第十二話:ここらで決着付ける。気張ってくぞ
「見えてきたか……」
「うむ。意外とかかったな」
空になった魔力を補給してもらいつつ、模倣でババァの魔法をコピーして魔物を倒しながら三時間ほど。ようやく村の入り口が見えてきた。
ちょっとばかしエリナの気持ちが理解できた。「すっとする」、なんて言ってたが、確かに仰る通りで、ババァの強い魔法をぶちかましまくるのは爽快感があった。なにしろ一発で魔物どもがダースで消し炭になりやがる。
そりゃ、魔法の達人って訳じゃねぇ。ババァが使うよりも、その威力は低いものになる。それを差し引いてもその魔法は圧倒的だった。
途中でミリアが、「その魔法はジョーマ様オリジナルの魔法です」、なんて教えてくれた。正規の精霊を介さず、人工的な精霊を媒介にして使う魔法。ババァは人工精霊だとか抜かしてた。
つまるところ人工的に精霊を模して作った生命体、だとかなんとか。自慢気に色々と理論を説明されたもんだが、俺もミリアもイズミも良く理解できずに終わったもんだ。エリナなら多少は理解できたのかもしれねぇな。
「ところでよ。俺らは不法入国者だが、村に入れんのか?」
ふと湧いて出た疑問をババァにぶつける。ここまで来て、「村に入れませんでした」、なんて骨折り損も良いところだ。簡易転移でさくっとヒスパニアに帰った方が良い。
その疑問には横で聞いていたイズミがぼそっと答えた。
「問題ないです。シンは西欧諸国と比較してもそれほど進歩している国ではありません。首都ならまだしも、寒村なら管理は驚くほどずさんです。むしろ村人に受け入れられるかどうかを心配したほうが良いですよ」
へー、ふーん、ほー。確かに田舎は閉鎖的だなぁ。わかるわかる。
「大丈夫だ。イズミ・ヤマブキ。この村の長は余の知り合いだ。古い友人でな」
「そうなんですか。なら安心ですね」
いつもながらババァのコネクションは凄すぎてよく分からねぇ。こんな辺鄙な村に知り合いがいるってどんだけだよ。
「さて、行くぞ。村長は寝ているだろうな。叩き起こすか」
ババァが村を見ながらニヤニヤ笑う。
仕方がねぇとは言え、辞めてやれよ。そうは思ったが口には出さない。俺だって疲れ切ってるからだ。一刻も早くベッドに寝たい。柔らかくなくても良い。
数分程歩いて村の入口までたどり着く。入り口には当然ながら門番がいた。
「止まれ。何者だ」
シンの民族衣装なんだろうか。今まで見たことのない意匠が凝らされた服を着こんだおっさんが、俺達を睨みつける。ってか、暖かそうな服だな。ありゃ、動物の毛皮か? こちとら震えるほど寒いってのによ。ちょっとばかし羨ましくなる。
「そなたは……リーか。久しいな。大きくなったではないか」
その言葉に訝しげに近づいてきたおっさんが、ババァをじろじろと見てから、表情を一変させた。
「ソ、ソフトハート様!? た、大変失礼いたしました! お久しゅうございます!」
「立派になったな」
「いえ、ソフトハート様にお助けいただいたからこそです。寒かったでしょう。ささ、こちらへ」
なにやら、ババァはこのおっさんと知り合いらしい。ってか、「大きくなったではないか」、とか言ったか? 相手はおっさんだぞ? いや、ババァのことだからおかしくもなんともねぇか。
「あのー、ゲルグさん」
「なんだ」
「魔女さんって……」
「言うな。聞くな。あいつはああいう生き物なんだよ」
「そうですか……」
イズミ、そんな疲れ果てた顔するんじゃねぇ。俺もどっと疲れるじゃねぇか。ミリアをちらりと見ると、苦笑いしている。うん。お前もおんなじ感想を抱いたみたいだがな。皆まで言うなよ? 絶対だぞ。絶対だからな。
「ジョーマ様って、今何歳なんですかね?」
言うなって言ってんだろ。百は超えてるのは確かだが、それ以上の情報はねぇんだよ。本人も数えてねぇから分からねぇんだとよ。知るかよ。
兎にも角にも、俺達はこの小さな村――マングーという村らしい――に難なく一休みするに至った。
そこから先はすんなりだった。
寝てたところを叩き起こされたらしい村長とやらとババァが少しばかり話し込み、思い出話もそこそこに村長の屋敷に招待された。
屋敷はそれほど広いってわけじゃなかったが、それでも俺達四人が一晩泊まるには十分な広さの客室に通された。流石に用意するには時間が遅すぎるもんで夕飯は断った。なにより、疲れすぎて食うよりも先に寝たい気持ちが勝った。
俺達四人は客室に案内された途端、ベッドに倒れ込み、泥のように眠ることとなったのだった。
「――ん。……まだお天道様も昇ってねぇじゃねぇか」
