馬鹿ばかり。
「うわぁぁああ!!魔獣だ!」
ローゼ様の言葉を遮って聞こえた悲鳴。
目をやれば、配置されていた騎士にいつか見た狼型の真っ黒い獣が襲いかかっているところだった。
突然のことに他の騎士が持ち場を離れて、仲間を助けようと剣を抜く。
おかしい、この森は首都の後ろに広がる森なのだ。
魔獣はかなり昔に掃討されているはず。
ここ50年は目撃例すらなかったのに。
「ライラ!」
ガチガチになっていた緊張とは別の緊迫感。
けれど、こちらの緊張では動けるようで、ラピスがぎゅっと腕にしがみついてきた。
どうする?と言った感じで見上げてくる。
「ライラさん、ラズ姫、貴女方はひとまず馬車の方へ!そちらのほうがすぐに逃げられますわ」
「いいえローゼ様。多分無理です」
森育ちのおかげか私はそこそこ耳がいい。
混乱の中聞こえてくる獣の声。
襲われている騎士も助けようとしている騎士も、この少しだけ開けた広場にいる人間全てが魔獣たちに囲まれている。
「きゃぁぁ!」
悲鳴が上がった方を見れば、パニックになった1人の令嬢が少し下った所にある馬車置き場へ行こうとして、そこから飛び出してきた小さめの鳥の魔獣に襲われそうになっていた。
「ルシェナルト」
見える範囲であれば魔法は発動できる。
鳥の魔獣を一撃で仕留めて私は周りを見渡した。
ローゼ様も囲まれていることに気づいて、さすがに顔色が悪い。
「みなさん!広場の中心へ集まって!貴族もメイドも騎士も関係ない!急いで!!」
団長直伝、団子になれば守りやすい!
叫びながらこういう時スムーズに動けない人間に腹が立つ。
仕方ないとは思うが、盗賊団のみんなはすぐに動いていたから、ついつい比べてしまう。
せっかく用意されたワンピースだったが、仕方ない。
隠し持っていた小型ナイフでスカート部分を切り裂き、破り捨てる。
とりあえず動きやすくなった。
「ライラさん?」
「ローゼ様誘導をお願いします。囲まれているからこそ、中心に集まって守りを固めた方がいい」
軽く運動出来る靴を履いているから裸足にならずに済んだ。
不幸中の幸いかな。
普段履いているヒールとかだと脱ぐしか無かっただろう。
魔法はあまり使えないから、剣で対応するしかない。
「これ、借ります」
先程狼に襲われていた人の腰から剣を抜き取り、ついでに茂みから飛び出してきた魔獣を切り殺す。
その人を連れて中心へ、と指示をすればさすがに訓練慣れしている騎士たちは迅速に動いた。
ほかの騎士たちも私の考えが伝わったようで、逃げ惑う人たちを守りながら中心へと集まっていく。
「何してるのよ!その剣は飾りなの!?さっさと道を開けて私を家へ返して!触らないでっ!私を誰だと思っているの!!」
パニックになるとだいたい頭が悪くなる人がいる。
この人、資料にあったパーティ壊しのご令嬢だ。
侯爵の身分を振りかざしてやりたい放題。
先程のお茶会でもなにかと私に突っかかってきていたな。
どうでもよくて去なしていたけれど。
「セレンディバ侯爵令嬢!今は非常事態です!中心へ行ってください」
「なっ!貴女何様のつもりなの!?私を誰だと」
「あの輪に入ってくれないと守れないでしょう!貴女が誰かなんて今はどうでもいい!魔獣がそんなこと気にして襲ってくるとお思いですか!?」
「だ、誰に向かって説教をっ!姫君のそばに居すぎて鼻が高くなりすぎたんじゃありませんこと?」
あー、めんどくさい。
鼻が高すぎなのはアンタだよ。
折ってやろうか?
物理的に。
その時だった、私たちの言い合いに気を取られている騎士の向こう側で熊型の魔獣が出現していた。
真っ直ぐこちらへ向かってくる。
ちょうどいいタイミングだ。
「右へ転がって!」
私の掛け声に騎士の人は反射的に転がってくれた。
熊は獲物を一瞬見失ったあと、すぐそばにいたセレンディバ侯爵令嬢へその牙を剥く。
文句言いたそうに眉尻を上げていた令嬢が、恐怖に引きつった顔をしているのを内心で少しだけざまぁみろと思った。
私は熊の爪が彼女にギリギリ届かないところでトドメを刺す。
「分かりましたか?今、外へ出るのは危険です。死にたくなければ指示に従ってください。貴方も、令嬢を連れてあっちへ」
騎士に頼んで私はその場を離れる。
今まで見たことも無い大きくて獰猛な獣と大量の血を見たことで、令嬢は放心しているようだった。
騎士がそっと手を貸すと大人しく輪の中心へ向かっていく。
「ライラ!すまない遅くなった!」
「レイル!」
既に何体か殺したのだろう返り血を浴びたレイルが、馬に股がったまま森から抜けてきた。
これでとりあえずここは守れるだろうと、ほっと胸を撫で下ろす。
ライラは結構脳筋タイプだと思います。