第五番歌:檸檬ト絶対天使(二)
二
文学サークルとあろうものが、亡霊退治なんて。これは、まゆみ先生のおたわむれなのか? いつから日本文学課外研究部隊は、よろづ屋へと変わったのか。どうもこの件には、わけがあるみたいなんです。
時は、本日の昼休みまで遡る。顧問である安達太良まゆみ先生は、ある人を探していた。同じく日本文学国語学科(長いので以下、日文と略そう)所属の森エリス先生に本を借りていたのだ。ようやく読み終えたので、森先生の研究室を訪ねていたそうな。ところが、研究室扉に貼り付けてあった行動表には、「学内」の隣りマスに桜色の丸磁石がくっつけられていたのだった。
次の休み時間に改めて伺おう、とまゆみ先生が踵を返すと、
「ははは、世にいうスランプとはこの状況をいうのかね」
前方より、男女二人組が横に並んで歩いてきた。男は、言動とは裏腹に鷹揚に構えていた。白髪が混じって灰色というよりか銀色にみえる頭髪なのに、精悍な顔立ちと日頃の鍛錬によるたまものであるたくましき身体が壮年とは思えぬ若々しさをみせていた。さらに、長身であるから、数多の異性より想いを寄せられていたであろうことが想像できる。彼は、日文の近世文学担当、近松初徳教授だ。
「しかし、此度はあの場でないと筆が進まぬのだよ。君ならば解ってくれるね」
甘やかな声で隣の女に語りかける。女は一寸たりとも彼との歩調を狂わせず、進み続けていた。
レモンイエローのスカーフに、橙色のグラデーションが映えるワンピース、シナモンカラーの巻き髪が相方とのつり合いが上手にとれている。微笑めば、辺り一帯が華やぐだろうに、その女は冷たい面持ちを保っていた。
「森先生」
まゆみ先生に呼ばれた女は、表情を崩さず会釈をした。ハイヒールを鳴らし、彼女に駆け寄るまゆみ先生。近松先生は「じゃあお先に」と、右手を略式の敬礼のような、もっといえば人差し指と中指をぴったりつけたピースサインのような形にして、こめかみに当ててすぐ離した。彼の独特な挨拶だ。森先生は視線のみで見送った後、まゆみ先生へと目を戻した。
「要件は何だろうか」
凜とした声が、まゆみ先生の背筋を正した。
「先日お借りしていた『檸檬』をお返しにまいりましたの。それと、心ばかりですがレモンケーキですわ」
文庫本とお菓子が入った紙袋を、森先生に渡す。小さな紙袋は洋菓子店のものらしく、淡い色とレースの模様がお洒落な雰囲気をもたらしていた。
「お気遣い、感謝する」
「ふふっ、仲睦まじいことですわね。いつも一緒にいらっしゃって」
まばたきしないで、森先生はまゆみ先生を注視し続ける。透き通った茶色の瞳、磁器のようになめらかな白い肌は、まゆみ先生より年上だとは思えない。
「職務上、行動を共にする機会が多いのである」
美しき教員は、簡潔に答えた。
「耳に入れてしまったのですが、近松先生お困りですの? スランプだと仰っていましたわね」
「近松先生の『スランプ』は、一種の口癖である。戯曲の完成を待つ者に対する悪あがきにすぎない」
「戯曲作家としてのお顔もお持ちでいらっしゃいますものね。私が在学していた頃も、こちらで教鞭を執りながらヒット作を生み出していましたわ」
「先生には、場所を選ばずに執筆していただきたいものである」
態度には出さないものの、彼の補佐に苦労しているのがくみ取れた。
「最近は、どちらで書いていらっしゃるのかしら」
寸の間黙した後、森先生は口を開いた。
「D24教室である」
「あらー、元美術部の部室ですわね。物置きに化しているという」
近松先生の執筆場所に選ばれたD号棟は、かつて講義や文化部の部室として使われていた。だが、大講義室を擁するC号棟や、研究棟の改装で教室が増設されたため、利用されることがほとんど無くなってしまった。現在は、前期最後の講義や夏期休暇中の集中講義でわずかな期間だけ開けられるくらいだ。夏に子ども向けの空満神道の宿泊行事で、大学構内のほとんどが宿舎として使われなければ廃墟になっていたであろう。
「そのD24教室で、怪奇現象が起きている、というのである」
「怪奇現象?」
「物が破裂する音が聞こえてくる、俗にいう『ラップ音』ではないか、と」
霊が関わるとされる、ラップ音。空満大学に晴らせぬ怨みつらみを持つ、さまよえる魂がいるとでもいうのか?
