第十三話:無駄足踏んだついでに、俺に殺されやがれ
「ふーっはっはっは! よく言った、ゲルグよ。皆の者、余の元に集うが良い」
ババァが高笑いする。うるせぇな、とは思いもするが、まぁ良い。許す。言われた通りにババァの近くに寄る。
「そなたの在り様は変わった。成長したのだ。誇れ。人間というのはこうでなくてはな」
うだうだうるせぇよ。心底嬉しそうにしてるんじゃねぇよ。くすぐってぇだろうがよ。
それに、アレだ。そういうのは、なんもかんも終わらせてからって相場が決まってるだろうがよ。
「ジョーマ様。どうされるおつもりですか?」
ミリアがババァの顔を不思議そうに見る。イズミも無表情ではあるがババァを見つめている。これから何をしでかすのかわからねぇ、ってそういうことなんだろう。
だが、ババァはババァだ。これからしようとしてることなんざ簡単に予測がつく。このババァはどうあがいても便利で、最強で、かゆいところに手が届く魔女だってことだよ。
「簡易転移」
アナスタシアの驚いたような顔が、騎士共の怪訝そうな顔が、部屋が、ぐにゃりと歪む。紫色の光に包まれ、身体を浮遊感が襲う。
事前予告なしの転移だ。そりゃ驚くだろう。ミリアが、「きゃっ」、なんて可愛らしい悲鳴を上げた。
転移にかかる時間は一秒もない。歪んでいた景色が落ち着いてくる。
どでかい化け物が否応なしに視界に入る。うんざいしながらため息を一つ。ババァのこったから予測はしてたがなぁ。いきなり本命の目の前に転移する馬鹿がどこにいやがるんだよ。
「ふむ。原初の巨人か。中々に厄介なモノを喚んだようだ」
大の大人の十人分はあろうかという図体を持った巨人が、ギョロリとした目をギラつかせて俺達を見下ろした。どでかい身体にゃ似合わない甲高い叫び声が耳障りなことこの上ない。
ってかよ。いや、無理じゃね? あんな啖呵を切った手前言いづらいがよ。
無理じゃね? 人間に殺せんのか? こいつ。
「ババァ……。原初の巨人って……相当おっかねぇんじゃねぇのか?」
「本来であれば死の大陸に生息する魔物だ。なぁに。図体はでかいが、その実ただのデクノボーだ。知能も低い。とはいえ、そなたらには荷が重いだろう。余にまかせるが良い」
ババァが、ふふん、と鼻で笑う。いや、「余に任せるが良い」、とか言ってるがな。人間でどうこうできるレベルに思えねぇぞ。
「さて、ゲルグよ。講義の時間だ」
「はぁ!? このデカブツを目の前にしてそんな悠長なこと――」
「余は無詠唱で魔法を扱うことができる。どのようにして成し遂げているかわかるか?」
デカブツがその太い腕をゆっくりと振り上げる。おいおいおい。死ぬ。死ぬって。
「そんなん言ってる場合じゃ――」
「詠唱は式。つまり関数だ。そして、魔法名の発話でそれをキックする。古来魔法というのは、精霊との対話によってその力を拝借する技術であった。だが、人間はその手間も惜しんだ。当然だ、戦いの場で悠長に精霊と対話する余裕などありはしない」
デカブツの腕が振り下ろされる。いや、やべぇって、ほら。ミリアが悲鳴を上げてるじゃねぇか。
「簡易転移」
瞬間。紫色の光と共に景色が歪み、そして巨人の背中が眼下に映る。つまり、デカブツの後ろ、その上空に転移したってことだ。
つまり、浮いてる。
「落ちる落ちる落ちる!」
身体が自由落下を始める。事前に覚悟できてりゃ、風の加護でどうとだってなるけどよ。いきなりこうされちゃ俺だって怖いものは怖い。
ミリアがさっきから悲鳴を上げっぱなしだ。イズミの声は聞こえない。流石に荒事には慣れてるってか? 畜生め。
「人類は精霊との対話を体系的に『詠唱』という形に押し込めた。精霊との対話には小難しい手順が多かった。だが、先人はそれらを『詠唱』という式に変換したのだ。以来人間は詠唱を用いることで、精霊とのコンタクトを済ませてきた」
「馬鹿! 現在進行形で落ちてるっての! いい加減に――」
「無詠唱の魔法というのは、詠唱すら自身の身体に押し込めることによって成される。だが、デメリットも多い。本来詠唱に対してパラメータとして渡し調節する、威力や効果範囲などが固定となる。そこを端折ることによって無詠唱を実現しているのだ」
デカブツがこちらに気づいたようだ。その山のような身体からは想像もできないスピードで振り返り、腕をぶんと振る。ムチのようにしなった腕が俺達を襲う。ミリアの息を飲む音が耳朶を打った。
「簡易転移」
