第十五話:心配しなくても、付いてく。ちゃんと最後まで付いてく
「アスナ・グレンバッハーグ! そなたに見学させている場合ではなくなった! 総力を尽くせ! 下手を打つと全滅する!」
「ん! ジョーマさん!」
ババァの叫び声に頷いて、アスナが剣を抜く。
「イズミ・ヤマブキ! ゲルグと共に奴の攻撃を引きつけろ!」
「ああいう大っきい方は苦手なんですけどねぇ」
イズミが肩を竦めながら首を鳴らす。
「ミリア! そなたはいつでも治癒できるように準備していろ! 適宜支援の手を緩めるな!」
「はい!」
ミリアが少し離れたところで、むん、と腕まくりをする。
「ゲルグよ! そなたの修行の成果! 全て見せて見よ!」
うるっせぇな。
「言われなくても」
気張るところだろうがよ。ナイフを逆手に持って構えて、奴さんを睨みつける。
そんな俺達を見て、そいつは、金切り声で嗤った。
「無駄無駄無駄! いくら勇者が加勢したところで、地上のあらゆる生物より上位に存在する悪魔、その力を降ろした僕には敵わないよ!」
キャイキャイうるせぇんだよ。
そういう奴はな、速攻でご退場することになるって相場が決まってんだよ、バーカ。
ミハイルだったものが、凄まじい速度でアスナに肉薄する。目で追うのがやっとだ。
「まずは勇者からァ!」
そしてその人間の胴体ぐらいもありそうな腕を横薙ぎに振るった。爪が剣の様にぎらりと光って、ざくり、なんて音が聞こえた気がした。
「まずは一人ィ! ニヒヒッ! ゲヒャヒャヒャ! ……アレ?」
馬鹿だな。こっちには誰がいると思ってんだ? 超優秀なくノ一イズミ様がいんだぞ?
化け物が自分が切り刻んだはずのそれを小首をかしげながら見た。そこには、どこから出てきたのか、丸太が一本。身代わりの術だ。
「ったく、どうしてこういう輩はやることなすことワンパターンなんですかねぇ。あ、勇者さん。大丈夫ですか?」
「ん。ありがと。え……っと」
「イズミ・ヤマブキです。くノ一イズミと及びください」
「『クノイチ』?」
イズミがアスナを抱えて、ミハイルの後ろ、その上空を跳び上がっている。
「私の攻撃なんて屁の突っ張りにもならないでしょうけど……。えーい」
イズミが掌に収まるサイズをした両刃のナイフのような物を十本ほど、化け物の後頭部に投擲する。サクサクサクなんて音がしそうな勢いでそれが奴に突き刺さる。苦無だ。洞窟の中でさんざん俺も練習させられたもんだ。
だがやはりと言うべきか、ダメージを与えられた様子はない。そりゃそうだよ。
「ゲルグさーん、やっぱり私みたいな普通の人間じゃだめです、これぇ」
うるせぇよ。見りゃわかんだろうがよ。
「ば、ば、ば、馬鹿にしやがって!」
あーあ。イズミ。お前さんが生半可にちょっかいかけたお陰で、奴さんおかんむりだぞ。どしんどしんと、化け物が地団駄を踏む。あいつなんか頭脳派っぽかったよな。知能低下してねぇか?