欠伸を一つ。疲れがたたったのか、まだ朝というには早すぎる時間に目が覚めた。まだ眠気はあるが、二度寝はできなさそうだ。ため息を吐いて、よっこらせ、っと静かに起き上がる。
周りを見回すとミリアとイズミが静かに寝息を立てていた。ババァはいやがらねぇ。あいつ、まーたなんかやってるな。
数秒程考え込んでから、ババァを探しにいくことに決めた。寝る直前に村長とやらに譲ってもらった煙草をポケットにねじ込むのは忘れねぇ。
日の出はまだまだ先だ。屋敷の中は暗い。俺は簡易魔法で指先に火を灯して屋敷の外に出る。
冷えた空気が肌に刺さる。東の空は白み始めていて、いつのまにか雪はやんだようだった。
ババァを見つけるのはそんなに難しくはなかった。屋敷の庭。東の空を見上げながらぼけっとつっ立っていた。何やってるんだか。
煙草を咥えて火をつけ、ババァに向かって声をかける。
「おい。ババァ、何やってんだ」
ババァがこちらをちらりと振り返ってから、また東の空に視線を向ける。
「ゲルグか。歳を取ると朝が早くてな。そなたも早く起きてしまったのか?」
その見た目で、「歳を取ると」、なんて言うなよ。頭がおかしくなるだろ。
「疲れ過ぎってやつかねぇ。ミリアとイズミはぐっすりだった。ミリアはともかく、イズミがあそこまで熟睡してんのは珍しいなぁ」
「そうだな」
会話が途切れ、無言の時間が続く。遠くの空で鳥が鳴いた。聞いたことのない鳴き声だ。
ババァの横に立って、俺も馬鹿みたいに東の空を眺める。ちょっとずつ白い空が、夜空を侵食して、じわじわと夜という時間が過ぎ去っていく。
十数分ほどそんな風にしていただろうか。煙草を三本程吸い終えた頃だった。不意にババァがボソリとつぶやいた。
「『役目を全うすると認められた』、だったか?」
ババァが口に出したのは、財の精霊に言われたそれだった。
「あん? あぁ」
「そうか……」
ババァが顔を俯かせる。意味有りげに黙り込むんじゃねぇよ。
「ゲルグよ……。そなたは……。いや、なんでもない」
「なんだよ。気になるじゃねぇか。言えよ」
ババァをチラリと見る。いつも浮かべている不敵な笑顔は影をひそめ、泣き出してしまいそうな、そんな初めて見る顔をしていた。
「……余がこの世に生を受けてから、二度だ」
「二度?」
「あぁ。世界は二度、魔王の脅威に晒された」
「あー、確かそういう話しだったな」
魔王。確か昔ババァが言っていた。魔王は世界の法則の一つである、と。短くて数十年。長くて百年単位。そんな周期で魔王は現れるのだそうだ。
ババァは百歳超え。魔王とやらに二回遭遇してもおかしくはない。
「一度目は、余も魔王討伐に随行した」
「ん? そうなんか?」
「そうだ。余は天才だからな。あれはまだ二十代だったか。余は既にありとあらゆる魔法を修めていた。当時の勇者に連れられて、世界中を旅したものだ」
魔王が現れるのとほぼ同時に勇者も選ばれる。勇者と魔王は対の存在。魔王は勇者でなければ殺せない。歴史上勇者が魔王に負けたこともあったそうだ。その後数十年に渡り、魔王による世界の統治が続いたひどい時代だったらしい。
「そりゃ初耳だよ。当時も酷かったのか?」
こいつはあまり自分の昔話をしない。このババァが若い頃何をやってたかなんて話は、そうそう聞けるもんじゃない。
「あぁ。世界はゆっくりとだが確実に進歩している。当時は今程人類も強くはなかった。手厚い援護を受けられるわけではない。皆その日を生きるのに必死だった」
「んで、てめぇが今こうしてるってこたぁ、魔王をぶち殺したんだな?」
「その通りだ。当時の勇者の命と引き換えにな」
命と引き換えに? そりゃ、なんっつーか。
「……よく分からねぇが、大変だったんだな」
「そうだな……。良い奴だったよ。そこにいるだけで、周囲の人間を前向きにさせる。そんな不思議な魅力を持った男だった」
ババァが遠い目をする。今思い出しているのは、何十年前の景色なんだろうか。
しかし、このババァが前代の魔王討伐一行の一員だったとは。そんな話聞いたことがねぇ。テラガルドの魔女についての逸話は数多く存在するが、その中に魔王がどうたらって話はなかったはずだ。
しかし、こいつがアスナに妙に肩入れするのにも合点がいった。
「贖罪なのか?」
「ふっ。余がそのような殊勝な考え方をするように見えるか?」
悲しげな、儚い表情を浮かべていたババァが一転してニヤリと笑う。
見えるかだって? 見えるよ。滅茶苦茶見える。
「話しすぎた。余は二度寝する。そなたも眠っておけ」
「へいへい」
ババァが踵を返して、屋敷に入っていった。
唇に熱を感じて、ぺっ、と吐き出す。いつの間にやら煙草が短くなっちまっていたようだ。
もう一本煙草を取り出す。火をつける。
