第四番歌:古池や 蛙巻き込む 黄のリボン(五)
五
「レッド、ごめんなぁ……」
友人についた土埃をはたいてやりながら、ゆうひイエローはゆっくりと言った。
「あ……あやまるのは、私の方だよ」
首を振って、ふみかレッドがぎこちなく答える。
「ごめんね、イエロー。私」
「厳しぃ言うてくれて、おおきに。うちのこと想うてのメッセージやったんやろぉ」
「うん。き、きっと私より強いから……自信、持ってもらいたくて、でも、私、うまく言えなくて」
「えぇんやよ。うちかて、真意を知らへんでカッてなってもろた」
「イエロー……」
「不器用さん同士やもの、伝わらへん時もあるわぁ」
ほんわかした笑顔を見せられて、レッドは安堵した。あの翳った哀しい笑みは、どこかへいったんだなあ、と。
「レッド」
「あ、はい」
イエローが、友の両肩に手をおき、頼もしい表情でうなずいた。
「ここは、うちに任せや。レッドは皆をよろしゅう頼むで」
「ラジャー!」
「ほな、いくでぇ!」
二人は、お互いの役割を全うするため、軽やかに一歩踏み蹴った。
―いざ、反撃開始。
主役のたすきを交代されて、蝦蟇が声を荒らげた。
《けろけろと 我が身を守れ 蝦かな!》
池から、木や草むらから、大きさ色合いの異なる蛙が顔を出した。捕らえた戦士らを監視していたしもべも、駆り出される。
蛙どもは、たちまちイエローを取り囲み、卑しく鳴きはじめた。しかし、イエローはうろたえることなく、両眼を閉じて記憶の海に精神を沈める。
蛙、かはづ、たにぐぐ。ニホンアマガエル、トノサマガエル、カジカガエル、アズマヒキガエル、ウシガエル、モリアオガエル、シュレーゲルアオガエルなどなど……。本朝でみられる蛙を、わざわざ揃えてくれはって。戦う相手とはいえ、敬意を表さなあかんなぁ。さて、知識をお店広げするだけでは、実践ていわへん。せや、親愛なるお友達が、思い切って行動に出ているように、うちも、動くんや。蛙の弱点、三竦み……決まった。戦法が定まれば、武器や、うちに持っているのは…………これや!
イエローは、頭の右側につけた飾りに触れて、朗々と武器の名を呼んだ。
「結び玉の緒!」
レッドの「ことのはじき」から着想した名は、かの国学者と同じ姓を持った自身にふさわしく思った。イエローに応えて、黄色いリボンがするすると伸びてゆく。
「名前はぎょうさんあれど、蛙なんは皆同じ!」
くねっていただけのリボンが、イエローの指揮により、とぐろを巻いてゆく。妖しくゆるやかに、そして凶暴性をはらませた動きは、まさに、蛇!
「恨み無念の脇差しよ、蛇躰となりて斬りむすべ! 松風の舞!」
黄色の蛇が、飢えを満たさんと蛙を手当たり次第にがぶ飲みする。蛙の円陣が、あれよあれよと欠けてゆく。掃除機で塵芥を吸い取るのに似た爽快さだ。
《ここかしこ 蛙出てこい 星の数!》
守りが薄くなり、蝦蟇は焦っているらしい。招集された蛙の数は、星の数には及ばぬものの、なかなかの多さだ。
《さあいかに これではさすがに 勝てぬまい》
「どうやろうなぁ」
リボンで作ったくちなわを遊ばせながら、イエローはゆったりと返事した。
「兵隊さんをうちに集中させたんは、ええやり方やないんとちがいますか?」
脂汗を垂らし、たじろぐ蝦蟇。なぜだろう、優しい物言いなのに、圧力を感じられたのだ。ちょいとつついただけで、べそをかきそうな可憐な乙女だと決めつけていたのが運の尽きであった。
「よっ、ボスガエル。往生する覚悟はできたかっ?」
「さんザン苦しメテくれマシたガ、チェックメイトっスよ」
「唐揚げに、してやる……です」
「おかげで、助けるのに充分余裕ができたよ」
