第五番歌:檸檬ト絶対天使(結)
結
学び舎が、静かな眠りにつこうとしていた。本日の役目を終えて、知を究める者達が訪れる明日を待つのだ。門をくぐると、いつも新たな発見に満ちているのは、学び舎が朝を迎えて、中身が真っさらになったためだろう。
ただ一か所だけ、灯りが点いていた建物があった。研究棟の、二〇二教室だ。
「夢では、なかったのよ」
壁に打ち付けられた本棚に、『萬葉集』やその関連書籍がいっぱい並べられていた。六段ある棚の最下段には、段ボール箱が置かれていたが、荷物を詰めに詰めたせいか、ふたがちょっぴり浮いている。
「私が眠っている間に、彼女達は戦っていた」
教室にいた人物は、来客用のテーブルに積んである物を、別の空いた段ボール箱へ移していた。鼎、折り紙の束、指揮棒と譜面立て、メガホンなど、種類も用途も異なる道具を、丁寧に手にとっては、納めるべき所へ運ぶ。これらはすべて、思い出の品であるらしい。
「結成から、早くも一ヶ月経とうとするのね。増えたものだわ」
箱詰めを終えた後、上面に黒のサインペンで「文学PR用 其の弐」と記して、本棚の上から六段目へしまいこんだ。どうやら課外活動か何かのために使った物のようだ。
その人は、事務机に頬杖をつき、窓の夜空を眺めた。手元には、一冊の単行本が控えていた。
「この世にヒロインは、生きている。生きているのよ!」
信じていて、良かった! それも、ヒロインは、あの五人だった! 現にて、ある時は運動場、秋津館、またある時は奥山寮、A・B号棟前広場、古池、D号棟で、戦いを繰り広げていたんだ。彼女達なら、彼女達こそ―!!
「私の欠けているものを、埋めてくれそうだわ……!」
遙か昔から、望んでいたの。もしも、この世にヒロインがいるのなら、助けてほしい。教えてほしい。私が何者なのかを、私という存在は確かなものなのかを。だけど、やうやう巡りあえた。『五色五人女』は虚構ではなかったのよ。このお話は、本物だ!!
「待っていたわ、スーパーヒロイ……………………―」
と人は言葉を発し、椅子から、その身を投げ出された。頭をはじめに、軽くも儚い打撃の音をたてて藤色の絨毯へ落ちゆく。五センチ以上の高さはあろう踵の付いた白きストラップシューズに、雪でできたみたいに清き色のスーツ、そして、首には細かい銀の鎖がかけられ、弓を象ったチャームが通されていた。
開け放された扉より、蛍光灯の光が漏れ続ける。部屋の主に消してもらえることを、ひたすら願っているかのように。主が倒れたことにも知らず、健気に中を明るく照らしているのだ。
その二〇二教室の表札に、記された名前は―「安達太良まゆみ」。
〈次回予告!〉
「まゆみ先生、しんみりしちゃって、どうしたんですか」
「ごめんね……。あなた達に、かねてより黙っていたことがあったの……」
「異種婚姻っ、蛇と人間のハーフだったのか!?」
「実は幻の地下帝国の女王だったんスか、激アツっスね☆」
「ふええええ、まさか里見家の末裔なんですかぁ!」
「月の住人……ですか」
―次回、第六番歌 「アダタラマユミの白猪征伐」
「大外れねー。私には本名があるの。私の名前は××××××」
『何だって!?』