「……っのババァ……」
そういう大事なことは俺ぐれぇにはちゃんと喋っておけっての。なーにが、「一度目は、余も魔王討伐に随行した」、だよ。
当時はどうだったんだろうか。当時の勇者は、どんな旅をして、どのように命を使ったのだろうか。
舌打ちを一つ。胸糞悪い。
魔王ってなんだよ。勇者ってなんだ。
疑問に思ったこともなかった。
なんで定期的に湧き出てきやがる。いや、魔王側、魔族側にもある程度都合はあるんだろうさ。
ニコルソンの顔を思い出す。あいつらは良い魔族だった。
勇者が精霊メティアに選ばれるってんなら、魔王は混沌の神とやらに選ばれんのか? まー常識的に考えてそれが一番辻褄が合う。
魔王は勇者じゃないと倒せないってのも、よく分からねぇ。なんでだよ。
答えの出ない疑問。ババァも「話しすぎた」、とか言ってやがったし、これ以上聞いてもはぐらかされるだろうな。
あれこれ考えている内に、東の空には朝日が昇り、俺は貴重な二度寝の時間を失ったのだった。
「世話になったな」
数時間後、村長夫婦が作った朝飯に舌鼓を打って、軽く支度をしてから俺達は村を出ることした。
ババァが懐から重そうな袋を取り出して、村長に手渡す。
「五千ゴールド程入っている。謝礼だ」
「そ、そんな。ソフトハート様には多分な恩義の有る身。受け取れません」
「良い。余がやると言っているのだ。受け取っておけ」
おずおずと村長がその袋を受け取る。じゃらりと音が鳴った。
「ではな。達者で」
「は、はい。ソフトハート様も。またお会いできることを待っております」
ババァが小さく頷く。
「簡易転移」
景色が歪む。浮遊感の後、懐かしいヒスパニアの城が目に映った。
しかし、どうにも様子がおかしい。なにやら慌ただしい。門の奥では兵士がせわしなく行き来し、街中から不安そうな顔をした住民が城を見ている。
門番が突然現れた俺達を見て目を白黒させながらも、泡を食ったように走り寄ってきた。
「い、イズミ様!?」
「はい~。皆大好きイズミさんですよ~。どうしましたか?」
「すぐに、アナスタシア閣下の元へ! 緊急事態です! ヒスパニアの郊外に巨大な魔物が現れたとのことです!」
イズミと少しだけ目を合わせる。これまでの状況。これまでの流れ。それらを鑑みると、一つの答えしか出てこない。
アリスタードのどいつかがまた嫌がらせしに来やがったんだ。
右にいたミリアを見る。真剣そうな瞳と目が合い、そして示し合わせたかのように同時に頷いた。
「ふむ。丁度よい。余も力を貸してやるか」
「そりゃ、助かるよ。行くぞ」
門番の肩を叩いて、門をくぐって走り抜ける。アナスタシアの部屋は一階の奥の方。バタバタと兵士どもが行ったり来たりしている中を、ぶつからねぇように注意しながら目指す。見えた、あいつの部屋だ。
ノックも無しに扉を開ける。鎧を着た数人の騎士に囲まれてアナスタシアが座っていた。
「アナスタシア様。遅くなりました。状況を」
イズミの姿を見て、アナスタシアが立ち上がる。
「イズミ! どこに行ってたの!? あ、ゲルグ様、ミリア様……ソフトハート様も!? 一体!?」
「んなこと悠長に話してる場合だよ! どうせアリスタードだろうが!」
俺の怒声に、状況を飲み込めていなかった様子のアナスタシアが居住まいを正す。
「アリスタードかどうかはわかりません。ミリア様、ゲルグ様、ソフトハート様。護衛を付けます。城で待っていてください。イズミは斥候、いけるわね?」
「待て待て待て、勝手に話を進めるんじゃねぇ」
超速で何もかも決めようとするアナスタシアを慌てて止める。
「俺達が行く」
「ですが、ゲルグ様とミリア様だけでは……」
「馬鹿、テラガルドの魔女がいる。イズミも借りてくが良いか?」
アナスタシアが少しばかり考え込む素振りを見せる。だがそれも数秒程。優秀な頭脳で答えを叩き出したらしい摂政が口を開いた。
「……普通なら縛り付けてでも貴方達をこの城に留めておくべきでしょうが……。我が国の損害も大きくなりつつあります。許可します。すみません……よろしくお願いします」
「っし。何度も言うが、どーせアリスタードだ。ここらで決着付ける。気張ってくぞ」
イズミを、ミリアを、ババァを見回して、俺はニヤリと笑う。アスナの手をわずらわせるまでもねぇ。
というよりも、これぐらいしとかねぇと、あいつらの面目が立たねぇ。
露払いぐらいはしてやるよ。
へーい、まーた悪役が登場したようです。
おっさんがなーんか張り切ってますね。
辞めとけ~、死んじゃうぞー。
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