第六番歌:アダタラマユミの白猪征伐(結)
結
霜月二日、放課後の二〇三教室にて、五人の女子が何やら話をしていた。
「潮満玉と、潮干玉、作った……です」
「潤っている感じ、乾いた質感、どないして作りはったんですかぁ。うちの思てたイメージぴったりですぅ」
「コレがレジン、ソレはアルミボールっスな。テクニカルスタッフのセンス光リマくッてマス☆」
「魔神かチョコボールか天空に駆るスターかなんか分からんけど、姉ちゃんは職人並みだよなっ。あたしが海幸彦役、んで山幸彦はっ?」
「私なんですけど」
「年齢カラしテ、兄ト弟逆転シテまセン? 海っポいショール仕入レタんデ、満チ引キのシーンいケルっスよ」
「あ、あの、台詞考えたの萌子ちゃんでしょ。『溺れる大波』と書いて『タイダルウェーブ』? どう読めばこんな横文字になるの」
「あはは、ライトノベルの手法やねぇ。鮫さん、フロートやけど共同研究室からお借りしたでぇ」
「でかしたゆうひっ、やべえっ、変身しねえとなっ」
「鍵、閉める……です」
五人は、日本文学国語学科公認の文学サークル「日本文学課外研究部隊」に所属している。文系、理系、高校生、様々な専門分野と学年の乙女が、日本文学をいろんな人に楽しんでもらおう! とあれこれPRしているのである。
「よっしゃ、変身完了っ!」
「ヒロイン服で寸劇なんだよね。神話の要素あるかなあ」
「役名のプレートに、イラスト描いテルじゃナイっスか。ゆうセンパイ作☆」
「特徴、とらえている……ですね」
「いえいえ、もっと資料に目ぇ通しておきたかったです」
変身といっても、コンパクトや腕輪やベルトで別の姿になるものではない。然るべき衣装に着替えることを、日本文学課外研究部隊では「変身」と呼ばれているのだ。
「ふふっ、ヒロインズ全員集合ねー」
日本文学課外研究部隊の異名の一部で仰り、白いスーツのご婦人が白いハイヒールでカツカツ入室された。
「待ってたぞっ、司令官わたつみまゆみっ!」
小さな隊員の掛けに、司令官という名の顧問は次のように返す。
「あらー、私は山派よ。ピアノの銘柄も同じ読み! それではご唱和ください、私の名前は」
講義で用いる指示棒で「三、四!」と拍子をとり、
「安達太良まゆみ!」
空満大学文学部日本文学国語学科の専任教員、上代文学専門の准教授、我らがまゆみ先生である。
「あなた達が、助けてくれたのよね」
赤、青、緑、黄色、桃色のヒロインへ、司令官はまぶしき笑顔をみせる。
「かたほなれど、思い出せたわ。先祖にわがまま言って、父をこの世へ帰らせたのよね。父は黄泉へまた行っちゃったけど」
首にかかった弓のペンダントが、ブラインドの隙間より漏れる夕焼けで銀にきらめく。
「償いは必ずやする。命を操ったんだもの。為した事はしかと受け容れるわ」
まゆみ先生は、自分に色があることを教えてくれた隊員に、「良し!」と親指を立てるサインをした。
「これからも、皆で楽しく文学しましょ!」
『ラジャー!』
顧問の安達太良まゆみが付けた、日本文学課外研究部隊の異名とは。それぞれの好みに合わせた専用の衣装で変身し、上代・中古・中世・近世・近現代、全時代の日本文学の素晴らしさを伝え、時に戦闘する五人の戦士の名でもある―
「やまとは国のまほろば! ふみかレッド!」
上代の文学『古事記』の和歌で登場、読書好きで実はおはじきの名手である、雑草ヒロイン。
「原子見ざる歌詠みは、いおんブルー……です」
中古の文学『千載和歌集』の判で起動、化学の子にして和歌にも興味を持つ、理系ヒロイン。
「花は盛りだっ! はなびグリーン!」
中世の文学『徒然草』の一節で降臨、すばしっこい「素敵なレディ」見習いの、爆発ヒロイン。
「言草の すずろにたまる 玉勝間、 ゆうひイエロー!」
近世の文学『玉勝間』巻一の歌で参上、たぐいまれなる記憶力とたゆまぬ精進で己を高める秀才ヒロイン。
「こよい会う人みな美シキ☆ もえこピンク!」
近現代の歌人、与謝野晶子の一首で見参、コスフィオレ・アニメ・ポエム愛するものがいっぱいの最終ヒロイン。
『いざ子ども 心に宿せ 文学を! 五人合わせて……』
― その名も、スーパーヒロインズ! ―
☆上二点のイラストは、漫画家の揚立しの先生に依頼して描いていただきました!☆
〈次回予告!〉
「成績ダントツのゆうセンパイ様ニ、オ願イガあルンですケド、イイっスか?」
「ええけど、えらい誉めてくれるんやなぁ」
「実はデスね、レポートで分カラないトコロがアリまシテ。ゴ指導よろシクお願いしマース☆」
―次回、第七番歌 「翻刻の翁ありけり」
「これ、明日締め切りやんか。しかも、白紙! さては、うちに全部まかせるつもりやったなぁ!? 疑うたらあかん、ゆうひジャッジメント!!」
「にぎゃー! オ許シくだサイ、オ許シくだサイ、ゆうセンパーイ!!」
「ふぉっふぉっふぉっ。苦しんでおりますぞ、悩んでおりますぞ。次回は、雅なわたしがやうやく舞う番や。期待しとりなはれ、下﨟どもよ」




