第十二話:嘘みたいじゃねぇよ。これから全部ひっくり返しに行くんだ
「しっかしなんだ。転移の洞窟……。遠いな」
地図でみりゃアリスタード大陸なんてちっぽけな大陸だ。世界地図全体の面積と比較すりゃ二十分の一程度。いや、もっと小さいか。それでも世界はだだっ広い。
「言わないで……。ゲルグ。私だってうんざりしてるんだから」
エリナが心底嫌そうに俺の独り言に返事をする。独り言に返答するんじゃねぇよ。あぁ嫌だ嫌だ。
転移の洞窟。アリスタード大陸の最北に位置する洞窟だ。洞窟っていっても、天然にできた鍾乳洞やらそういったもんじゃねぇ。古くは云百年ほど前。当時のアリスタード国王が国民をこき使って作り上げた、エウロパ大陸への転移魔法陣がある洞窟だ。
世界を手中に収め、そしてそれを奪還されて半ば鎖国みたいになったアリスタード王国はいち早くその洞窟を壁で埋めて封印したが、一年前アスナ達が魔王討伐の旅に出る時、その封印が解かれた。
そして、魔王討伐がなされた今、その洞窟はひっそりとまた現国王によって封印されている。その封印がいつ行われたのかは誰も知らない。エリナも知らないって話だ。もしかしたら、アスナ達は魔王までの片道切符を持たされていたのかもしれねぇ。胸糞悪い話だ。アスナもエリナも転移魔法を使えるようになったから良いものの、そうじゃなかったらどうしてたことやら。俺はあの王様を小一時間ほど問い詰めたい衝動にかられた。
「悪党。シャキっとしろ。姫様の御前だぞ」
「その姫様がヘロヘロになってんのが見てわかんねぇのか?」
「姫様はいいのだ」
うるせぇよ。このエリナ至上主義者が。俺はキースを一瞥する。一瞥はするが、それ以上何も言わない。体力を少しでも使いたくない。
「ゲルグ、エリナ、大丈夫?」
「……大丈夫だ。エリナは魔法使いだからな。体力的にきついかもしれねぇが」
「馬鹿言わないで。うんざりしてるだけよ。アンタみたいなクソ小悪党とは違うの、ゲルグ」
転移の洞窟までの道のりは険しい。決して標高が高いわけではないが、小高い山々を踏破しなければならない。それに加えて、魔物もこの辺りから少しずつ手強くなってくる。尤も、俺は魔物との戦いに関しちゃ見てるだけ。全部、アスナ、キース、エリナの三人が瞬殺した。ミリアは回復役ではあるが、ここらの魔物程度であれば、出番はないらしい。後ろで「頑張ってくださーい」なんて、応援してた。可愛いかよ。
「しかし、ミリア。お前さん、結構体力あるんだな」
ケロッとしているミリアに声をかける。
「これでも神官ですから。もともとはメティア聖公国の出身で、十四歳くらいの頃に四年ぐらいかけて世界中を行脚したこともあるんです」
それに、とミリアが続ける。
「神聖魔法を一番使えるのは私ですから。私が一番最初にへばってしまっては、回復する人間がいなくなってしまうでしょう?」
だから、鍛えてるんです、と言いながら「むん」と力こぶを作ってみせるミリア。悲しいことにそれは力こぶと言えるほどの盛り上がりにはなっていなかったが、その体力には素直に感心する。
ちなみに、風の加護はスタミナを増やすわけじゃない。走ったり、跳んだり跳ねたりする時に人並み以上に速く動けるのと、その時にスタミナを消費しないってそれだけだ。こうやって道なき道を歩く時はそれなりに疲れる。あぁ、脚が痛くなってきた。
「もうそろそろ日が暮れる。今日はここで野宿」
「ん、もうそんな時間か」
「ん。薪、拾ってくる」
アスナは働き者だ。ってかこいつも疲れてるんじゃねぇのか? 疲れをおくびにも出さず、西の方へ歩いていく。
「あ、待ってアスナ! 私も行く!」
おい、エリナ。お前さっきまでヘロヘロだったろ。その元気、どこから出てきた。
「悪党。我々は獣を狩るぞ。付いてこい」
へいへい。俺は長旅で疲れた身体に鞭打ってキースに付いていくのであった。
「えっと、私は……」
ミリア。お前さんは休んでろ。心配はしない。力量的にミリアでもここらの魔物なら肉弾戦で粉砕できるだろ。所在なさげに立ちすくむミリアを背にして、俺とキースは東へ向かった。
「っし、二匹目!」
俺の吹き矢が野うさぎを昏倒させる。
「うまいものだな。一介の盗人とは思えん」
「あぁ、グラマンに色々と仕込まれたからな。どれもこれも達人ってほどじゃあねぇがな」
器用貧乏と呼んでくれ。はっはっは。
「貴様ほどの技量を持っていれば、盗み等働かなくともそれなりに生きていけたのではないのか?」
「ん? あぁ。つまんねぇ話だ。俺は十にも届かないガキのころから王都で空き巣やらスリやらやってた。それだけだよ」
