第十二話:もし私がその部屋に貴方と一緒にいたら、私は食糧を貴方に差し上げます
次の日、朝早く出ていったエリナは片眼鏡と話をつけたらしい。
アリスタードの侵攻に対して連邦国は断固たる行動を取る。これは決定事項で覆らなかった。当然だ。そこを覆そうなんてのは、エリナも思っちゃいないだろう。
ただ、「アリスタードを滅ぼす」。そのスタチンの決定は、比較的消極的な検討事項まで引き下げられたらしい。「ただの口約束だからどこまで信じられるかはわかんないけどね」、というのはエリナの言だ。
その条件はこうだ。
「アリスタードは、連邦国じゃなく、アタシ達が徹底的にぶちのめす」
スタチンが出した条件とは、「アリスタードの侵攻に対して、勇者とその一味が連邦国側として参戦すること」。
そして、後に禍根を残さないように、エリナは俺達が中心になってアリスタードを退ける、という条件をそこに自ら付け加えた。
勿論、連邦国も侵攻に対する防衛は行うだろう。だが、アリスタード打倒の功労者は俺達じゃなければならない。
でなければ、「乱心したアリスタード国王を王女と勇者の一行が自ら是正した」というシナリオは成らない。
「つまり、今までとやることは変わらねぇってことか」
「そうね。でも、ただでさえ超軍事国家の連邦国よ。そこを攻めるってことは、アリスタードもそれなりの大攻勢を仕掛けてくるわ」
となると、俺のやれることってのは少なそうだ。そういった乱戦になりゃ、役立たず。特にやれそうなこともねぇ。
……と、思ってたんだがなぁ。
「……ゲルグ、アンタにはアタシ達全員の指揮を任せるわ」
「……はぁ?」
いやな、確かに戦いの場で全体を俯瞰して、誰が何をしてるのか把握するってのは、いつか俺の仕事になるんだろうな、とは考えてたさ。だが、こういう大戦争みてぇなタイミングでその大役を任せられるとは思ってねぇだろ。
「俺にできると思ってんのか?」
「やってもらわないと困るのよ。大丈夫よ、そんなに期待はしてないわ」
ここまではっきりと「期待してない」なんて言われると、それはそれで腹が立つ。
「後悔すんなよ」
「だから、そんなに期待してないって言ってるでしょ。後悔なんてしないわよ。期待してないんだから」
期待してない、期待してない、ってそんな連呼するんじゃねぇ。エリナを少しばかり睨みつける。エリナがどこ吹く風という顔をしているのがなんとも腹が立つ。
「ったく、まぁいいや。んじゃ、基本的な計画についても俺が立てりゃいいんだな?」
「任せるわ」
小さく頷いてから、今の俺達の戦力を考える。
まずはキース。頑丈で力も強い。だが一般人よりは速いとは言え俺達の中じゃ愚鈍な方であるのも事実。これが普段だったら、後衛に向かってくる攻撃を防御しつつ、その余りある物理的な破壊力でぶん殴るのが役割だ。本来ならスピードもそんなには必要ねぇ。
だが、こういった大規模な戦闘になると、攻撃手段がそのでけぇ剣しかねぇってのがどうにも痛い。今回はメンバーを守ることにウェイトを置いてもらう。
次にソニア。特筆すべきは、その人並み外れた身体能力だ。キースには負けるが、力も強い。その上スピードも速い。本当に身体のスペックだけみりゃバケモンだ。だが、臨機応変な状況判断に欠ける。おまけに複雑な指示は理解できねぇ。
だが、今回はソニアにうってつけの役目がある。それは、キースが防御、反撃したにも関わらず、うち漏らした敵を追撃するって役目だ。「とにかくキースに近づいてきた敵は全員ぶん殴れ」。指示はそれだけだ。
複数人同時に襲って来られた時が厄介だが、その辺の状況判断はキースに任せることにしよう。
ミリア。パーティーの要だ。ミリアをどう護り切るかが一番の課題だ。敵も馬鹿じゃねぇ。回復役を真っ先に潰そうとしてくる。キースから絶対に離れるな、そう言いくるめとかねぇといけねぇ。それ以外は、根本的に頭の良い奴だ。状況に合わせてうまく動いてくれるだろう。余り心配はしていない。ずっとやってきたことだろうしな。
最後にエリナ。今回の攻撃役は大体がこいつになる。大量の敵が迫ってくる中、剣やら斧やら小太刀やらでちまちま攻撃してもどうしようもならねぇ。広範囲な攻撃が必要になってくる。魔力の回復手段を大量に用意しといて、バカスカ範囲魔法をぶちかましてもらう。
ついでに俺については、今回に限っちゃ俺の出番はそんなにねぇ。考えても見ろ。戦争をおっぱじめてる時に、戦場をちょろちょろ走り回ってる奴がいたら邪魔だろうがよ。俺はもうエリナの近くにいて、「どこに魔法をぶちこむか」を教えてやるぐらいだ。