また転移。今度は地面だ。地に足がついているってことが、どんだけ幸せなことなのかよく理解する。さっきと同じように、化け物の背中が目の前にある。あの原初の巨人も、ここまで良いようにされるとは思ってねぇだろうな。不思議そうにキョロキョロしてやがるのが可哀想にも思えてくる。
ババァがゆっくりとデカブツに歩み寄った。
「つまりだな。無詠唱で魔法を扱える余でも、本気を出す時は詠唱する。見ているが良い」
ったく、恍惚としながら下らねぇこと語ってんじゃねぇよ。いい歳こいて自分に酔ってんじゃねぇ。てめぇの実力なんてさんざっぱら見てきただろうがよ。誰もそこに疑問をもちゃしねぇよ。
なーんて思った。
その思い込みが間違いだってことに気づくのは直後だった。
「人が造りし調停者、デウス・エクス・マキナに命ずる」
ババァの魔力がうねる。それは感覚でわかるとかそういうんじゃねぇ。ババァの周囲の空気が目に見えて歪んでいる.。
「魔力の元素。森羅万象を司る最小の粒」
青白いもやがその身体から煙のように立ち上がる。魔法なんて詳しかねぇ俺でもわかる。こいつの魔力の量は半端じゃない。
「其を流れとせしめ、奔流とせしめ、汎ゆるを灰燼に帰さんとす純粋なる力を」
そうか。ババァは今まで本気なんざ見せちゃいなかったのか。いつだって手加減していた。あの時も、あの時も。今この瞬間と比べりゃ月とすっぽんだ。
「遍くを水泡に帰さんとす純粋なる力を」
テラガルドの魔女。その真髄を俺は何もわかっちゃいなかった。そういうことか。
「尽くを深淵に沈めんとす純粋なる力を」
魔力のうねりが最高潮に達する。
「放て」
詠唱が完成したようだ。ババァを中心に渦となって荒ぶっていた魔力の迸りが嘘みたいに静まる。消えたわけじゃない。その身体の中に暴れようとしている魔力が全て押し込まれたんだ。
「魔砲」
その魔法は模倣の訓練の為に散々俺も見た魔法だ。
だが、威力はその比じゃない。同じ魔法でもここまで違うものなのか、と場違いな感想さえ抱く。
ただただ白く眩い閃光が、ババァのかざした右手から放たれる。それは太さこそ昨日見たそれと変わらないが、その実桁違いな密度を以って打ち出されていることは、誰の目にも明らかだった。
低くもあり、高くもある音が鼓膜を震わせる。その音にまぎれて、デカブツの悲鳴がやけに遠く響いた。
数秒程だろうか。ただその圧倒的な力に魅入られた。そして、奔流は終わりを迎える。
「……どうだ? 余の全力全開は」
得意げな顔で振り返ったババァが笑う。
いや、素直にすげぇとは思う。塵芥一つも残さずデカブツが消え去ったんだ。一撃で。エリナでも流石に死体も残さず消滅させるなんて芸当はできない。ってかオーバーキルだろうがよ。
まぁそんなことはどうでも良い。俺が言いたいのは唯一つ。
「前置きがなげぇんだよ」
「ふっ……くくく……ふーっはっはっは! この美学が分からぬとは! ゲルグ、そなたもまだまだだ!」
「知りたくもねぇし、理解したくもねぇよ」
さて、デカブツを偉いあっさりとぶち殺したもんで、ちょっとばかし拍子抜けするが、まだ終わっちゃいねぇ。ババァの高笑いを無視して周囲を見回しながらイズミに声をかける。
「イズミ」
「はい。周囲には怪しい気配はないです。きな臭いですねぇ」
俺やイズミの対生物センサーは、魔法やら何やらで隠されると無力だ。単なる人間の限界ってやつだな。
魔物を召喚できるアリスタードの人間。そんな奴一人しか思い当たらねぇ。
「ミハイルよぉ。いるんだろ? さっさと出てこいよ」
ニヒヒッ、と鼻につく笑い声が耳朶を打つ。何もない宙空から、クソチビが浮かび上がるように現れた。
「やっぱりバレるよね。賢い君ならすぐだろうな、と思っていたよ」
てめぇに褒められても嬉しかねぇんだよ。
「ここにゃアスナはいねぇ。残念だったな。無駄足踏んだついでに、俺に殺されやがれ」
「ニヒヒッ。今日の目的は勇者じゃない」
「あん? アスナじゃねぇならなんだよ」
ガキが薄ら寒い気が狂ったような笑顔を浮かべる。
「君さ」
「ふーん。へー。俺も出世したもんだよ」
だが、黙って殺される程俺を甘く見てやがるなら、そりゃ大違いだよ。
「ミリア!」
「はい! 守護の精霊、イージスに乞い願わん。彼の者らを打倒せしめんとす奇跡からの守りを与えたもれ、範囲魔力保護!」
ミリアの魔法によって俺達全員の身体が淡く光り始める。主席宮廷魔道士なんてやってるチビにゃ効くだろう。
