第二番歌:胸の奥にも Si・Ca(鹿)ぞ鳴くなる(四)
四
「坊主には、させないよ」
法力を使わんとする坊主に、ふみかレッドはその辺にあった絵札を素早く取った。
「呵呵呵。言行が違ひておる! 札を自ら差し出すとは、我々に従う事!」
「……それは、どうかな」
絵札を左手のひらに乗せ、ふみかレッドは慣れた動きでもう片方の手の親指と人差し指で輪を作った。
―古より、かく伝はるうちにも、平城の御時よりぞ、広まりにける。かの御世や、歌の心を、知ろし召したりけむ。
ふみかレッドが取った札は、勝負にて引き当てた、山鳥の尾と長々しき夜を詠んだ歌人だった。
「正三位、柿本人麻呂!」
坊主が声をうわずらせて、レッドの札に驚愕した。
「否、所詮は女の虚しき業よ」
あわてふためいて唱えなおす坊主へ、その札はレッドの右人差し指によって弾かれた。
―言の葉よ、花むすび、心を醒ませ!
「ことのはじき・花醒!」
歌の聖が、角を立てて坊主の顎へ命中した。
「ぬはあ!」
法力を披露できず、法師はひっくり返って動けなくなった。
「やったあ」
坊主一人、成仏成功―
「―と、思いしか」
成仏ならず。倒したはずだった坊主は、何ともなかった風に立ち上がり、
「喝!」
自分を痛めた歌の聖に、制裁を下したのだった。
「あ、ああ、人麻呂が」
頭を丸められ、歌の聖は、独り寝以上につらそうに札の中で座する。また、犠牲を出してしまった。
「次はどの者に施そうか」
人麻呂だけでは飽き足らず、坊主の法力が再び繰り出される。ふみかレッドのおはじきでは、歯が立たないのか。
「どうすればいいの……?」
窮地の赤きヒロインに、別の絵札が畳上を滑りこんできた。危うく見送ってしまう寸前で受け止めると、八重葎を詠んだ和歌の下で、萌黄の衣の僧がふんぞり返っていた。
「恵慶法師だ。でも、どうして」
「レッド、その札で再チャレンジするんやぁ!」
「イエロー!?」
お坊さんを傷つけたくないと拒んでいた仲間が、力を貸してくれた。レッドは、言われるがままに、恵慶法師を弾くことにした。
「もう一度、花醒!」
天霧る雪に紛れて降る花のごとく、術に専念する坊主へ札を当てた。
「ややや!!」
と坊主は叫びをあげて、札を残して、煙となり消え失せた。
「た、倒せた?」
「思った通りやったわ」
「え、何、どういうこと?」
「よう見て」
ゆうひイエローが、ふみかレッドに分かるように十二枚の札を表にして並べた。朱、柿色、黄土、縹色などの僧衣を着た坊主が描いてある。
「あのお坊さん達は、安達太良先生の百人一首のお坊さんなんや」
まゆみ先生のかるたが、転生した坊主と一致している? レッドは札の絵と、坊主達を注意して見比べてみた。
「ぴ、ぴったりだ」
「着物の色で、絵札とお坊さんを合わせてみたらどないなるんやろて思たんや。せやけど、消えてまうてなぁ」
「そっか」
対応する札を当てていけば、坊主を追い払えるんだ。
「ありがと、イエロー。やってみるよ」
持ってきてくれた坊主の札をもらい、レッドはぞろりと並ぶ僧達の前へ出た。
「侮れぬ、侮れぬぞ」
たじろぐ代表の坊主もとい、唐紅の衣・大僧正慈圓。他の坊主も、余裕だった表情が崩れている。押すなら、今だ!
