第三番歌:奥山寮に猫又あり(四)
四
雲に混じりて、猫妖怪はおおっぴらに毛づくろいに勤しんでいた。人間の為すことを、解せぬとでも思っているのだろうか。命の果てを免れているゆえの動じなさであった。
「こいつの足を止められさえすりゃ、こっちのもんだってのに」
正確な弾丸、二度の必殺技をやすやすと回避する相手を、いかに弱らせるか。
「攻撃を、分散させる……です」
「範囲を広げろっつーのか? んなことできんのかよ青姉」
「花火に空気砲、おはじき、これでできることだよね……そうだ」
レッドが、何かひねり出したらしい。
「グリーン、花火ってあとどれくらい残ってる?」
「ボンバー二発はいけるぞ」
「ブルー、あの花火の着火のしかたは?」
「表面の、突起に、力を、加える……です」
「うん。けり、つけられそうだね」
いったいどんな作戦を描いたのか、グリーン達はきょとんとしていた。
「早く帰ろう、奥山寮へ!」
―いざ、反撃開始。
「おい猫又、悠悠閑閑っ、お暇乞いもそこそこにしとけっ!」
うとうとしつつあった猫又の元に、グリーンが威勢よく切り込んだ。目が合ったのを境に、しのばせておいた花火を存分にばらまいたのだった。
「そいやあっ!!」
白き空間に、常磐のあられが降る、降る。その風情に、猫又は丸き物にうっとりとして眺めていた。
「青姉っ!」
手を叩き合って、出番を交代。銃の後ろの目盛りを回して、
「送風モード、起動……」
引き金を数秒長押しすると、筒先から大量の空気が流れ出した。夏の体育館等で働いている大型扇風機に匹敵する風が、猫又へ吹きつける。
「風の音にぞ おどろかれぬる……ですね」
離れた所で、作戦の進み具合をみていたレッドは、次の攻撃に備えていた。そばではまゆみ先生が、おかしな状況の下でも構わずに眠りこけていらっしゃる。
「イエロー、危ないから先生といてね」
「うちかて……」
「?」
面を下げるイエロー。言いたいことが、あるの?
「……うちかて……、うちかて、戦えるんやったら…………」
「ど、どういうこと?」
「……何でも、あらへんよ」
栗色の波うつ髪を揺らして、イエローは日頃の和やかな顔をしていた。レッドには、その中に陰鬱さが含まれているように思えた。
「用意万端っ、どどんといくぞっ!」
「……です」
風を吹かせるのを止め、ブルーは目盛りを多く回転させて照準を猫又に合わせた。
「世の中よ 未知こそなけれ 質量いる! いおんキャノン!!」
圧力がかなりかかった巨大な空気弾が、逃げる隙を狭めてゆく!
「ぶにゃっ!!」
猫又、飛び跳ねてはみたが、気流に逆らえず押し出されてしまった。
「苦心惨憺っ、三度目の正直っ、打ち上げてやらあっ!」
残りの武器で、グリーンは最後の必殺技に入る!
「火すれば、花だっ! はなびボンバー!!」
爆発の花が、猫又へ咲き乱れるが、
「にゃん」
今度は見切れていたのか、ばねのように高く上がって後方へ退避した。
「かかったなっ」
「にゃにゃ!?」
猫又の足下から順に、玉が割れて光の粒があふれだす。粒はしだいに粗くなり、増えてゆくと一斉にはじけ飛んだ。パチパチ、パチパチパチ、ズドン!! 軽快な連打と重厚な激音が、いやというほど繰り返された。
「ぎゃにゃああああああ!!」
こなたかなたで起こる花火に、混乱する猫の妖怪。若々しい色の花園で踊り苦しむ様は、極楽に誘われたはずが罪を責められている絵図であった。
「わざわざまいた罠に、ハマってくれたもんだ」
煙をあおいで、猫又へと歩み寄るグリーン。花火がしぼんだ頃には、猫又がぐちゃぐちゃに丸められたぼろ毛布のようにくたびれていた。
「送風は、範囲を、拡大のため……」
手短に述べて、ブルーは最小限の動作で銃を収めた。
「キャノンでぶっ飛ばして、罠に近づいてもらって」
「緑さんの技で、誘爆させた……です」
「空気多めにして、燃えやすくしといたから、いい出来になったぞ。作戦成功だっ!」
見事、猫又の動きを抑えたり。ここまで運べば、すべきことは一つ。
「赤、シメは頼んだぞっ!」
「ラジャー!」
赤と黒のチェック柄が粋な髪留めで、取りを務める!
