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第十八話:子供だけは、親の死を悲しんでも良いのです。それは誰にも咎められるものではありません

 一晩経って、次の日。


 ソニアは朝早く出ていった。遺骨を集めて、壺に入れるんだと。本当は一人に対してひとつの壺を用意し、その中に骨を入れて埋葬するらしいんだが、如何せん人数が多すぎる。無理したように笑って、「この国の者に用意してもらったのだ」と、小柄なソニアが抱えるにはいささか大きすぎる壺を見せた。


 勿論俺達も「手伝う」と言ったのだが、なにやら自分一人の手でやりたいらしい。昨日みたいな重労働にはならねぇから、一人で十分だ、とも言っていた。別れの挨拶やら、あいつなりのけじめやら、色々あるんだろう。


 一方で、同じくらい参ってるハズのエリナは朝になっても部屋にこもりっぱなしだった。流石に心配になったもんで、アスナに声をかけて貰ったんだが、「今やること整理してるから、放っておいて」だそうだ。


 タスクを洗い出すにしても、一人でやるよりも、複数人でやった方が――例え他の連中のおつむが使い物にならないレベルでやべぇとしてもだ――効率的なのはあいつも良く理解しているはずなんだがな。


 アスナが「とりあえず今はそっとしておこ」と言ったもんで、俺達――イズミだけはヒスパーナと連絡をとってなにやら報告したり相談したりがあるっつって、どっかへ消えたが――はとりあえず手持ち無沙汰を解消するために、ムスクの街の復興を手伝うことに決めた。


 スタチンに会いに行くと、現状の整理やら計画が一段落して実作業に着手し始めたらしく、猫の手も借りたい状況なようで、ひどく喜ばれた。力仕事が得意な男手は、瓦礫の除去やら、復興に必要な資材を必要な場所に届けに行くやら、そういう仕事を任され、ミリアは死者の供養を任された。


 アスナ? あいつは「特別な仕事」があるとやらで、片眼鏡が一人だけ別の場所に連れて行った。


 特別な仕事ねぇ。なんだろうなぁ。アスナに関しちゃ、力仕事もできるし、魔法も使える、便利人材だと思うんだがな。なんでまた、そういう仕事を割り振らねぇんだろうな。


 ま、そう思いながらも、大方の察しはついている。


 推測が正しければ、きっと昼過ぎぐらいになるだろう。それまではかったりい力仕事をほいさほいさと任されるだけだ。


 連邦国の兵士に指示されるがままに、俺とキースの二人とミリアは一旦別れ、それぞれの作業場所へ行った。


 一晩経った街は、一日しか過ぎてねぇとは思えねぇ程度には片付けられていて、この国がいかに優秀なシステムと国民の能動的な働きかけによって動かされているのかを実感したもんだ。


 そんでもって、作業場所にいた兵士の指示にしたがって、それほど一所懸命にもならない程度に作業をする。


 キースは張り切っていたみてぇだが、俺はそんな真面目に下働きみてぇなことするなんざ性に合わねぇ。適当に頑張ってる風に見せかけて結構サボった。バレちゃいねぇ。俺がそんなくだらねぇことでミスると思うか?


 そんなこんなで昼。兵士から昼飯が渡され、俺とキースは並んでそれをつまむ。軍用の食事だ。美味いもんではねぇが、腹が減ってるとそんなんでも美味く感じるから不思議だ。


「なぁ」


「なんだ? 悪党」


「お前としちゃどうなんだ? 自分の国のトップが死んだってのは」


 キースは少しだけ考える素振りを見せてから、小さく鼻を鳴らした。


「そうだな。俺は正直陛下にはそこまで思い入れは無い。俺が剣を捧げたのは姫様だ。アリスタード国王にではない。それに騎士とは言え、俺は下っ端も下っ端だった。王と直接接する機会など数えるほどしかなかった」