「どんどんいくよ!」
ぼんやりしている、山吹色の僧・良暹法師と、鶸色の僧・能因法師へ、花醒! 虚をつかれて二人の坊主は、息を呑む前に煙となって後の世へ旅立った。
「連続攻撃、二聖やね。あざやかやわぁ」
イエローに褒められて、レッドは照れくさくなった。これは、人麻呂と赤人にお礼をしなくちゃ。
「守り浅し」
「しまった!」
レッドの背後に回って、歌人達の髪を削いでいたのは、黄蘗の僧衣に袖を通しし、俊惠法師。はらりはらりと出家させられた人々の札が、彼の周囲に降ってゆく。
「不意打ちは、許さないんだから」
哀しみを抑えつつ札を弾き、俊惠を成仏させる。あんなお騒がせ法師らに「坊主百人一首」を完成させてなるものか。官人と姫君の個性は奪わせない。ふみかレッドは、それ一筋に戦っていた。んもう、訳が分からないよ! 現実に出てきてまで暴れないで。やりたい放題するのなら、文学の中だけでやって。まったくもって、はた迷惑すぎるよ!
「其方も受けてみるか!」
「はう、はわわ!?」
坊主の一人が、イエローに迫りくる。レッドは直ちに仲間の元へ駆けた。靴下の生地が滑りやすいけれども、逆に速くいける。
「イエローに近づかないで。ことのはじき」
「あかん、レッド!」
どうして止めるの? イエローの意図がつかめなかったのが、だめだった。坊主が、いやらしく笑っていたのだ。
「阿呆め。はまりおったか」
私たちの周りを、坊主達が囲んでいた。そうか、イエローに法力をかけるふりをして、おびき寄せたんだ。
「我は六歌仙の一、遍照」
「同じく、喜撰」
「真木立つ山の、秋の夕暮れ。寂蓮」
「しぎたつ沢の、秋の夕暮れ。西行。尚、右の者、定家殿、我の詠みし夕暮れは『三夕』と云ふ」
「秋を限りと、見む人のため。素性」
「あはれしぐるる、神無月かな。我が名は道因」
ご丁寧に名前と作った歌を教えてくれた。どの人も、講義で耳にしたことがある名うての者だ。
「ひやぁ……レッド、怖ないの?」
「六歌仙と三夕か。面白い」
怖くない。怖くなるわけなんて、全然無い。むしろ、こういう状況になったことに、ありがとうと言いたいぐらいだ。異なる時代に生きていて会えないはずの人達が、和歌という場で相まみえる。そして、現代に生きる私たちも、和歌を介して仲間入りできる。だから、文学は好きなんだ!
「また会った時は、友達になれたらいいよね!」
坊主ってば、面食らっているよ。実は私も、びっくりしている。こんなに口達者だったっけ。ともかくも、今は、あなたたちを文学の世界に帰してあげなきゃいけないんだ。わがままは勘弁してほしいの。だから、また会おうね。
「ことのはじき・六花閃!」
着物の色を間違えないよう慎重に、かるたと坊主を合わせてゆく。まとめて来られたのなら、こちらも一気に迎え撃ってあげなくちゃ。聞こえがよかったので、名前を拝借させてもらったよ。
「六枚の札を同時に弾く、花醒の複数対応版か。しかも、飛ぶ方向はどれも違てる。レッド、なんで、どこにそんな力があるんや?」
力か。ただの特技だったものだよ。私はね、イエローが思っているほど、強くなんかないんだ。適当に物を弾いてみたら、できる技が増えていっただけ。格闘技の達人でもないし、超能力を備えているわけでもない。私にできるのは、認めたくはないけれど……おはじきなんだよ。
「残るは、三人か」
円陣を打ち破った向こうに、大僧正慈圓、蝉丸、前大僧正行尊が立ちはだかっていた。
「覚悟してもらうよ」
三枚の絵札を重ねて、左の手のひらに。即座にやっつけられる準備は、既にできている。降参するんだったら、さっさとしてよね。
「此で勝ちと思ふなよ……」
狂犬のようにうなる行尊。この期に及んで、諦めていないとは。
「往生した方が、身のためだと思うんですけど」
倒して楽にさせよう。レッドは、行尊の札を一番上に置き替えた。
『覇!!』
花醒を放つより早く、坊主の一声がかかった。それから寸の間もなく、いづこからか金に輝く線が現れて、レッドとイエローの体を回り込み、しっかりと巻き捕らえた。
「何、これ!?」「動かれへんわぁ!」
『此は、秘術・不動の縄。縛られし者は、術者の我々を倒さぬ限り、二度と抜けられぬ』
法師らよ、奥の手をしのばせていたのか。詰めが甘かった。
『呵呵呵、勝利は我々に有り! 皆、坊主にして奉る!』
坊主達の笑いが、耳ざわりで腹立たしい。まゆみ先生ではないけれど、剃り杭を引きちぎってやりたくなる。負けたくない。でも、逆転の機会が無い。もはやこれまでだというの? 嫌だよ、嫌だ!