まぁ良い。イズミの攻撃の意味を俺はよーく理解している。伊達に二年以上一緒に訓練してねぇ。
「おーい、デカブツ。てめぇ、そんなでけぇナリして、ちんけな人間ごときに良いようにされてざまぁねぇなぁ。身体も愚鈍そうだけどよ、おつむも愚鈍になってねぇか? やーい、マヌケ!」
俺の煽り文句にデカブツの青紫色の顔が、心なしか赤くなる。湯気でも出そうな勢いだな。
「矮小な人間の分際でェ! 決めた! 貴様をまず殺す!」
あーあ、やぁっぱおつむの出来が悪くなってやがる。悪魔の力とやらの副産物か? この程度の軽口にカッカしやがって。さっきまでのそこそこ冷静なてめぇはどこいったんだよ。好都合だよ馬鹿野郎。
思惑通りデカブツが今度は俺を目標に据える。醜悪な顔がこちらに向けられて、少しばかり気分が悪くなるが、まぁ我慢だ。
ぶん、と鋭い爪を携えた腕が俺に向かって振り下ろされる。速いよ。流石悪魔とやらの力だ。ずっと前の俺なら避けられなかったかもな。
ちょっとばかしナリが違うとはいえ、元は人間だ。おつむの中身が人間で、そんでもってちょっとばかし馬鹿になってるとなりゃ、取れる方法なんていくらでもある。それこそが、イズミにしこたま仕込まれた最大の技術だ。
目論見通り上体を狙って振るわれたその爪を危なげもなく避ける。来る場所とタイミングさえわかりゃ避けるのなんて造作もねぇ。
「な! 何!?」
馬鹿だな。甘ぇよ。そんなミエミエの攻撃誰に当たるってんだよ。いや、腐っても主席宮廷魔道士とやらだ。なんだかんだで、相手を騙してやろう、なんて意思も、騙されまいとする意思も感じられた。
でもな。イズミに比べりゃ月とスッポンなんだよ。てめぇの技術はよ。
苛ついたミハイルが完全に俺を目標に据える。ぶんぶんと怒り任せに振り回される攻撃をひたすら避けてみせる。いい感じだ。いい感じに頭に血が昇ってんな。
「アスナ!」
「ん!」
俺の掛け声に頷いてから、イズミに抱えられていたアスナが跳び、化け物の首筋を横薙ぎに斬りつける。
「……ッ!?」
アスナが息を呑んだ。綺麗に決まったハズだ。だが、ミハイルは堪えた様子も見せない。
「……ニヒッ! ニヒヒヒッ!! ちょーっとだけチクッとしたけど……」
ミハイルが斬りつけられた箇所をその太い指で掻く。
「無駄無駄ァ! やっぱりこの身体になった僕は最強だ! 生半可な攻撃なんて通用しない!」
舌打ちをする。アスナの剣でも駄目か。
ミハイルが俺からアスナへ視線を移し、アスナを潰さんと腕を振り下ろす。死角からアスナの元へ駆け抜け、その身体を抱き寄せる。駆け抜けた勢いはそのままに、その腕をすんでのところでひらりと躱す。おぉ、危ねぇ危ねぇ。
「舌噛んでねぇか?」
「ん、大丈夫」
こっちの攻撃は効かない。奴の攻撃は俺とイズミで躱し切る。これじゃいたちごっこだ。
「クソッ! ちょこまかとぉ!」
ミハイルもそのことに気づいたんだろう。なんとも言い難い声色で悪態をついた。
気張ってりゃ簡単にやられる気はしねぇ。だが、気を抜いたら終いだ。そんでもって有効な打撃を与えられないのも厳然たる事実。
さぁて、どうすっか、なんて考え始めた時だった。
「アスナ・グレンバッハーグ! そなたの最大の魔法を見せてみよ!」
いつの間にやら少しばかり遠くに離れたババァが俺の腕の中にいるアスナに向けて吠える。
「魔力向上」
ババァの魔法によって、アスナの身体が薄紫色に光った。こりゃアレだ。魔法の威力を増大させる魔法だ。アスナが自分の身体を見て、小さく頷いた。
「光の精霊、バルドルに乞い願わん。聖なる光を以って、悪しき魂とその器を焼き焦がしたもれ! 閃光!」
アスナの身体から無数の眩い光が放たれ、ミハイルの身体を貫く。
見りゃわかる。細っこくも見えるその一本一本の光が、文字通り必殺の一撃だ。
おぉ、やべぇな。これがあいつの全力全開ってやつか。こんなん食らって生きてる奴いんのかよ。
いや。
「がっ! ぐうう! クソッ! クソッ! クソッ!」
いたな。まだ死んでねぇ。しぶてぇ野郎だ。でもさっきまでとは違う。流石にアスナの使える最強の魔法だ。しっかりダメージが入ってる。
もう一発ぐらいぶちこみゃいけるんじゃねぇか?
「アスナ! もう一発いけるか!?」
ちらりとアスナの方を見る。アスナが少しばかり申し訳無さそうな顔で首を横に振った。つまり、魔力が足りねぇってことか。後少しだ。後少しなんだが。
「ゲルグよ! そうではない!」
思い切り張り上げたんであろう、ババァの声が聞こえる。あぁ、そうか。そういやあったな。もう一発ぶっ放せる方法がよ。
「財の精霊、メルクリウスに乞い願わん」
俺は昨日ババァに散々唱えさせられた詠唱を口ずさむ。
「なんでだ! 人ならざる力を降ろした僕は最強の筈だ!」
デカブツがなんか言ってやがる。バーカ。んなもんが最強? 脳みそ湧いてんじゃねぇのか?