《ななななな……》
後ろに回りこまれていたことに、蝦蟇はますます汗まみれになった。打ち負かした乙女達の、色とりどりの闘志がじりじり迫る。
「ヒロインチェンジ!! クノイチモード☆」
「説きふせろっ、儀御召蛇っ!」
騎士の姿を早技で忍者の格好に変化した最終ヒロインと、もけもけと這いずる蛇花火を点火したグリーン。狙いは、もちろん苦い汁を嘗めさせられた相手だ。
「カエルといエバ、口寄せサレるノガ定番デス、恥ヲ知るっスよ!」
逃げだした蝦蟇に、最終ヒロインの手裏剣乱れ打ちが追う。そのうち一枚が、裃の肩部分に刺さり、相手を動転させた。
「駟不及舌っ、その減らず口、封印してやらあっ!」
隙ができたのをこれ好機とし、グリーンの蛇花火が蝦蟇の頭に巻き付き、猿ぐつわの役目を果たす。これで、戦意をそぐ狂歌はもう詠めなくなった。
「…………」
ブルーが深き淵のような目で、じたばたする蝦蟇をじっくり見下ろす。二、三秒くらいして対象をわしづかみにし、しもべどもの中へ放り投げた。
「相当カチンときてタんスね……」
「青姉は、こないだ実験室に出たゴキを素手でつぶしたみてえだかんな。あーみえて大胆不敵なんだよ、おう」
「あはは、えらいたくましいことされてぇ」
「一番怒らせたらだめなのは、先輩かもなあ……」
機械みたいな印象の青き戦士も、やはり血の通った人間。時に情のおもむくままに行動することもあるのだ。
「さて、私もたっぷりお返ししたいわけだけれど」
「ことのはじき」の表面を親指でなでながら、レッドは池にひしめく蛙の谷を眺める。ふみかシュートは、とどめの一撃。この有様では、一撃はおろか百撃でも足りないだろう。
「手っとり早いやっつけ方がほしいところだよね」
「やったら、この場ごとシュートしてまえばええんやよ」
イエローがお茶目な笑みを浮かべて、人差し指をぴんと立てて言った。
「そっか!」
「せや!」
レッドとイエローがうなずきあう。グリーン達には、さっぱり分からなかった。仲直りしたみたいで良かったけれど、二人はいったい何を企んでいるのだろうか?
『疑いゆるがす やまと歌! ふみか・ゆうひコラボレーション!!』
その答えは、漢字二文字「共闘」。「結び玉の緒」が、どこまでも長く伸びて、蛙の大群を円く囲む。「ことのはじき」は、リボンの線に向けて弾かれる。赤い閃光が、黄色の帯を突くとあなあやし、蛙を閉じこめた大きな円が飛ばされたではないか。リボンが区切った空間を、おはじきが弾き飛ばして一掃する。ふみかレッドとゆうひイエローの絆で編み出された強力かつ協力の技であった。
これにて、古池の平和を無事守りきった……と思いきや。
《ふがふがふ……》
ぼろを被いて足を引きずる似非歌詠みが、生き残っていた。勝ちにこだわった行く末に、乙女らは憐れむほかなかった。
「ま、まだいたんだね」
「このけりは、うちがつけるわ」
イエローがメガネをぐっと上げて、蝦蟇と対峙する。
うちは、もう逃げへん。しくじることを怖れへん。考えてばかりの頭でっかちにはならへん。それから、努力は成功しても失敗しても、うちの財産や!
「疑うたらあかん、ゆうひジャッジメント!!」
たなびくリボンが、しわひとつ無く張り、蝦蟇を縛り上げた。イエローが、交差した腕を広げると、リボンが力いっぱい引かれて、蝦蟇は締めに締められ判決を下された。乙女の裁きは、血なまぐさい終焉ではなく、黄色い布吹雪が舞い散る終演だった。
池には、しばらくの間、蒲公英の花びららしきものが一面に浮かんでいた。幾度踏まれても立ち上がる野の花を模したそれは、ただのリボンの切れ端……いや、リボンの持ち主に咲く心であった。




