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第十一話:人間からの悪意ってやつからは俺がお前ら全員纏めて守ってやる

「グラマン。てめぇのことだからどうせ隠し通路でもなんでも用意してんだろ」


「わかってるじゃねぇか。さすが俺の弟子」


「俺がいつお前の弟子とかいうよくわかんねぇもんになったかどうかは置いといてだ。今すぐ逃げろ。こっちにゃ王女サマがいる。てめぇの有り余る金なんて後からどうにでもなる。さっさと逃げろ」


「言われなくてもそうさせてもらう。とんずらこく準備は何時だって整えてるからな」


 グラマンがにやりと笑う。傍らには大きめのカバン。その中にゃ貴金属やら、金貨やら、様々な悪辣な手段で集めた金銀財宝が詰まってるんだろう。


「アスナ。この屋敷は囲まれてる。だが、グラマンが通る隠し通路は使わねぇ。正面突破だ」


「正面突破。なんで?」


「誰も屋敷から出てこなかったら隠し通路なんてすぐバレる。グラマンが逃げられねぇ」


「ん」


 物分りがいいお嬢様で助かる。


「で? 悪党よ。なにか策はあるのか? 自慢じゃないが、俺はかつての同僚だった奴らは切れんぞ」


 キースが仏頂面で尋ねてくる。うるせぇな。んなこた言われなくてもわかってんだよ。


「私も疑問を持っていました。どうやってこの包囲された状態から脱出するのですか?」


「そうよ! 私が出ていって兵士に靴を舐めさせたらそれで終わりでしょ! わざわざ逃げる必要ある?」


 アスナ以外の女性陣どもがうるせぇ。あと言っとくが王女サマよ。それは多分状況が悪化するだけだ。


「王女サマよ。お前さんのパパは、悔しいが反吐が出そうになるほど優秀だ。お前さんがアスナを追っかけることも予測してるだろうよ。兵士どもはお前さんの言葉なんて聞きやしねぇよ。予測だがな」


 それでもこの予測に確信はある。ほぉら、聞こえてきた。未だに煙で咳き込む兵士らの、その中でもトップらしき人間なんだろうな。厳しい野郎の声が屋敷に向かってぶつけられた。


「エリナ王女を洗脳し誘拐するとは、アスナ・グレンバッハーグとその一味よ! げほっ、ごほっ! い、今出てくるなら最大限の温情をかけてやる。これが最終通告だ! おとなしく出てこい!」


 咳き込みながら叫ぶから、てんでサマになっちゃいねぇ。笑えてくるな。あーはっは。馬鹿かあいつらは。そんなコト言われて何の策もなしに出てくる馬鹿がどの世界にいるってんだ。こちとら伊達に国際手配されてねぇんだよ。


「洗脳!? 私が!? あのドぐされ狸クソ親父! もうぶち殺すだけじゃ気がすまないわ! 最大級の魔法で塵芥になるまでぶっ殺してやる! 肉片のかけらも残してやるもんですか! 殺す! 絶対殺す!」


「落ち着いて、エリナ」


「うん! 落ち着く!」


 王女サマは平常運転みてぇだ。相変わらず綺麗な顔とその口から、下水みてぇに汚ねぇクソをひり出しまくってる。んでもって、アスナ愛も相変わらずだ。コロコロコロコロ表情がよく変わりやがる。いや、駄目な方向でな?


「で? どうするのよ? ゲルグ」


 王女サマが俺の方を見る。


「だから正面突破だって言ってるだろうがよ」


 何度もおんなじこと言わせるんじゃねぇ。


「ゲルグ。私もこの人数に正面突破は流石に乱暴かと思います。確かにこれくらいの人数であれば、どうとでもなりそうですが……」


 ミリア。お前、この兵士どもをどうにかする(・・・・・・)方向に考えてたんだな。悪かった。謝る。脳内お花畑とか言ったり思ったりして。お前も立派な魔王討伐御一行の一員だよ。荒事になれてやがる。


 だがな、それじゃだめだ。国の兵士を傷つけた、ましてや殺したなんてなったら、あのクソ国王が黙ってるはずねぇだろ? 王宮に忍び込んだ時にさんざっぱら兵どもを気絶させたことは忘れてくれ。


