第十七話:バーカ、本望だよ
アナスタシアの部屋で今後の方針を話し合った後、俺達はすぐにヒスパニアを発つこととなった。時間がねぇもんだから、スケジュールもパツパツだ。
ババァが魔王の復活まで数ヶ月程度だということを発表した時は、アナスタシアの表情が更に険しさを増したもんだ。シワ増えるからあんまそういう顔すんなよ、と思ったのは俺だけの秘密だ。
「また困った時は笛を吹くが良い。どんな状況にあろうと、駆けつけてやる」
蒸気船と桟橋に渡されたタラップに立つ俺達に、ババァが優しげな微笑みを向ける。
「ん。ありがと、ジョーマさん。でも私達だけでやれるとこまでやってみる」
「その意気だ。アスナ・グレンバッハーグ。そなたも余の愛い子供達の一人だ。見守っている。ゲルグよ。そなたは力をつけたとは言え、他の者と比較すれば脆弱だ。身の程を弁えつつ、気張るが良い」
「わぁってるよ。その、なんだ」
鼻を擦る。
「あんがとよ」
俺とババァの関係がなんなのかは俺もよくわからねぇ。
このババァはなんでか知らねぇが、俺を気にかける。アリスタードにババァがいたころからずっとだ。俺が本気で助力を乞えば、何も言わずに手を貸してくれる。本質的な見返りを求められたことはない。
一言で表すなら、そうだな。母親なんてモンがいたなら、こんな感じだったのかもしれねぇ。
そんなことを考えていると、無性に恥ずかしくなってきて、頬を掻く。ババァがいつになく優しい目で俺を見ていた。やめろ、その目。とは言わない。
「ミリアよ。そなたも成長した。誇るが良い」
「ありがとうございます。ジョーマ様」
ババァの言葉に、ミリアが感動したような顔をする。
「イズミ・ヤマブキよ。そなたには……。うん? 特に何も言うことがないな」
「魔女さん、流石に酷くないですか?」
「冗談だ。ゲルグを頼む」
「任せてください」
イズミがその細い目をますます細くして、胸をどん、と叩く。
「出港します!」
後ろからヨハンの声が聞こえた。アスナが少しばかり名残惜しそうにババァを見ながら、タラップを渡り切る。ミリアが、イズミがそれに続いた。
「じゃあな。そっちも気張れよ」
「余を誰だと思っておる。そなたこそ、頑張りなさい」
「おう」
踵を返して、タラップを渡る。
ヨハンがタラップを引き揚げ、出港の準備を整え始めた。錨を上げ、もやいを外し、そしてブリッジへ登っていく。
「出港!」
ブリッジに戻ったヨハンが号令を掛けると、煙突から真っ白な煙がもうもうと上がり、船が少しずつ動き始めた。
ババァの姿がどんどんと小さくなる。
「長かったですね」
ミリアが気だるげに手を振るババァを見ながらしみじみと呟いた。
「あー、うん。そうだなぁ」
俺もその言葉に同意する。長かった。確かに長かった。
「……何が長かったの?」
「うおっ!」
突如、割って入ってきた声に、思わず声を上げる。気づいたらアスナが足元でしゃがみながら俺を見上げていた。どこにいんだよ、お前はよ。
「何が長かったの?」
「ん? あー、お前は気にするとこじゃねぇよ」
「……ふぅん」
拗ねたような、納得がいかないような、そんな表情を浮かべてアスナが鼻を鳴らす。まーた妙な顔をしやがって。
「あ、アスナ様。ちょっとお話があるので、船室に行きましょうか」
「ん。わかった」
ミリアが慌てた様子でアスナに声を掛け、二人はそのまま船室へ続く扉をくぐっていった。なんの話をするのかちょっとばかし気になりゃするが、まー野暮ってもんだ。
「さて……。一週間、か」
デッキの手すりにもたれかかって海を眺める。
ところで、なんで転移魔法でメティアーナまで飛ばねえのか誰だって疑問に思うだろう。