私は臆病者です。卑怯者です。ふみかさんたちを助けようと動くことができない、どうしようもない人間です。懐かしい和歌を探し求めているだけ。あちらで百人一首を守ろうと、坊主と必死に戦っているのにもかかわらずです。
「あった…………」
世の中よ 道こそなけれ 思いいる 山の奥にも 鹿ぞ鳴くなる
八十三番、元素番号ならばBi、皇太后宮大夫俊成。いわゆる藤原俊成です。この人は、坊主ではありません。
この世には、つらさから逃げられる道などない。思いつめて山の奥を訪れても、悲しい鳴き声が聞こえるばかり。そうですね。私は、家の名を背負わされて、化学の道を進んでゆきました。しかし、それは、作られた道であって、本当の道ではなかったのです。それでも、私は後悔していません。むしろ、途中からですが、私の意志で進んでいました。なぜ……………………?
お祖父さんは、私に何と言いたかったのでしょうか。
「よく聞きなさい、昔の人からのメッセージだよ」
あの時、私は、お祖父さんに古い書物を見せてもらいました。そして、お祖父さんは次のように、力強く言いました。
「原子見ざる歌詠みは、唯音のことなり!」
お祖父さんは、開いたページに、そのように書いてあったかのように言いました。ですが、遠い昔の人が、私の名前を知っているはずがありません。そう、正しくはこのように書いてあったのです。
源氏見ざる歌詠みは、遺恨のことなり
私が逃れたかったのは、化学ではなく、苦しみを作りだした仁科の家、だったのです。しかし、私は化学を苦しみと混ぜこぜにしていた、化学を、原子を見ていなかった。私は、化学の世界を見ずに、苦しいものだと決めつけていたのです。現在まで、私が化学を学んでいる理由は、ひとつ。お祖父さんの言葉が、私の心に残っていたから。
お祖父さんは、私に「何事も楽しんでやりなさい」と言いたかったのでしょう。形見の本に、一枚の紙きれがはさんでありました。薄い青色で、金や銀の粉が散りばめられていました。そこには墨で和歌が一首、書かれていました。
しがらみは 心に出づる 幻影なれば 歌学で化学を 夢見よ唯音
初めてページを開いた時は、解釈が出来ませんでした。いいえ、解釈しようとしなかったのです。私にはお祖父さんの和歌を読む資格は無い、それは私がお祖父さんを死なせてしまったから。ですが、今になってやっと分かったのです。
自分を縛りつけるものは、自分の心が作り出した幻だよ。君は自由だ。
素直に好きなことをやりなさい、唯音。
お祖父さんは、最期まで私を励ましていたのですね。なのに、私は長い間、しがらみを作っていた。お祖父さん、ごめんなさい。今度は、文学を見ていませんでした。私は、文学が好きです。化学と同じくらい好きです。自分の気持ちに、嘘をついていました。もう、言い訳はしません。ですから、お祖父さん、俊成様、どうか私に勇気をください。文学が好きだといえるための、あと少しの勇気を。そして、私に、文学と向き合わせてくださった、あの方々を助けるための勇気を……………………!!