「そんなもんか。……いや、そんなもんだよなぁ」


 俺はグラマンを思い出す。俺は確かにグラマンにはそれなりに世話になった。それ以上にムカつく思いをしたのも正直なところではあるがな。


 例えばあいつが何かで死んでたら……。あぁ、ちょーっとばかしは悲しむかもしれねぇが、それぐらいか。


 一方で、アリスタードの他の悪党連中はどうだろうなぁ。きっとグラマンが死んだら喜ぶ連中はゴマンといるだろうな。


「そんなもんだよなぁ」


 俺には親はいねぇ。俺も木の股から生まれてきたわけじゃねぇ。いるはずではあるんだが、それでも覚えてねぇもんはいねぇのと同じだ。


「親が死ぬ、ってのはどんな気分なんだろうなぁ」


「当たり障りなく言うと、人それぞれだろう。全ての親子が良好な関係を築けているわけではない。だが貴様が聞きたいのはそういうことではあるまい?」


「あぁ。ソニアは昨日ああやって号泣してたからよ、なんとなくだが『すっげぇ悲しいし、辛ぇんだろうな』ってのは想像つくよ。おまけにあいつの場合、親だけじゃねぇだろ?」


「そうだな。一晩で村が自分一人を残して消えた。と言っても過言ではないだろう」


 それについても俺はピンとこねぇから、なんとも言えねぇんだけどな。例えばリーベが消えて無くなったとしても、何の感慨もわかねぇだろう。


 ぼけっと考え事をしていた俺を、キースがちらりと見た。


「そうだな。個人的な話をしよう。俺の両親はもう死んでしまっていないが。死んだときは、泣いたな」


「泣いたか」


「あぁ。泣いた。王国の兵士に志願する前だった。流行り病でな」


「まぁ、普通そうだよなぁ。よくわからねぇけどよ」


 いや、わからなくもねぇのか。親を「大切な誰か」に置き換えろ。チェルシーが死んだ時、俺はどうだった? きっとそれに近いもんがあんだろう。


「……姫様の場合は、一際(ひときわ)特殊だろうな。俺も姫様の心中を推し量ることは難しい」


「だよなぁ。色々あったもんなぁ。それでも、あいつにとっては、良い父親だったんだろうな」


 それはエリナを見ていれば理解できる。教養もあって、思いやりも……あるっちゃある――俺に対する仕打ちを除けばだが。


 自信たっぷりで、切れ者で、プライドも高くて。親に貶されたり、不遇な扱いを受けて育った奴はあんな顔には、あんな上等な人間にはならねぇ。


 気づいたら昼飯も食い終わっていた。


 そろそろ作業に戻るか、とキースと話していたところ、ムスク中にスタチンの声が響き渡った。


『親愛なるムスク市民。連邦国の国民諸君。皆様の尽力により、此度はアリスタード王国からの侵攻という類まれなる脅威を見事乗り切ることができました。まずは感謝を申し上げます』


 兵士どもは立ち上がって敬礼し、それ以外の市民は拍手し、喝采をあげた。ずいぶん慕われてるんだな。まぁ、優秀ではあるもんな。


『連邦国は、アリスタードより発布された当初より、勇者アスナ・グレンバッハーグの国際手配には懐疑的であり、それを認めることはありませんでした。世界を魔王の手から救った勇者が、国際手配などと……。許されることではありません』


 そうだー、なんて声が方々から聞こえる。調子の良いこって。


『そして、もうご存知の方もいらっしゃるでしょうが、此度の戦、その勝利の立役者となったのは、かの勇者、アスナ・グレンバッハーグ本人なのです。勇者は此度のムスクへの被害に大変心を痛めております。そして、是非市民にお伝えしたいことがあると、申し出てくださいました』


 拍手の音が耳に痛い。


『アスナ様、お願いいたします』


 スタチンのその言葉の後、数秒ほど経って、アスナのものであろう咳払いが聞こえた。


 アスナのスピーチはよく思い出せねぇ。というかどうでも良すぎて覚えてねぇ。ありきたりで、そんでもってムスクに住んでいる連中が喜びそうな内容だったことだけは確かだ。


 ただ、アスナが最後の方で話した内容だけ覚えている。今回のアリスタードの侵攻は、王女であるエリナが非常に心を痛めていること。アリスタードの国王が死んだこと。そして、その後を継いでエリナが女王となり、以降このようなことは絶対に起こらないであろうこと。


 あいにく、それを話している最中にスタチンが割り込んできたもんで、アスナが伝えたかったことは全て聞けなかった。きっと台本になかったんだろうな。スタチンとしては、ここでそういったことを言われたら、色々と計画が台無しになる可能性があったんだろう。