理由は俺達の乗っているこの蒸気船だ。流石の便利魔法でも、船までは一緒に転移させちゃくれない。
メティアーナを経由した後、次の目的地はメティア聖公国から見て東に位置する忘却の島とかいう場所だ。そこに、ネメシス霊殿があるのだという。
復讐の精霊。復讐を司る精霊。こりゃまた不穏な単語だ。ちょっとばかし不安に思いもするが、まぁ今から心配しても仕方がない。
忘却の島で復讐の精霊とアスナが契約を交わしたら、その足で北にあるシンハオ大陸をぐるっと西側から周り、ルイジア連邦国の北西にあるアパテー霊殿へ向かう、とのことだ。
謀略の精霊。謀略を司る精霊。またまた不穏な単語だ。
そんでもって、その後メティアーナへ返ってくる、と。そういうことだそうだ。
全ての旅程で二ヶ月弱。魔王は後数ヶ月で復活する。「数ヶ月」という情報しか無く、いつ復活するか分からねぇ以上ギリギリっちゃギリギリだ。
「さぁて、どうなっかねぇ」
「何難しいこと考えてるフリしてるんですかぁ? ゲルグさ~ん」
「うるせぇよ、イズミ」
背後から掛けられた声に振り向きもせず俺は応えた。お前さん今気配消してなかっただろ。からかってやろうなんて思ってんのがバレバレだぞ。
あと、「難しいこと考えてるフリ」ってなんだよ。別に難しかろうが簡単だろうが、考え事ぐらい誰でもするじゃねぇか。俺にだって物思いに耽る権利はあんだろ。
「あ、そうそう、ゲルグさん。こっち向いてくださ~い」
「あん?」
言われたとおりに振り返る。するとイズミが二本の短めの刀の切っ先をこちらに向けていた。おい、危ねえな。もうちょいで刺さるところだったぞ。
「危ねぇだろうがよ。刃物を仲間に向けるんじゃねぇよ」
俺の苦言に、イズミがにやーっと笑って、刀をくるんと返した。今度は柄がこちらに向けられる。
「はい」
「あ?」
「あげます。二本とも」
「なんでまた。いや、ありがてぇけどよ」
向けられた柄を握り、刃を眺める。右手に握ったそれは、刃文が穏やかに波打ち、果たしてこれは本当に他者を害するための武器なのか、なんてちぐはぐな印象を放っている。
一方で左手のそれは、刃文が激しく波打ち、如何にも触れた者全てを傷つけそうな存在感を放っていた。
どちらも長さの割にずしりと重く、武器としての価値は非常に高いものであることが窺えた。二本の刀を交互にみて、それから訝しげにイズミを見遣る。
「ゲルグさんから見て右手が『煙々羅』、左手が『天逆毎』です」
「エン……アマ……?」
「我が国では、優れた刀には名前を付ける風習があるのですよ。銘刀です。不肖の弟子への贈り物ですよ」
刀に名前を付ける、ねぇ。不思議な風習もあるもんだなぁ。
「あと、これと……、これと……これも」
イズミが懐からヒョイヒョイと武器やら道具やらを出しては、地面に置く。多種多様な手裏剣、苦無、鎖鎌等、洞窟の中でイズミから借りて一通り練習した道具が、あっという間に所狭しと並べられた。
「全部差し上げます」
「お、おい。いいのか?」
「部屋に余らせてあっても意味ないですから。私が使う分はあげませんよ~」
目を糸みたいにして、イズミが小憎たらしく笑う。その後で踵を返した。
「私はアナスタシア様の為に生き、アナスタシア様の為に死んでいくだけの駒です」
「……あの女はんなこた思ってねぇだろうけどな」
「そうかもしれません。それでも、それが私の忍としての矜持なのです。ですが……」
イズミが一つため息を吐いた。
「まさか、弟子なんてものを持つとは思っていませんでした。自分の技術を教え込むのがここまで楽しいとは思いませんでした」
手を背中に回してイズミが空を見上げる。
