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第四番歌:古池や 蛙巻き込む 黄のリボン(結)

     結

 どよめいていた古池も、水の音すら聞こえないくらいに大人しくなった。これで、ヌシの隠居暮らしは安泰だろう。水底に飽きたら、いつでも俗世間の空気を吸いにきたらいい。

「あの」

 先ほど一緒に戦った友人に、話しかけた。言葉を惜しんじゃいけない。インクで記した言葉を、ちゃんと声にするんだ。

「また、『夕陽ちゃん』って呼んでも、いいですか?」

 …………あ、びっくりしている。というか、読んでもらえたのかな。ううん、お返事書いてたの、知らなくたっていいんだ。もう、言っちゃったんだから。

「ええよぉ。ごめんなぁ、ふみちゃん」

 口元にに手を添えて、あははは、あははって笑ってくれた。

「これからもよろしくなぁ」

「よ、よろしくね…………夕陽ちゃん」

 今日、大切な友達と仲直りできた。ゆっくりと、夕陽ちゃんの手が差し出される。

「思い込みやったなんて、悲しいこと言わんといてよ。ふみちゃんは、うちの親友やで」

「う、うん。私も、だよ。ありがと」

 私は手を取り、ぬくめるように握りしめた。夕陽ちゃんが、入学式での出会いよりも、ずっと晴れやかな笑みでふわりと迎えた。

「へっ、カッコいいとこ見せてくれんじゃねえかよ、ゆうひっ!」

 上機嫌で夕陽ちゃんの背中をはたく華火ちゃん。その後ろから唯音先輩が、

「必殺技、素晴らしかった……です」

 ぎりぎり耳に届く音量で、お褒めの言葉を贈っていた。

「あはは、それほどでもぉ……」

「夕陽ちゃんのおかげで、乗り越えられたんだもの。あの反歌が無かったら、私、くじけてたな」

 どの狂歌集を引用してきたんだろう。蝦蟇(がま)さんの歌は、聞いたことがあったが。『古今和歌集』仮名序を皮肉ったものだっけ。拾い読みとはいえ、夕陽ちゃんのは全集本にも大系本にも載っていなかったけれども……。

 ところが答えは、意外にもあっさりとしたものだった。

「あれなぁ、思いつきやったんやよ。これでどないやぁ! て言うてみたんや。手直しでけへんかったんが悔しかったなぁ」

 勢いに任せてしもうたわぁ、と夕陽ちゃんはメガネを上げながら、ちょっとだけ舌を出してみせていた。鬼気迫っていた状況でも、完成度を高めようとしていたのか。なるほど、だから彼女は秀才なんだ。尊敬しちゃうよ。

「いいっスね、親友。ワタシニハ、所詮叶ワヌ夢っスよ……」

 私たちに遠い目をして、吐息をもらす最終ヒロイン。普段の自信に満ちている姿が、ぼやけてしまっている。

「…………サヨナラっス」

 網タイツがきわどいくノ一の服をマントで隠し、そのまま背を向けて最終ヒロインは走り去っていった。マントの撫子色が、灰色がかっていた気がした。

「あの子、寂しそうやったなぁ」

「そうだね…………」

 たぶん、最終ヒロインも、同じ心ならん人を求めているんだと思う。戦っていた時、私たちにうまく溶け込んでいた気がしていたのになあ……。

「あらー、仲違いはおしまいになったのね」

「まゆみ先生」「安達(あだ)太良(たら)先生!」

 良かった、良かったと頭をこくこくされる先生。

「古池の底にね、望みを叶える祠があるの。二人を案じてお詣りしたら、眠くなっちゃって。でも、神頼みはいらなかったみたいね」

 蛙の難があったが、それは黙っていておこう。しかし、寝起きとは思えない爽やかさだなあ。

「ごめんねー。私ってば、眠ってばかりで。お医者様には、ただの寝不足だって言われたんだけど、至って健康なのよね」

「医学では、説明できない……ですか」

「深刻にならないの、仁科さん。それにしても、ひもじいわー。カレーライスが食べたくなったわね。たまには、蛙のお肉にしてみようかしら。蛙が大量発生する夢を見たから、池の神からのお告げなのかもしれないわ」

 まゆみ先生以外、皆寒気がした。夢なんかじゃないんですけど、こちらはてんてこまいだったんですからね、んもう。

「肉ばっかだと、野菜不足になるぞアスパラまゆみっ」

「ふふっ、栄養の偏りにはもちろん気を配っているわよ。アスパラのベーコン巻きも捨てがたいと思っていたの。でも私の名前は、安達(あだ)太良(たら)まゆみ!」

 うう、食べ物の話を聞いていると、私もお腹が空いてきますよ。

「晩ご飯、何やろなぁ。ふみちゃんのお家は?」

「冷蔵庫残り物一掃祭り。ひじきか切り干し大根がついてたら、充分かな」

 ぷふ、と夕陽ちゃんの唇から空気が先走った。

「あはは、はは。ほんま、ふみちゃんて常備菜大好きやなぁ」

 修辞にこだわっていない単調な返事でも、彼女はめいっぱい笑ってくれる。私が探していたのは、私に必要だったのは、夕刻に浮かぶ陽のような、じんわりと染みわたる優しさなんだ。

 だから、私は、もっと話していくんだ。この笑顔が、続きますようにって。

「長いこと味わってきたんだもの、飽きるわけないよ」

 空には、ふたつの星が並んでいた。お互いをなぐさめあうわけでもなく、蹴落としあうわけでもなく、共に、それぞれの輝きをもって夜を飾ろうしているみたいだった。


 ― 本居(もとおり)夕陽(ゆうひ)、ついに本領を発揮! しかし、最終ヒロインの正体は未だ分からず ―

〈次回予告!〉

(ラブ・)宣教師(ミショナリィ)絶対(マキシマムザ)天使(ハート・)信奉者(ビリーヴァー)、最終ヒロイン見参☆」

「長ったらしいカッコつけ、見苦しいぞっ」

「黙るがいいデス。次回は、ワタシが軽やカニ、美シク戦う超スペクタクルストー

リー、ファン必見っスよ☆」

―次回、第五番歌 「檸檬ト絶対天使」

「げげー、厚顔無恥すぎて、ツッコむ気もおきねえ」

「へへ、みどりんニハ、シゲキが強スギまシタ?」

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