第四番歌:古池や 蛙巻き込む 黄のリボン(四)
四
「……お待たせ!」
息切らせて、ふみかレッドは古池に到着した。そこでは、グリーンとブルーが戦いに身を投じていたはずだった。
「………………!!」
愕然とするのは仕方あるまい、応援を求めていた仲間が捕らえられてしまっていたのだから。
「おう、赤。すまん、全滅しちまった」
「敗北……ですね」
「お先ニ援軍ニ来タんスけド、一歩及ばナカったデスよ」
皆まとめて(最終ヒロインも来ていたのか)、蔓で木にぐるぐる巻きにされて痛ましかった。さして酷い目に遭わされていなかったので、ほっとしたけれども。
間に合わなかったことを悔やんでなんていられない。今、やるべきことは。
「解放するよ!」
《待ちなされ》
池の真ん中より、蓮の上にきちんとお座りした蝦蟇が登場した。舞台に歌手がせり上がる様に似ていて、レッドは一曲聞かされるのか? とつい眉をひそめる。
《手をついて 歌申し上げる 蛙かな》
裃をつけた蝦蟇に、丁寧な挨拶をされるとかえって戸惑ってしまう。
「や、やっぱり歌なんだ」
カエルと音楽はよく一組にされるけれど、本当に歌うんだ……。気にはなるけれど、またの機会に―
「慎始敬終っ! そいつ手強いぞっ!」
「皆ミンナ、ソのボスキャラさんニ負ケタんデス!」
「マジでヤバいぞっ! あたしらの必殺技が全然効かなかったんだっ!!」
《えい黙れ》
ぴーちくぱーちく言いたい放題するグリーンと最終ヒロインに、たくさんのカエルが降ってきた。蝦蟇の手下なのだろう、命令に従い、一斉に二人の口をぬめりのある手足でぺたぺたとふさぐ。ちなみに、罪なきブルーは、流れ弾ならぬ流れガエルを受けて迷惑そうにしていた。なんとも気持ち悪い光景である。
《手をついて 歌申し上げる 蛙かな》
報道者に相当した明瞭な語りをする蝦蟇。カエルが人の言葉を使えることをすんなり受け入れてしまっているのは、摩訶不思議な現象に慣れて感覚が麻痺した果てか。再び発された台詞は、レッドへの挑戦を示していた。
「……負けない」
忠告を胸に、レッドはその勝負を受ける。赤と黒の格子柄が素敵な髪飾りを、手のひらに乗せ、もう片方の手はそれを弾き出す形を作った。
「やまと歌は、天地だって動かせる! ふみかシュー」
《歌詠みは 下手こそよけれ 天地を 揺り動かして たまるものかは》
レッドは、頭を撞木で突かれたような衝撃を感じた。体に力が入らず、そのままへたりこんでしまった。
「な、なに……こ……れ」
足元に、髪留め「ことのはじき」が軽い音をたてて落ちる。歌は歌でも狂歌一首で、技を阻止されたのであった。
「マジかよ、頼みの綱のふみかシュートがっ」
拘束された中、くっついたカエルをどうにか払いのけて、やっとこさグリーンは発言の自由を取り戻した。最終ヒロインもそれにならい、同じく発言権を獲得する。
「無効化以前ニ、戦意ヲ喪失サセまシタよ!」
「も、もう一回!」
しびれた身体に鞭打たせ、レッドは二度目の必殺技を撃つ。
「やまと歌は、天地だって」
《歌詠みは 下手こそよけれ 天地を 揺り動かして たまるものかは》
「うっ!」
蝦蟇の歌に、またも調子を狂わされる。全身が大笑いして、戦いたくても言うことを聞いてくれない。相手に踊らされることが、実に不愉快だった。
「やまと歌は!」
《歌詠みは 下手こそよけれ 天地を 揺り動かして たまるものかは》
「やまと」
《歌詠みは 下手こそよけれ 天地を 揺り動かして たまるものかは》
「やま……」
《歌詠みは 下手こそよけれ 天地を 揺り動かして たまるものかは》
「や」
《歌詠みは 下手こそよけれ 天地を 揺り動かして たまるものかは》
何度立ち上がっても、狂歌を詠まれて水の泡。悔しさがレッドのお腹の底でふつふつと沸いてくるも、反攻の原動力に変えられずにいた。
《諦めよ 試し続けても 同じ事 負けは負けよと 認めてさよなら》
「負けたくない……負けて終わりたくないよ……!」
逆らう手をようやく拳にして、地を叩きつけるのがやっとのレッド。日本文学課外研究部隊、初の黒星か。グリーン達も、不安に引き寄せられそうになっていた。
《悔しいか ならば最後に 詠んでみよ どうせ負けは 決まりよくわくわくわ》
手下どもの嘲笑いを浴びながら、レッドは「ことのはじき」を握る。そんなに勝利に確信が持てるのなら、詠ってやる。まだ、負けてなんかいない。撃てたなら、泣いて謝るがいい。
「やまと歌は、天地だって動かせる! ふみかシュート!!」
《歌詠みは 下手こそよけれ 天地を 揺り動かして たまるものかは》
ふらつきがやってくるのを、今度こそは耐えてみせんと踏ん張るレッド。私が負けては、後がないんだ。
「負けてたまるものか…………!」
《歌詠みは 下手こそよけれ 天地を 揺り動かして たまるものかは》
うわべだけの憐れみを込めた蝦蟇の歌が、レッドを苛ませる。歯を食いしばろうとするも、体ぜんぶに鐘の音が鳴り響いて、思い通りにいかない。
「ぐっ……………………………………」
もう少し……もう少しで、指を動かせたのに…………! 呪いとして利用された言霊が、赤き戦士を容赦なく縛りつけ、抗う術も奪っていった。もはや、勝機はどこにも―
「歌詠みは 下手も上手も 天地を揺るがす者ぞ 侮るなかれぇ!!」
清らかな鈴の音のような声が、古池に響んだ。真心が生みし、たをやめぶりの歌は、赤き戦士に降りかかった禍事を祓う。
「来てくれたんだ…………」
窮地を救ったのは、士の証である黄の装束を着こなし、髪に結んだ黄のリボンをはためかせ、黒き縁メガネの奥にかたく決意した瞳を潜ませた聡き乙女であった。をみなごらも、かはづ共も、息をのんで刮目する。
鬼神もあはれと思わせる黄の乙女は、かくのごとく名乗りをあげた。
「ゆうひイエロー、推して参上やぁ!!」




