての気迫に圧倒されっぱなしだったんだ。
「すでに有名無実となってはいるが、勇者アスナ・グレンバッハーグ、その母ミーナ・グレンバッハーグ、キース・グランファルド、ミリア、そしてゲルグの国際手配を撤回し、『国家転覆』、『要人暗殺』、そしてその幇助は冤罪とし、無かったものとする」
視線がアスナに集まった。アスナもそれを感じたのかわずかに身じろぎをする。
「勇者アスナ・グレンバッハーグ。前王、私の愚父がしでかしたことだ。どうか、赦しを賜りたい。そして、共に魔王を打倒してはくれないか?」
エリナが広間の隅っこにいたアスナを優しげに見つめる。
「そんなの……」
小さくアスナが呟く。俺にしか聞こえないような音量で。
「答えなんて、エリナわかってるじゃん」
そうだよな。お前はもう最初っから決めてるんだもんな。なら答えは一つしかねぇよな。
「女王陛下。謹んで、拝命申し上げます」
アスナがニッコリと微笑んで、エリナの方を見る。エリナもそれにつられて笑った。
「勇者の赦しは得た! 諸君らの武勲を私は期待する! 存分に腕を奮え!」
また、広間が湧く。
いや、デニスでもちょっと思ったけどよ。あいつ、人を乗せるのがマジで上手いよな。それがきっと名君の条件の一つなんだろう。
「最後に!」
これでスピーチも終わりだろなぁ、なんて思っていたら、エリナが大声を張り上げた。
「此度、勇者アスナ・グレンバッハーグ並びに、その母ミーナ・グレンバッハーグ、キース・グランファルド、ミリア、そして私エリナ・アリスタード。我々が前王の手にかからなかったのには、理由がある」
そりゃお前らが頑張ったからだろうがよ。今更改まって言うことでもねぇだろ、と気楽に考えてた。俺は馬鹿だった。
「その立役者に、何の褒美も無し、というのは私としても心が痛い。褒美を取らせる必要がある」
立役者? 誰のことだろうなぁ……。嫌な予感がするなぁ……。
いや、薄々感づいて来たんだよ。だってよ、アスナがなんかキラキラした目でこっち見てんだもんよ。あら、キースも何故か誇らしげな顔で俺を見てやがる。ミリアは……いつも通り優しい笑顔を俺に向けている。
うん。逃げたい。この後の展開がなんとなく予想できた。
「その立役者の名は、ゲルグ、という。私は、その者に相応の褒美を与えねばならないと考えている」
いたずらが成功したガキみたいな光を、エリナの瞳が湛えたのは俺の気の所為じゃねぇ。
「私は考えた。我ら四人が前王の手にかからず、無事でいられたのは、偏に其の者の手腕に依るところだ」
よせ。マジで。俺を日陰者のままでいさせろ。ほら、貴族共も、騎士共も、兵士共も、「誰だそいつ」みたいにきょろきょろしてるだろ。そうだ、逃げよう。そう思って、そろそろとその場を去ろうと試みたが、アスナががっちりと俺の服の裾を掴んで離さない。お前目が見えねぇんじゃねぇのか。無駄に高いスペックをこんな時に発揮してんじゃねぇ。
「そこで私は考えた。かの者に、騎士の称号を与え、最大限の誉れを与えることこそが、最大限の私にできる褒美であると」
キシ? 俺が? 騎士?
やめてくれ。マジで。ほら、なんか全員、「ゲルグ」が誰なのか、エリナ、お前の視線で察しが付き始めてるから。やめろって、マジで。やめろ、やめてください。
「予定には入れていなかったが、この場で騎士叙勲の儀を執り行う! 此度の功労者、ゲルグ! 私の前までおいでなさい!」
エリナの顔が一瞬だけ意地悪そうに歪んだのを俺は見逃さなかった。逃げも隠れもできねぇ。そういうふうにあいつ仕組みやがったんだ! くそったれが!
おや? おっさんの様子が!
BBBBBBBBBBBB!
しかし意味はなかった。
こそ泥、小悪党から成り上がりました! 本人は滅茶苦茶嫌がってそうですが。
やったね、おっさん。
もう盗みなんてできないねっ!
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