 そんな小さなトラブルが散見しつつも、スタチンとアスナのスピーチは拍手喝采で終わった。






 全ての作業が終わり、俺達はまたあてがわれた部屋に戻ってきた。キースは「いい汗かいた」みたいな、ちょっとばかしすっきりしたような顔をしている。腹立たしい。


 対照的に、ミリアとアスナは落ち込んだ顔をしていた。


 ミリアがそんな顔をしている理由はよく理解できる。死者を弔う役目なんざ、ミリアの性格からすると気持ちの良いものじゃねぇだろう。例えそれが元々の仕事の一つだったとしても、だ。


 アスナは言いたいことが言いきれなかったもんでテンションが下がってんだろうな。わかりやすい。


 ちなみに、ソニアとイズミはまだ帰ってきていない。ま、そのうち帰ってくんだろ。


 そんなそれぞれちぐはぐな雰囲気を携えた部屋の中、アスナがぼそっと呟いた。


「……エリナは悪くないって、皆に伝えたかったのに」


 ほーら。やっぱり。


「バーカ。それは、スタチンが伝えるはずのことで、エリナがこれから証明していかねぇとならねぇことだ」


「ん。わかってる、けど」


「エリナを信じろ」


「ん」


 当のエリナは未だに部屋から出てきてねぇ。扉の前に置いといた食事に手がつけられてねぇのがその証拠だ。


 どうするかねぇ。いや、俺がどうこうしようとして、どうこうなるもんじゃねぇのはわかってる。なんて声をかけてやれる? 「お前に何がわかんだよ」って、突っ返されるのがオチだ。


 でも、今のこの雰囲気の悪さ。その一端を担っているのはエリナだ。無茶な話だってのは重々承知してんだが、さっさと復活してもらわねぇと困る。少なくとも表面上は、だ。


 これからやることが山ほどあるって言ってたのもあいつじゃねぇかよ。それでなんだ? 一人で考える? 放って置いてだ? 冗談も大概にしろよ。いや、気持ちも理解できなくはねぇんだけどよ。


 なんか、色々と考えてたらイライラしてきたな。っだー、もう。


 俺の貧乏ゆすりが増えてきたちょうどその時、ソニアが扉を開けて入ってきた。


「弔いは済んだ。皆の協力に感謝する」


 そう言ってから、エリナが立てこもっている部屋を一瞥する。


「エリナは……。まだ出てきていないのか?」


 沈黙は肯定だ。


 ソニアがツカツカと歩き、その部屋の扉を力強く叩いた。


「エリナ。お前が何を悩み、何に怯えているのかは知らない。だが一つだけ言わせてくれ。私はお前を恨んでいない。恨まない。お前は良い奴だ。馬鹿な私だがそれぐらいはわかる。そんな良い奴を恨んだりしたら父上に叱られてしまう」


 部屋はだんまりだ。エリナからの返事は返ってくる気配がない。


「……それだけだ。すまなかった。邪魔をして」


 ソニアはそれだけ言って、踵を返し、椅子に座って窓を眺め始めた。


 ミリアが心配そうな顔をする。アスナが悲しそうな顔をする。さっきまで若干すっきりした顔をしていたキースも打って変わって――これに関しちゃ、お前はもうちょっと空気読めよ、とは思った――深刻そうな表情だ。


 そこでついに、俺の堪忍袋の緒が切れた。


 良いか? これから言うこととやることは、俺の超絶わがままで、超絶理不尽で、超絶不条理な、そんなもんだ。んなこた俺が一番良くわかってる。


 俺は解錠(アンロック)で部屋の鍵を無理やり開けると、ドアを乱暴に蹴破った。突然の俺の暴挙に、背後で他の連中が目を白黒させている気配が感じ取れる。


 部屋の中ではエリナが枕に顔を埋めていた。泣いているんだろう。俺の侵入に気づいて、ババッとこっちを見る。目が充血している。んなこと知るか。


 俺はエリナの腕を掴み、引っ張り上げる。「や、やめなさいよ!」とかいう鼻声が聞こえるが、んなこた知ったこっちゃねぇ。無理やり部屋から引きずり出して、連中の、アスナの、ミリアの、キースの、ソニアの目の前に引っ張り出した。乱暴に引っ張ったもんで、エリナがよろけて膝をついた。