 それにアスナの理想は「人間の不殺」だ。それを破っちゃ終いだ。


 俺は仕事道具のカバンをゴソゴソと漁り、珍妙な形をした花を人数分取り出す。丁度ぴったり。これで終いだ。いいか? 高かったんだぞ? 高かったんだからな。


迷彩花(インビジブルフラワー)だ。丁度四人分ある。お前らはこれ使ってそーっと出ていけ」


「四人分? ……一つ足りない」


 アスナが不思議そうに俺を見つめる。察しが良いんだか悪いんだか。


「バーカ。俺が囮になるんだよ」


「駄目。危ない」


 いかにもお前が言いそうなこった。


「アスナ。お前、俺があんな重そうな鎧着けた兵士共に追いつかれるとでも思ってんのか? 本気の俺の脚はお前より早い」


 こりゃ嘘だ。いや嘘じゃねぇかもしれねぇ。だが、希望的観測に基づいた楽観的な言葉でしかねぇ。自信はあるがな。


「それはわかってる。でも……」


「落ち合う場所は、ここから三時間ぐらい歩いた先にあるセントレル・アリスの祠だ」


 有無を言わせない。言わせてなんてやるかよ。ちっぽけな大人の、おっさんの意地だ。


「五時間だ。今から五時間経って、俺が祠に現れなかったら四人でメティア聖公国に向かえ。わかったな?」


 王女サマのことだ。どうせ、五時間も待たずに先に行くだろう。だが、もうそれならそれでいい。ぶれっぶれで矛盾に満ちちゃいるが、それも俺の本心だ。


 ここで、アスナの礎になれるなら、それならそれでいい。


 勿論、それで終わるつもりもねぇがな。


「全員、その花粉を身体にぶっかけろ」


「ゲルグ」


「アスナ。お前もだ」


 アスナが不承不承といった面持ちで、迷彩花の花粉を自身に振りかける。他の面々もそれを確認してから、思い思いに花粉をふりかけ始めた。みるみる内に四人の姿が見えなくなる。うん、便利便利。俺もこの花にゃどれだけ助けられたかわからねぇ。中々手に入らねぇ上に高ぇんだよなぁ。勿体ぶってる場合じゃねぇがよ。


「グラマン! 逃げ……ってもう逃げたか。あいつ昔っから逃げ足がやたら早ぇな。まぁ、いいか」


 グラマンはいつの間にかいなくなっていた。「あばよ」の一言もねぇとは、なんとも薄情な奴だ。まぁ、それでいい。あいつはそういう奴だ。


 さぁて、行くか。


「ゲルグ」


 中空から声が聞こえる。さっきまでアスナが居たところ。透明になって見えはしないが、アスナがいるのだろう。


「約束。祠で。絶対に」


「わぁってる。おっさんを信じろ。馬鹿野郎」


 そこまで言って、俺は屋敷の鍵を開け扉を蹴り開けた。


「おうおうおう! アリスタードの兵っころども! ここにゃ勇者サマもその御一行ももういねぇ! しょっぴけるもんならしょっぴいてみやがれ! 追っつけるもんならな!」


 扉は開けっ放し。後からあいつらが逃げられるように、だ。


 そして、アリスタード兵と俺の盛大な追いかけっこが始まったのであった。






 兵士達と俺との追いかけっこは熾烈を極めた。俺は跳ぶ。駆ける。おちょくる。股下をくぐり抜ける。身のこなしに関しちゃ、歳を食っても衰えちゃいない。


 振り下ろされる剣を避ける。捕まえようとする手からひらりを身を躱す。


 そんなこんなで三十分。兵士どもももうスタミナ切れのようだ。そりゃそうだ。五十人近くの人間が居て、俺みたいな小悪党一人捕まえられないんだ。焦ってスタミナ配分を間違えたりもする。それに俺の他人を小馬鹿にする能力は随一だ。


 潮時だ。


「んじゃ、兵士さんどもよ。俺はとんずらこかせてもらわぁ。あのクソ国王(おやじ)によろしく言っといてくれな」


「き、貴様!」


 一際豪華な鎧を着けた、隊長らしき一人が肩で息をしながらも、怒りに打ち震えた声を絞り出す。だけど、その声色。へろへろなのがあからさまだぞ。やーいやーい。


「じゃあな!」


 俺はその言葉を投げ捨てて、村を猛ダッシュで駆け抜ける。朝飯を食いそこねたからか少しばかり腹が空いちゃいるが、んなもんどうだっていい。背中の方からへにゃへにゃになった兵どもが追っかけてくる気配が感じ取れたが、俺の脚に追いつけるはずはない。ずんずんと距離を離す。