「安達太良先生を信頼している上で伝える。秘匿願いたい。近松先生は……」
まゆみ先生は、つばを飲み込んだ。
「近松先生は、怪異・物の怪・霊の類に拒絶反応を示す人物なのである」
「とどのつまり、お化け嫌いですのね?」
そうだ、と言う代わりに森先生は咳払いをした。
「音の正体を解明できない限り、安心して眠れない。戯曲が書けない。今回は、演劇部に寄せる、来たる大学祭のための脚本のため、長引けば部員に多大な迷惑をかける。すなわち、演劇部の危機である、と非常に嘆かれている」
「D号棟の謎、解き明かしたいものですわ」
森先生の肩が、ぴくりと初めて動いた。
「先生、これは放っておけない問題です。近松先生の戯曲家生命と、演劇部の大学祭での活躍がかかっていますのよ、解決せずにいられますか? 否、いられませんわ!」
胸を叩き、まゆみ先生は堂々と次のように宣言した。
「その件、我らが日本文学課外研究部隊が引き受けましょう! この安達太良まゆみが、複雑骨折した世の中に鋭利な刀を切りこまんと、優秀なヒロインズを遣わし、必ずや怪奇現象を暴いてみせますわ!」
―どうして軽々と名乗り出てしまうんですか。関西の某深夜スクープ番組にもろ影響を受けちゃってますよね。ああ、んもう、こっちが探偵に依頼したいよ……。
空満大学ご自慢の附属図書館を背にして歩を進めれば、針葉樹が並ぶ通りへと入る。その中にひっそりと構えている校舎こそ、D号棟だ。木々と洋館みたいな建物との取り合わせは、英国発の大作で描かれている魔法学校とよく似ていると内外から評されている。
ガラスがはめられた木製の扉を押すと、不気味なほどしんとしている階段の間が迎えてくれる。目をこらすと段に細かなひびが入っており、用心しないと踏んだ途端に崩れてしまうのではないかと怖れを抱かせる。空大七不思議のひとつに、「D号棟の怪」がある。毎回階段の段数が違う、だったっけ。誰がいつ数えているのよ、って揚げ足をとりたくなるが、本当に数が変わっているんじゃないかって思わせるんだよなあ。上りと下りとで数が合っていなかったことに気づいたら最後、異次元に引きずり込まれて現実世界には二度と帰れなくなるとか、あな、恐ろしや。
「で、どうして私が先頭なのかな」
一・二・二・一列の縦隊が知らないうちにできていたんですけど。
まずは、亡霊退治の発起人、まゆみ先生。言い出したからには、最前線で私たちを率いてくださらないと示しつかないじゃありませんか。
「え、たまさかにふみかレッドが前に出ていたのよ。別に、怖くなんかないわよ」
至って冷静です、とふるまっていらっしゃるようだけれど、道中口ずさんでいましたよね。お化けなんかいない、お化けなんか嘘よ、お化けなんか冷蔵庫に入れて凍らせてしまおうって。頼りなさすぎるしんがりだよ、んもう。
「奇奇怪怪っ、あたしは霊感ないけど、化けもんはいるって信じてるかんなっ。じいちゃんが、念っつーもんは電流みたいなもんだから、体が無くなっても残るんだって聞かせてくれたんだぞ」
とはなびグリーン。ヒロインに変身しても、臆病なところは直らないみたい。かわいそうに、足が小刻みに震えている。
「心が正常なら、お化け、見えない……です」
グリーンの方にそっと手を置いて、いおんブルーが励ます。
「そりゃ弦志じいちゃんのうたい文句だろ。うちのじいちゃんはいるっつってたんだ」
グリーンとブルーの母親は、姉妹であり、それぞれ夏祭家、仁科家へと嫁いだ。その娘達の関係は、言わずもがな、いとこってわけだ。お互いの父方の祖父は、お化けに異なる見解があるらしい。
「御輿お祖父さん、精神病……ですか」
「はあ? んなこたねえだろ。とにかく化けもんはいるんだっ!」
「いない……です」
「いるっつったらいる!」
「…………」
だだをこねた妹と、なだめる姉、ってところかな。親戚というか、それこそ姉妹だよね。
その後ろでは、ゆうひイエローと、熱狂的な日本文学課外研究部隊ファンなる与謝野さんが何やら談義をしていた。