「いいか?」


「なによ」


 鼻声だ。


「俺がこれから言うことは、お前にとっちゃ『てめぇに何が分かんだよ』って言われてもしゃあねぇことだ。だが言わせてもらう」


 俺のイライラを隠しきれていない表情に、エリナが充血した眼を吊り上げた。だが、何も言わない。俺の言葉を待っている。反論はそれからのようだ。


「お前が今どんな気持ちなのかなんて知ったこっちゃねぇ。想像もつかねぇ。何しろ俺は小悪党でお前はお姫様だ。俺には親がハナからいなくて、お前は親が死んだ。俺の親が善人か悪人かなんて俺にはわからねぇが、お前のオヤジは今は悪人だと思われてて、お前に取っちゃ善人だったんだろう。境遇が違いすぎてよくわからねぇ」


「だったらっ!」


「『だったら』じゃねぇ! よくわからねぇんだよ。皆。お前が何を考えてんのか、悩んでんのか。何が悲しいのか、何に怒ってんのか。誰も何もわかりゃしねぇんだよ!」


「わかってくれなんて言ってない!」


「馬鹿野郎! 俺がわかりてぇだけなんだったらそれでいいんだよ! だが、アスナはどうなんだ! ミリアは? お前の騎士とか大層な身分のキースは? お前のオヤジに一族をぶっ殺されたソニアは?」


 エリナが押し黙る。


「言えよ」


「……なにをよ」


「思ってること全部ぶちまけろっつってんだ。俺はともかく。他の連中には、今お前が何を考えてんのか知る権利があんだろうが」


 俺をひと睨みし、そして俯いて、エリナは何も言わない。


「少なくとも、知りてぇだろうがよ。共有してぇだろうがよ。お前が何を思ってんのか。どうしたいのか。どうして欲しいのか。それともあれか? お前の仲間はそんなこと思いもしねぇ薄情者なのか?」


 エリナが地面に着いた腕が震えている。


「……アンタに何が!」


「んなこた百も承知だ! 言え!」


「ぐっ! わかったわよ!」


 数秒ほどの沈黙。その後、エリナが思わずこぼれ出てしまったように、そんな様子で声を上げた。


「……パッ! パパ、が……死んじゃった……」


 俯いたまま、エリナがぽつりぽつりと語り始める。床に涙が落ちる。


「確かに、最後は酷い父親だった……。皆にもたくさん迷惑をかけた。迷惑ってレベルじゃない。わかってる……でもっ!」


 堪えきれず、泣き出す。息を呑んで、しゃくりあげて、エリナは続ける。


「でも……アタシのパパなの……。パパなの」


 ミリアがゆっくりとエリナの傍に歩み寄って、その背中を撫ぜる。


「だめだってわかってるのよ。……でも、悲しいの。悲しんじゃいけないってわかってるの。でも……」


「悲しいんですね」


 息が詰まったように喋れなくなったエリナの、その続く言葉をミリアが代弁する。


「エリナ様。ご両親が死んだ時、子供には悲しむ権利があります。それはご両親がどのような人物であったとしても、です。メティア教ではそう決められています」


 ミリアが慈しむように、ただひたすらにエリナの肩を、背中をなで続ける。


「子供だけは、親の死を悲しんでも良いのです。それは誰にも咎められるものではありません。同時に悲しまない権利もあります。それもまた誰にも咎められるものではありません」


「パパがっ! パパがっ!」


「いいんですよ。悲しんで」


「でもっ! だってっ!」


「少なくとも私は、エリナ様のその気持ちを否定しません」


「ごめんなさい……。ごめんなさい……」


「謝らなくていいんです。謝らなくて」


 ミリアがエリナを抱きしめる。その様は、まるで母親のようだと、そう思った。


 エリナがすすり泣く。ソニアがそれを心配そうにちらりと見て、それからまた窓の外を向いた。

エリナ様、複雑です。

アリスタード王が元々は良い人間であったことは、エリナ様が立派な人間であることが証明しています。

親の罪は子供の罪なのか。

メティア教では「そうではない」、と教えているようですね。


ミリアさん。マジママです。


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― 新着の感想 ―
[一言] 死んだ人間に対する一番の供養は、泣いてやることだと思います。
[一言] で、でたー!! おっさんのド直球ストレート!! 俺は頭悪りぃからよ!! 感情の赴くままに言いたい事をいってやるぜ!! そしてそれが皆の心に響く。 それがおっさんがこのPTにいる最大の理由だ…
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