第二話:覚悟は幼少の時分、すでに済ませております
港に船が着く。軍港も兼ねてるもんで、俺は入ったことはねぇが、時たま遠くから眺めたもんだ。
桟橋には、ハゲ散らかしたチビのおっさんと、それを守るように複数人のアリスタード兵が居た。エリナがそいつらを神妙に見据えたのが気配でわかった。
ヨハンがタラップを渡す。桟橋と船に道ができるや否や、エリナが一人足早に飛び出して行った。他の連中も慌ててそれに着いていく。俺は目が見えないアスナの手を引き、「段差があるぞ」だとか「下り坂になってる」だとか声をかけながら最後に渡った。「ゲルグ、過保護」と少しだけ文句を言われたが、「うるせぇ」と流す。
ソニアだけは船に乗ったままだ。ガキどもがその後ろで戦々恐々とした面持ちで様子を見ている。今出ていっても好奇の目に晒されるだけだ。それで正解だろう。
「留守中、ご苦労だったわね。キアナグラーブ」
エリナがハゲにねぎらいの言葉をかける。その表情に違和感を感じた。何故かその瞳には俺が想像していたものと違う感情が見受けられた。当然周りを囲む兵士どもには警戒している様子だが、ハゲに対してだけはどこか違う。気の所為じゃない。
「殿下もお変わりございませんようで何よりです」
淀みないハゲの言葉にエリナが笑う。厭味ったらしくじゃない。純粋に、ただ純粋に、笑う。
いや、なんでだよ。頭の中が疑問符で一杯になる。
「フレスク・キアナグラーブさん。アリスタード王国の、大臣、ってことになる人なのかな?」
アスナがハゲが誰なのかを俺に小さく教えてくれる。目が見えなくても声と気配で相手が誰なのかぐらいは判断できるらしい。そこについては流石としか言いようがない。
んでもって、その補足は必要ねぇ。この国の宰相。そいつの名前くらいは俺も知っている。姿は見たこたなかったがな。
アリスタード王国は国王がトップではあるが、何も国王の独断で全てが回っているわけじゃねぇ。いや、普通に考えりゃどこの国もそうなんだがな。
要職についた、何人もの肥え太ったジジィどもが蔓延って、トップであるアリスタード国王を補佐する。補佐する役目を担った人間を取りまとめるトップが、あのチビのハゲだ。
そして、アスナの口から飛び出した次の言葉で、俺がずっと感じていた違和感は解消された。
「フレスクさんは、エリナのお目付け役。エリナが小さい頃から、色々と面倒見たりしてた」
なるほどな。
国の運営なんて俺ぁ知らねぇが、悪党の組織だったら、トップが平和的じゃない手段ですげ変わりゃ、そのトップの派閥の人間は全員クビだ。クビどころじゃねぇな。普通は殺される。例外的に重用されるやつもいはするが、レアケースだ。
んで宰相という、国王を補佐する立場でありながら、アリスタードの愚行を止めることができなかった人間なはずだ。エリナが悪感情を抱いていてもおかしかない。
だが、それがない。それは、エリナがこのハゲを根本的に信用しているからなのかもしれない。
「教皇猊下から仔細は聞いているわね? 準備はできているかしら?」
「滞りなく。殿下のご準備が済み次第、一両日には陛下の葬儀を執り行う準備が整っております」
「アタシの戴冠式の準備は?」
「王の葬送の後すぐに。式次第に組み込まれてございます」
「よろしい、キアナグラーブ? 他にはなにかある?」
エリナのその言葉に、ハゲが覚悟を決めたような顔でエリナをキッと見据えた。
「……では。今は亡き陛下のお側にいながら、殿下を、ひいてはアスナ様、キース様、ミリア様をお救いできなかった罪は重いと存じます。どのような処罰も覚悟しております」
ハゲが神妙な顔をし、沙汰を待つ。エリナが小さく「バカね」と言った。聞こえちゃいない。ただそう口を動かした。そう思った。
「ふうん。では、どんな処罰も受け入れるってこと?」
「はっ。覚悟の上でございます」
「そっ。じゃあね」
エリナが笑う。
「アンタは死ぬまでアタシの傍で、ずっと働きなさい。それが処罰よ」
如何にもエリナらしい「処罰」だ。そして、アリスタードという国の中に、あいつの仲間がちゃんといたことに、少しだけだが胸を撫で下ろす。
しばしハゲとエリナが見つめ合った後――ハゲは感極まったような顔と、自責の念に駆られている顔、それがごちゃまぜになったような表情だった――、エリナがこちらを振り向く。まずエリナはソニアとガキどもに笑いかけた。
「ソニア、貴方達はしばらくは王宮に住んでもらうわ。最初はちょっと窮屈かもしれないけど、我慢して」
「窮屈などとんでもない。好意、感謝する」
「うん。しばらく王宮でゆっくりして、身の振り方を考えて頂戴。アリスタード王国は貴方達を全面的に庇護します。そう、アタシが誓うわ」
