異世界転移の錬金生活406 アイドリング
セミ等の鳴く虫はどう登場させるか。
当然だが、森に行けばひっきりなしに虫の声が聞こえる。
夏のセミたちの声や、秋口になればスズムシなんかの声が聞こえる。
鳥類の声に混じってうるさいぐらい鳴いている。
ただ、こういう無音の文章では表現が難しい。
そのうえ、声は聞こえど姿は見えずを地で行く状況である。
指向性のある声を出しているため、どの辺にいるかはなんとなくわかるが。
おっさんの注意力の問題ももちろんある。
あと、おっさんが歩いていると、明らかに大声で鳴き始める。
聞かせようとしているとしか思えない。
一度そういう状況で、おっさんも前世の歌を歌ったことがある。
虫たちがそれに調子を合わせて声を挙げだす。
輪唱のようになって、大変気分がよかった。
孤独だったおっさんにとっては、結構大事な体験だった。
この紹介が今になってしまったのは、上記の表現の問題である。
まあ自分の当時の感慨がちっとも伝わる気がしない。
泣くほど感動したのだが、やっぱり伝わりそうにない。
おっさんが孤独に一人歌いながら歩いているビジュアルが、いかにも痛々しい。
ちょっと恐怖で声が震えているのが、尚更痛々しい。
無音の文章だと、よけいこっけいさが増すばかりである。
笑ってほしいわけではない場面で、笑いを取ってもしょうがない。
森の深部では気持ちが臆していかないように、実はこういう工夫が必須である。
深い森の暗がりは、冗談抜きで神様か妖怪でもいそうな迫力なのだ。
うわん、とかいう正体不明の存在が、前世の妖怪譚でいた気がする。
あんなの耳元でいきなりやられたら、腰を抜かしてチビる自信がある。
まあ、以前のボツネタを引っ張り出してお見せしている。
今はピクシーちゃんがいるし、グレゴリーズがついてくることもある。
つまりこういうことを意識することもなくなった。
だからこそ今出さないと、もう出すチャンスは二度とない。
しかし当然だが、こういった虫たちがいなくなったわけじゃない。
不安な時期を支えられたおっさんも、忘れたわけじゃないのだ。
しかし、キモチワルイ系変態が、こういう話をする気恥ずかしさがある。
なに気取ってんだよ、と思っただろ。
こんな話をするぐらいなら、普段のエロ話でもしていた方が気が楽である。
しかし今少し我慢して聞いていただきたい。
こういうちょっといい話というのは、思った以上に自分にはきつい。
キレイなわけでもマジメなわけでもないダメな人には、きつい。
しかし、あったことはあったこととして話していくしかない。
ピクシーちゃんが、ある日セミの抜け殻をもってきた。
ピヨピヨいっているため、おっさんに相談があるようだ。
ピクシーちゃんのいっていることは、いまだに自分にはわからない。
そのまま飛び立ったため、とにかくついていくことにした。
飛んでいる存在を必死で追いかけるのは、ミツバチさん以来だ。
そんなことをぼんやり考えながらついていった。
セミの抜け殻のことは、そのうちに意識の外へ行った。
おっさんは最近、物忘れが激しい。
もともとバカだったとか、そういうことはいわないでください。
ミツバチさんの時よりも、よっぽど遠距離を追いかけた。
そのうちにピクシーちゃんは空中で停止して自分に振り返った。
ピヨピヨ結構大声で自分に呼び掛けているようだった。
その瞬間、セミたちの大声が辺りを埋め尽くした。
すべてが結構な圧力でもって、グンと自分に向かってきた。
おっさんはすべてを悟った。
おっさんは唇を湿して、返礼の歌を返そうとした。
何を歌えばいいのかわからなくなった。
頭が真っ白になりながら、おっさんは号泣した。
昔見たテレビの女性アイドルが賞をもらい号泣しているシーンを思い浮かべた。
思い浮かべたものと自分とのギャップがひどくて、泣きながら笑った。
笑ったおかげで、何か歌らしきものを歌いだすことができた。
そのあとは、素晴らしい輪唱が森を包んでいた。
ピクシーちゃんは、嬉しそうに大声でピィヨピィヨ歌っていた。
ああ、そうか。
アイドルっぽいのは彼女だなあ。
おっさんは、ぼんやりとそんなことを思って彼女を見つめた。
まあ、なんだ。
そんなことが、あった。
恥ずかしい。
自分としてはとても気恥ずかしい体験をした。
なんとなくセミの抜け殻は大事に倉庫にしまった。
もちろん、おっさんに無駄に歌の才能があったりはしない。
ご多分に漏れず、前世でのカラオケが苦手なしがないダメ人間である。
歌っても、盛り上がってもらえた経験すらない。
あ、うん、みたいな微妙な空気が流れた後、例の操作パネルをいじられる。
下手すりゃ、そのまま席を外される。
だからこそ、おっさんは異世界で初めていい思いをした。
もちろん、ピクシーちゃんが企画した催し物だというのは理解している。
でもおっさんは泣くほどうれしかったのだ。
そしてそれ以上に、これは自分のキャラ的には相当厳しいなと思う。
おっさんのキャラは女性アイドルに群がって光る棒を振り回すキモイヤツだろう。
ああいう人たちをバカにするつもりもないが、おっさんは経験がない。
だからどんな気分がするものなのか、よくわかっていない。
しかしピクシーちゃんと付き合ってるうちに気持ちがわかるようになってくる。
どうも、そんな気がしてならない。
おっさんは、純粋な気持ちでエヴァを探したいだけなのに。
そもそも純粋な気持ちって、なんだろうな。
そこには深い闇が広がっていないだろうか。