「やまと歌は、天地だって動かせる! ふみか」
「ヒロインチェンジ!! オキヨメモード☆」
レッドの必殺技より速く、「怪異退散」と記されたお札が、猫又の額に貼りついた。
『!?』
お札は火を発し、一瞬にして猫又ごと燃え上がった。害を与えるというよりも、清めるための炎だ。だって、猫又は悲鳴などあげていないんだもの。むしろ、求めていた温もりにありつけたようで、まどろんでいる。
「フィ☆ ナーレ!」
どこかからの声に応じるかのように、猫又は影だに残さず煌めきに包まれて果てていった。
電気を点けた時みたいに、白い雲による奇妙な空間が、あっさりと現実へと切り替えられた。変わったところを挙げるならば、私たちが寮の外に出されていたことだ。応接間を越えて、中庭に移動しちゃっていたらしい。スリッパごしに、草のにおいと、土の湿り気が伝わる。汚してしまったことへのお詫びを考えたいが、とてもそれどころじゃないね。私たち以外に招かれていた人がいたんだから。
「ソーリー、ごメンなサイ。おいしいトコロ、横取りシテしマイまシタ☆」
屋根の上に、着物の少女が見えた。妖怪に遭遇したばかりなのに幽霊ですか、と思いきや、ちゃんとした生身の人間だった。巫女服……なのだろうか。ハート模様の襟、レース付きの袴、本職にしては崩しすぎている。そうか、仮装しているのか。
「隠レ続ケルの、ガマンできナカったんデス。ソレに、ワタシが攻撃シタ方が、早カったんスよ」
実力に開きがあると示さんばかりに、巫女さんは大胆に言い放った。
「漁夫之利っ、セコい真似しやがって」
グリーンが、敵意をあらわにして巫女さんに指をさした。
「てめえ誰だっ! カッコつけてる前に名を名乗れ!」
巫女さんは、自信に満ちた笑みを浮かべて、発音よく自己紹介をしてくれた。
「愛の宣教師・絶対天使の信奉者、最終ヒロインっス☆」
最終ヒロイン。名前と、自らを表す色が伏せられた、素性の分からない人物。私は、彼女にいくつか訊きたいことがあった。
「あの、ヒロインってことは、あなたも、日本文学課外研究部隊に入っているの? どうして一緒に活動していないの? どうして姿を隠しているの? せめて顔だけでも、見せてよ」
「ソノ質問の山々ニハ、マダ、答えられナイっスね。でスガ、ノープロブレムっス。ワタシは敵デハありまセン☆」
ひとつに束ねられた長からむ髪と、撫子色の袴の裾が、風に躍らされる。最終ヒロインは、かたくなに秘密を守り通すつもりらしい。彼女のふるまいに関して、まゆみ先生は認めているのだろうか。というか、他に隊員がいることを教えてくださらなかったんだ。暗雲が立ちこめるみたいに、私の中でわだかまりができてゆく。
「ピンチの時は、いつデモどこデモ、天国の際デモ地獄の果てデモ見参しマスよ。
グッバイ☆」
黒髪の乙女は早々に別れを告げ、くるりと背を向けて、猫のように軽々と飛び降りたのだった。
「最終ヒロインっつーのか。気に入らねえやつだっ」
歯噛みして、思わぬ来訪者がいた場所を鋭く見つめるグリーン。
「ライバル……ですか」
「やけど、猫又さんを倒してくれたんですよぉ? 疑うのはあかんと思います」
ブルーと、イエローも、最終ヒロインについて考えるところがあるようだ。敵じゃないと言ってくれたのに、仲間だと信じたいのに、いまひとつ、ほっとできないよ。
「……部屋に、戻ろう」
雲が払われたということは、変な現象が終わったんだ。応接室で、和泉さん達が何事もなかったかのように待ってくれていると祈りたい。それと、まゆみ先生だ。眠りから覚められたら、訊きたいことが山ほどある。うまく話しかけられないかもしれないが、今日ができなければ明日がある。恥ずかしくても、声をかけてみなくちゃ始まらないんだ。
宵の空は、ひんやりとした風を呼んでいる。砂金のような小さな星が分かるほどはっきりとした空が、私にはとてもうらやましかった。悩みなんてどこにいったんだろうなあ、と自慢されているようで、さっさと明けてほしいとも思った。




