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第九話:ガキがいっちょ前に気ぃ使いやがって

 王女サマのアスナを呼び続ける声は数分間に渡って村中に響き渡った。眠たそうに目を擦っていたアスナも俺とキースの名状しがたい顔を目の当たりにして、今の現状を理解したらしい。


 いくら手配書がまだ届いていない村とは言え、世界中をあっと言わせた「勇者サマ」の名前ぐらいは耳に届いてるはずだ。そんな名前を大声で叫び続ける若い女。村中がざわめくのを俺もキースも、アスナだって肌で感じたはずだ。だがな、ミリア。てめーはダメだ。お前朝弱かったのか? まだ寝ぼけてやがる。


 アスナがばばっと立ち上がって、部屋を飛び出していった。俺とキースも顔を見合わせて数秒、アスナのあとを追いかけた。出掛けにミリアに「お前はもうちょっと寝てろ」とだけ伝えるのは忘れない。


 グラマンの屋敷を出るためには、必然的に屋敷のリビングを通る必要がある。リビングには、なんだなんだ、と言わんばかりの表情を浮かべたグラマンが立ちすくんでいた。どうやら、このジジイも今のこの状況は予測不可能だったようだ。が、奴もそれだけで終わる男じゃねぇ。俺の顔を見た瞬間に目の色を変える。具体的には「さっさとなんとかしてこい」ってな意味をふんだんに込めた目の色だ。わぁってるよ馬鹿野郎。


 キースと争うようにして屋敷の外に躍り出ると、なんだか、王女サマにアスナがきつくきつく抱きしめられていた。なんだこの状況?


「あぁっ! アスナ! アスナ!」


「エリナ……痛い」


「良かった! 無事で! もう会えないかと!」


「エリナ……痛い」


「パパを許してなんて言わない! でも、せめて私と一緒に逃げましょう! アスナとだったら私どこへでも行けるわ!」


「……聞いて」


 うん。よくわからねぇ。俺が異常な光景にぼけっと突っ立てると、キースが王女サマの元へ駆け寄り跪いた。


「姫様、色々と聞きたいことはあるのですが」


「あら、キース。ちゃんとアスナの側にいるなんて、やっぱりあたしに忠誠を誓った騎士ね」


「いえ、そうではなくてですね」


 注目を集めすぎています、とキースがビミョーな顔でボソリと呟く。うん。俺も言おうとしてた。言おうとしてたんだ。


「あら。あたしったら、恥ずかしい」


 恥ずかしいで済ますんじゃねぇ。誰しもの心の声が一致した瞬間だった。


 っていうか、キース。てめぇ、王女サマに忠誠を誓った騎士だったのかよ。王女サマは今十八歳くらいだったはずだ。お前が騎士になったのっていつぐらいだ? ロリコンか? ロリコンなのか?


 兎にも角にも、俺達は村人どものもはや避けられそうもない視線を避けるようにして、グラマンの屋敷に避難することとなったのだった。






「で、アスナ。存じ上げない顔が何人かいらっしゃるけれども、私に紹介してくれる?」


 グラマンの屋敷。そのリビングに逃げ込み、一息ついたところで開口一番に王女サマが言った台詞がそれだった。アスナが首を小さく縦に振り、そして「存じ上げない顔」に該当する奴らの紹介を始める。


「こっちは、グラマンさん。昨夜私達を匿ってくれた人」


「グラマンさん、ですね。アスナがお世話になりました。この御恩は決して忘れません」


 王女サマがいかにも王族らしい微笑みを湛えてグラマンを見遣る。ジジイは感服極まったような表情を浮かべながら、目の前の王族に跪く。


「光栄の至りでございます。姫様と勇者様御一行の御役に立てるのでしたら、このグラマン、この身を犠牲にするのも厭わず献身する所存にございます」


 王女サマが満足そうに頷く。グラマンは王族を前にした富裕層の善人みたいな顔をしてるが、騙されるなよ? 「目的の一つがこんなに早く叶うとは」、みてぇにほくそ笑んだのを俺は見逃しちゃいねぇ。


