第五番歌:檸檬ト絶対天使(四)
四
それまで身を隠していた外套が捨て去られ、ふみかレッド達と同じくするヒロイン服があらわれた。
撫子色を土台とした衣装であり、パフスリーブ、裾にフリルがあしらわれた膨らみのあるミニスカートが女子特有の愛らしさを全面に引き出している。また、長い靴下……一部の層からは「ニーハイソックス」と呼ばれている物は、スカートとの絶妙な距離を作り、健康的な素肌を拝めるようにお膳立てしてくれている。これぞ、絶対なる領域。
コスプレもといコスフィオレを愛するもえこピンクのこだわりが集まってできた、妥協を許さぬカワイイ衣装であった。
「ピンクのとってオキ、お見舞いシテあげマス☆」
垂らされた前髪を振り払い、希望の光宿す双眸が悪夢のようにそびえ立つ城をしっかりつかまえていた。
「アツい血汐、ふれてくだサイ☆ もえこチェンジ!!」
ピンクの体が、温かみのある光に包まれ、ヒロインの服が中世欧州の麗人騎士に早変わりした。
「オトメヅカモードで、攻メまクるっスよ!」
腰に提げたサーベルを抜き、奮然たるも凜々しい表情でピンクは戦闘へ入った。差し向けられたねずみ花火が、瞬く間に両断されてゆく。荒削りではあるが、彼女の剣さばきには、徹底してなりきりたい、優雅で強き騎士への憧れと愛にあふれていた。
相手は赤や青の画集の壁を、ガタガタ震わせて新たな刺客を送り込んだ。先ほどの衛兵は、ほんの小手しらべだと言わんかのように、香水瓶が複数射出された。
「なラバ、こちラモ! もえこチェンジ・カンフーモード☆」
西洋から東洋の戦法へ転向するのに応じて、姿も四千年の歴史と夢が詰まった格闘娘へ変わった。
「ホアチャー!!」
頭の両側のシニョンキャップから飛び出た結び髪を振り回し、拳法で香水瓶を容赦なく砕いてゆく。琥珀、翡翠、瑠璃、石榴石、薔薇水晶等々、宝石を模すように色づけされた硝子が、破片となって宝石よりもまばゆき星の欠片と化して、ピンクの周囲を皮肉にも彩っていた。
「チャンス、このママ懐へ突入デス☆」
近くの机に飛び乗り、そこからさらに跳躍してピンクは画集城の頂を目指した。天辺へ届きつつあった時、彼女の目が大きく開かれた。
「アレは、もしかシテ……」
城の頂上に何かを発見し、手を伸ばそうとしたが、
「!?」
ピンクの腹部に鈍い痛みが走った。一撃を与えたのは、背に「Dominique Ingres」と金文字が刻まれた、橙色の本だった。
「ア……、アト……一歩、だッタ……ノニ……」
体勢を立て直そうとするが、むなしくも城から遠ざかってゆく。地へ落ちて、墜ちて、この身を打ちつけるだろう。骨折で済むだろうか、それとも……。ピンクの脳内に、十字架がぼんやりと映し出される。
絶望の結末を悟ったピンクだったが、彼女の物語は続けられていた。彼女の体には赤黒い命の液体の代わりに、黄色い帯がからみついている。そして、着地したところは、おんぼろの床ではなく、赤いヒロインの腕の中であった。
「今度は、私たちが助ける番だよ」
「ナゼ……」
「あなたは、ひとりじゃないんだ」
ふみかレッドが、ほら、と目配せをした。
「五人で戦うてるんや、サポートしあうんは当たり前なんやでぇ」
メガネの奥の目を細める、ゆうひイエロー。黄色い命綱は、彼女が紡いでいたものだ。
「いつも、どうも……です」
いおんブルーが淡々とお礼して、銃を構えなおす。壁となっていた様々な色の書物が、彼女によって撃ち落とされていった。
「最終ヒロインだとか、ファンだとかコソコソしてんじゃねえっ。はじめっからもえこピンクと名乗りやがれっ!」
と、はなびグリーンがピンクの背中をはたいて、ブルーの方へ駆けていく。途中で立ち止まり、後ろ姿のまま頬をかいて、こう言った。
「……てめえは、あたしらの仲間なんだからよ」
―ワタシにハ、仲間ガいるんダ。もえこピンクは、風景がにじんでいることに気がついた。こんなことになるのは、誰にも自分をみてもらっていない、と深く絶望した時だけだった。今は、違う。なぜなら、潤んだ世界には、共に戦っている人が四人もいる!