「……せやねん、昔はウスベニタチアオイ、別名マーシュマロウの根で作られてたんやよ。喉のお薬として食べられてきたんやでぇ。ゼラチンに代わってもうた今でも、喉の痛みに効くんやて」
「仏国語デハ、ギモーブてイウらシイっスよ。萌子的ニハ、ライチ味がオススメ☆」
「もしかしてやけど、サンミッシェルのん? デパートの地下で見たことあるわぁ。うち、一回食べてみたかってんー」
「マジっスか!? ソレなら萌子、献上さセテいただきマスよ。全種コンプリートでどうスか?」
「ほんまぁ!? おおきに萌ちゃん」
亡霊バスターズから派生した話題だね、これは。ふわふわしたお菓子、イエロー大好物だもの。胃袋をつかみにかかるとは、与謝野さんでばなかなかのしたたか者だよ。
「……さっさと退治しないとね」
遊園地のお化け屋敷に来たわけでもあるまいし、害を被っている人がいるんだから。私事だが、地元の市立図書館で予約していた本、引き取ったはいいんだけれど、まだ一冊も読めていないんだよね。さあ、やることをやってお家へ帰ろう。
D号棟は、思いのほか掃除が行き届いていた。物置きにされていると聞いていたものだから、てっきり雑然としているんだなと決めてかかっていたんだが、取り消そう。後方に設置された棚には、画集とおぼしき物が隙間なく陳列さあれており、隅の掃除用具入れの前には、様々な材質の箱が、小さな金字塔を作っている。それらさえ気にとめなければ、今すぐに授業が行えるだろう。一人で脚本を書くのには、もったいない環境だ。
「ふにゅう、ココまで綺麗ニされテルと、ゴーストも棲みガタシっスね」
プリン帽子のつばを上げて、与謝野さんが言った。
「化けもんのしわざっつーより、ボロい床のせいじゃねえの?」
はなびグリーンが片足で床を何度も踏みつけてみせる。身軽な彼女でも、体重をかければ簡単にきしむんだ。校舎の老朽化を、近松先生は霊が現れたと間違えられたのかもしれないね。お、早くも解決しそうだ。
「幽霊の正体見たり、枯れ山水……」
「先輩、それいうなら枯れ尾花ですよぉ」
「鼻は、枯れない……です」
「あはは、お花、やなくて、尾花、すすきのことですぅ」
「なるほど……」
いおんブルーとゆうひイエローの慣用句漫才に、ほっとするのはどうしてだろうか。安定したボケとツッコミだから? 亡霊退治にやって来たことを忘れさせる、放課後のおしゃべりにみえるよ。実際、二人ともそこらへんの椅子に腰かけてくつろいでいるし。
「はなびグリーンの言う通りね。旧校舎だもの、薄暗さと古さがいかにも出そうな雰囲気を演出しているのよ。そうよ、そういうことにしておきましょ!」
私は横目で顧問を見た。ああ、うっすら冷や汗をかいていらっしゃる。やっぱり無理されていたんだなあ、先生にも弱みがあるんだ。
「ゆめゆめ恐れじ、よ、ふみかレッド。今日のところは調査はここまでにして、念のため週明けに」
パンッ! という音で、話が中断されてしまった。周囲が不意をつかれて身をびくつかせる。ブルーだけは、動揺のかけらもなかったけれども(そもそも、動きの少ない人だからね)。
「こいつがラップ音かっ!? どわっ、うるせえっ!」
耳をふさぐグリーン。先ほどの音が、続けて鳴っている。いったいどこから……?
「安達太良先生!?」
ふらつく先生を間一髪でイエローが支えた。ブルーもそばに来て、容態を確かめていた。
「深い睡眠……ですね」
「とりあエズ、医務室行クっスよ!」
両手をバタバタさせて与謝野さんは出口へと急いだが、時すでに遅し。まゆみ先生の容態が手遅れかって? いや、教室に異変が起きてしまったんだ。
机がひとりでに滑るように動き、左右に分かれて中央を開けた。預言者が海に道を作ったかのようだ。
「おい、あれっ!」
最後の一台を跳び箱の要領で跳び越しよけつつ、グリーンが棚の方を指した。収められていた画集が一斉に抜け出して、いくつもの椅子を骨格にして積み上げられてゆく。物が勝手に移動する、これはポルターガイスト? D24教室には幽霊が出る、と?