「ゲルグさん。私より先に死ぬ、それは師匠の顔に泥を塗ることだと肝に銘じて下さい」
「お前……」
イズミらしくない台詞に、少しばかり愕然とする。
「あーあ、私、こーんなキャラじゃないんですけどねぇ。貴方は私の唯一の弟子です。死ぬことは許しません。泥臭くても、生き汚くても、生きて、生きて、生き抜きなさい。師匠命令です」
死人に対して特別な感情を持たない、なんて言ってたこいつとは思えねぇ。
「んじゃ、私は船室でのんびりします。明日からデッキで訓練の続きやりますからね。覚悟しておいてくださーい」
そう言い残して、イズミは船室へと消えた。
丁寧に床に置かれた道具の数々を見る。あーあー。こんなに在庫処分みてぇに乱暴に置いてくれちゃって。しまうのも一苦労だろうがよ。少し苦笑いしながら、それらをカバンにしまい込む。
師匠、弟子、か。ババァにもそんな殊勝なこた思っちゃいなかったんだがなぁ。
まぁ、良い。疲れた。寝るか。
ブリッジで舵を取っているヨハンに手を振ってから、充てがわれた船室へ向かう。扉を開け、ベッドに横になる。
まだ外は明るいものの、睡魔がやってくるのにそう時間はかからなかった。
目を覚ます。
結構寝てたな。部屋はもう真っ暗だ。
ベッドから起き上がって、燭台に火を灯す。
真っ暗だった部屋の中が、ぼやっと照らされ、明るくなった。
「うおっ!」
明るくなった部屋。その中心でアスナが椅子に座って船を漕いでいた。おー、びっくらこいた。生物センサーも寝起きでオフってた。
すうすう、と寝息をたてるアスナの顔を見る。長い睫毛が呼吸と一緒に揺れた。
蝋燭の柔らかな光に照らされたその綺麗な寝顔に数秒程ぼうっと見惚れる。いやいやいや、何じっと見つめてんだ俺は、なんて首を振って、肩を竦めた。ったく、こんなところで寝たら風邪ひくだろうがよ。起こさないようにそっと柔らかな髪の毛を手で梳き、撫でる。寝汗で額に張り付いた前髪をそっと払ってやる。
迷いはもう無い。なんやかんやあれこれ考えるのはもう辞めだ。当然今だって力不足だってのは変わっちゃいねぇ。勇者がどうだとか、魔王がどうだとか、よく分からねぇことだらけだ。
だが、最初にこいつを見て、こいつと出会って感じた強烈な衝動。それだけは三年程経った今だって忘れちゃいねぇ。
小悪党には分不相応な憧憬を抱いた。馬鹿みてぇにお人好しなその笑顔を守ってやりてぇなんて思った。最初は人間の悪意なんてクソッタレなモンから守ってやるってそんだけだったがな。今じゃ、何から守ってやれば良いのかもよくわからなくなった。
それでも、「守ってやる」、「守ってやらなけりゃならねぇ」、そこだけは変わっちゃいねぇ。
それは、俺がおっさんで、こいつがガキだからだ。
アリスタードを逃げ出して、ここまで。こいつは立派に成長した。でもよ、ガキなんてのはどこまでいっても年長者からするとガキなんだよ。
だから俺はこいつを守ってやらにゃならん。
一度は守ってやれなかったモンがある。守りきれなかったモンがある。そんでもって、逃げ出したことを鑑みると、「なーに馬鹿なこと考えてんだよ」なーんて思いもする。でもよ。今この瞬間は嘘でもなんでもねぇ。
二度と取り零してたまるかよ。
何分くらいそうやってアスナの頭を撫でくりまわしてただろうか。掌の下の睫毛がぴくりと動いた。
「……ん……」
ゆっくりと目を開く。
「おう、目が覚めたか?」
「ん。おはよ、ゲルグ」
「『おはよ』、じゃねぇよ。こんなとこで寝てたら風邪ひくだろうがよ」
「だって、ゲルグ寝てた」
「改めろよ、馬鹿」
「どうしても話したくて」
「バーカ」
