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エピローグ

 エリナは一晩中泣き喚き続け、耳にタコができるほど「ごめんなさい」と言って、そして最後には泣き疲れてそのまま寝た。ガキかよ、とは思うが、俺達も似たようなもんでエリナの話を親身になって聞くのに疲れて、そのままダウンしたもんだ。


 一晩泣いて喚いてすっきりしたのか、エリナは次の日の朝には表面上は元通りだった。内心で何を考えているのか、何を感じているのかなんて俺にはわからねぇが、少なくとも今はそれで十分だろう。


 なお、朝になって元気になったエリナに「昨日よくもさんざっぱら好き放題言ってくれたわね」と睨みつけられ、魔法の的になったのは仕方のねぇことだ。仕方のねぇことだったら仕方のねぇことだ。覚悟もしてた。


 アスナやミリアは止めるだけ止めてはくれたが、そんなことで止まるお姫様じゃねぇ。俺はエリナの気の済むまでこてんぱんにのされ、その後でミリアにじっくりと治療をしてもらった。その時のソニアの憐れむような目は忘れられねぇ。


 そんで、なんやかんやあって、昼。俺達は転移魔法(リーピング)で忘却の島まで跳んだ。幸い、ネメシス霊殿が目標物(ランドスケープ)扱いになるようで、ひとっ飛びだ。その後、ソニアの村まではちょっとばかし歩いたがな。


 村は酷いもんだった。自然を利用した豊かな集落、という印象だったそれは、燃えカスと血、腐った死体、抉れた地面。そんな廃墟に様変わりしていた。


「……皆、勇敢に戦ったのだな」


 かつて村だった場所の、戦闘の痕跡。それらを一つ一つ歩いて確認し、指でなぞり、悔しそうな表情を浮かべ、そしてソニアはそう呟いた。


 女子供、年寄りは皆殺し。少しでも戦えそうな奴は、改造してしまった。そんなところだろう。


 エリナも暗い顔をしている。そりゃそうだろう。多少吹っ切れたとはいえ、今この状況にあいつも責任を感じてる。


「ソニア……」


「エリナ、何度も言わせるな。私はお前を恨んでいない。きっと一族の者全員がそうだ。責任を感じる必要はない」


「……でも」


「いいんだ。皆は勇敢に戦った。その在り様は私がこれから語り継いでいく。私ただ一人になったとしても」


 忘却の島に来た目的は、遺骨の埋葬だ。代々伝わる墓所があるらしい。そう、ソニアが告げ、そこに向かうことにする。


 ソニアが俺達の顔を見回して、「さぁ行くぞ」なんてなった矢先、森の奥から声が聞こえた。


「――ニア様!」


 気配には気づいていたが、野生動物だと思っていた。だから放っておいたんだが、まさかもまさかだ。


「な、なぁ、アスナ。私は、幻聴を聞いているのだろうか?」


「そんなことない、私にもちゃんと聞こえた」


 優しく、アスナが答える。


 複数の幼い声は、何度もソニアの名前を連呼しながら、近づいてくる。そして、ガサガサと茂みが揺れ動くと、そこから十数人ほどの獣人のガキどもが現れた。


「……ミリア、私は、幻覚を見ているのだろうか?」


「ソニア様。幻覚ではありません。私にもはっきりと見えています」


 鼻声になったミリアが答える。


「ソニア様! 生きていらしたんですね!」


 ガキどもの中でも、一番年上に見えるガキが、嬉しそうにソニアに話しかける。


「あぁ! あぁ! お前たちも! よく生きていた!」


「族長が私達を集めて、逃してくれたんです。他の皆は……」


「……あぁ、見ればわかる。すまない、助けられなかった……」


 ソニアが抱えていた大きな壺を子供達に見せた。


「お父さんもその中に?」


「あぁ。いる」


「……そう、ですか」


 少女は泣くことはせず、少し落ち込んだ表情を見せただけだった。覚悟はとっくにできていたのだろう。泣き尽くしたのだろう。わめき尽くしたのだろう。憔悴しきった顔が、その一端を物語っていた。