 数分とかからず俺は村を脱出することに成功した。あいつら四人もとっくに村から出てしまっているはずだ。この村は狭い。ゆっくり歩いたとしても、十分もあれば外に出られる。


 問題は祠までの道中、俺が(・・)魔物に出会うか出会わないかだ。魔物にエンカウントしちまったら、対人格闘に特化した俺じゃ太刀打ちできない。急所も違う。動きも違う。あいつらの動き本当に予測できねぇんだよ、クソッタレが。


 レーダーを最大にして走り抜ける。風の加護は初っ端から最大出力だ。おっと、こっちにゃ魔物の群れがいる。迂回、迂回っと。


 そんなこんなで魔物を避けながら駆け抜ける。最大で八時間。それが俺の最長全速力疾走タイムだ。自分でも人間離れしてると思う。風の加護サマサマってわけだ。


 さぁて、村を出てからそろそろ五時間くらいになる。「五時間」と俺は言った。もうあいつらは行ってしまっているだろう。だが念の為、あいつらが祠に居た痕跡ぐらいは確認せにゃならない。最後の後始末ってやつだ。祠も見えてきたことだしな。


 その後はどうすっか。王女サマの言う通り、王都西にある塔を訪ねてみるってのも悪くないかもな。


 そんなふうにこれからのことを考えていたのが悪かったのだろう。この世のものとは思えない鳴き声を上げながら、魔物の群れが目の前に躍り出てきた。


「くっ!」


 大鼠が三匹、ゴブリン五匹、角ウサギ六匹。こりゃまた大勢だ。奴らも流石に知能が高い。野良の獣とは大違いだ。一瞬で俺を包囲しやがった。こうなっちゃ逃げるに逃げられない。


「黙ってやられてやっかよ!」


 俺はカバンからショートナイフを取り出して構えた。付け焼き刃以外の何物でもない。だが、無いよりゃましだ。


 ジリジリと俺と距離を詰めてくる魔物共。来るなら一気に来いよ。じれってぇ。


 そんなことを考えていると、ゴブリン数匹が俺に襲いかかってきた。魔物全般が知能が高めっちゃ高めだが、ゴブリンはその中でもとりわけ知能が高い。つまるところ武器を使う。


 棍棒を振り上げて、目の前、左斜め後ろ、右斜め後ろの三方向から一斉に向かってくる。くっそ、これじゃ反撃のしようがねぇ。


 どいつを目標(ターゲット)にしても、次の瞬間には他の二匹の攻撃がぶちあたる。まぁ良い。とにかく数を減らせ。俺は目の前から襲ってくるゴブリンに集中する。


 ショートナイフを左から右へ一閃。会心の一撃だ。ゴブリンの喉元がざくりと切れ、真っ青な血が飛び散る。だが、そのことに気を良くしたのも一瞬。すぐに後ろから他の二匹の棍棒が俺の頭を強かに殴りつけた。


 強い衝撃。ゴブリンの力は人間よりも当然強い。


「ぐっ!!」


 思わずくぐもった声を上げる。どろりとした液体が後頭部から流れ出てくるのがわかった。頭は大出血になりやすいんだぞ? クソッタレめ。


 棍棒の一撃。いや二撃によって脳が揺れ、ふらつく俺に向かって飛び込んでくる角ウサギ数匹が、霞む視界の中それでもくっきりと映った。


 あぁ、死んだな。まぁ、しゃあねぇか。


 ゆっくりと目を瞑る。数秒後には、俺は角ウサギの鋭い角によって串刺しにされているだろう。まぁ、悪くねぇ人生だった。


 アスナの野郎。変な悪党に騙されなきゃいいがな……。


「ゲルグ!」


 一番聞きたかった声が、何故か今俺の耳朶を打った。幻聴か? いや、違う。


 幻聴じゃない!


「今、助ける」


「……あ、アスナ!?」


 あっちゅーまだった。俺がゴブリン一匹ぶち殺すのにかかった時間。それよりも短時間で、あれだけいた魔物達が一網打尽になっていた。


「ゲルグ! 大丈夫ですか!? 出血が!」


 ミリアが駆け寄ってくる。ふらふらする俺を抱きとめ、治癒魔法(ヒーリング)を使う。痛みが薄れ、傷が塞がっていくのが感触でわかった。


「ダッサ。あの程度の魔物も倒せないの?」


 うるせぇよ。王女サマ。


「仕方ありません。魔物は普通の人間にとっては脅威以外の何者でもありませんから」


 キース。お前なんかした? なんか働いた?