グリグリと撫で付けていた手に力を込める。「あう」、なんて声を零したが、そんな声とは裏腹に、気持ちよさそうにアスナの目が細められた。
「……二年と七ヶ月。ミリアから聞いた」
少しばかり躊躇いがちにアスナが口を開く。それは俺がアスナに意図的に明かしていない、力と引き替えに失った時間だ。
「あんにゃろめ」
俺が喋ってねぇ時点で気づけよ。
俺が、ミリアが、イズミが――ついでにババァもだが、あいつは何年経っても死にそうにねぇから除外だ――三年近く世界から切り離されて訓練していたなんて言ったら、こいつのことだ。気にするに決まってるじゃねぇかよ。
そりゃ、付き合ってくれたミリアとイズミにゃ感謝してる。口止めする権利も俺にはねぇだろうさ。でも、もうちょっと空気読めよ、……ってのは俺の我儘だなぁ。
「ごめん……なさい」
アスナが俺に撫でられながら、その青白い瞳を伏せる。
違う。こいつにこういう顔をさせる為に俺は年甲斐もねぇ努力をしたわけじゃねぇ。そんな顔すんな。だから俺はいつも通りの言葉を口にする。
「お前に心配される程落ちぶれちゃいねぇ。それにな――」
「『心配するのはおっさんの特権』?」
伏せられていたアスナの瞳が俺を見据える。台詞を奪われて少しばかり面食らう。
「……そういうことだよ」
「でも……」
「バーカ。余計なお世話だよ」
また撫で付けていた手に力を咥える。「うう~」、と恥ずかしそうな、くすぐったそうな声が耳朶を打つ。
「心配ぐらいする。だって、ゲルグは……」
アスナがそこまで言って口を噤む。なんだよ。俺がどうしたってんだよ。
「ゲルグは……」
「なんだよ」
「……ううん。なんでもない」
「なんだよ、気になるだろうがよ」
「気にしないで。私もよくわからないの」
自分でもよくわからねぇ、って。本当によく分からねぇことを言いやがるな。ったく。
アスナの頭から手を離して、自分の頭をボリボリと掻く。
「てめぇがよく分かってねぇなら、世話ねぇよ。まぁ良いや。もう夜だ。ガキは寝る時間だ」
「子供扱い……」
アスナが俺の言葉に頬をぷくっとふくらませる。ガキ扱いされてふてくされてるウチはガキなんだよ。
「良いから寝ろ」
「ん。わかった。おやすみ」
「おう」
ゆっくりと椅子から立ち上がって、アスナが扉の方へ歩きだす。
「ね、ゲルグ」
「なんだ?」
「ごめんなさい」
「は? だから余計な世話だって――」
「そうじゃない。ゲルグが私達についてくる為に、自分の時間を引き替えに一所懸命頑張ってくれたこと……」
いや、だから。
「んなこと気にすることじゃ――」
「嬉しかったの」
は?
「本当は悲しんだりとか、怒ったりとかしないといけないんだと思う。でも、ごめんなさい。それを聞いて私、真っ先に嬉しいと思っちゃったの。ごめんなさい」
それこそ、お前。謝られることじゃねぇじゃねぇか。
負担になるかと思ってた。気に病むかと思ってた。だから言わないでいられればそれで良いと思ってた。
でも、それを嬉しいなんて思ってくれるならよ、そりゃよ。
「バーカ、本望だよ」
ニカっと笑う。
「さ、寝ろ」
「ん」
振り返らずに、ゆっくりと扉を開けてアスナが出ていった。
っとーに細けえこと気にしやがってよ。バーカ。
さて、俺も二度寝するか。明日もイズミの訓練が待ってる。さっさと寝とくにこしたこたねぇ。
久々にアスナがヒロインしている!!!
この作品のメインヒロインはアスナDeath!!!
なので、ミリアさんは私が貰っていきますね。
イズミさんから色々貰いました。
おっさんの戦力アップです!
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ふんっはぁっ!!!(死亡)