ふみかレッドの働きもむなしく、かるたに住む人々の髪は、剃り杭残らずきれいに削がれてしまった。彼女は、惜しくも歌人を守りきれなかったのだ。坊主の術で縛りあげられたレッド、イエローは言の葉ひとつこぼせずに、惨めに散らされた札を見ているしかなかった。
「本願成就しき!」
筆頭の慈圓が、喜色満面と天井へ向けて大いに笑った。一度この世を去った者の、望みに対する執着。かつて仏門に入っていたとは思えない。
「次は、いづれの百人一首にせむ……」
「待たれよ」
欲が出た慈圓に、蝉丸がしわがれた声でゆっくりと制した。
「未だ成らず。一人残りたり」
蝉丸の袖が、ある所を指し示す。レッド達の右斜め後ろ、いおんブルーが隅で背を向けて正座していたのだった。目は見えなくとも、超常の感覚でとらえられるらしい。
「あの禁色の女が持てるか」
ブルーが絵札を手にしていると、慈圓が気づくやいなや、行尊が煮えたぎった湯のように荒れ狂い、足を踏み鳴らしてブルーの元へ攻めこんだ。
「女もろとも御櫛下ろして奉らむ!」
「や、やめて!」
レッドは術に抗おうと、両腕をがむしゃらに動かした。イエローも、レッドを真似て不動の縄を抜けようと試みる。
ブルーを助けなきゃ! あかん、ブルー先輩逃げてぇ! あがいても、あがいても、縄はさらに身を締め付け、疲れさせる。骨折りだとしても、じっとしていられない!
「喝アーッ!!」
刀を表したと思われる印が、ブルーの頭のてっぺんへ力強く振り下ろされた! のだが、
「ふがっ!?」
術をしかけたはずの行尊が、跳ね返されたのだった。まるで、見えない拳で殴られたかのように。
「此の女、何を以てか我を退けし!」
レッド達は、初めは行尊の言っていることが分からなかった。しかし、ブルーに目を向けてみてその意味を理解した。
彼女は、三角形を二つ組み合わせた物を握っていた。小型のドライヤーか? いや、違う。これは、武器だ。
「百人一首は、皆で楽しむ……です」
おもむろに立ち上がったブルー。武器を持っていない手の人差し指と中指には、ある絵札が挟んであった。
「其の札、もしや」
慈圓がブルーの札に刮目する。
「定家殿の父―、皇太后宮大夫俊成殿か」
俊成は坊主を前にしても、堂々と座っている。たとえ岩が転がってこようとも、氷柱が降ってこようとも、冷静に物事を受け止めてやるという度量と名判者の風格が、重々しく放たれていた。
「お祖父さんが……教えて……くれた…………、そして……まゆみさん……赤さん……黄色さんが…………、再会させて、くれた…………………………………俊成さま……です」
一滴ずつ抽出されてゆく、ブルーの思い。美しく流れてはいないし、彩る飾りはないけれど、レッドとイエローには伝わっていた。拙くても、自分で表現した言葉は、聞く人の胸を打つのだ。
「どうしたら、いい……?」
指示を仰がれ、イエローはずり落ちていた眼鏡をあげた。
「ご説明します。このお坊さん達は、かるたと連動してます。お坊さんと同じ姿が描いてあるかるたを合わせれば、お坊さんは消えます!」
「…………」
ブルーは頭をゆったり揺らし、
「ラジャー……です」
武器を握りしめた。波の無い、玲瓏たる瞳の水面には坊主がくまなく映っていた。
―いざ、反撃開始。
「虚仮にさせまじ!」
怒りを燃やした行尊が、次は負けまいとブルーへと猛進する。
「過つな!」
慈圓が暴れる仲間を追う。
「我ともろともに、あはれに散らさむ!」
汗を顔面いっぱいに噴かせて、行尊は長い呪文を唱え始めた。
「ブルーを、助けなきゃ」
光の縄に抗い続け、レッドの周りにわずかな隙間ができた。
「届いて!」
ようやく手を抜きだし、レッドは、しびれをこらえて坊主のかるたをブルーへと弾いた。彼女の願いを聞いてくれたかのように、かるたはブルーの元へ飛んでゆき、受け取られた。