こと魔物に関しちゃ、俺はてんで駄目だ。なんだろうな。木っ端な人間相手ならどうとでもなる自信はあるんだがなぁ。魔物は動きが予想の外過ぎてついていけねぇ。魔物を狩れればそれなりに食い扶持も稼げたんだろうが、そりゃお前無い物ねだりってやつだ。
「その後、馬鹿なガキが、馬鹿なグラマンなんておっさんに捕まって小手先の技術を仕込まれました。お終い、って話だ。今更他の生き方なんて知らねぇし、知ろうともしなかった。な? つまんねぇだろ?」
「つまらなくはない。治安向上も国の務めだ。そうか。貴様はそれしか生きる道を知らなかったのだな」
「同情なんていらねぇよ。自分の人生にゃそれなりに満足してる」
それ以外選べなかった、なんて殊勝な考えなんてしちゃいねぇ。自分でもぎ取って自分で選びぬいた人生だ。勿論、今この状況も自分で選び抜いた結果だ。後悔なんざしちゃいねぇ。いや、見栄張ったわ。ちょっとばかし後悔はしてるかもしれねぇ。国際手配。国際手配か……。
「満足、か。俺は自分の人生に、今の状況に満足できているだろうか……」
キースが何やら難しい顔で考え込み始めた。どうにも生真面目な奴だ。そんなこと今考えてもしゃあねぇだろうがよ。
「あのな、キース。お前さんは魔王討伐の旅なんていう一大プロジェクトを成功させた人間の一人なんだぜ? そりゃ、今の状況はお前さんにとっちゃ不本意かもしれねぇ。だがな、お前さんがやったこと、成し遂げたこと、それは誇っていい」
ま、小悪党の俺に言われても、納得なんてできねぇだろうがな、なんて呟いてカラカラと笑う。
それに、キースはエリナに忠誠を誓った騎士だ。何を思ってあの美人な王女サマに忠誠を誓ったのかはとんと見当もつかねぇが、今エリナと行動を共にしている。その事自体がこいつにとって望むべくところじゃねぇのか? 知らねぇけどな。
「お前さんには、騎士として守るべき人間がいるんだろ? エリナだ。今は余計なことは考えねぇで、とにかくそれに集中したほうが精神衛生上良いと思うがな。ま、小悪党の意見だ。参考にもならねぇだろうよ」
本当そうだ。俺は人様に誇れるような人生なんざ送っちゃいない。それなりに満足はしちゃいたが、お天道様に堂々と顔向けできるような生き方を送ってきたわけじゃない。ここで偉そうにこいつに説教垂れるような人間じゃねぇ。そんなこと、この騎士サマもわかってるだろうよ。
だが、キースは俺の予想に反して、なにやら感心したような表情を浮かべ始めた。
「今に集中する、か。悪党にしては中々良いことをいうではないか。認識を改めた。悪党……、いや、ゲルグ。貴君の生き方や人生に対しては尊敬なぞひとかけらもできないが、その考え方は大いに尊敬に値する。感謝する」
「ん? あぁ。感謝なんてされる謂れはねぇよ。おっさんのただの世迷い言だ」
「それでも、貴君の言葉でなんとなく心が軽くなった気がする。そうだな。今に集中。姫様を守り抜く。それが俺の使命であり、誓いであった。忘れていた」
この生真面目な奴にここまで言われると、くすぐったくていけねぇ。俺はなんだかバツが悪くなって、ボリボリと頭を掻きむしった。
「ひとまず、今は今晩の夕飯の確保に専念するこったな。あ、ほれ、またいたぞ。今度は鹿だ。ありゃ大物だぞ。俺の吹き矢じゃ手に余る」
「うむ。私に任せてもらおう」
キースはそう言って背負っていた弓――これもグラマンから譲り受けたものだ――を携えると、ゆっくりと引き絞り矢を放った。すげぇな、こいつ。剣の腕もそうだが、弓の腕も一級品だ。その所作が、騎士としての力量を雄弁に物語ってやがる。勿論、放たれた矢は鹿の急所にぶち当たり、悲鳴を上げるまでもなく獲物の命を刈り取ることに成功した。
「おぉ。すげぇ」
「騎士の嗜みだ」
今晩の夕飯は豪華になりそうだ。俺はキースの腕前に嘆息しながらも、暫くしてから味わえるだろう肉の味を想像して小腹を鳴らすのだった。
野宿するポイントに戻ると、すでにアスナとエリナが薪を燃やして待っていた。俺とキースは血抜きをした兎を二匹と鹿を一匹、えっさほいさと持ち運びながら、二人に今日の戦利品を見せびらかした。
「凄い。今日は豪華」
「キースがな。弓で一発、ってな塩梅だ。兎は俺が狩ったがな」
「流石、あたしの騎士ね。感心感心」
おい、エリナ。お前さんには、感謝の心とか、感嘆の声とか、そういうのはねぇのか。なんでそんな偉そうなんだよ。いや、実際王女サマだから偉いんだろうが。
とはいえ、キースが何やら誇らしげな表情を浮かべている。こいつらの関係はこういう感じなんだろう。俺にゃ理解できねぇがな。
狩ってきた肉を俺のショートナイフで捌き、篝火でゆっくりと焼いていく。仕事道具の中から調味料を取り出して、ぱぱぱっと振りかける。塩やらスパイスやらを混ぜた特製の調味料だ。これをかければ大体なんでも美味しくいただけるスグレモノなんだぜ?