「……大体決まった。いいか、お前ら……」
頭の中で整理した考えを、連中にわかりやすく伝えるために再び整理しながらゆっくりと説明する。ひとしきり話し終えた後、大体予想通りの作戦だったのかエリナの顔は少しだけ満足そうだった。
「中々やるじゃない」
「っるせぇよ。お前だってこれぐらいは考えてたんだろ?」
「当たり前よ。小悪党には負けないんだから」
だったら、俺が作戦を考えた意味あったのかよ、とは声に出さなかった。
作戦は決まった。後は資材の準備だ。
俺達は、それぞれが何を揃えるのかを洗い出し、役目を決め――とはいってもソニアは買い物なんてできねぇから、部屋に留守番だったが――準備を整えるため街に繰り出した。全部の用意が整うまでは、二、三日かかるだろう。アリスタードがいつ攻めてくるのかはわからねぇが、急ぐに越したことはない。
そして、準備は滞りなく終わり、二日が過ぎた。
「……後は座して待つのみ、か」
準備が全て整った夜。俺は寝る前にちょっとばかし酒でも飲もうと、街で「ついでに」、と買った強めの酒をグラスに入れてちびちびと飲んでいた。
そういや、アスナは今どうしてんだろうな。そんなことを考えながら煙草に火を付ける。試練は無事合格したのか。
ちょっとばかし心配ではあるが、あいつもそれなりに成長はしたはずだ。過度な心配も必要ねぇだろう、と自分に言い聞かせる。
あてがわれた小部屋で、煙草をふかす。紫煙が部屋に充満し、そしてゆっくりと消えていく。この部屋が煙って、目に映る景色がぼんやりとしていく感じは嫌いじゃない。
そんな風にリラックスしていると。ふと、扉が三回、ノックされた。この控えめな感じはミリアだ。ドアの向こうの気配もそう物語っている。
「なんだ?」
ドアがゆっくりと開き、ミリアが入ってきた。煙草をふかす俺を見て、小さく笑う。
「寝酒と一服ですか?」
「あぁ。安心しろ、酔いつぶれるほどは飲まねぇよ」
「心配なんてしてないですよ。あ、私も少しだけもらっても良いですか?」
ミリアが積極的に酒をねだってくるのは珍しい。こいつは付き合いとかでなら飲んだりもするが、自分からはあんまり飲もうとはしねぇ。明日は雨でも降るのかね、なんて考える。
俺は、部屋に置かれていた、使ってないもう一つのグラスを手に取り、酒を注ぐ。とぽとぽ、と小気味の良い音が部屋に小さく響き、グラスが茶色い液体で満たされた。
「ほらよ」
「ありがとうございます」
ミリアがグラスを受け取り、口を付ける。その液体を口に含んだ瞬間、顔をしかめ、咳をした。
「つ、つよっ! ゲルグ、こんな強いお酒飲んでいたんですか!? これ、そんな美味しいですか?」
「強めの安酒が好きなんだよ。貧乏舌だからな」
「にしても、これは……」
「確かに女に飲ますには、アレな酒だったかもな。ちょっとまて」
テーブルの上の水差しを取って、ミリアのグラスに注ぐ。二倍くらいに薄めりゃ、飲めなくもねぇだろ。
薄まった酒をミリアがまた飲む。今度は酒精独特の焼ける感じはなかったらしく、顔をしかめたりはしなかった。
「不味いだろ?」
「……貰っておいてなんですが……はい」
そりゃそうだ。街で売ってた中でも、いっとうに安くて強い酒だ。美味かったら価格破壊もいいとこだろうな。
「国やら地域で微妙に味に違いはあるが、アリスタードにも売ってるような酒だ」
穀物を雑に発酵させた蒸留酒。二束三文で売られてるから、貧乏人はこれを良く買って飲む。水で薄めたり、果汁で薄めたり、飲み方は色々だがな。
俺はこんな安酒をストレートで飲むのを好む。
「アリスタードは、いつ攻めてくるのでしょうか」
グラスを傾けながら、ミリアが窓の外を眺めた。
「いつだろうな。明日とかではねぇとは思うが、この国のトップが『もうすぐ』って言ってんだから、もうすぐなんだろうよ」
ミリアが俺の言葉に、こちらをちらりと見てから、ぐいとグラスを煽った。
「もう一杯、いただけますか?」
「いいけどよ、あんま飲むと倒れるぞ?」
「それぐらいの節度は持ち合わせてます」
俺はまたミリアのグラスに安酒と水を半々で入れる。
俺が酒を注いでいるのをぼんやりとした感じで眺めながら、ぼそりとミリアが呟く。誰に向けた訳でもない、自分自身なのか、もしくは世界へなのか、そんな問い掛けだ。
「戦争は、なくならないのでしょうか」
「……そりぁ……そうだなぁ」
難しい問題だ。
今の状況は確かに特殊ではある。アリスタードがトチ狂ってるって一点がだ。
だが。
「例えばだ」
「はい」
