第七話:試練は……合格したのですね?
「っ! このっ!」
怒りに震えるアスナの声と荒い呼吸の音が聞こえる。身体がピクリとも動かねぇから、何をやっているのかまでは把握できねぇ。
だが、アスナの剣が空を切る音、復讐の精霊が愉快そうに笑う声。見えねぇが、相当激しい戦いが繰り広げられているんだろうと想像する。
「ふふ……あははは。そう、そうだよ。憎いよね? 殺してやりたいよね?」
「笑うなっ!」
「昨日よりも随分魅力的な顔になったね。ちゃんとこうして貴方の前に姿を見せて正解」
「なに……がっ!」
感情をむき出しにしたアスナの様子を肌で感じる。
何ができる? 身体は動かせねぇ。ただ聞いて、感じて、それだけしかできねぇ俺に、今何ができる?
何もできやしねぇってのは理解してる。だが、このまんまじゃアスナは試練をクリアできねぇ。復讐ってのを理解するってのが、どういうことなのかは俺も良くわからねぇが、今のあいつの状態が違うってことだけは理解できる。
――そうだよね。貴方もお手伝いしたいよね。
不意に復讐の精霊の声が頭の中で響いた。
できることがあんのか?
――ちょっと待ってね。もう少ししたら貴方の役目。
復讐の精霊がそんなことを言う。俺が何をすりゃ良いのかなんざわからねぇが、とにかくちょっと待てば、手出しぐらいはさせてくれるらしい。
だがわからねぇ。復讐の精霊はなんだってこんなに協力的なんだ? 今まで出会った精霊とは全然違う。
――それはね、私の目的を達成するのにそれが必要だから。
目的を達成するのに必要? はぁ? お前さんら精霊に目的もクソもあんのかよ。
――全部は言えない。ごめんね。
謝られる謂れはねぇ。だが、気持ち悪さを感じるのも事実だ。
――じゃあ、そろそろ出番だよ。頑張って。
頭の中で響いていた復讐の精霊の声が途切れる。
「勇者。確かに昨日よりも良くはなった。でもそれじゃだめ。合格点はあげられない」
「うるっ……さい!」
「ちょっと頭冷やしてね」
瞬間、視界がホワイトアウトした。
「よぉ、アスナ」
「……え? ゲルグっ!? ゲルグ!」
よくわからねぇ空間で、俺はアスナに声を掛けた。今の状況がなんなのかってのはさっぱりわからねぇが、なんでかそれが正解に思えた。アスナは状況を理解できていねぇようだ。そりゃそうだろう。さっきまで死んでた俺が、元気そうに突っ立ってるんだからな。
ってか、俺が死んでねぇってバラしても大丈夫なのか? まぁいいか。ここは精霊の領域。復讐の精霊が上手いことやってんだろ。
しかし、復讐……か。お前にはちっとばかし難しすぎるよなぁ。
人間はな。クソだよ。周りを見回してみろ。アスナは知らねぇだろうがよ。クズばっかだ。救いようのねぇ連中ばっかだ。
復讐ってのも、そんなクソみてぇな人間の日々の営みの一つだ。多かれ少なかれ、どこにだって存在するそんなありふれたもんなんだよ。
さぁて。それを、この勇者サマにどうやって説明する?
「なぁ、誰かにひでぇ目に合わせられてよ、そいつをぶっ殺したくなったことってあるか?」
「ゲルグ。いきなり……なに?」
「大切なものをぶっ壊されてよ、『同じ目に合わせてやる』って思ったことってあるか?」
アスナが怪訝な顔をした。
「あぁ、ついさっきまでお前も俺が殺されて、怒りに我を忘れてたよな。多分よ、あれが復讐心だ」
「……ふく……しゅうしん……」
アスナがぼそりと、確かめるように呟いた。
「今まで感じたことは無かったか? あっただろ? 思い出せ」
ありふれたもんなんだよ。なんら特別なもんじゃねぇ。人間の日常に点在してて、目を凝らさねぇとよくわからねぇ程度にはありふれてんだ。
「わからない」
「そうだよなぁ。わからねぇよなぁ」
お前はそう言うだろうなぁ、って思うよ。
「お前に似た目をしたちっちぇえガキを連れて歩いてた時期があった」
「ん」
収まりの悪い黒髪を、後頭部をくしゃくしゃと右手で掻きむしる。
「ある日、そいつは死んだ。なんのこたねぇ。グラマンが、悪党の親玉が居なくなって、ずっとそこそこ良い待遇を受けてるように見えた俺を、悪党界隈が締め出そうとした。その煽りを食って、そいつは死んだ」
「そう……なんだ」
煙草は……。あぁ、ねぇな。しゃあねぇ。
「俺は、その件に関わってる奴を一人一人見つけて、殺していった」
アスナが心配そうな顔を俺に向ける。馬鹿。そんな顔するんじゃねぇよ。もう済んだことだよ。