「レッド、外の様子がおかしいなってへん?」
「私も思ったよ。いちめん白い雲だ」
蜂蜜をこぼしたかのようにとろりとした夕方の空が、白き雲で覆い隠されてしまっていた。憎いことに、マシュマロみたいに柔らかで弾力のありそうな雲だ。
「あっちもできあがったようだね」
「オブジェにしたら、あんまり趣味がよろしくないデザインやなぁ」
天井に届きそうな、画集の城が私たちを見下ろしていた。幽霊が作ったのなら奇怪な業、妖怪が繰り出したのなら幻想的な術。しかし悲しいかな、どちらのしわざでもないんだ。これまで似た現象と、対峙してきたのだから。
「まゆみ先生、またあなたなんですか……」
あなたが眠りに落ちると、雲を呼び、異しき物を喚ぶ。運動場に、和室に、女子寮、A・B号棟広場、古池、この教室にも。もはや、まぐれではありませんよね。まゆみ先生、あなたは何者なんですか…………?
「ヒャハー、無理ムリ無理ムリ、無理っスよコンなシチュエーション!!」
突然、与謝野さんが頭を抱えて叫びだした。いちいち大げさなしぐさをするなあ。舞台女優でも目指しているのだろうか。二次元が好きな人って、陰気そうだと思えば大違いで、感情表現が豊かなんだ。
「萌子、お先に失礼しマース!」
漫画なら、足の部分にうずまきを描かれているだろう。すさまじい速さで与謝野さんは逃亡していった。
「気随気儘っ、意気揚々とついてきといて逃げるとか、ずっこいぞ明子っ!」
「しゃあないで、普通は怖ぁなってまうわ……」
受け入れがたいけれど、私たちは「普通」じゃない側にいるんだ。摩訶不思議な物をどうにかできるのは、今のところ他にいないんだもの。一般の人を巻き込むわけにもいかないから、与謝野さんには、逃げてもらって良かった。逃げて正解なんだよ。
「戦うほかに、道はないみたいやなぁ」
「亡霊たあ違って実体があるんだっ、あたしら四人で退治すっぞ!」
「……です」
イエロー、グリーン、ブルーが、画集のお城を見据える。そうだ、やるしか、ない。
「変てこな物体を倒して、皆で帰るよ!」
『ラジャー!』
―いざ、戦闘開始。
今回の相手は、物言わぬ作品。D24教室に鎮座するばかり、いかにして倒すべきか。
「常套手段っ、木端微塵っ! 発破かけるぞっ!」
グリーンが躍り出て、衣服の腰部分に隠している花火玉を手に取った。
「火すれば、花だっ」
必殺技はなびボンバーを放つより先に、グリーンの足元へ何かがかすめた。
「てっ、あんでねずみ花火がしかけられてんだよっ!」
三つ、四つほどのねずみ花火が、激しく回転して緑の戦士を妨げになる。
「どっから来やがった!? 狙いが定まらねえっ」
「私に、任せて……」
ブルーが、空気弾ピストルの照準をある方向へ合わせた。
「出所は、最下段……」
いっこうに攻めてくる気配をみせなかった画集の城が、花火を衛兵として遣わしていたようだ。ほんのり青く色づいた空気の砲撃が、グリーンを邪魔していた分を退けた。続けて、城下にわいてくるねずみ花火を次々と撃退してゆく。
「百発百中っ、さすが頼りになるっ!」
感心するグリーンに礼を言わず、代わりにブルーは細い腕で小さき戦士を抱きかかえた。
「上方、攻撃が来る……です」
と、そのまま後ろへ飛びのいた。無愛想な態度をとったのではなく、いとこを守ることを優先したのだ。先ほどいた地点に、霰らしき物がぱらぱらぱらと降り注がれる。手前に転がってきた一粒を、グリーンが拾いあげた。
「こりゃビーズじゃねえか。って、青姉やばいっ!」
避けたのも束の間、ビーズの雨がすぐさまブルー達を逃がすまいと追ってきたのだった。
「間に合わねえ!」
一粒ならば、痛くもかゆくもないが、複数をまともに浴びるとたまったものじゃない。受け止めるのを覚悟で、グリーンは両目を閉じようとすると、視界が黄色で塗りつくされていた。
「リボンは、こんな使い方もできるんや」
黄色い物の正体は、イエローの髪飾りであるリボンだった。掌の形を作りあげて、防壁を築いたのであった。それはまるで仏手柑のようで、身の安全と心の平穏を約束する確かさを感じさせた。
「レッド、今やぁ!」
リボンの掌がほどけ、お次は蛇腹に折れ曲がり、編み上げられて、ばねができた。縮こめられた黄色いばねを踏み台にして、ふみかレッドが勢い良く飛び上がる。空中で、髪留めにしていた赤いおはじきを城へ掲げた。
