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第一番歌:野守は見ずや ふみか手を振る(四)


     四

「待てえっ!!」

 後ろから突き刺さる、野守の鋭い声。草をかき分け、踏み進んでいる様子が、激しい摩擦音となって、いやというほど伝わってくる。

「なんで、なんでうち達野守さんに追いかけられなあかんのぉ!?」

「そんなこと訊かれてもお!」

 スカートを翻して、ひたすら走り続ける。危機がせまった状況に限って、冷静な判断が出来ない。それでも、網の際に追い込まれることは避けなきゃ。角に近づいたあたりで、イエローの手をしっかり握りしめ、ひとまず曲がった。

 方向を変えても、草むらは果てしなく広がっていた。生き生きとした緑の中に、ぽつんと別の色が置かれていた。今の空をそっくりそのまま映したような、白。前へ行くにつれて、白色は塊となり、ついには倒れている人へと変わった。

「まゆみ先生!」

 通り過ぎるのをやめて、先生へ駆け寄る。運動場が標野と化してから、先生の安否をうかがう機会を失っていた。いや、そこまでできる余裕を持てなかったんだ。

「先生、どうしちゃったの、先生!」

 肩や腕をゆすっても、仰向けのまま動かない。

「先生、まゆみ先生!」

「レッド」

 イエローが私と先生の間に入った。落ち着いた表情で脈や呼吸を診て、

「大丈夫。ぐっすり寝てはるだけやわ」

 そうささやいて、まゆみ先生の前髪をそっとかきやった。

 風が野原を通り抜けていく。衣装の隙間にも入り込み、汗ばんだ肌を冷やした。

「ようやく動きを止めたか、怪しき女どもよ!」

『!!』

 とうとう追いつかれてしまった。私たちは後ずさりしながら、助走をつけた。

「まだ足掻くつもりか」

 容赦なく飛び込んでくる野守をぎりぎりよけたのだが、

「ひゃああ!」

「!?」

 草むらに滑り込むイエロー。長いスカートの裾に足が絡んでしまったようだ。

「レッド……、早よ、逃げてぇ…………!」

 イエローが、あらん限りの力で叫んでいる。だけど、言われた通りにはできない。ちがう、したくないんだ。友達が恐い人の前で、肩を震わせているのに、私だけ逃げてどうなるというの? こんなの、良い結末になれないよ!

「さあ、観念せよ」

 野守は遠慮なくイエローを捕えた。

「うちのことはええから、逃げるんやぁ!」

()()よ!」

 襟足をつかまれ、引きずられるイエロー。嫌がっているのを、無視して逃げるなんて、できるわけないよ。

 友達を助けたい。助けるためには、あの屈強な野守を追い払わないといけない。どうやって追い払えばいいの? 直接挑んで倒せる相手ではない。道具を使って対抗する手もある。でも、こんな所で手に入れられるような物、見当たるはずが……。

 うつむいて、茫然とする。本物のヒロインだったら、こんな時でも機転をきかせて、切り抜けられるんだよね。だけれど私は、何も出来ない…………。

ふと、ある物が視界に入った。

「石……?」

 標野になっても、残っていたんだね。拾ってみると、見た目よりも重かった。消しゴムぐらいの大きさで、適度に尖っている。

「これなら、何とかできるかも」

 相手と対峙する決心をつけて、顔を上げた。やらなきゃ、やります、やるよ!

()(もり)!」

 練習で培った通る声で呼び止めた。

「どうした、共に捕まる気になったか。それとも、仲間を捨てこの地を去るか」

 槍で指し示されたイエローが顔色を悪くして、うずくまっていた。

「両方とも、違うよ」

「では、真意はいかに」

「あなたを倒して、仲間を返してもらう!」

 拾った小石を野守に見せて、手のひらに乗せた。

「ややっ!?」

 野守がうろたえて、槍を落としかけた。

「基本編その一、鍛えられない所を狙え……」

 ずっと前に読んだ『猫でもわかる はじめての護身術』を思い出す。日頃からたくさん本を読んでいて良かった。すぐには身につかなくても、いつか自分の力になるのが、本の素敵なところなんだから。

「…………鍛えられない所、額、額の項…………」

 頭の中で頁を繰り、求めている情報を探し当てる。ちょっぴり下手な猫のイラストに、「ここだニャ!」の吹き出し。どんな相手でも、絶対に効く急所―。

「眉間!」

 狙いどころまで腕を上げて、その手に石を乗せた。なんだか、胸のざわつきが止まらない。とにかく、野守をやっつけるんだ!


「ふみかシュート!!」


 出まかせに叫び、力の限り小石を弾いた。爪と石がぶつかって、固い音が鳴る。

「当たってえええー!!」

 手を離れた石は、野守までまっすぐ飛んでゆき―。

「ぐわあああああっ!」

 狙い通りに、眉間を突いたのだった。野守は呻きながら顔を覆い、しだいに透き通って見えなくなってしまった。

「え、うそ!?」

 野守のほかに、草むらも消え失せていった。まるで、はじめから何も起こっていなかったかのように。

 さらに、薄気味悪かった白い雲の群れが、数秒で茜色の空と入れ替えられた。通常の雲の流れを高速再生しても再現できない有様だった。

「レッド……」

 たれ目を存分にうるませながら、両手を広げて私に抱きついた。

「助けてくれて、ほんまおおきにぃ!」

「ほえ!?」

「うち、今日でぜんぶ終わってまうんかな思ってもうた……レッドがついててくれて、よかったわぁ……。ありがと。ぐすっ」

「う……うん」

 涙まじりで言われて、ついびっくりしてしまった。普通に助けただけなのにな……。素直に喜んだ方がいいのかなあ。

「え、えーと、あの……」

 イエローが、あどけない表情で見つめている。どうしよう、言葉が出てこない。「お礼はいらないよ」は恋愛小説じゃあるまいし。「別に、当然のことをしたまでだよ」だと冷たい気がする。別のことでも考えよう…………あ、  

「まゆみ先生、起こさない?」

「はうっ、せやわ!」

 ずっと眠っている顧問を、いつまでも野ざらし(運動場ざらし?)にしては、具合がよろしくないだろう。というか、この大変だった時によく熟睡できるなあ。さて、叫んで走って疲弊した体に、もうひと頑張りしてもらおうか。






   

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