盗賊団に助けられました?
しばらく歩き続けていると、突然霧が晴れて拓けた場所にたどり着いた。
拓けた場所の中心には大きな焚き火がある。
そしてそれを取り囲むように切り株や簡易的な椅子が置かれ、子どもや女の人、腕っ節の強そうな男の人たちがいた。
さらにその周りにはしっかりとしたテントが張ってあり、女子どもが居なければまるで軍隊の野営地のよう。
「おうレイル、ライラ、シャンス、お疲れさん。見たところ成功だな」
その中でも一際恰幅のいい男の人が、大きな切り株に座ったままこちらへ来いと手招きされた。
眉上から頬にかけて大きな傷跡があり、色黒で、重そうな鎧を上半身にだけ装備している。
「さて、そこの嬢ちゃん名前は?」
強面の顔で凄まれて怯む。
人を見た目で判断しては行けないと教えられてきたけれど、さすがにこの人は怖い。
この場所にいる人達全員がこちらの動向を探るように見ていて、何か間違えたら再び私は恐ろしい目に合うかもしれない。
「え、あ、えと…ら、アピスです」
「アピス、アピスねぇ。そうか」
とりあえず名前は答えておく。
ふむふむと言った様子で何やら納得したように、空と私を交互に見られた。
そしていきなりバシンっと自分の膝あたりに両手をつけ、その勢いで立ち上がる。
「よし、野郎ども!宴だァァ!」
「「「うぉおぉおおおお!」」」
はい!?
強面だった男の人は満面の笑みで拳を天高く突き上げ、それに合わせて周りの人も騒ぎ始める。
助けてくれたシャンスもわーいとにこやかに宴の輪の中に入っていった。
「初めましてだアピス。俺はこの盗賊団の団長のフェヒターってもんだ。まぁ、盗賊団つっても無闇矢鱈にやってる訳じゃねぇからよ」
ほれ、と差し出された大きな手はマメや傷で、お世辞にも綺麗とは言えない。
ただ周りの様子を見るにこの人は悪い人ではないらしい。
流されるまま握手をすると数回振り回されたあと、肩を組んで宴の席の1つに座らされる。
「嬢ちゃんは肉は好きかー?これ美味いぞ!」
差し出されたのはなにかの肉を串に刺した1品。
形は歪だけれど香ばしい良い匂いがしている。
「ほらほらお嬢さん、怖かったろう?疲れただろう?これ飲みな〜」
あまりの大きさに思わず目がいく豊満な体つきの女性が甘い果実の匂いのする飲み物を差し出してくる。
大変だったろう、と抱き寄せられ頭を撫でられるが、正直羨ましいと思うその体に嫉妬しそうだ。
「それにしてもお姉さん、綺麗な髪の毛だねぇ!」
いつの間にかそばに来ていたシャンスが、私の腰まである髪の毛をクルクルとしている。
そんなシャンスに豊満なお姉さんが手刀をいれる。
「こぉら!男がそんな風に簡単に女の髪に触るもんじゃないよぉ。髪は女の命なんだからねぇ」
「いったぁい!だってだって銀髪って珍しいじゃん!それに所々金色が混じってて、宝石みたいに輝いててさぁ!」
宝石という言葉にドキリとした。
私はパッと見銀髪なのだが、ところどころに金糸のように金が混じってる。
目にかかるように伸ばした前髪で目を隠しているのは、この目のせいで厄介事になったことがあるからだ。
夜空のような、宝石のような、『星の瞳』と呼ばれる目。
「だってじゃないんだよぉ。だめなものはだぁめ。ほら、謝んなぁ」
「お姉さんごめんなさい」
「う、ううん!大丈夫だよ。気にしないで」
叩かれた頭を抑えて、涙目で見上げてくるシャンス。
触られただけでそんなに怒る理由もない。
よしよしと頭を撫でてあげると落ち着いたのか、えへへと笑顔を向けてくれた。
「おう、お前らちょっと外せ」
レイルとライラと呼ばれた2人と何やら話していた団長さんが急にこちらを振り返った。
シャンスと豊満なお姉さんはすっとどこかへ行ってしまう。
ふと気づけば、見計らったかのように周りに人がいなくなっていた。
「さて、ちょいとお話しようか」
大きな瓶を片手に私の近場にある切り株へ腰を落ち着ける団長さん。
あんまり悪い人じゃないのは分かったけど、迫力があるからやっぱりちょっと怖いな。
「アピス俺はな子どもが好きでな、親にこき使われてる子どもとか奴隷として働かせられているやつなんか見ると、可哀想で可哀想でなぁ」
「そう、なんですね」
「隣国は奴隷制度なんかねぇのによ、うちの国は人間ですら金になると考えてて、俺は情けねぇのよ」
手に持ってる瓶、もしかしてお酒かな?
団長さんは目頭を抑えている。
泣き上戸…?
「口で言うほど発言力もねぇ、言えるような地位でもねぇ、自慢できるのは腕っぷしだけでな。だったらもう盗んで育ててやればいいじゃねぇかと思ったんだ俺はァ」
すごくぶっ飛んだ発想だな、と思ってしまったけれど、確かに思うだけで出来ることは少ない。
盗むのは悪いことだけど、それで救われる人がいるのなら必ずしもこの人たちが悪とは言いきれない、かもしれない。
「ここにいる連中はほとんど身寄りのないそういう奴らなんだ。随分と余計なことを言ったけどな、本題はここからよ」
「え、あ、はい」
「お前さんには帰る場所があるか?」
「…あるにはあります、けど…戻り方がわかりません」
ミスティ大森林で間違いなさそうなこの森は、隣国だ。
国境にはもちろん厳重な警備が敷かれていて、私一人では到底帰ることなど出来ない。
「あの、私はエルトリン王国から連れてこられたんです。ここは、ローグレン大帝国ですよね…」
ローグレン大帝国。
三代前の皇帝から急激に力をつけて、大陸一の大国となった国である。
今は女性が皇帝として国を治めており、最初こそ周りの国が女帝を甘く見ていて痛い目にあったと聞く。
そんな国に私は誘拐されたようだ。
「エルトリンか。うーん確かにそれは厳しいだろうなぁ」
精霊が多いローグレン。
魔法が盛んなエルトリン。
大陸の中でも大きな二国は、お世辞にも友好的とは言えない関係である。
お互いに国境警備が特に厳しいところだ。
「なぁアピス。随分と雑にはなるが帰れる方法はある。まぁ、ちょびっと?怪我くらいするかもしれんが」
片目を閉じて指先でちょこっとを表現する。
私は団長さんの発言に瞠目した。
だって、森の中の盗賊が国境を越えられる術を持っているなんて思いもしないじゃないか。
確かにミスティ大森林はかなり広範囲で、エルトリンとの国境付近から、ローグレンの首都が見えるくらいまで広がっていると聞くけれど。
「俺もこんな偽善者ぶってるわけだから、さっさと帰してやるよ!と言いたいところなんだがな…ちょいと取引しねぇかい?」
「取引ですか…?今、私が渡せるものなんてないですよ」
「おう、今じゃなくていいさ。どうだ?乗るか?」
拒否権がないのを分かっていて、ニヤリと笑う団長さんはやっぱり悪い人かもしれない。
何を請求されるか分からないけれど、今は乗るしかない。
ゴクリと生唾を飲んで気合を入れる。
「レイルとライラ。あの2人を護衛につけるから、そのままあの2人を引き取ってくれねぇか?エルトリン王国のラピスラズリ姫さんよぉ」
団長のフェヒターは『剣士』です。