「やまと歌は、天地だって動かせる! ふみかシュート!!」
指で弾いたおはじきが、赤き閃光となって城の中心を穿つ! 画集と椅子が、積み木よろしくあっけなくがらがらと崩れ落ちていった。
「よっしゃ! でかしたぞ赤っ」
「え、あ、ああ」
片手を上げて待ちかまえるグリーンに、レッドは手を叩き合わせた。ハイタッチ、というものにレッドは慣れていないらしい。
「単純……ですね」
「うまくいきすぎて、かえって心配なんやけどぉ……」
「おいおい、素直に喜べよ黄色。麻姑掻痒っ、すんなり倒せたんだからよ、って、なんだ?」
イエローとブルーの視線が、明らかにグリーンの背丈よりも上へ向けられていた。レッドまで口を半開きにして、同じ所を見ている。
「あ、あの、グリーン、後ろ、後ろ」
「はあ? どっかの全員集合みてえなフリかましてんじゃねえよ」
しぶしぶ振り返ると、撃破したはずの相手が、元の形を取り戻しはじめているのだった。
「マジかよ、蘇るとかきいてねえぞっ!」
グリーンの文句に対して返事をするかのように、相手が物をいくつか吐き出した。魚や花をかたどった玉、ふみかレッドの武器よりもひと回り大きかったり小さかったりするおはじきの数々、先ほど襲ってきたビーズも中にはあった。おまけに凝った模様が刻まれた小瓶まで混ざっていた。どれもガラスで出来た物、当たれば鈍器、かわして砕ければ凶器と化す危うさをはらんでいる。
イエローが再び防壁を展開するも、
「あかん、範囲が広うて、かばいきられへん!」
限界が生じてしまったようだ。
「こないだの赤と黄色のコラボ技で、空間ごとぐるっと囲めばいけるんじゃないのか?」
「だめだよ。やるにしては、ここじゃ狭くて難しい。それに、リボンを使うからいったん盾を引っ込めないとできないんだ」
レッドとイエローが揃って残念そうに首を振る。
「防ぎきれない……ですか」
「もうどーすりゃいいんだっつーの!!」
歯がみするグリーン。万策尽きたと思われたその時、教室の扉が派手な音を立てて開かれた。
「お待タセしたっスよ!」
撫子色の外套をまとった、黒髪の乙女が見参した。
「てめえは、最終ヒロインっ」
相変わらず、謎めかしく顔を隠す戦士だが、唯一見せる口元は、余裕そうに上向いていた。
「ゴチャゴチャした攻撃、止メテやりマス☆ マキシマムザ・ラブビーム☆」
先端にハートの飾りがついた杖から、どこまでもきらきらしい光線が発された。ガラスの品々が、どういう仕組みか分からないがビームが当たるとともに、ことごとく消え失せていったのだった。
「オードコロン、びいどろ、南京玉! スキなモノはいろイロあレド、不吉ナ塊ニ心壓えツケられたママ、おイタするノハ良くナイっスよ! ヒロインズにヤツあたりスル不届きモノは、コノ愛の宣教師・絶対天使の信奉者、最終ヒロインが許しまセン☆」
口上に乗せて銀盤の技らしく回り、華麗な見得を切る。悔しいが活躍の場は、彼女に根こそぎ持っていかれてしまった。
「途中参戦ばっかしやがって。……ま、いい時に来たから大目に見てやんよ」
ぶっきらぼうな褒め言葉に、最終ヒロインは杖をくるくる回して喜んだ。
「ピンチヒッターは、遅レテ登場スルのガお約束デスからネ☆」
「どうしていつも、私たちを助けてくれるの?」
最終ヒロインとは対照的に落ち着いた声で、レッドが訊ねる。
「イッツ、イージー。ヒロインを助けるノガ、ワタシの役目だからデス」
胸に手を当てて答える、ピンチヒッターの乙女。それが天から運命づけられたものだと言うかのように。
「あなたはいったい誰なの? 私たちと同じ、ヒロインなの?」
「へへ、さすガニ、質問攻めされタラ困るっスね……」
「皆、気になっているんだよ。一緒に戦っているのに、あなたのこと、何も分かってないもの。 あなたのこと、教えてよ」
最終ヒロインの前髪が風で流れ、ちらりと瞳があらわれる。投げかけられた言葉が真実なのか推し量っているかのように、レッドを見つめていた。
「ワタシを、知りタイんデスね……?」
真摯な気持ちで、レッドは黙して目で答えた。
「なラバ話しまセウ、ワタシのコト」
乱れた黒髪をなでつけて、最終ヒロインは花弁のごとき唇で語り始めたのだった。