ピンクはもう一度、地に足をつけて、顔を上げた。
「チェンジ解除、ヒロインモード☆」
中国の民族衣装が光の衣になったかと思えば、撫子色のヒロイン服に形を変える。ツインテールもするりと解け、平安絵巻の姫君に負けぬ長き黒髪へと戻った。
「レッドセンパイ、アのモニュメントの攻略法、発見シタかもしれまセン」
「ほえ」
「てっペンに、檸檬ガ置イテあっタんデス。もシヤ、ウィークポイントではナイかト」
隣で聞いていたイエローが、小さく叫んだ。
「梶井基次郎の『檸檬』や!」
「檸檬ヲ爆発さセテ、モニュメントごと破壊スル作戦ハどうっスか?」
その提案に、レッドとイエローは顔を見合わせてから、うなずいた。
「ピンクがオトリになるノデ、レッドセンパイの技で檸檬をドカーン! とキメちゃっテくだサイ☆ 黄色センパイは援護射撃おねガイしマス☆」
『ラジャー!』
五人目のヒロインの策は、吉と出るか、凶と出るか。
―いざ、反撃開始。
突如D45教室にて造られた画集と椅子の城を攻め落とすべく、レッドとピンクは、頂上へと渡されたリボンの階を駆け上がる。
「どうしてだろうね」
「にゅ?」
「私、運動不足だから、階段上るのおっくうなんだけれど、なぜだか今はあんまり疲れないんだ」
二十歳と若さあふれる年齢だというのに、ふみかレッドは勾配に弱く、少し階段を上っただけで息切れを起こしてきた。講義やガイダンスの場所が三階にある、と聞くたびに気落ちすることもある。そんな彼女に、しゃべる余裕ができるなんて。
「皆で戦っテるカラ、パワー出るのカモしれナイっスよ」
「ああ、そっかあ」
ちょうど真下では、ブルーとグリーンが連携して壁を崩しにかかっている。青き空気砲が、緑の火花をより激しく燃え上がらせ、威力を強めていた。
二人のために足がかりを作ってくれたのは、イエローだ。布きれでは、踏めばぐらつくのではないかという疑念を見事に払いのける、安定した仕上がりであった。もっとも、レッドはイエローを深く信頼しているので、疑うことはこれっぽっちもないのだが。
ひとりひとりの尽力が、全体を強くしているのは、理屈で考えなくても明白だった。
「最上階に突入っス☆」
「うん、じゃあよろしく!」
「ラジャー☆」
ピンクは、仲間の窮地を救った武器をしっかり握りしめた。
「愛無キ者ニ愛有ル教エを! 麗しのカムパネルラ☆」
天使の羽が生えた大きなハートが頭部に付き、星やリボンで飾られた少女趣味な杖はダイスキなマキシマムザハートの天恵聖物だ。ハートになるために肌身離さず持ち歩いていた物が、まさか戦闘で役立てることになるとは。ヒロインになることすら夢のまた夢だと思っていたのに。
「ヒロインになレテ、ピンク、超絶ウルトラハイパーハッピーっスよ」
胸の内で「用意、ドン!」の号砲を鳴らし、全速力でレッドを追い抜いた。目標は、頂に据えられた、冴える檸檬爆弾―を確実に狙うために、相手の注意を引きつけること!