「いいか? その時の俺は復讐に我を忘れてた。だがよ、俺を嵌めた連中も、多分俺に復讐したいと思ってたんだよ」
「……ん」
小さくアスナが頷く。
「俺は『復讐が悪いことだ』、なんざ綺麗事を言うつもりは毛頭ねぇ。それも人間だ」
「……でも、ゲルグもその子も酷い目に遭った」
「結果論だ」
さぁ、復讐の精霊はなんて言ってたっけなぁ。俺なりに解釈してやる。
「悪党どもは、俺を恨んでた。俺がいるせいで自分が不利益を被ることがあったろうよ。俺を締め出すために入念に計画して、俺を、俺達を嵌めた。で、だ。やってるこたクソだが、連中は努力した。俺を締め出す為に足りねぇ頭を捻った」
アスナがよく理解してねぇ顔をしてやがる。
「俺も、連中を全員ぶち殺すために、入念に計画して、ババァにも頭を下げて、全員確実に殺せるように、色々考えた」
「そう……なんだ」
きっと、「それは正しくない」なんて思ってんだろうな。
「向いてる方向が『気に食わねぇ奴を殺す』ってだけだ。考えろ。そこだけ抜けば高尚なことじゃねぇか?」
「え?」
「いいか? 誰かに馬鹿にされたりとか、踏みにじられた時、そいつを見返してやりてぇ、って思うことは何も悪いことじゃねぇ。俺も本質を理解できてるかっていや、わからねぇけどな」
俺も自分で何言ってるのかわからねぇんだ。そんな顔すんな。
「人間ってのは、色んな感情を持ってる。キレイなもんも、汚ぇもんも。全部、清濁併せ呑んで、そんでもって利用しろ」
アスナが少しだけ考え込んで、頷いた。
「少し、分かった気がする」
「そうか」
これで大丈夫かねぇ? なぁ、復讐の精霊よぉ。これで良かったのか? よくわからねぇ。だがまぁ。アスナならなんとかすんだろ。
意識が戻る。また、身体がピクリとも動かねぇ。
「ふぅん」
復讐の精霊の感心したような声が耳朶を打った。
「ゲルグをこんなふうにした貴方を私は許さない。だから、この『許さない』って思いも、全て含めて、貴方を倒す」
その声は、さっきまでのように怒りに満ちたものではない。怒ってないわけではねぇ。ただ、それらをすべて静かに受け止めて、そして乗り越えた者の声だ。
「……そっか。そっかそっかそっか。彼の手助けの記憶はほとんど残ってないはずだけど……そうなるのね」
また愉快そうに復讐の精霊が笑う。
「ちょっとだけ協力しすぎた気もするし……」
復讐の精霊が一息つく。
「ちょっと足りない気もするけど……」
満足そうな声が何もない空間に響き渡る。
「合格」
空間が割れる。キラキラと光るそれが、やがてゆっくりと砂のように綻びながら消えていく。
「彼、死んだと思った? 大丈夫、生きてる」
いつの間にか、身体が動くようになっていた。「ほら、立って」と促されて、ゆっくりと立ち上がる。
そんな俺の姿を見て、アスナが目をパチクリさせる。何が起こってるのかわからねぇ、って面持ちだ。ついさっきの記憶が残ってないってのは、どうやら本当らしい。
「え? え? え?」
「試練のためのちょっとした演出。ごめんね、ちょっとやり方がえげつなかったかも」
「お、おう。アスナ、そういうことら、しい」
言い終わるか終わらないかぐらいで、アスナの強烈なタックルが腹に決まった。ぐえっと、変な声が出る。
「お、おい、アスナ」
「し、死んじゃったかとっ! 絶対にゲルグが死んじゃったって、そう思って!」
「冷静に考えりゃわかんだろうがよ。死なねぇよ」
大体シチュエーションに違和感ありまくりだろうがよ。そう言おうとしたが、アスナが腹にグリグリグリっと顔をこすりつけてくるもんだから、声が出てこねぇ。
「違和感を感じないように、私が色々いじってたから」
「あぁ、そうかよ」
通りで。
「ぐずっ」
「泣くんじゃねぇよ」
鼻水がつくだろうがよ。
「さ、勇者。復讐心をコントロールする方法を学んだ貴方は私と契約する権利がある。飲みなさい」
復讐の精霊が未だに俺の腹あたりに顔を埋めているアスナに声をかける。それを聞いて、アスナがゆっくりと顔を離した。
「……貴方、復讐の精霊?」
今更かよ。
「そうよ。精霊に会うのは初めて?」
「ん。初めて」
「どう? ご感想は」
「いじわる」
その端的な一言に復讐の精霊が耐えきれず吹き出す。
「い、いじわる!? 言うに事欠いて、い、いじわるって!」