「墓所へ行こう。祖先の元へ安らかに行けるように」






 埋葬は手際よく終わった。壺が入る分の穴を掘って、壺を入れて、土をかけるだけだ。墓標は特にないらしい。


 先祖たちと同じ土の中に入り、先祖たちと同じ土地で眠る。


 それがソニアの一族の死者への弔いなんだそうだ。


 ミリアが手を握り合わせて、跪き、祈りを唱える。メティア教の弔いの祈りだ。アスナやエリナ。キースもそれに倣って手を合わせ祈る。


 俺はメティア教の教義なんてさっぱりわからねぇから、離れた場所で煙草をすっていた。イズミも同じらしい。俺と一緒に一連の流れを眺めていた。


「ソニアさん達、これからどうするんでしょうねぇ」


「あー、うん。俺にはこれからどうなるかはちょっとだけ察しがついてる」


「へぇ? どうなるんですか?」


「すぐにわかる。まぁ見とけ」


 ひとしきり祈りが終わる。しばらく無言で遺骨の入った壺を埋めた地面を眺めていた連中だったが、ガキの中の一人が不安そうに呟いた。


「これから、僕たちどうすればいいんだろう……」


 誰も何も答えない。その答えを持っているのは誰もいない。少なくともただ一人を除いては、だ。


 そして、その答えを持っているやつも、伝えあぐねているらしい。自分がそれを提案してもよいものか、と。


 だが、そいつは、何度か躊躇した表情を見せながら、口を何度か開いたり閉じたりして、それでも言った。


「……ねぇ、ソニア?」


「なんだ、エリナ」


「あのね。あの。アンタ達が良かったらなんだけどさ」


 一瞬だけ間が空いた。


「アンタ達全員、アタシに預からせてくれない?」


「……それは、どういう?」


「アンタ達にとっちゃ、仇の国だから、無理にとは言わない。でも、アタシはこれからアリスタードの女王になる。アンタ達が安心して暮らしていける環境を作ることができる」


 エリナが必死そうな顔を見せた。


「でも……。でも、アタシにはアンタ達にそれぐらいしかしてあげられない。違う。そうじゃないの。させてほしいの。アタシのわがまま……。アタシがちょっとでも自分の罪悪感を減らしたいだけ」


 ソニアが空を仰ぐ。


「我らは、この地と共に生き、この地と共に滅んでいけ。そう教わってきた」


 頭頂部から生えた尖った耳がピクピクと動く。


「だが、私は古くからの慣習というものには懐疑的でな」


 後頭部を右手でボリボリと掻く。


「その、迷惑をかけると思う。我々はお前たちとは姿かたちも、考え方も異なる。ぶつかり合うこともあると思う。エリナ、お前には苦労をかけると思う」


「そんなの、苦労の内にはいらないわよ」


「そうか。ならば……」


 ソニアがガキ共の顔を見回した。


「お前たち、これからこのエリナという女の世話になる。異論があるやつはいるか?」


 誰一人首を横に振る奴はいなかった。ガキ共は見た目以上に聡明らしい。


「エリナ、厄介になる」


「……ありがとう」


 エリナにとってこれが贖罪になるのか、ならないのかは、エリナのこれからの頑張り次第だ。だけどまぁ、そう悪いことにもならないだろう。何しろ、俺達の大魔道士様は、すげぇ奴だ。ちょっとばかし俺に乱暴なところだけが玉に瑕だが、それを差っ引いても、素晴らしい女だ。


 俺が男なら惚れてるね。あ、いや、俺は男だったな。ナシだ、今の。ナシで。


 兎にも角にも、エリナとして考えないといけなかった、たくさんの物事の一つに一応の決着が着いたのであった。


「ゲルグさーん」


 イズミがニヤニヤしながら俺を見る。


「エリナ様のこと、ずいぶん信頼しているみたいですねぇ。本命は誰なんですかぁ?」


「本命?」


「馬鹿言わないでくださいよ。ミリアさんはゲルグさんのことが大好き。エリナ様はゲルグさんをなんだかんだ信じて頼ってる。アスナさんはゲルグさんにべったり。誰にするんですかぁ? え? もしかして私ですかぁ?」


