ー兄と妹と王子と姫ー
今回はルベルス視点です。
『星の瞳』を持った妹はみんなから大事にされていた。
父も母ももちろん兄である俺も可愛い妹を愛していた。
限られた使用人たちも同じく可愛がっているようだった。
問題が起きたのは妹が5歳の時。
「にぃさま!とぉたま!見て!みてみて!」
妹の手に居たのは緑色の球精霊。
精霊はエルトリンにはあまりいない。
だから父も俺もこの精霊はどこから来たのだろう?と首を捻っていた。
母が精霊に好かれやすい質なのもあって、それが妹にも遺伝したのだろう。
最初こそ、その程度にしか思っていなかった。
「にぃさま、あのね、見ててね」
小さな妹に連れられて庭園に行った時、1輪の薔薇に妹が手を触れ、そして魔力を込める。
するとそこから赤色の球精霊が生まれたのだ。
衝撃的な光景だった。
「見てたー?すごい?ねぇにぃさま?」
きゃっきゃっと笑う妹は愛らしいが、その時ばかりは褒めるという考えは起きなかった。
精霊は隣国ローグレンの特定の場所でしか生まれないはず。
どうしてこの子の魔力から生まれるのか。
こうして父と母と数人の使用人たちだけで『病弱なラピスラズリ姫』の存在は世間から隠すことになった。
『星の瞳』を持つものはかつての精霊王しかいないと知ったのは、ようやく見つけた古い文献の中。
「ルベルス!!ラズがいない!」
事情を知っている幼なじみのラリマーが部屋に飛び込んできたのは数日前のこと。
いつものように過ごしていたはずの妹が城から忽然と姿を消した。
魔法の痕跡を辿ると転移魔法が使用された形跡があり、どうやら何者かに誘拐されたらしい。
そんな慌てふためく北の塔に静かな声が響いた。
「ルベルス。ラリマーと共にスマラカタ領に向かいなさい」
冷静に口を開いたのは母上。
母上の言う場所はローグレンとの国境にある辺境伯領だ。
母上は度々こうして助言をくれることがある。
なんでも夢を通して未来を察知する能力があるらしい。
この国では珍しい精霊に好かれ、占い師のような力を持つ不思議な人。
普段はとても優しくて綺麗な自慢の母。
俺は何も疑うことなくその指示に従い、大事にしない為にも視察という名目で辺境伯領を訪れた。
そして見つけた。
「ルベルス、起きろ!」
最近は叫んでばかりだなラリマー…。
ラリマーは幼い頃から俺たちと共にいる。
だから俺と同じくらいラズのことを可愛がっていた。
ちなみに婚約者候補だったりするのだが、ラズに想い人が出来なければそれでも構わないと言っていた。
生意気である。
ようやく妹を見つけたというのに、再び振り出しに戻ったようだ。
「おい、お前そこで何してるんだ」
少し億劫な体を起こすとラリマーが、黒髪の少年を怒鳴りつけている。
赤黒い蝶が魔法陣を展開した時、彼はとっさに何かを詠唱して妨害しているようだった。
今、俺たちは国境にある通称『黒の森』を見渡せる丘の上に投げ出されている。
少年はラリマーの声など聞こえないと言った風に黒の森を見下ろしていた。
「おい!」
「魔物が大量にいる。ライラとアピスが危ない」
アピス、とは妹が名乗った偽名だ。
なんとも捻りがないけれど、そういう所も愛らしいところ。
なんて考えてる状況では無い。
この森が黒の森と呼ばれる理由は、昼間でも木々が生い茂っていて光をあまり通さないからだ。
夜である今は尚のこと。
つまり上からではどこに何がいるかなんて分からないはずなのに、少年には見えているようだ。
「どうして分かる?」
「…俺とライラは特別だから。口で説明するのは難しいけど、とりあえずわかる」
人について書かれた本でそう言った感覚的共有の話を見た事がある。
例えば親子、双子、恋人。
繋がりの深い人物に何かが起きた時、それを察知することがある勘というものだ。
黒髪に藍色の瞳。
兄妹だろうか?
「場所を教えろ!すぐに助けに行く」
ラリマーは随分と焦った様子で少年に詰寄る。
少年は未だに座り込んだまま森を睨んでいて、その横顔には汗が滲んでいた。
「なぁアンタ、流魔法は使えるよな?」
そんな少年がラリマーを見上げてそう言った。
ラリマーは熱魔法の使い手だが、他の魔法も使えないことは無い。
と言ってもある程度のレベルだが。
この少年は魔力感知がとても高いらしい。
「あ、あぁ。少しだけなら」
「飛べるならそれでいい。今から2人のいる場所をここからでも分かりやすくしてみる。ただ俺とライラは魔力量が少なくて、俺はもう限界なんだ。絞り出すから絶対にライラのことも助けてくれ」
ラリマーが一瞬不愉快そうに眉を顰めた。
ラリマーの仕えるべき相手は国王で、どこの馬の骨ともしれない少年に指図されるのは不快なのだろう。
それとラズのことを1番に考えてしまうのは当然のことで、約束はできないと思ったのか。
「ラリマー、今は非常事態だ。お前なら2人同時に助けられるだろ?」
「状況も見えないのによく言ってくれる…。やるしかないんだやるよ」
赤と青の瞳は仕方なさそうに、しかしはっきりとした意志を持っていた。
少年が後ろで1つ大きく息を吐くと、集中するように目を閉じた。