「で、こっちがゲルグ。私達が王都から逃げる時に色々と手を貸してくれた」


「ゲルグさん、ですね。本当にお世話になりました。この御恩は決して忘れません」


 俺は返事代わりに軽く鼻を鳴らす。あまりに不敬なその態度にキースが軽く眦を釣り上げるのが視界の端に映るが、気にしねぇ。王女サマも少しばかり驚いた顔を浮かべはするがそれ以上追及はしてこなかった。


「エリナ様」


 数分前――俺達がグラマンの屋敷に逃げ込んでしばらく経った後だ――、ようやく寝ぼけ眼から復帰したミリアが王女サマに声をかける。


「ミリア。貴方にも、大変つらい思いをさせたわね。パパを許してなんて口が裂けても言わないわ」


「いえ、どのような罪でも精霊メティアはお許しくださいます。どうかお父上のことをその様に仰るのはおやめください」


「いいのよ。あんなドぐされ親父。あたし自らぶち殺してやりたいくらいだわ」


 ん? 今、王族の口からは出てきっこない、きたねぇクソがひり出された気がするんだが、気のせいか? 気のせいだろうなぁ。だぁって、目の前の王女サマはこんなに綺麗な笑顔を浮かべてらっしゃるのだからなぁ。


「ケツの穴に腕を打ち込んで、奥歯ガタガタ言わせた後に、ムチでしばき倒して『ごめんなさい』って百億回言わせてから、豚のように繋いで踏みつけてブヒブヒ言わせてやっても、きっとあたしの気は収まらないの。えぇ、収まらないわ」


 気のせいじゃなかった。


 目を点にする俺とグラマンに気づいたのか、気を取り直すように、ごほん、と咳払いをすると、王女サマはアスナに向き直った。


「さ、ではアスナ。四人で逃げましょう。グラマンさん。ゲルグさん。ありがとうございました。ゲルグさん。貴方は王都西にある塔に私の伝手があります。あたしの名前を出せば匿ってくれるでしょう。そのように取り計らっています。貴方の手配も解消されるように、腐心します。どうかご安心して下さい」


 ほうら来た。王女サマが自らここまで来たからにはこうなることはなんとなく予想がついていた。あぁ、ついてたさ。


 まぁ、俺も身の程ってのを弁えてはいる。それも良いんじゃねぇかな、なんてちょっとばかし思い始めた。


 でもだめだ。


 なんたって、こいつはあの馬鹿国王の娘だ。信用できるか? できるはずがねぇ。いくらアスナと一緒に世界中を周った仲間だと言ってもだ。アスナ達がどう思っているかは知らねぇ。他でもない俺が信用できねぇ、とそう言っている。


 それを置いといたとしてもだ。こいつが着いてくる、それだけでアスナ達の嫌疑はもう一つ増える。「王女誘拐」だ。


 勿論メリットがあることも理解している。アスナが旅の途中に相まみえた各国の元首。そいつらに顔を合わせるのに目の前の女の立場が使えるモノになる可能性があることも十二分に理解している。


 だが、だがな。ここまでやってきて、「はい、さよなら」って言えるほど、俺も男をやめちゃいねぇ。アスナに、「お前はもうここで待ってろ」なんて言われりゃそりゃ納得もするが、ぽっと出の王女サマとやらに俺の行末を決めてもらうなんて、御免被るってぇやつだよ。


「王女サマよ。今、四人って言ったか?」


「……えぇ、言いました。何かご不満がおありですか?」


「不満だぁ? 不満も不満だよ。ぽっと出の姫殿下サマ、しかもあのクソ国王の娘と来たもんだ。そんな女がのこのこやってきて、リーダー面たぁ、ちょっと鼻につくってぇもんよ。そもそもお前さん、俺達の目的地はわかってのか? あぁん?」


 グラマンが、やめとけ、とでも言いたげにこちらを見てくる気配を感じ取るが、やめるつもりは毛頭ねぇ。いけすかねぇんだよ。あぁ、いけすかねぇ。


「……黙って言わせておけば、とんだ下郎ね。クソを何百個前にくっつけても足りないくらいの小悪党が考えていることぐらい、あたしにわからないとでも言うの? どうせメティア聖公国とかそのあたりでしょ?」


