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第三話:嫌な……予感がしますね

「そうか、霊殿を訪ねて来たのか。いきなり襲ったりして悪かった」


「ん。こっちこそごめんなさい。貴方達の生活を脅かすつもりはない」


「よく理解した。ひとまず、我らの村に案内しよう。霊殿からもそう遠くない」


「ん。助かる。ありがと。ソニア」


「せめてもの詫びだ。気にしないでくれ」


 談笑するアスナとソニア。あぁ、この毛むくじゃらの名前だ。こいつが何なのかはよく分からねぇ。だが、兎にも角にも、停戦は成った。


「……せっかくの見せ場だったのにね」


「うるせぇよ」


 青い顔をしたエリナが俺の肩を叩く。終わりよければすべてよしって言葉を知らねぇのかよ。ってか、具合悪いんだろうがよ。そんな体調で俺をからかってんじゃねぇよ。


 見てわかるように、俺とソニアの一騎打ちはあっけなく終了した。その顛末を少しばかり思い返す。


 ソニアの一撃を避けた俺は、天逆毎(あまのざこ)を振り上げた。峰打ちだ。死ぬほど痛ぇだろうが、死にはしねぇ。当たるとも思っちゃいねぇが、全く攻撃しないってのも不味い。


 だがソニアの動きは予想以上に研ぎ澄まされたものだった。天逆毎(あまのざこ)の一撃を獣じみた動きで避け、そして俺の後ろに回る。


「くっ! 速ぇっ!」


 舌打ちをして俺は風の加護を全開にする。出し惜しみできる相手じゃねぇ。次いで襲ってきた斧の一撃を身を捩らせ避けた。


「速度が……増した!?」


「これぐらいで驚くなよ! 財の精霊、メルクリウスに乞い願わん。我が行く手を阻む艱難辛苦をもはねのく速度を与えたもれ! 速度向上アジリティインプルービング!」


 早口で詠唱を完成させる。魔力(マナ)が減り、そして身体が軽くなる。こうなった俺はアスナよりも速い。


 底上げした速度にものを言わせて、ソニアの後ろに回り込む。


「また速くなっただと!?」


 こいつ、魔法を知らねぇのか? 速度向上アジリティインプルービングなんて、そう珍しい魔法じゃねぇはずだ。少なくとも俺はそう聞いてる。


 それでも反応するだけやべぇ。驚きながらも、その顔だけは俺を捉えて離さない。


 だが身体がついていってねぇぞ。


 俺はソニアの右腕を掴まえようとした。これでチェックメイトだ。


「待って!」


 そこにストップがかかった。アスナの叫び声だ。ソニアの身体がびくりと震えた。


 ゆっくりとアスナが近づいてくる。


「えっと、私は貴方をどうこうしようとか思わない。信じて欲しい」


 予想外のその行動に俺は目を剥いた。


「ばっ! 無防備に近づきすぎだ! こいつの素性もよくわかってねぇんだぞ!」


「ん、ゲルグ。だいじょぶ。この子、怯えてるだけ。だいじょぶ」


 あのなぁ。「だいじょぶ」、じゃねぇんだよ。それで話が通じたら、この世にゃ戦争も争いも一切合切がなくなるんだよ。


 ソニアが歯を剥き出しにして、アスナを威嚇する。もう、その様子は獣そのものだ。


「だいじょぶ。怖くない」


 獣のような唸り声を上げて、毛を逆立てながらアスナを威嚇するソニアが、少しだけ後退りをした。本能的にアスナには敵わないと感じ取ったんだろうか。まぁそりゃそうだろう。アスナに適う人間なんざいたらお目にかかってみてぇもんだ。


 その様子を見たアスナが背中の剣を、どさりと落とす。


「ほら。貴方を傷つけるものなんて、もう無い。私達はネメシス霊殿に用があって来ただけ。信じて」


「ッ! 数日前来た者も貴様らみたいな格好で、そして仲間を殺し、攫っていった! 信じられるか!」


 数日前に誰かが訪ねて来た? 俺とアスナが顔を見合わせる。


「五十二人だ! 同胞(はらから)の犠牲を私は無駄にはしない! 我らは学習した!」


「ん。その人、どんな人だったの? 教えて?」


「お前らみたいな、つるつるの身体をした小さいやつだ! 気味の悪い笑い方をする、気色の悪い男だ!」


 あー、うん。大体予想が着いた。またアスナと顔を見合わせる。


「ん。その人は私達もやっつけようとしている人。共闘できるかもしれない。ね?」


「し、んじられるか……」


「その気持ち。よく分かる。でもだいじょぶ。信じて」


「し、しんじ……」


 アスナが足元の剣を拾い上げて、ソニアに差し出す。


「不安なら、この剣も預ける。ね?」


「……し、しんじられ……ない……」


「信じられないよね。わかる。だから、なんか怪しいと思ったら、その剣で私を斬って良い。その剣は、ルイジア連邦国の名匠が打った魔力(マナ)を纏わせた一品。貴方が振れば、私達も相手にならない」