「……あのなぁ。今のところどれも予定はねぇし、誰に対しても失礼だろうが。辞めろ」


「そーんなこと言ってていいんですかぁ?」


「少なくともエリナに関しちゃ、俺とどうもならねぇよ。断言できる」


「へぇ? そりゃなんでですか?」


「あいつはアスナ命だからな」






 忘却の島からムスクに転移魔法(リーピング)で戻り、時間は夕方だ。ソニア達は忘却の島に置いてきた。というか置いてこざるを得なかった。ガキ共は忘却の島から出たことがねぇ。ガキ共だけ置いて、ムスクに戻るとか流石にな。憚られる。


 だもんで、しばらくはソニアが子供達の面倒を見る、とのことで、すぐに迎えに行く約束をして、ソニアを除いた俺達五人でムスクに戻ってきたわけだ。


 ちなみに死んだアリスタード国王だが、連邦国の兵士にエリナが前もって伝えていたらしく、その遺体は丁寧に回収されたらしい。腐っても一国の王だ。その遺体を無碍に扱うのは、連邦国の対外的にも良くないらしい。


 そんでもって、遺体はアリスタードに持って帰るんだそうだ。腐ってひでぇことになるんじゃねぇかと思ったが、一通りの処理はしてもらったらしいもんで、大丈夫だ、ということらしい。


 そんなこんなで、首都ムスクを明日発つ。本来はここからメティアーナに帰る予定だったが、次の目的地は大幅に変更。アリスタードに一旦戻る。そういう手筈になった。


「アリスタードで、パパの葬儀をして、パパの罪を国民に詳らかにして、そしてアタシの戴冠式を執り行う。これで晴れてアタシがアリスタードの女王よ。皆の国際手配も勿論取り下げ。逃げ回る必要も無くなるわね」


 逃げ回ってたのは最初だけで、途中から普通に各地を旅してた記憶しかねぇがな。まぁ、それもこれもアスナ達が成し遂げたことの大きさってのが大いに関係しているんだろう。


「忘却の島経由で、アリスタードに戻るわ。二ヶ月くらいかかるかなぁ」


「蒸気船でもそんだけかかるかぁ」


「かかるわねぇ。でもなるべく早めに戻りたいところね。ミハイルとガウォールがこれからどう動くかもわからないし」


 瓦礫の中からは、ミハイルの遺体もガウォールの遺体も見つからなかった、と聞いている。最初からあの空飛ぶ鯨に乗ってなかったのか、はたまた乗ってたが直前で何かしらの方法で逃げ出したのか。


「パパだけが死んで、ミハイルとガウォールが生き残ってる可能性が高い。あの二人が何を企んでるのかは知らないけれど、ちゃーんと思い知らせてやらないとね」


「ん。私も頑張る」


 アスナが決意に染まった顔で頷いた。


「出発は明日の昼ごろ。午前中はアタシが転移魔法(リーピング)でメティアーナとヒスパーナに行って、色々と事情を説明するから、その後ね。それまでは好きにしててくれていいわ」


「私は付いていかなくても問題ありませんか?」


「キースもここに居ていいわ。疲れてるでしょ?」


「脳筋だからいてもいなくても一緒なのよね」、なんて言葉が続いたのが、俺にだけは聞こえた。エリナはそんなこと一言も喋ってねぇがな。だが、そう思っているのは確かだ。……まぁ、それに関しちゃ同意見だ。


「アタシ一人の方が身軽で早いから、とりあえずアタシにまかせて。ナーシャはともかく、フランチェスカ様にはちゃんと話を通して、世界中に声をかけてもらわないといけないしね。大変、大変」


