第一番歌:野守は見ずや ふみか手を振る(結)
結
「う…………うう、はっ」
私たちが起こす必要もなく、先生はあっさり目を覚ました。
「まゆみ先生」「安達太良先生」
「あらー、あなた達……」
寝起きのせいか、ふらつきながら立ち上がる。
「私ったら、また眠っていたのね……。けっこう長かった?」
「いや、そんなことないですよ」
実際に十分もなかったから、素直に言った。また、ということは前にもあったんだ。寝不足なのかな……。
「安達太良先生、うち達も標野が見えました。それに……野守もいたんですよ」
リボンと長スカートをふり乱して、夕陽ちゃんが興奮気味に話した。
「ふふっ。私も、さっき夢の中で野守に会ったわ」
まゆみ先生が、口に手を当てて笑う。な、何ですと。
「なぜだか野守が、ゆうひイエローに襲いかかっていたのよ。やめて! って走りだしたら、ふみかレッドが倒してくれたわ」
『……………………』
夕陽ちゃんと顔を見合わせて沈黙。夢とまったく同じ事態にあったんですけど。たぬき寝入りでもしていたんですか?
「あ、そうだった!」
両手を打って、先生が上着ポケットをごそごそさせた。
「大和さん、ハイ」
上着から出した何かを、私の手に優しくおいた。赤くて円い、ボタン形のパッチン留めだった。
「わあ、かわいい」
隣で夕陽ちゃんが衣装と同じ黄色い声をあげる。
「ごめんねー、渡し忘れていたわ。今度から、つけてちょうだい」
白い歯を輝かせて、先生がスマイルした。このパッチン留め、私のブックカバーと同じチェック柄だ。好みまで把握しているとは、さすが担任。
「良かったねぇ、ふみちゃん」
まゆみスマイルにつられて、夕陽ちゃんがほんわか気分に。
「あ、ありがとうございます」
いただいた物をさっそく髪につけようとしたら、
「そういえば昔」
突然、先生が話を切りだした。
「十年ちょっと前にね、空満市でおはじきの県大会があったの」
「な!?」
いけない、つい反応してしまった。
「その会場で勝利をおさめたのは、県立に通う普通の小学生だった。その子は、並みいる猛者たちを華麗な指さばきでいとも簡単に破り、『赤い閃光』という異名で全員を震撼させたわ」
真顔で話すまゆみ先生。聞き入ると、だんだん冷や汗が出てくる。
「その子の実力と名は県内、そして地方にも知れわたった。いつかは全国の頂点に立つのでは、と期待されたわ。だけど、あの大会を最後におはじき界から去ってしまったのよ。流星のごときおはじき名人・赤い閃光の正体は…………」
切れ長の目が、とらえたのは夕陽ちゃんではなく、
「大和ふみかさん。あなたよね?」
ギクリ。全身が固まってしまう。そういえば、面談で私の名前を「どこかで聞いた覚えがある」と言ってたよね。もしかして、あの時点で知っていたの? 髪飾りの大きさだって、おはじきと同じだし。うわあ、まゆみ先生、ニヤリとしているよ。こ、怖い……!
「ふみちゃん?」
「おわっ、な、なな何」
ああああ、どうしようどうしよう。つい変な反応をとってしまったよ。
「先生が仰ってること、ほんまなん!?」
メガネを激しく上下させて、目を輝かせる友人。い、今はノーコメントでお願いします……。
「ふふっ。では、次回から文学PRを始めましょ。明後日の四限が終わったら、二〇三教室に集合!」
「よろしくね、本居さん。そして」
「おはじき名人の大和ふみかさん」
ギャアアアアアアアー!! と本当ならキャンパスを轟かせたいけれど、もうのどが限界みたい。だからせめて、これだけは言っておこう。
「どうして私がこんなことに」
― 大和ふみか、本居夕陽、日本文学課外研究部隊に晴れて入隊決定! ―
〈次回予告!〉
「あなた達、百人一首で好きな歌はあるかしら?」
「うちは、九番・小野小町の『花の色は』が好きですねぇ。ふみちゃんは?」
「え、えーと……いきなりきかれても」
「世の中よ 未知こそなけれ 質量いる……」
―次回、第二番歌 「胸の奥にも Si・Ca(鹿)ぞ鳴くなる」
「へえ、大和さん、俊成が好きなの」
「あっ、違います先生。今の、私じゃなくて別の人が」
「はい、私が、言った……です」