「マキシマムザ・ラブビーム☆」
「麗しのカムパネルラ」のハート部分に嵌め込まれている水晶が、玉虫色の光を放射した。ビームを出した状態で、ピンクは武器を横方向に動かせる。
「二度目ノ妨害ハ、ノーサンキューっス!」
果実爆弾を守ろうとする『Dominique Ingres』をはじめとした芸術家の作品集が、ピンクへ突進してきたが、アツき愛の光線で一掃されてゆく。作品集という名の荒ぶる獣は、無償の愛を受けて、悔い改め、鎮められたのだった。
「今度こそ、けり、つけるよ!」
新たに伸びたリボンの腕に、天井につきそうなくらい高く投げ上げられて、レッドはとどめをさす技の名を叫んだ。
「やまと歌は、天地だって動かせる! ふみかシュート!!」
赤と黒のチェック柄が施されたおはじきが直線の軌跡を描き、鮮やかな色の塊に当たった。塊は、衝撃を受けるやいなや実を膨らませる。
「退避やぁ!」
レッドとピンクは黄色い布に巻かれて、素早く地上へ下ろされた。ブルーとグリーンは、イエローの声を聞き、攻撃を止めてできる限り城から離れた。
西瓜ほどの大きさまでに膨張した檸檬がはち切れて、清涼感のある甘酸っぱい汁を盛大にぶちまけた。爆風のおまけもついて、お城を形作っていた物が砂のように吹き飛ばされたのだった。
後片付けが大変そうだと、レッドはひとりため息をついたが、その必要は無かった。ありがたいことに、椅子と机は自ら整列して、画集は棚へ帰宅してくれたのである。まゆみ先生が絡んだ事件は、厳しい戦いが待っているが、お片付けいらずという点は助かる。
「倒したはええんやけど、肝心の亡霊バスターできてへんなぁ」
「欠陥教室っ、てことで済ませられねえのか?」
「近松先生が納得されるやろうか……」
イエローとグリーンに対して、ピンクは得意気な笑みをみせた。
「『犯人は、ボクがテイスティング済みさ』っス!」
本日コスフィオレしていた、プリン探偵の台詞だろう。さて、どんな名推理を聞かせてもらえるのやら。
「亡霊とイフ幻想の真実ハ―!」
「へえ、檸檬の皮にそんな成分があったなんて。初耳だわー」
起き抜けだとは思えないくらいにさわやかな笑顔で、まゆみ先生は仰った。
「リモネン、ゴムを、溶かす……です」
檸檬の皮を片手でいじりながら、簡潔に説明する唯音先輩。
ラップ音は、リモネンによって風船が割れた音だった。掃除用具入れにすし詰めにされた風船に、吊された檸檬の汁がかかり、その部分が溶けて破裂していったようだ。表に出されていたら、怖がることはなかっただろう。見えない、分からない、というのは、恐怖を生む種となるものだ。
「萌子、逃ゲル演技シテ変身シテたラ、美術部らシキ娘タチのおハナシが聞こエタんスよ学祭ノ作品につイテでシタ」
今年のテーマは「やあ、無情 ―芸術の爆発だ―」なので、時が流れるにつれて形を変えるものを表現したい。誤って大量に注文してしまった、粗茶として提供するレモネードの材料を題材にできないだろうか……と。知恵と果実をしぼった末に生まれたのが、檸檬と風船による破壊的作品だった。本当に檸檬で風船が割れるかどうか、物置きにて人目につかないように試していたそうな。
「コレで近ちゃんセンセと森センセ、ヒト安心デス☆」
「ところで与謝野さん、あなた……」
まゆみ先生の切れ長の目が、萌子ちゃんへ移る。
「ようやく正体を明かしたのね。あなたの空、晴れわたっているわ」
萌子ちゃんは、一瞬きょとんとした後、「ハイ☆」と、にこやかに敬礼した。
「安達太良まゆみ、サプライズにしなくたってよ、教えてくりゃ良かったじゃんかっ」
「ふふっ、ひとりくらい謎めかせるのも、戦隊物のお約束ってものなのよ」
「ちぇーっ」
華火ちゃんは口をとがらせていたが、どこか楽しんでいる風でもあった。
「良し! これでヒロインが五人揃ったわ」
ぐるりと見渡して、先生が大きく首を肯んじた。
「隊長、ふみかレッド!」
「え、わ、私がリーダー!?」
「技術担当、いおんブルー!」
「…………です」
「火元責任者、はなびグリーン!」
「おうよっ、まかせとけっ!」
「参謀、ゆうひイエロー!」
「うちでよろしければ、精いっぱい頑張りますぅ」
「遊撃手、もえこピンク!」
「ハーイ☆」
赤、青、緑、黄色、桃色、五色五人のヒロイン。年齢も個性も異なるけれど、神無月に同じくして集った、日本文学課外研究部隊の隊員だ。まゆみ先生は、いつか夢で見た光景を回想する。
「やまとは国のまほろば! ふみかレッド!」
「原子見ざる歌詠みは、いおんブルー……です」
「花は盛りだっ! はなびグリーン!」
「言草の すずろにたまる 玉勝間、 ゆうひイエロー!」
「こよい会う人みな美シキ☆ もえこピンク!」
『いざ子ども 心に宿せ 文学を! 五人合わせて……スーパーヒロインズ!』
名乗りを上げて、果敢に日本文学の魅力をアピールする(欲をいえば、背後にそれぞれのイメージカラーの爆発があると、なお戦隊物に近づいて良し)戦士達の姿が、今ここにいる乙女達と重なる。顧問かつ司令官の安達太良まゆみは、温情こもったまなざしで彼女らをずっと、見つめていた。
―最後のヒロインの名は、与謝野・コスフィオレ・萌子(明子?)!
これにて、ヒロインズ全員集合!! ―