「大丈夫? ゲルグ」


「お茶の子さいさい、と言いてぇところだが……。いや、すまん。助かった。でもお前ら、もう五時間とっくに過ぎてんぞ?」


「アスナが待つって聞かなかったのよ」


 王女サマが鼻を鳴らす。


「……五時間って言ったろうがよ」


「ゲルグはきっと来るって信じてたから」


 なんだよそれ。おっさんの面目丸つぶれじゃねぇか。馬ぁ鹿。涙がちょちょぎれらぁ。


「……あんがとよ。助かった」


 そんなこんなで、俺は四人となんとか合流したのであった。






「次の目的地は転移の洞窟だ。お前らも通っただろ?」


 なんやかんやで祠の中に入って一息ついた俺達は、次の目的地について話し合っていた。


「うん。でも王様がもう壁作って埋めちゃったって聞いてる」


「これがある」


 俺はカバンの中から小さな丸い球を取り出して見せる。


「爆薬だ。超弩級のな。土木工事とかの時発破かける時に使うもんだ」


「ゲルグのカバンすごいね。なんでも出てくる」


 よせやい。褒めるなよ。


「ってか、アンタがいなきゃ、転移魔法(リーピング)でひとっ飛びなんだけど」


「エリナ。ゲルグは必要」


「アスナ……」


 転移魔法(リーピング)を使えば一瞬なのは俺だってよーく理解してる。だが、それでもついていくと決めた。これは俺のエゴだ。ただのわがまま。


「じゃ、行こ」


 アスナが号令を掛ける。ぞろぞろと五人揃って祠から抜け出す。


 しかし、死ぬかと思った。魔物一匹二匹ぐらいなら、なんとかなるもんだが、ああも大勢で襲ってこられちゃ多勢に無勢だ。改めて勇者とやらの凄さを理解する。


 そんなふうにぼんやりとアスナの後をのそのそと歩いていると、不意に袖を引っ張られた。


「ん? なんだ? 王女サマ」


「ちょっと、ゆっくり歩きなさい」


 また文句でも言われんのか? 俺はうんざりしながら、王女サマの言うとおり、歩幅を狭めた。


「アンタは敵。それは変わらない。でも、アンタの言うことも一理ある。そう思った」


「……お?」


 予想外の言葉に俺は目を点にする。


「アンタの小狡い知恵が役に立つ。それはさっき身を持って知った。悔しいけどね」


 小狡いってなんだ、小狡いって。


「でも、良い? アスナに手を出したら、絶対殺すからね。肉片も残してやらないから」


「おい、俺はロリコンじゃねぇよ」


「アスナは十六歳。いい歳こいたおっさんのアンタでも十分に守備範囲じゃないの?」


「あのなぁ、俺はボン・キュッ・ボンの色っぺー姉ちゃんが好きなんだよ。あいつなんてタイプじゃねぇ」


「あっそ。それなら良いけどね。でも、殺すのは本当よ。肝に銘じなさい。……あ、ミリアならいいわよ」


「馬鹿。あいつは神官だろが。まぁいい、わかったわかった。肝に銘じる」


「なら良いのよ」


「俺がアイツに手を出すとかそういうことは、絶対に無いがな。だが、こと人間からの悪意ってやつからは俺がお前ら全員纏めて守ってやる。小悪党のちっぽけな矜持だ」


「魔物に殺されかけてたおっさんが何言ってんだか」


 王女サマが肩をすくめる。やめろ。心の底から「馬鹿じゃねぇのこいつ?」みたいな顔するんじゃねぇ。


「でも」


「ん?」


「ちょーっとだけ。ほんとにちょーっとだけは、頼りにしといてあげる」


 そう言って、エリナはニッカリと俺に向かって満面の笑みを浮かべたのだった。


 なんだ、こいつこんな顔もできんじゃんかよ。


「あ! これから私のこと『王女サマ』って言うの禁止! ちゃんと私にも名前があるの!」


「わぁったよ、エリナ(・・・)


 俺は王女サマ、いやエリナに対する不信感がすっかりと消え去ってしまっていることを改めて自覚した。

なんとかピンチを脱しました。

ゲルグ、便利ねお前。

いーえ、主人公補正です。主人公補正ったら主人公補正です。

アスナの(いつものやつ)。


そんで、なんだかんだエリナ様にも認められたみたいです。

やったね! ゲルグ! 仲間が増えたよ!!(おいやめろ)


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