第二番歌:胸の奥にも Si・Ca(鹿)ぞ鳴くなる(序)
序
お祖父さんは、私に何と言いたかったのでしょうか。
「唯音、よく来たなあ。……おやおや、泣きそうな顔して、どうしたんだい?」
幼い頃、両親に化学を学ぶことを強制されて、耐えられなくなった私は、逃げるようにお祖父さんの家へ行きました。
「化学、ばっかり、もう、いや……」
私は、力の限り声をしぼりだして、お祖父さんに気持ちを伝えました。この時期から、上手にしゃべることが出来なくなっていたのです。言葉をつなげることすら、私には困難な作業でした。
「そうなんか。だけどね、化学は夢いっぱいで楽しい世界なんだ」
嘘だ、と思いました。私の生き方を決めつけたものが、「楽しい」といえるでしょうか。化学は、私を苦しめる、ひどい世界ではありませんか。私はお祖父さんを、嫌いになってしまいました。
「信じてくれんかな……」
お祖父さんは、困ったように笑いました。
「よし、こういうときは文学の力を借りよう」
そばにあった本棚から、お祖父さんは一冊の分厚い本を取り出しました。堅そうなカバーで、乾いたほこりのにおいがしました。お祖父さんは、椅子に腰かけて、その本を膝に乗せました。慎重に本を両手で開き、ページを何枚かめくりました。
そして、私に優しくこのように呼びかけたのです。
「唯音、よく聞いてな。昔の人からのメッセージだ」
私は行儀よく椅子に座って、お祖父さんの言うとおりに、耳を傾けました。
「○○○○○○○○○、○○○○○!」