「極限まで腹が減ってて、このままじゃ数時間後には死んじまうかもしれねぇ。そんな状況の人間数人が集められてたとする。一つの部屋にだ」
「はい」
「そこに、誰かがちょうど一人分の食い物を投げ込む。一人が一日食いしのげる量だ。まだ誰のものでもねぇ」
ミリアならどう答えるかなんて察しはついてる。
「お前ならどうする?」
「皆で分けます」
そう答えるミリアの瞳は揺るぎない。
「お前ならそういうだろうと思った。嘘だとも思ってねぇ。だが、大多数はそうじゃねぇ」
ミリアはじっとこちらを見たままだ。
「俺なら、じゃねぇな。大体の人間なら答えは一つだ。殺してでも奪い取る」
「例えば、その部屋に集められた方々が、友人同士だったとしても、ですか?」
「関係性は問題にならねぇ。そんなのが繰り返されて、最終的に一人だけ生き残ったとしよう。そいつはきっとこう思うだろうよ」
そう、人間なんてそんなもんだ。
「『皆の犠牲は忘れない。あの時死んでいった奴らの分まで生きる』、なんてな」
「……それは」
「そんなもんだよ。人間なんて。いや、人間だけじゃねぇ。この世に存在する生物全てがおんなじだ」
生きたい。死にたくない。その本能に生物は抗えない。
「俺は馬鹿だからよくわからねぇ。だが、それが際限なくデカくなったのが戦争だ、と俺は思っている」
「だから無くならないのでしょうか?」
「無くなりはしねぇが減ったりするタイミングもあるさ。一つ条件付きだがな」
「条件?」
「共通の脅威を、敵を、皆が認識した時」
あの時まで、それが魔王だった。一時的にだが、戦争という戦争は激減した。
「……でも」
言い返したくなる気持ちはよく分かる。ミリアはそういうやつだ。
だが、ミリアから発せられた言葉は、予想外のものでもあった。
「でも、もし私がその部屋に貴方と一緒にいたら、私は食糧を貴方に差し上げます」
「……それは」
「私は、私の命よりも貴方が大切です。だから、きっとそうします」
「……そりゃ、あんがとよ」
だが、論点がずれてる。
「わかってますよ」
ミリアが皮肉げに笑った。
「ゲルグが言いたいことも。それだけじゃ人間はうまくやっていけないことも」
だって、とミリアが続ける。
「きっとその時、他の誰かが、私がゲルグに差し上げたいと思った食糧を奪い取りに来たとき、私はどうするべきかわからないです」
そこで、「向かってきた奴を殺す」と言わねぇのがミリアらしい。
気づけばミリアのグラスは空になっていた。
「飲みすぎました。少しだけ酔った、かもしれません」
「そりゃ不味いな。さっさと寝ろ」
「そうします」
小さく「おやすみなさい」、と呟いてから、ミリアが部屋を後にする。
「戦争ねぇ」
今俺が話した内容はほとんどがババァの受売りだ。
――良いか、ゲルグ。
――んだよ。
――人間の本質とはそういうものだ。だからこそ、それに抗う一部の人間というのは素晴らしい。
――素晴らしいからなんなんだよ。
――そなたも、抗え。薄汚くても良い。小悪党でも構わない。だが……。
その後、ババァはなんて言ったんだっけなぁ。
少しだけ酒でふらつき始めた身体をベッドに沈めて目を閉じた。
次の日の朝のことだ。
アリスタードの侵攻は、予想外の方法で、そして静かに訪れた。
始まりは、グラムスキーが部屋のドアを激しくノックし、返事も聞かずに乱暴に開けたことだった。
「外を見ろ!」
部屋に入りすらせずにドアから叫ぶグラムスキーは元来の厳しい顔に拍車がかかったような表情を浮かべていて、それでいて顔面蒼白だった。
その様子に俺達は泡を食って、窓の外を見る。
「……なんだ、ありゃ」
予想外な光景だった。
ぬるりとした生物的ななにかを感じさせ脈動する、どでかいナニカが空に浮かんでいた。
まるで魔物をツギハギしたようなその浮遊物は、大きいはずのムスクの街を覆い尽くさんばかりの大きさで、その影で街のほとんどがすっぽりと覆われた。
そして、そのナニカから――でかすぎて出どころはわからねぇが、どう考えてもそれから発せられていた――、聞き覚えのある声が響き渡った。拡声魔法だ。
『ルイジア連邦国首都、ムスクの諸君。本日、諸君らには今日この日を以て死んでもらう』
アリスタードで聞いたあのクソ国王の声が、首都ムスク中に響き渡った。
決戦前夜です。
なんか、アリスタードが超弩級のオーバーテクノロジーっぽい何かでやってきました。
皆大慌て。
アスナも居ないのに! おっさん、どうする!?
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