「わざわざ言葉に出して誓わずとも、私はエリナのことを信じている。悪いようにはしないのだろう?」
「当然でしょ?」
「よろしく頼む」
ソニアが後ろのガキ共を見る。ガキ共もこの二ヶ月くらいの船旅で俺達に懐いたもんで、エリナに至っては「エリナお姉ちゃん」とか呼ばれてる始末だ。ガキ共の顔がぱぁっと明るくなる。
「エリナお姉ちゃんと一緒に住めるの?」
「うーん、お姉ちゃんはちょっと忙しくなるから一緒にはあまりいてあげられないかな?」
「えー」
やいのやいのと騒ぎ始めたガキ共をソニアが一喝する。
「お前達! 少しは静かにしなさい!」
ガキ共のしっぽが、しゅんと垂れ下がる。それを見てエリナが可笑しくなったのか、「ふふっ」と、笑った。
その後で、俺達を見回してから、意気揚々と告げる。
「行きましょう。フランチェスカ様に拝謁しないとね」
近衛兵の案内で、フランチェスカが滞在しているという王宮の客室に向かう。
ちなみに、ソニア達は別の近衛にエリナがきつく言い聞かせて、丁重にもてなすようにと、どこかに連れて行かせて、今はここには居ない。なお、イズミはいつも通りだ。いつの間にか消えて、どっかにいなくなった。必要な時になりゃ図ったようにひょこっと顔をだす奴だから、誰も気にしねぇ。エリナだけは少し眉を潜めていたがな。
アスナと出会った頃、一度だけ忍び込んだ王宮は、こうして堂々と入ると、また違った景色に感じる。勿論「贅を尽くした」という形容詞は違わず同じ感想なんだが、あの時はそんなとこまで見てる余裕なんてなかったからな。
思わず、盗みやすそうに配置されている調度品に手が伸びそうになるが、俺の後ろを歩くミリアが「ゲルグ?」と釘を差すような声を出したため、我に返った。
「ゲルグ、盗みはだめだよ」
ミリアの咎めるような声を聞いて、俺が何をしでかそうとしたのか理解したアスナからも非難の声が上がる。
「しょうがねぇだろ。もう習性みてぇなもんだよ。ここまで豪華なもんに囲まれちまうとなぁ」
「小悪党? アタシの目の黒いうちに、王宮のものをくすねようなんて真似したら、打首だからね?」
エリナがニヤニヤしながらこちらをちらりと見る。おぉ、怖ぇ、怖ぇ。
「こちらです」
ようやく着いたらしい。広い王宮だ。豪華な扉の目の前で兵士が足を止める。
「はい、ありがと。アンタはここで待機。この部屋には誰も入れないこと。わかった?」
「はっ」
しかし、いやにあっさりだ。
俺達は国際手配犯だ。それを発令した国の王宮をこうも堂々と闊歩していると、なんだか妙な気分になる。
エリナがノックを四回。中からフランチェスカの「はぁい」という声が聞こえ、エリナがゆっくりと扉を開けた。
「フランチェスカ様。ご無沙汰しております。アリスタードの者が無礼など働きませんでしたでしょうか?」
「御機嫌よう。エリナ様。とんでもございません。想像以上にちやほやされてしまって、参ってしまっていたところでした」
数ヶ月前と何ら変わらないフランチェスカのニコニコ顔だ。いや、ちょっと違うな。なんだ? うーん。
「おい、フランチェスカ」
思わず声をかける。礼儀というものをあまりにも無視したその一言に、エリナの目が三角になるが、すぐにフランチェスカが何でも無いように返答してくれたもんで、エリナの開きかけた口はすぐに閉じた。
「はい、なんでしょう、ゲルグ様」
「背、伸びたか?」
そう。身長が少しだけ高くなっている。成長期なんだろう。この歳のガキってのは、ちょっと見ねぇ間にどんどんデカくなるからな。
フランチェスカは少し照れたように笑い、「ふふ、少しだけ伸びました」、と言った。「良かったな、もう少し伸びるんじゃねぇのか?」とか言おうとしたら、アスナが俺の右手――アスナの手を引っ張っている方の手だ――を抓った。痛ぇな、と思ってじろりと振り向くと、視線を逸らされる。なんだってんだ。
その様子を見て、フランチェスカがまた少し笑う。
そんな緩んだ場の空気をエリナが咳払いで締め直した。
「フランチェスカ猊下。この度は、王の葬送及び、私の戴冠の為、大変なご苦労をおかけし誠に申し訳ございませんでした」
「いえ、良いのです。エリナ様。大変でしたね。私よりも、ご自身のお心を大事にして下さい。お父上を亡くされたのです。その心労は計り知れないでしょう」
「お心遣い、感謝いたします。ですが、今は亡きグラン・アリスタードは世界にとって大罪人。私としても決して赦す気分にはなれません」
すらすらと嘘を吐きやがる。いや半分ぐれぇは嘘じゃねぇのかもしれねぇ。だが内心複雑なのは、こないだのこいつの様子で誰もが知っているところだ。
