ー最終防御形態ー
レイル視点です。
どれだけ魔力感知をしても特に怪しいところはない。
強いて言うなら王弟の周りに魔法を嗜んでいるものが多い気がするくらいだ。
別におかしいほどでもないから、指摘することもできない。
「とりあえず大きな獲物を狩って、早めに戻ろう」
ルベルスはそう言ってラリマーと共に森の奥へ。
俺は言われた通りお茶会の開かれている広間の付近に行った。
今回俺はスラマカタ辺境伯子息としてこの大会に参加しているので、形式上は王子と敵同士だから問題ない。
目に付いた鹿を2頭と猪を1頭狩ったから、成果としても問題は無いはず。
《どーぶつさんいっぱい狩るんだねぇ》
「うん。これで冬のためのお肉を保存するんだそうだよ」
《人間は食べなきゃいけないものい〜っぱいあって大変だね〜》
他の人に見られないようにアピスは髪飾りから出てきていない。
普段アピスが寝床にしているラピスの髪飾りを今回、俺が胸元にしまっている。
近くに特に人はいないから会話くらい問題ないだろう。
《レイル!!》
突然アピスが叫んだ。
俺も同じく気づいた。
ピリッとした気配が突然空気を走ったのだ。
振り向けば、先程まで何も無かった森の上に巨大な黒雲が立ちこめている。
ただの雨雲なんかじゃない。
魔力でできた真っ黒な雲だ。
「やっぱり狙いはラピスか!」
慌てて馬の手網を翻し、駆け出そうとした時だった。
白と紫のように見えた稲妻が雨雲の真下へと、轟音を立てて落ちる。
思わず目をつぶって、そして気配を察知する。
「っ、魔獣?」
この森に魔獣はいない。
それはここ何年も、そしてもちろん先程までも。
それが突然、離れていても感じるほど大量に発生したことがわかる。
お茶会の側で、まともに戦える相手のいないあの場所に魔獣の群れが発生した。
陽属性を持つラピスとライラはきっと大丈夫だろうが、他の人たちが危ない。
「嫌な気配だよな。ごめんな、それでも走ってくれ」
前へ進むことを嫌がった馬の首を撫でて落ち着かせる。
馬は繊細な生き物だから森の変化にすぐに気づいたのだろう。
馬は少しだけ抵抗をしたあと、俺の指示に従って全速力で駆け出してくれた。
この馬はとても優秀だと、ルベルスが言っていた理由がわかる気がする。
《みんな恐がってるみたい》
「そうだろうな」
《レイル、こっちにもたくさん向かってきてるよ!》
「あぁ、分かってる!!」
茂みを抜けた先に、明らかに普通の獣ではない黒い影。
腰の剣を引き抜き、手網を引いて少し左に逸れると先程まで走っていた空間に大きな影が飛んできた。
あのまま真っ直ぐ走っていたら、馬の首と俺の首が無くなっていただろう。
初めて見る大型の猫みたいな魔獣。
ーーグギャゥゥゥゥウ!!
声が割れているような、2つの音が重なっているような唸り声を上げて俺たちとの間合いを図っているようだ。
こんなのと遊んでいる場合じゃない。
ラピスはともかく、ライラがまた無茶を仕兼ねないから、早く行かなくちゃいけないのに。
「邪魔だ。退いてくれ!シャズマ・フェスト!!!」
獣の影が無数の蛇のように沸き立ち、抵抗させることなく沈んでいく。
魔法の乱用は出来ないが、まだ大丈夫だ。
飛んでくる獣たちを剣でなぎ払いながら、相棒の馬に影を纏わせて鎧のようにする。
有り余っているラピスの魔力をアピスが少量ながらに送り込んでくれて、まだ大丈夫だろう。
少しだけ木々が晴れてきて、俺は広間に飛びこんだ。
「ライラ!すまない遅くなった!」
綺麗に着飾っていたワンピースの裾がビリビリに破かれ、整えられていた髪も乱れていた。
力ない令嬢たちを中心に、その周りをメイドや執事、そして騎士たちが囲んで身を守っている。
団長に教えてもらった最終防御形態!
「レイル!」
人間相手では一網打尽にされるだろうが、知能の低い魔物相手ならば防御には向いている。
恐らく指示したのはライラだな。
それに大人しく従う若い騎士団たちには見覚えがある者ばかりだった。
ひとまず魔法で障壁を築こう。
そして、ルベルスたちの応援を待つしかない。
ストックがそろそろ怪しい…。