「ドブネズミめ! 貴様だけは殺す!」
ミハイルが俺にそのどでかい拳を叩きつけようとする。
「全防御障壁!」
だがそれも薄緑色をした透明の壁に阻まれた。ミリアが張った魔法の盾だ。どんな攻撃だろうが一回限りは確実に防いでくれるらしい。
「ゲルグの邪魔はさせません!」
頼もしい限りだよ、ったく。
「かの者が行使した力を我にもまた与えたもれ」
「クソッ! なんでだ! なんでだ!」
なんで? んなもん、頭でっかちのてめぇがわざわざ出張って来たからに決まってんだろ。裏でコソコソやってる奴ってのはな、直接ぶん殴られるのに弱いって相場が決まってんだよ。
「模倣」
身体中の魔力が持ってかれる。これで終いだよ、持ってけ泥棒。いや、泥棒は俺だったな。
俺の身体から無数の光が生え、そのどれもが奴さんを貫かんと迫る。アスナから生えたそれとは数段威力は落ちるが、十分っちゃ十分だ。
ミハイルだったデカブツは、声にもならない悲鳴を上げてのたうち回る。流石にこれで終いだろ。
その証拠に、奴の身体からもくもくと煙が上がってやがる。
終わった……か?
「ったくよ。さんざっぱら手間かけさせやがって」
ややあってミハイルがその巨体を地面に、どしん、と横たえた。ため息を一つ。思い直せば人間が相手にできるシロモンじゃなかったな。おぉ、怖ぇ、怖ぇ。
痙攣している青紫色の化け物をぼけっーと眺めていると、アスナが小さく声を掛けてきた。
「ゲルグ。大丈夫?」
腕の中でアスナが俺を見上げていた。ゆっくりと地面に降ろしてやる。
「あー、その、なんだ。えっと、よ」
青白い瞳が俺を見据えた。
洞窟の中で何度も思い出したその姿。その顔。その表情。
最初に投げかける言葉は色々と考えたんだがな。こうやって面と向かうとそのどれもが口から出ちゃくれない。もうちょっと心の準備ってやつをさせろよ。馬鹿。
だが、俺は言わなけりゃならない。何をおいても、これだけは。
「悪かった」
頭をボリボリと掻きながら視線を明後日の方向に逸して、アスナに向かって吐き捨てる。どんな罵倒をされても仕方がねぇ。ビンタの一つでも覚悟はしてる。
だがそれのどちらも襲ってくる気配はなかった。
恐る恐るアスナの顔をちらりと見る。
「……?」
何を謝られてるのか理解できない、そんな顔をしてやがった。
「馬鹿! なんちゅー顔してんだ!」
なんでそんなぽかーんとした顔で俺を見てんだよ。
「その! なんだ! アレ! そう、アレだ! だから、その!」
「ふふ、ゲルグは、『勝手に出ていってごめん』、って言いたいんですよ、アスナ様」
いつの間にか俺の横にいたミリアが、心底可笑しそうに笑いながら補足する。その笑い方やめろ。恥ずかしくなってくるじゃねぇか。
「……? 別に謝られることじゃない、と思う」
「いや、だって、お前」
「ここに来るまでに色々考えた。エリナにもキースにも言われた。魔王を倒すなんて、私でも怖かった。ゲルグが怖くなっちゃうのは当然。別に謝るようなことじゃない」
いや、別にそこを怖がったわけじゃねぇよ。ったく。やれやれ、と肩を竦める。このお嬢さんはどこまでずれてんだか。
「だから、ゲルグがこれから私達に付いてこれないならそれはそれで良い。ただ、私は最後に一目会って話したかった。だから来た」
「……あんなぁ」
こいつは本当によ。どこまでお人好しなんだよ。普通ここは怒るところだろうがよ。ミリアだって怒ってたぞ? まぁ、いいや。なんもかんもしまい込んどこう。
「心配しなくても、付いてく。ちゃんと最後まで付いてく。だから話したいことなんて、これから少しずつ話しゃいいだろうがよ」
「そう……なの?」
「あぁ」
俺のその言葉に、アスナが少しばかり驚いたように目を見開く。
「ゲルグ、一緒に来てくれるの?」
「行くよ。お前が嫌だっつってもな」