 テラガルドの主教であるメティア教。その教皇であるフランチェスカが声を挙げれば、従うかどうかは置いておいて、考慮せざるを得なくなる、か。


「じゃあ、私は一足先にリクスンに行ってヨハンさんに次の目的地を伝えておきます! どなたか、転移魔法(リーピング)で送ってくださいますか?」


 イズミが気の利いたことをいう。こいつ本当に便利だよな。かゆいところに手が届くっつーかなんっつーかよ。


 そういや、俺も最初はアスナ達に「便利」とか言われてたな。「便利」って言われるのは地味に傷つく。イズミがそれで傷つくかは知らねぇが、念のため伝えないでおこう。


「ん。じゃあ、私が送っていく」


「ありがとうございます~、アスナさん。ではお願いします」


 アスナの傍にイズミが走り寄る。その時、アスナが妙な顔をして目を擦った。


「ん? どうした?」


「ん。なんか目がかすれて……。でも治った、だいじょぶ」


 疲れてんのか? まぁ色々あったもんな。


「そうか」


「行ってきます」


「アスナさん、お願いします~!」


 二人は転移光を残して消えた。


 それを見届けたエリナが、残った俺達の顔を見回す。


「さて、やらないといけないことは説明し終えたわね。各自、今日はゆっくり休め! 解散! っても、部屋がここだけだから解散もクソもないのよねぇ」


 一国の王女が「クソ」とか口にしてんじゃねぇよ。品位が疑われるぞ?


 まぁいいや。


 俺は窓辺の椅子に腰掛けて、煙草に火を付ける。他の連中も思い思いに過ごすことに決めたようで、各々好き勝手なことをやっている。


 ちなみに、エリナは昨日まで籠もっていた部屋に「じゃ、おやすみ!」と叫んで入り、そこからだんまりだ。だが昨日までと違うところは、鍵をかける音がしなかったことだろう。


 煙を肺に入れ、そして吐く。嗅覚の鋭いソニアは嫌な顔をするもんだが、今はあいつはここにはいねぇ。気兼ねなく一服できるってもんだ。


「ゲルグ」


「なんだ? ミリア」


 ぼんやりしていたらミリアが声をかけてきた。


「昨日、エリナ様を部屋から引っ張り出して来ましたよね」


「あぁ」


「私なら。いや、普通の方ならあんな強引なことは怖くてできないと思うんです」


 あれは、うん。なんだ。


 ただ、単にイライラが頂点に達して後先考えねぇでやったことだ。丸く収まったのは結果論であって、更にこじれた可能性も勿論ある。結果オーライっちゃ結果オーライなんだが、分の悪い賭けでもあった。そこまで考えちゃいなかったがよ。


「ありゃ、俺がイライラしてたってそんだけだよ」


「それでも、ゲルグは状況を良い方向に持っていきました」


「よせよ。照れるだろうが」


 照れるもなにも、考えなしでやったことだ。良かれと思ってやったことじゃねぇ。褒められても、「結果的にこうなって良かったな、とりあえず俺はすっきりした」ってそんだけだ。


「俺は悪党だからな。ご丁寧なやり方とか、手回しだとか、やってやれねぇことはねぇんだが、得意じゃねぇ。馬鹿だからな」


「ふふ、そうですか。ではそういうことにしておきます」


 ミリアが笑って、そして離れていった。


 しかし今回はしんどかった。しんどかったで済ましちゃならねぇのかもしれねぇが、本当の意味で当事者じゃねぇ俺からすると、「しんどかった」ってそんだけだ。


 それでも俺は俺なりに、やれることをやるだけ。それだけなんだろう。今回も。これからもこれまでも。


 なんたって俺は小悪党。綺麗に生きてきた連中とはまた違う。


 それならそれだって良い。終わり良けりゃ全て良し。


 紫煙を吐く。その煙はいつもより苦く、少しだけ喉にひっかかって、俺は小さく咳をした。

色々問題は残しつつも丸くおさまりました。

ソニアさん視点の閑話を挟んで、第六部は終了となります。


続いて第七部。

本作は全十部で構成される予定です。

もう少し続きますので、何卒お付き合いのほどよろしくお願いいたします。


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― 新着の感想 ―
[一言] 生存者が居たのは喜ばしいですね。 このまま国に帰って戴冠、とはいかないでしょうね。 だいたい予想はついてますが、当たるかどうか楽しみにしてます。
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