「そうですか。では私から余計なことは申し上げません。ですが一つだけ、例え世界中の誰もが唾を吐こうとも、エリナ様だけは、グラン・アリスタード王の死を悼んであげて下さいね」
「度重なるお心遣い、感謝いたします」
フランチェスカが微笑んで、それからアスナを見る。先程までの笑顔は消え、痛ましいものを見る表情に変わる。
「アスナ様。テラガルドの魔女様より仔細は伺っております。治療の当てはあるとは言え、心苦しく思っております。何卒お気を付けくださいね」
ババァめ。いつの間にフランチェスカに報告とかしてやがったんだ。いや、あのババァならやるな。痒いところに手が届くババァめ。
「ん、フランチェスカ。皆が助けてくれてる。だいじょぶ」
「声に前までの快活さが感じ取れません。ストレスでしょう。こちらへいらしてください」
俺はアスナの腕を優しく引っ張って、フランチェスカの前に立たせた。フランチェスカが何か詠唱をし、そしてアスナの身体がじんわりと淡黄色く光る。
数秒ほど光がアスナの身体から放たれ、そして消えた。
「……ありがと」
「いえ、少しは気が晴れれば良いのですが」
「ん。だいぶ楽になった」
ミリアが耳打ちするように教えてくれたところによると、神聖魔法の中の一つに、精神を安定させる効果のある魔法があるらしい。ミリアも船の中で定期的にアスナにかけていたとのことなのだが、フランチェスカはこの魔法が大の得意だそうで、その効能は人類有数のものなのだそうだ。
なんだそれ、すげぇ。でも、なんか妙に納得だ。フランチェスカだしなぁ。
そこからは、これからの予定について、エリナとフランチェスカが打ち合わせていった。王の葬儀の式次第についてだとか、エリナのスピーチについてだとか、そういったことだ。
メティア教を国教として認めている国の位の高い人間が死んだ時――例えば王だったりだが――、メティア教が直々に葬儀を取り仕切るんだそうだ。メティア聖公国の人間が今アリスタードには数百人単位で滞在しているらしい。王宮にいる連中だけでも少なくとも数十人規模、とのことだ。
国王が死んだ上に、メティア教の総本山からそんだけ圧力をかけられりゃ、アリスタードの連中もどうしようもできねぇ。アリスタードに入国してからの好待遇にも納得だ。
諸々話し終えた後、一呼吸置いて、フランチェスカが静かに微笑みながらエリナを見る。
「エリナ様。一国の王になる覚悟はお済みですか? 責任も重圧もこれまでとは段違いですよ?」
エリナがその視線を真っ向から見据え、そして堂々と言い放った。
「それが私の王女としての贖罪であり、そして苦労をかけた仲間達への最低限の贈り物です。不安が無いといえば嘘になります。ですが、女王となる可能性はずっと私について回っておりました。覚悟は幼少の時分、すでに済ませております」
その答えに満足したのか、フランチェスカはニッコリと笑った。
「エリナ様。いえ、エリナ・アリスタード陛下。貴方は、良き女王になります。叡智の加護を持った私が断言します」
フランチェスカと話し終えた時には、すっかり夜になってしまっていた。俺達はそれぞれ客室に案内され、「適当にくつろいでて」、というエリナのお言葉と共に一旦自由時間となった。
四六時中見張ってろと言われたもののアスナと俺は別の部屋だ。そりゃそうだろう。部屋がたくさんあるなら、男と女が同じ部屋にいるってのは基本的によしたほうが良い。お互い気を使う。
部屋ではアスナの補助はミリアが行うようだ。
そんで、俺達を客室に放り込むと、エリナはキースを引き連れてどっかに消えた。恐らく国王の葬儀に関して、色々と最後の詰めがあるのだろう。全体的な流れをメティア聖公国が取りまとめるっつっても、娘であるエリナの役目は大きい。あいつ今日寝れんのかねぇ? エリナ曰く、葬儀は明日決行されるとのことだ。いくらなんでもスケジュールがパツパツすぎんだろ。いや、早けりゃ早いほうが良いってのはわかるんだがな。
煙草を取り出し、火を付ける。
とりあえず、この国にいる間は今までのはちゃめちゃなトラブルやらなんかはなさそうだ。少なくともしばらくは。ミハイルとガウォールがどう動くかってのは気になりはするが、まさか王の葬儀みたいな大舞台でことを起こそうなんてことは考えねぇはずだ。と思いたい。
煙草を咥えてベッドに横になる。妙に疲れていたようで、すぐに眠気が襲ってきた。煙草をもみ消してから、気を失うように眠りについた。
アリスタードに着きました。エリナ様の味方だってちゃんといます。
また、フランチェスカ様マジ天使です。
さて、王の葬儀と戴冠式。どうなるのか。
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