 ぐっ、言い当てられた。しかも、この女本性を出しやがった。っていうか王族がそんな言葉どっから覚えてくんだよ。


「ゲルグ、とか言ったっけ? アンタがいなけりゃ、あたしかアスナの転移魔法(リーピング)でひとっ飛びなのよ? そのあたりわかってる? まさか、わからないほどド低脳なはず無いわよね? あぁごめんなさい。クソ小悪党の間違いだったかしら。あら、やだ。クソの数が足りないわね」


 いてぇところ突きやがる。だが、こっちも黙っちゃいられねぇんだよ。


「あのなぁ、姫さんよぉ。こっちはてめぇのクソ親父のせいで国際手配くらってんだよ。この落とし前どうつけてくれんだ。おぉ?」


「だから、王都西にある塔に一人で行って寂しくマスかいてろって言ってんのよ。頭で煙草吸うコツ教えてあげましょうか? あたし、ケチケチしない女なの。今ならタダで教えてあげるわよ」


「ぐっ、てめぇ」


 バチバチと火花を散らした視線を送り合う俺と王女サマ。メンチを切り合うとも言う。おぉん、やんのかコラ? あぁん? と言った具合だ。周囲の――キースですらも――あわあわとした空気が肌で感じ取れる。


 そんな緊張した空気の中、声を発したのは、他でもないアスナだった。


「やめて。エリナ」


「はい、やめます」


 おい、はえぇな。身代わりが。王女サマよ。


「ゲルグも一緒。これは絶対」


「え? でもこの小悪党がいなければ、私の魔法でビューンってひとっ飛びなのよ?」


「今の私達にゲルグは必要」


「必要ないわよ! こんな下水を煮込んだようなおっさん!」


 おい、誰が下水を煮込んだようなおっさんだよ。


「それに、置いてけない。エリナ、わかって」


「……納得、できないけど……。アスナが、そう言うなら……」


 しぃん、と場が静まる。話もまとまったようだ。


 だが、なんとなく俺はこの帰結に納得できず、踵を返した。


「……煙草。吸ってくらぁ」


 乱暴にグラマンの屋敷の扉を開けて外に出る。懐から煙草を取り出して、火を付け、肺一杯に紫煙を溜め込む。熱くなった思考が馬鹿みたいに冷めていくのがわかった。


 むしゃくしゃしてるのは他でもねぇ。王女サマの言ってることは、至極まっとうだ、ってその一点に尽きる。そしてその場を収めたのはアスナ、あいつだ。俺じゃねぇ。


 俺は足手纏いだ。そう。本当にそうなのだ。そして、俺をかばって真っ先に痛い目を見る奴が、俺をかばった。いい歳こいた大人としてこれ以上恥ずかしいものがあるか? 冷静になった今思い返せば、えらく年下の王女サマとメンチ切り合ってたのも勿論恥ずかしいっちゃ恥ずかしいが。


 ふーっ、と煙草の煙を吐き出す。


 煙草の熱が指に伝わってき始めた頃、背後で扉が開く音がした。


「ゲルグ」


 アスナだ。心配になって追っかけて来たんだろうか。だとしたら、恥の上塗り以外にどう言えようか。


「なんだ」


 振り返らずに俺はアスナに返事をする。


「……えっと」


「ちとケツの収まりが悪ぃが、王女サマの言い分は尤もだ。俺は足手纏いでしかねぇ。置いてくなら今のうちだぞ」


 険のある言葉が口から出る。やめろ。悪いのは俺だ。圧倒的に力不足な俺だ。こいつにそういう言葉を投げつけるのはちげぇだろ。こいつは何も悪くねぇ。悪ぃのは、足手纏い以外の何者でもない俺だ。


 だが、俺の口は意に反して止まっちゃくれない。


「俺がいなけりゃ転移魔法で一瞬? あぁ、その通りだ。そうしろよ。そうした方が良い」


 そうだよ。もともと分不相応だったんだ。必死にそう言い聞かせる。でもだめだ。声色がどうにも刺々しくなっちまう。なんで俺ぁ、こんなイライラしてんだろうな。知らねぇ。


「旅の仲間が集まったんだ。これ以上は俺の助けは要らねぇだろ。必要? 馬鹿言うな。お前らはもう世界一周して、魔王なんてやつもぶっ殺してんだ。あとは余裕だろ? 余裕」