「範囲魔力保護……。ニヒヒッ。魔法によるダメージから身を守る。良い選択だね」
お褒めに預かり光栄だよ。
「イズミッ!」
「はい!」
突撃する。風の加護を全開にして。カバンからナイフを取り出して、振り上げる。ナイフの扱いについても、イズミから散々習った。
「ここらで退場しとけっ!」
振り下ろしたナイフが地面から生えた土壁によって阻まれる。あの野郎、魔法を詠唱してやがったか。だが、その動きもなんとなく予測してんだよ、こっちは。
「イズミ!」
「分かってます!」
イズミが俺の肩を踏み台にして、土壁よりも高く高く飛び上がる。空から放つ短めの刀を使った斬撃。忍の技術に裏付けされたそれは、下手すりゃアスナやキースよりも速い。
だが、イズミ渾身の一撃もクソチビに届くことは無かった。見えない何かに阻まれてイズミの刀が空中でその動きを止める。数秒ほど気張った声を上げていたイズミが跳ね飛ばされる。空中で上手いことバランスを取って俺の横に着地してから、小さく舌打ちをした。
「ふむ。 魔力障壁か。中々やるな」
ババァの感心したような声が背後から聞こえた。んなこと言ってる場合だよ。
クソチビが得意げに笑った。
「テラガルドの魔女に褒められるなんて光栄だよ」
「ミハイルよ。そなたほどのものが何故呪詛などに身を落とした。残念だ」
「あれこれ言っても理解できないと思うよ」
「ふむ。問答は無用、と」
ババァが肩を竦めて、手をかざす。
「魔銃」
ババァの目の前に魔法陣っぽいなにかが展開され、そこから雨あられと真っ白な閃光がミハイル目掛けて飛んでいく。目の前に作った土壁が風を切る音と共に削れ、数秒と経たずにボロボロになる。
だが、ババァの魔法もクソガキの魔力障壁とやらに阻まれているようだ。
「ニヒヒッ。最初から真っ向勝負しようなんて思ってないよ。僕は非力だからね。君達を殺すには真正面からじゃ分が悪い」
テラガルドの魔女なんて化け物と相対してるってのに、クソチビは余裕そうな面を崩さねぇ。何を隠しもってやがる。
ニヤニヤしながらガキが勿体ぶったように詠唱を始める。
「海を司る邪竜、リヴァイアサン。彼の者らの恐怖を具現化し、深淵へと導きたまえ」
この詠唱はやばい。そんな気がした。言い知れぬ悪い予感が頭をもたげた。
「いかんっ!」
ババァの慌てたような叫び声に、俺の危惧が正解だということを強制的に理解させられる。
「恐慌混乱」
瞬間、意識が暗転した。
「ゲルグさん。起きてくださいよ」
「あん?」
俺は何をやってた? いや、思い出してきた。いつもの一杯引っ掛けようと、いつもの酒場に向かって、酒場で働いてるチェルシーに挨拶して、そんでカウンターに座って店主に「いつもの」、なんて声を掛けて。
あれ? なんか忘れてる気がすんな。
「寝ぼけてるんですか? 飲みすぎました?」
「いや、大丈夫だ。ってか、チェルシー。お前仕事は?」
「マスターが気を利かせて、今日は上がりで良いって」
「そうか。ミルクでも飲むか?」
「あ、ゲルグさん。アタイのこと見くびってますね。自分の飲み物ぐらい、自分で頼みます! マスター! 牛乳ください!」
店主がニヒルに笑って、ジョッキに並々と注いだミルクをチェルシーに差し出した。
おかしい。なんかおかしい。
俺は今ここに居るべきじゃない。そんな気がする。
「えへへ、ゲルグさん! 乾杯です!」
「おうよ。乾杯」
俺のジョッキとチェルシーのジョッキが鈍い音を立ててぶつかる。少しばかり中身が溢れたが、んなこと気にする奴はこんな場末の酒場にゃ来ねぇ。
まぁ、良いか。今日は丁度ババァもいねぇしな。不味い酒ではあるが、つまみがあって、酒がある。世は並べてこともなしってな。
「ゲルグさん。聞きたいんですけれども」
「んだ?」
チェルシーの顔が不穏な色に染まった気がした。俺はただただ呆然とそれを見ることしかできない。
「ゲルグさんはアタイのこと大切ですか?」
ジョーマ様、最強説。
そして、ベタな悪役様ご登場です。
そして、ベタベタな攻撃を仕掛けてきます。
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とーっても励みになります。ピーピングトム!!
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好きな悪役はダークナイトのジョーカーです。いいんです。「どうせこういうの好きなんでしょ?」って言われても。好きなんです。