札を託されたブルーは、レッド達に「まかせて」とまなざしを向けた。宵闇の湖面に、陽光がさしてゆく。きれいで、憂いのない目だ。
「……………………」
青の乙女は、詠唱に精魂を捧げる法師に、銀色で塗装された武器の引き金に指をかけた。
「世の中よ 未知こそなけれ 質量いる! いおんキャノン!!」
淡い青みを帯びた空気の塊が、武器の口から発射された。空気の塊は、いつのまにやら坊主の絵札を取り込んで、渦を巻きながら行尊と慈圓にぶつかっていった。
『だアアアアアッ!』
二人の坊主は容易くねじふせられ、白い煙をあげて大往生した。
「あ、あれ空気銃だったんだ」
「ドライヤーやなかったんやなぁ……」
いおんキャノンが起こした風で、藤紫の紙片が吹き上がり、舞っている。紙片は裏返り、歌人の姿を見せては畳へと着く。百人一首が、ブルーに感謝の意を表しているのだろうか。その中で、彼女の前に札が一枚、ひらりと落ちてきた。
「俊成さま……?」
書かれている和歌は、百人一首・第八十三番、確かに俊成のものだ。だがブルーには一瞬、その札に祖父が描かれているように見えた。あの世から俊成の絵姿を借りて、会いに来てくれたのだろうか。
「お祖父さん…………」
もう、お膝に乗せてもらって物語を読み聞かせてくれないけれど、昔の人の言葉を教えてはくれないけれど、完全にお別れしたわけではない。お祖父さんは、文学に生きている。ブルーは、しかと実感したのだった。
「〽これやこの 行くも帰るも 別れてはア~」
残された盲目の法師が、琵琶をかき鳴らしはじめた。
「知るも知らぬもオ~ 逢坂の関エェ~キイ~」
ひとまず歌い終えたところで、レッドとイエローを拘束していた不動の縄が光の粒となって分解されていった。
「ふえ、術の効き目無くなったん?」
蝉丸は、イエローに答えもせず間奏に入った。
「ううん、終わりにするつもりなんだと思う」
未だ御髪を下ろされていないのは、俊成ただひとり。そして、冥土へ送り届けられていない坊主は、蝉丸ただひとり。おそらく、次の一撃をもって決着をつけようとしている、とレッドは推し量っていた。血迷って音曲を奏でたのではなかった。彼は、潔くこの場を締めくくりたいと望んでいるのだ。
「ブルー、俊成をしっかり守っててください」
私が出る。レッドは弦を振るわせる蝉丸法師との勝負を受けてたった。
「赤さん……」
ブルーを後ろに下がらせて、レッドは一旦、深呼吸をした。それから目を閉じて、暗闇を作りだした。
琵琶の音が、無防備な体にこすりつけられてゆく。琵琶は、老婆のしわがれた声だ。学の浅い年下の者を、厳しくも愛情を持って説教しているみたい。幼い頃、近所に住んでいたご隠居さんを思いだす。はしゃぎ回っていた私を「おんなごは、おしとやかにせんとならんぞえ」といつも叱っていたっけ。口うるさくて、初めはうっとうしいなと嫌っていたが、本当は嬉しかった。人格を持った、れっきとした人間としてみてくれたから。
懐かしさを誘う、繊細で深い音。蝉丸は、ずっとこの真っ暗な所で音楽を聞かせていたんだね。坊主めくりでは、出てきてほしくないって遠ざけていたけれど、ごめんね。坊主だって、皆に好かれたかったんだよ。だから、百人一首をすべて坊主にしたかったんだ。単純に、悪い人達だと決めつけていた。これじゃあ、正義の味方ごっこと言われてもおかしくないよね。
「けり、つけさせていただきます」
まぶたを開き、レッドは髪に留めていた赤いボタンを外した。
―私の魂に、言の葉がひとひら。あの人のものだ。百人一首にも選ばれ、女性になりきって最も古い日記文学を著し、帝の命により和歌集の編纂にも携わった人。ごく、ごく平凡な私が口にしてもいいのかな。ううん、ためらってちゃだめだ。言おう、とるに足らないものだとしても、私は信じている。言の葉が持つ、強さを!