その様子にアスナが頬を膨らませる。
「むー」
「今代の勇者は本当に可愛いね。さ、試練は終わり。私の体液を飲みなさい」
復讐の精霊が人差し指の先を噛みちぎり、アスナの顔の上に差し出す。
「良い? いつか本当に復讐に駆られた時も、決して今日のことを忘れないで。復讐心は振り回されるものではない。使い方次第では人間を大きく飛躍させる、そんな力を持つもの」
アスナの口に、復讐の精霊の血がぽたりと落ちる。そして、アスナがそれを嚥下した。
ごくり。
そんな音が聞こえた気がした。空間が消える。意識が遠のく。
「そして、願わくは……」
復讐の精霊の最後の言葉はよく聞き取れなかった。
気がつくと、霊殿のど真ん中でぼーっと突っ立っていた。いやぁ、何回やってもこの戻ってくる瞬間は気持ち悪いよな。
「ん。ゲルグ」
「おう、無事試練クリア、だな」
「ありがと」
「礼を言われるまでのこたしてねぇよ。さ、戻るぞ」
俺とアスナは揃って振り返り、そして霊殿を出る。
太陽の位置から一時間くらい経ってるか? 連中が心配してっかもな。
薄暗い霊殿の中からいきなり眩しい外に出たもんで、光が目に痛い。
「アスナ様! ゲルグ!」
俺達の姿を見て、一目散にミリアが駆け寄ってきた。
「試練は……合格したのですね?」
「ん。ばっちり」
「良かったです」
ミリアがふわりと笑う。
遅れてエリナがやってきた。
「アスナ、お疲れ様。ところで、小悪党。アンタ役に立ったの?」
「うるせぇよ。多分立ったんじゃねぇのか?」
「ふーん」
エリナはなにやら不機嫌そうな顔だ。
「エリナ様。心配してらっしゃったんですよ。二人とも中々戻ってこないから」
「ちょっ、ミリア! か、勘違いしないで! アスナを! 心配してたの!」
「あー、そうかよ」
照れ隠しにしたってもうちょっとマシなやり方があんぞ。
その様子を遠巻きに見ていた、キースとソニアがゆっくりと近づいてくる。
「悪党。ご苦労だった」
「なんでてめぇはそんな偉そうなんだよ」
「貴様よりも俺の方が偉いのだ。偉そうにして当然だろう?」
「言ってろ」
脳筋のくせに生意気だなこいつ。ぶん殴ってやろうかな。
そして、ソニアがおずおずと声を上げる。
「なぁ。結局、霊殿での試練というのはなんなんだ? アスナは何ができるようになったんだ?」
あー、まーた説明せにゃならんのかぁ。面倒くせぇ。
「ソニア。説明はあとだ。疲れてんだよ。休ませろ」
そうして、俺達はまた村へ引き返すこととなったのだった。
村に帰って、今日は一晩休むこととなった。
ソニアにはミリアとエリナが色々と説明したんだが、結局いまいちピンと来なかったようで、「よくわからないがわかった」、と言って屋敷に帰っていった。
今日は一休みして、荷物を纏めて、そんで明日にはこの島を出る。ヨハンは船で悠々自適の生活をしてるんだろうな。
となった時、大切なことを忘れていたことに俺は気づいたのだ。
「おーい、イズミー!」
それが今、村の外に出て、俺が大声で叫んでいる理由だ。
「イズミー! いるかー! 聞こえてるかー!」
そろそろ来る頃だと思うんだがなぁ。
と思っていたら、音もなく上空から影が飛び降りてきた。
「ゲルグさーん……。今までどこにいたんですかぁ? 私、さんざん探し回ったんですけど、全然見つからないじゃないですかぁ」
「あー、すまんすまん。なんでも、魔法で秘匿されてる集落があってな。そこにいた」
「……もしかして忘れてた、とか言わないですよね?」
「あー、うん、そのだな。なんっつーか、忘れてた」
イズミの目が怪しく光る。
「覚えておいてくださいね」
「……あー、その、なんだ。悪かったよ」
「覚えておいてくださいね」
恨みがましい視線を一身に受ける。
なんだろうな。この後、しばらくして俺が受ける仕打ちも「復讐」なんだろうな。ささやかながらの。
それによって俺はボロボロになりながらも、ちょっとばかし成長して、イズミもちょっとばかしすっとする。
確かに復讐も悪いもんじゃないらしい。
俺はきまりが悪いものを感じて、後頭部を掻きむしるのだった。
なんやかんやで試練は合格です。
アスナが頑張りました。
というか、ネメシスさんが甘々ですね。
精霊の皆様も色々と目的をもって動いているようです。
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