「ゲルグのカバン。ほんと凄いね。なんでも出てくる」
「入ってるものしか出てこねぇよ。色々詰め込んでるのは確かだがな」
アスナの感心したような声に思わず得意げになる俺だが、その横からしかめっ面で発せられるエリナの声に水を差される。
「っていうか、容積的におかしくない? そのカバン。どう考えても、出てくるものと入れられそうな量が釣り合ってないんだけど」
「いちいちうるせぇな。これは俺が数年前なけなしの金をはたいて買った、特製のカバンなんだよ。魔法がかかってる。いくらでも物を入れられるし、質量も増えねぇ。高かったんだぜ?」
「何よそれ、反則じゃない! 貸しなさいよ! 分解して調べるから!」
「やめろ! 二万ゴールドだぞ!? 分解なんてさせてたまるかよ!」
「い・い・か・ら! 貸しなさい!」
「やなこった!」
「ひ、姫様。ゲルグもこう言っていますし、そのへんで」
「うるさい! キース! アンタ誰に忠誠を誓った騎士なのよ!」
「そ、それは、その」
「エリナ様。流石にそれはちょっと……」
「ミリア、黙ってて」
エリナの一言から、場が一気に賑やかになる。尤も大金をはたいて買ったカバンを付け狙われている俺にとっちゃとんでもねぇ話だ。だけど、そんな様子にアスナが小さく笑い声を上げた。
俺を含め、騒いでいた四人が一斉にアスナを見遣る。
「ふふ、ふふふ。ごめん。こうやって騒いでると、私達の状況が、嘘みたい」
ここまで気を張り詰めっぱなしだったんだろうか。その緊張が一瞬、この一瞬でもほどかれた。そんな笑顔だった。
やっぱそうだよ。お前はそうやって笑ってにゃいかん。その笑顔が、俺を駆り立てたんだ。いや、待て。俺はロリコンじゃねぇ。十六歳の小娘をどうこうする気なんてねぇからな。
エリナが釣られて笑い出す。キースもだ。ミリアが微笑ましい物を見たように優しげな顔をする。振り返って考えてみりゃ、今まで俺を含めた五人はこんな風に笑っちゃいなかった。そりゃそうだ。だって国際手配だぞ? 死ぬわ。普通に考えて。
「嘘みたいじゃねぇよ。これから全部ひっくり返しに行くんだ」
俺に何ができるかなんてわからねぇ。でも、俺からしたらまだまだガキンチョなこいつらを纏めて人間なんていう悪辣な生き物から守ってやる、そう決めたんだ。
自信なんてねぇよ。正直足手纏いだとも思ってる。だがな。だけど、それでもちっぽけな小悪党が持ち合わせたちっぽけな良心なんてもんが、魔王をぶち殺した勇者なんて真っ直ぐな在り方に憧れた心が、俺を駆り立てる。
守ってやらにゃいかん。これから、アスナは、こいつらはこれまで向けられたことのない人間の悪意やら何やらを一身に受けるだろう。
そんなクソみてぇな、肥溜めの中身みてぇなモンから守ってやれるのは、俺みたいな小悪党だ。小悪党なりにできることはある。そう信じたい。信じてるんだ。
アスナが微笑む。エリナがおおよそ王女らしくない高笑いを上げる。キースが困った顔をしながら笑う。ミリアが控えめに笑う。
俺だって笑う。笑い飛ばしてやる。
国際手配がなんだ。アリスタード王国の王様がなんだってんだ。こちとら、王都の裏世界じゃ名を馳せたちんけな盗人だぞ? いかん、考えてて悲しくなってきた。やめよう。
パチパチと音を立てて薪が燃える。そろそろ肉も良い焼き加減になっている頃だ。
「さ、飯食ってさっさと寝るぞ。見張り番はいつもの順番な。エリナ、ミリア、アスナ、キース、俺、の順番だ」
たらふく食って、体力つけて、寝る。とにかくそれが一番だ。俺は焼けた肉を一番に手づかみして、連中を見回しながらニヤリと笑う。
アイスブレイク的なお話です。
ゲルグとキースが無事仲良く? なりました。
良かったね。
ん? 全部主人公補正ですよ? アスナの。
(何回言うんだこれ)
読んでくださった方、ブックマークと評価、よければご感想等をお願いします。
励みになります。
既にブックマークや評価してくださっている方。ありがとうございます。