「やまと歌は、天地だって動かせる! ふみかシュート!!」
赤のパッチン留めへ、ありったけの力を込めて弾く!
「あはれ、ひとつ覚えの技よ」
対して蝉丸は、音曲をやめて、撥をおはじきの方へ投げた。
「う、打ち消された」
赤い軌跡が、途絶えた。撥はむなしくも狙い通りレッドの髪留めに命中し、蝉丸に届かずに撥もろとも畳へ落ちていった。
「降参せよ。其方は敗れたり」
「負けてなんか、いないよ」
レッドは、諦めていないどころか、希望に咲き乱れていた。
「はて? …………ハッ」
己の懐に、絵札が当てられていたことに気づいた蝉丸。
「南無、無念!」
ボワンという音と共に、琵琶の名手は立ち上る煙として、浄土へと帰された。
「ブルーが教えてくださらなかったら、どうなっていたことやら」
必殺技を発動する前、ブルーが私を呼んでいた。ほんのちょっとの間、蝉丸が撥の持ち方を変えていたことを、視線で伝えてくださったんですよ。おかげで対策がとれた、というわけ。
「視力は、常に二.〇……です」
なるほど、通りで正確な銃さばきができるわけなんですね。
「おはじきにかるたを隠しておいて、時間差で弾いたんやね。技ありやなぁ」
隠し題ならぬ、隠し札だよイエロー。
不思議がる 巧みな技に おどろきて けぶりと消えぬ 琵琶法師かな
素人ながら一首詠んでみたけど、本来の隠し題というのは、歌の中に内容とは関係しない語を隠すという技法なんだ。ほら、一句目と二句目に「か(が)るた」が隠れているでしょう。こんな風に、隠し題の中で、ひと続きに言葉を隠しているものを「物名」というよ。
まあ、和歌のお話は、そこそこにして。
「終わったんだね」
十三人の坊主を倒し、和室に平穏が戻った。気味の悪かった静けさは幻だったかのように、賑やかな足音と話し声が聞こえている。官人達、姫君達の大切な髪は、この一件が終わり元通りになっていた。遊んでいた時よりも温かみのある表情で、やむごとなき身を落ち着けていた。
「あらま。レッド、ブルー先輩」
イエローが、これ見てみと手招きした。
「坊主の、札……ですか」
「あ、笑ってるよ」
全員を坊主にしてさしあげようって暴れ回っていたけれど、心が晴れたんだ。これからは、かるたの中で安らかに過ごしてね。
「…………うーん、んん……、はあー」
三人の背後で、えらく響く声がした。
「ま、まゆみ先生」
わ、忘れてた。それにしても、たいそう遅いお目覚めで。腕を持ち上げて、凝りをほぐそうと伸ばされているところ申し訳ないんですけど、眠り過ぎじゃあないですか? 私たちの苦労も知らないで。
なのに、先生ときたら、
「坊主百人一首で坊主めくり? トランプだったら、ババ抜けないババだらけのババ抜きじゃないの。遊びにならないわ」
と、おとぼけた事を仰ったのだった。