「う……ぐ……」


 ソニアが逡巡したような顔をした。獣みてぇな顔をしてやがるから、よく分からねぇが、多分そうだ。


「『ユウシャ』とは……一体なんだ……」


 絞り出すようにソニアが言った。


「魔王をぶち殺せる、唯一の人間だよ」


 後ろから掛けられた俺の声に、ソニアが振り向く。


「『マオウ』?」


「あ? なんで知らねぇんだよ。人間を滅ぼそうとしている、魔物やら魔族共の元締めだ」


「『マモノ』? 『マゾク』?」


「そこもかよ……。つまりだな、人間の敵だ」


「人間の、敵? 我々、の? 貴様らは人間なのか!? この間の奴も!?」


 なんでそうなる。むしろお前さんのほうが人間かどうか怪しいだろうがよ。


「人間以外の何に見えるってんだよ」


「だ、だって、毛は生えてなくてつるつるだし、鼻も口も耳も全然違う!」


「あー、お前さんらにとっちゃ、俺達のが変なのかぁ……。まぁ、なんだ。呑み込んどけ」


 ソニアが帽子を脱いで、頭を掻きむしった。頭のてっぺんから、狼のような耳がぴょこんと生えている。こうしてみると、本当に獣みてぇだな。


「は、話、聞かせろ。判断はそれからだ」


 不承不承と言った面持ちで、ソニアがアスナの剣を構えながら俺達を注意深く睨みつけた。取り敢えず話を聞く気にはなったみてぇだ。


 そうして、アスナとミリアがあれこれ説明をして、今に至る。エリナ? 具合悪そうに唸ってたよ。キースは心配そうにオロオロするだけだったな。


 ひとしきり説明が終わり、ちょっと打ち解けた感じも出てきたところで、口を開く。


「とりあえず、ソニア、とか言ったか? お前さんの村に案内してくれる、で合ってんのか?」


「あぁ。貴様らは信用できると判断した。私の名に懸けて、安全を保証する」


 さっきまで警戒心たっぷりだったってのに、よくもまぁこんだけ丸くなるもんだ。アスナの人たらしっぷりを末恐ろしく感じる。これまでも、いろんな奴がアスナを慕ってるってのを感じてきたが、初対面の奴でもこれかよ。


 アスナの顔をちらりと見ると、不思議そうな表情を浮かべて俺を見返してきた。


「なに?」


「いや、お前はすげぇな、って思ってよ」


「ん?」


「深い意味はねぇよ。流せ」


「よくわからないけど、分かった」


 そうして俺達はソニアの村に案内されることとなったのだった。






「族長が娘、ソニアが戻った!」


 村に着くのにそう時間はかからなかった。こんな近いところにあったなんて驚きだ。村に足を踏み入れるまで生物センサーには反応はなかった。だが、ここに立った瞬間、あちらこちらから俺達を警戒心たっぷりに窺うような気配が感じられる。


 誰も姿は見せない。だが、どいつもこいつも、恐る恐ると言った様子で俺達を見ている。


「おい、エリナ」


「……なによ、小悪党」


「具合悪そうな所すまねぇんだがな。この村って」


「アンタにしちゃ鋭いじゃない。存在を秘匿する魔法がかけられてる」


「やっぱりか」


「うん。……あと、ごめん。そろそろ限界かも」


「そうか。もうちょいで休めそうだ。そのまんまキースに支えてもらえ」


「うん。ごめんね、キース」


「何を仰っしゃいますか、姫様」


 エリナの顔色もどんどん悪くなる。この村に案内されたのは少しばかり幸運だったかも知れねぇ。


 しかし、魔法で護られてる、か。


 こういうのに首を突っ込むのはいつだってババァだっていうのがお決まりなんだが、この島に行くのがわかりきってんのに何も言ってこねぇってのもありえねぇ。何かしら一言あっても良いはずだ。


「ミリア」


「ごめんなさい。私もわからないです」


 ミリアは俺の言わんとしていることを理解した上で、「わからない」と答えた。つまり、メティア聖公国でも伝わってねぇってことだ。


「ん。ゲルグ。色々考えるのは後。とりあえず挨拶しよ」


「……そうだな」


 笑顔――笑顔なのかどうかはよく見ねぇとわからねぇが――でこちらを手招きしているソニアを見て、俺は苦笑いを浮かべる。


 ソニアに案内されて、村中の怖がるような視線に辟易としながらも、村の最奥、いっちゃんでかい建物の中に俺達は足を踏み入れた。


「父上。只今戻りました」


 木を組み上げただけの、原始的な作りをした建物の中は冬だってのに不思議と温かい。部屋の奥にソニアとよく似た獣っぽい人間がいた。毛の色がところどころ煤けており、そしてソニアよりもがっしりした体つきだ。