俺の顔を見て、そしてニコニコ笑っているミリアの顔を見て、そんでもってまた俺の顔を見て。それからアスナが笑った。心底嬉しそうに。目尻に涙を溜めながら。
「……良かった……」
こいつがこんな顔を俺に向けるようになったのはいつからだっただろうか。俺も馬鹿だよな。この笑ったくしゃくしゃな顔を守ってやろうって思ったんじゃねぇか。
こうやってずっとお人好しなまんまで笑ってろ、って思ったんじゃねぇか。
ずいぶん回り道したもんだよ。
「やれやれですよ。一件落着ですか? ゲルグさんのはじめての家出ですか? 遅れてきた反抗期ですか?」
「っるせぇよ、イズミ」
水差すんじゃねぇよ。今はあれだろ。滅茶苦茶感動的なシーンだったじゃねぇか。馬鹿。
「ふむ。ゲルグよ。そろそろ余は帰っても良いか? ニコルソンとチェスをやる約束をしていてな」
空気読めよ、ババァ。いや、感謝してはいるけどよ。
「ふふ、ふふふ」
堪えきれない様子でミリアが笑う。つられたようにアスナも笑う。イズミが呆れたような顔をする。ババァがニヤニヤする。
だが、そんないい感じの雰囲気も長くは続かなかった。
「止めも刺さないで、もう勝ったとでも思ってるの?」
ぴしゃりと割って入ったその声に、俺達は、ばばっ、と擬音がつきそうな勢いで声の方向を振り向いた。
青紫色の化け物はそこにはいなかった。代わりに如何にも虫の息です、ってな塩梅のミハイルがふらふらしながらも立っていた。
「まだ生きてやがったか」
「お生憎様。ちょっと君達を侮ってたよ。最初はちょっとした研究のつもりだったんだけどね。良い勉強になったよ。机上の理論と実践は違う。僕もまだまだだなぁ」
ミハイルの身体が青白く光る。クソッ、逃がすかよ。俺はすっかりオフにしてしまっていた風の加護を全開にしてナイフを腰だめに構えて突進する。
「無駄。もう魔法は完成してる。じゃあね」
だが、その突進も虚しく、奴は青白い光に包まれて消えた。
舌打ちを一つ。ここでケリ付けるはずだったのによ。まんまと逃しちまった。
「ゲルグよ。そう悔しがるな。奴が余達を侮っていたのは事実だ。今回は奴も頭に血が昇り、短期決戦となったから良いものの、一歩間違えれば死んでいたのはこちらだ。生きているだけで僥倖であったと考えよ」
「……わぁってるよ」
だが、なんだ。スカっとしねぇ終わり方だよ。
「ん。ジョーマさんの言う通り。今は無事を喜ぶべき」
アスナがその青白い瞳で俺を見つめる。
あぁ、もう。そんな目で見られたら、悔しがってる俺が馬鹿みてぇじゃねぇか。
「……あれ?」
俺の顔を見つめていたアスナが、ぼそっと呟いて不思議そうな顔をした。
「んだよ」
「なんか……。ゲルグ。……老けた?」
言うに事欠いてそれかよ。
ぷっ、とイズミが吹き出す。
「あっ、あはは! あははは! ゲルグさん! 『老けた?』ですよ! 確かに老けましたよね! あは、あははは!」
「うるせぇよ、笑いすぎだよ、馬鹿」
アスナは未だに不思議そうな顔をしてやがるしよ。あー、説明すんのも面倒だ。
イズミにつられてミリアも笑い始めた。ミリア、お前も笑ってる場合だぞ? 俺と同じ分歳食ってるんだからな。いや、言わねぇよ? 言わねぇけどよ。
ババァも高笑いし始めやがった。
ったく。っとーに締まらねぇオチだよ。
まぁ、いいや。今はとりあえず笑っとこう。愉快そうな笑い声の中、俺の乾いた笑いだけがやけに大きく聞こえた。
はい、悪役ミハイル君退場です。
ですが、やっつけるまでには至らず、逃してしまいました。
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とーっても励みになります。地面に頭を擦り付けて乞い願います!!
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スペランカー並にあっさり死にます!!