 早口でまくしたてる。心にも思ってないことを言う時や、口先三寸で相手を言い負かす時の俺の癖だ。気をつけちゃいる。だが、こういう精神的に余裕のねぇ時、悪癖ってのは顔を見せ始める。そんなもんだ。


「ゲルグ」


「あん?」


 優しげな声に思わず振り返る。アスナは微笑みながら、その青白い瞳をまっすぐこっちに向けていた。


 やっぱり、この目だよ。この目、苦手だ。


「ゲルグが必要なのは、嘘じゃない」


「い、要らねぇだろ」


「必要。キースが、ミリアが、エリナが要らないって言っても、私が必要」


「な、何を」


「ゲルグがいると、私は勇者でいられる。多分、きっとずっと」


 顔に血が集まってくるのがわかった。それと同時に、目頭が熱くなるのも。あぁ、そうか。俺はただ、他でもないアスナに必要って言われたかった、それだけだったんだ。それを自分で信じられなくなって、んでもって当たり散らして。あー、ガキかよ、俺は。


 ガシガシと頭を掻きむしって回れ右。


「……付いてけって言うなら付いてく。後悔するんじゃねぇぞ?」


「後悔なんてしない」


「……もう一本煙草吸ってるわ。お前はもう戻れ。王女サマがうるせぇだろ」


「ん」


 アスナが屋敷の中に入っていく気配を見送って数秒。俺はもう消えちまった煙草を捨てて、もう一本咥える。


 っとーに、ガキかよ、俺は。足手纏いだってーのは最初からわかってたはずじゃねぇか。何を躊躇してやがる。俺はあいつを、アスナを守る、そう感じた(・・・)はずだ。その直感を忘れんじゃねぇよ。畜生。金玉ついてんのか? 俺ぁ。いや、ついてるよ。そりゃついてる。でもそういうこっちゃねぇ。


「……ったく。ガキがいっちょ前に気ぃ使いやがって」


 目をゴシゴシと擦る。涙腺が緩くなっちまってるのは歳のせいだ。そう思おう。


 紫煙はくゆる。まるで俺の心の代わりにゆらゆらと揺らいでくれているようだった。心は決まった。あとは行動するのみだ。


 ばちん、と両頬を叩く。






 扉を開けて、屋敷に入る。ダイニングではグラマンが下手くそな朝食を振る舞っていたらしい。皆思い思いに早めの朝食に舌鼓を打っていた。


「王女サマよ」


「……何よ? 下郎」


 パンをパクパクと頬張りながら、こっちに視線も向けねぇで、氷点下の声を発する女王サマに俺はまた頭の血管が破裂しそうになるのを感じた。


「エリナ。だめ」


「だって、アスナ!」


「約束」


 何を約束したんだろうか。俺にはとんと見当もつかないが、アスナとこの王女サマとの間で何かしらの会話があったのだけはなんとなく理解した。またいっちょ前に気ぃ使いやがって。


「……な、何よ。げ、ゲルグ」


 王女サマが今度はこっちを向いて、「下郎」、ではなくちゃんと名前で呼び直した。あぁ。約束の内容が何となく理解できた。「俺ともうちょっと仲良くしろ」だとか、そういうもんだろう、きっと。俺の腹の中の癇癪も鳴りを潜める。


「飯食ったら、ちょい話がある。付き合ってくれ」


「わ、わかったわ!」


 王女サマがそう言って、あたふたと飯を頬張り始める。おい、急ぐなよ。飯はゆっくり食え。あーあー、ほら、喉に詰まったじゃねぇか。水、水!

王女サマはとても良い性格をしています。

っていうか、王族があんな言葉どこから覚えてくるんでしょうね。


多分、魔王討伐の旅の最中にカジノとか行って、

そこで飲んだくれのおっさんと仲良くなったりとかして、

そんなこんなで覚えたんだと思います。

あんな性格ではありますが、コミュ強な王女サマです。

ゴーイングマイウェイなので、「中々見どころある嬢ちゃんじゃねぇか」なんて

しょーもないおっさんに大人気です。


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励みになります。


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