「ふむ……。数日前に襲ってきた得体の知れぬ者と似たような風貌。そのような者を招き入れたことに対して、申し開きはあるか?」


「ちっ! 父上! この者達は信用できると私が判断しました!」


「お前がそう言うならそうなのかもしれんな。お前にとっては」


 ソニアの父親と思しき男が、俺達を鋭い目つきで睨みつける。


「客人よ。ここは我々が忘れられた島でひっそりと暮らす集落。誰にも迷惑を掛けず、誰にも干渉せず、只々日々の営みを繰り返しているだけ。そんな村に何用かな?」


 その鋭い視線を真っ向に受けて、アスナが一歩前に出た。


「ん。私達は魔王を倒す為に、ネメシス霊殿で試練を受ける必要がある。この島にはそのために来た。貴方達を害そうなんて思っていない。そもそも、貴方達の存在すら知らなかった」


「……嘘を言っているわけではなさそうだ……。ふむ」


 険のある雰囲気が収まり、そしてソニアの父親がなにかを考える素振りを見せる。


「……父上、この者達の力を借りれば、攫われた同胞(はらから)を救い出し、雪辱を果たせるやもしれません」


「……ソニア。少し黙りなさい」


「ですが、父上!」


「ソニア!」


 怒鳴られたソニアの尻尾が、しゅん、と垂れ下がった。なんっつーか、尻尾を見てると感情が丸わかりだな。おもしれぇ。


「いや、失礼した。客人よ。数日前に、そなたらと似たような男に酷い目に合わされてな。私も気が立っているのだよ。そなたらが無害であることは、今のやり取りでよくわかった。驚いた。まさか勇者とその一行が訪ねてくるとはな」


 ん? このおっさんは勇者を知ってんのか?


「おい、おっさん。ソニアは勇者のことなんか知らねぇって言ってたが、お前さんは知ってんのか?」


「私も言い伝えでしか知らないがな。ソニアが知らないのも無理はない。この子は頭はあまり良くなくてな。誰に似たのやら」


 そう言って、おっさんが頭を掻きむしった。


「名乗りが遅れた。私はシュナウド。この村の取り纏め役、族長なんてものをやっている。しばらく泊まって行くと良い。そのつもりでソニアもここに案内したんだろう。ソニア、案内してあげなさい。案内が終わったら戻ってきなさい。話がある」






 俺達は族長の屋敷からすぐ近くにある空き家に案内された。


「あ、そうだ。これ。そっちの奴に飲ませると良い」


 案内し終わって帰ろうとしたソニアが、真っ黒な丸い玉をアスナに差し出した。「そっちの奴」ってのは、ソニアの視線からすると、エリナのことだろう。


「ん。これ、なに?」


「瘴気に当てられやすい奴に飲ませる薬だ。楽になると思う」


「瘴気?」


「あぁ。この島を覆うもやもやのことだ。我々の大部分は問題ないのだが、たまに体調を崩しやすい者が産まれる。これはそのための薬だ」


「そっか。ありがと」


「それじゃ、私は戻る。用があったら家まで来てくれ」


 そういって、ソニアは戻っていった。あいつ、お気楽そうな顔で戻っていったけど、これからメチャクチャ怒られるってわかってんのかな。わかってねぇんだろうなぁ。頭悪そうだしなぁ。


 アスナがいよいよへたり込んでしまったエリナに、もらった薬を飲ませようと踵を返した。


 さぁて。ネメシス霊殿に行く前に色々考えねぇとなぁ。


「ミリア」


「はい」


「あいつらは、何だ?」


「……すみません。本当に私にもさっぱりなんです」


「獣と人間を足して二で割ったような外見。この村に掛けられてる魔法。考えれば考えるほど、謎だらけだ」


「……特殊な環境に適応する……」


 それは、ついさっき俺が言ったことだ。ババァの教えの一つ。


「忘却の島に残された人間が、この魔力(マナ)に適応したのが彼ら、ということなんでしょうか」


「……簡単に推測するとそうなるな」


「それと、数日前に来た人間」


「あぁ。小さくて、気味の悪い笑い方をするやつ。一人しかいねぇよな」


「はい。嫌な……予感がしますね」


 その嫌な予感が外れてくれりゃいいもんなんだがな。こういうときのこういう予感ってのは大体当たるってのが世の中世知辛ぇところだよ。


「兎に角、エリナが限界そうだ。今日はお言葉に甘えてここで休ませてもらうしかなさそうだな」


 ちらりとエリナを見る。ちょうどアスナに渡された薬を飲み込むところだった。顔面蒼白といった言葉がぴったりな様子に少しばかり肩をすくめる。あの薬が効いてくれりゃいいが。


「……そういや、イズミ……。忘れてたな」


「あっ」


 ミリアもはっとしたように声を出した。すっかり忘れてたわ。あいつ、俺達のこと見つけられるかな。まぁ、いいか。イズミだしなんとかするだろ。

ソニアさんは、アスナがナウシカして和解しました。


さすが主人公。

主人公補正の度合いがひと味もふた味も違うぜ!!


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[一言] アスナはナウシカだった!! と思ってたら後書きで言及されてたw イズミさん何処行ったのか……
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