異世界転移の錬金生活327 本ワサビの園
気がつくと、非常に爽やかな風が頬をくすぐった。
う、この匂いは。
非常に懐かしい香りが辺りに立ち込めている。
ひょっとしなくても、これは。
ワサビだ。
これは本ワサビの香りだ。
気力体力とも最悪の状態だったが、この香りのおかげでちょっと回復した。
水の流れる音がチョロチョロと聞こえてくる。
必死で起き上がり、辺りを見回す。
ピクシーちゃんが心配そうに自分を見ていた。
グレゴリもいるが、こっちは辛そうだ。
顔色が悪いし、寝不足の雰囲気である。
相当ここまで強行軍で進んでいたのか。
そんなことよりこれは、本ワサビの群生地が広がっている。
清澄な気があたりに漂い、清流が流れ続けている。
爽やかな風がワサビの香りをあたりに発散させている。
新拠点ヨシオ並みの非常によい雰囲気である。
ここはどのあたりだろう。
グレゴリに聞いたが、いまいち要領を得ない。
やはりろくに寝ずに、強行軍を続けてきたようだ。
まあ、ピクシーちゃんは把握している。
来たければ、おっさんの気力体力を犠牲にすればいいことだ。
ただ収穫物を輸送したければ、どうしても下を歩くしかない。
グレゴリがたどってきた道のりは非常に大事だ。
帰りながら、簡易宿泊所をコツコツ建設していくべきだ。
グレゴリには非常に負担をかけるが。
だって本ワサビだぞ。
自分は今世で出会えるなんて期待していなかった。
醤油にワサビ、魚の刺身などを食べたきゃ必須である。
鼻がつーんとするあの感じが、非常に懐かしい。
それに、今世で本ワサビは解毒薬扱いではないか。
解毒ポーションの原料という言葉が、頭に浮かぶ。
ピクシーちゃんがここへ連れてこようとした理由もなんとなくわかった。
ただな、本ワサビ味のポーションて、相当ヤバイな。
味を工夫して飲みやすくしないと、むせまくってしまいそうだ。
でもおっさんは湧き上がる情念を抑えられず、生えているワサビを収穫する。
口に入れてかみ砕く。ツーンと鼻に懐かしい感覚が襲う。
涙が止まらなくなった。
号泣である。
グレゴリはそれを不思議そうに見ている。
お前、ニギハヤヒじゃないのか。
本ワサビを見て、その薄い反応はなんだ。
宇宙人には、このよさがわかりませんか。
当然、別れた時より荷物の嵩が減っている台車に、積めるだけ積んだ。
辛そうなグレゴリには悪いが、早急に帰還の旅を始める必要がある。
当然、収穫した本ワサビの鮮度のためである。
解毒ポーション作りを本格的に始める必要がある。
まあ、本ワサビのためのおろし金を作るのが、まずは重要だけど。
本格的なものはサメの皮膚を使うんだったか。
海の魔物とガチバトルか。
ムリに決まってるだろ、そんなもん。
まあ、セオリツさんの謎織物でそういう性質のものを準備しようか。
みんなわかってくれるよな。
おっさんはワクワクが止まらない。
さっきまで体調が最悪だったのに、本ワサビのせいでいい気分だ。
ピクシーちゃんはおっさんが明らかに喜んでいるのを見て、嬉しそうだった。
ただ、ピクシーちゃんはおいしいものと思っていない雰囲気だ。
この後は何度も何度もおっさんがギブアップしたり、グレゴリがギブアップしたり大変だった。
年寄りの冷や水というヤツである。
まあ、グレゴリに関してはそもそも寝不足な中、必死で頑張っていたしな。
情けないのはやっぱりおっさんの方である。
身体を鍛えないと、本格的に皆さんについていけなくなりそうだ。
そういうわけで結構な時間をかけて、新拠点ヨシオへ帰還した。
グレゴリーズは、大歓迎してくれた。
クマの親子やミツバチさんも出張ってきた。
ピクシーちゃんは挨拶もそこそこに自分の新巣箱に戻っていった。
クマの親子とともに。
その日は、みんなでこの新たな成果物を使った料理を作りまくった。
やはりカグヤさんはわかってくれて、涙ぐんでいた。
やっぱり醤油には本ワサビね。
海魚の刺身が欲しいわね。
冗談抜きで和食の創造をしたのは、この人なのではないか。
ああ、コメがいる。
本ワサビの味わいから、おっさんは強烈にそう思った。
海魚の刺身にあう穀物なんて、コメ以外ない。
醤油と本ワサビが鉄板の組み合わせだからこそ、味の完成にはコメがいる。
炊き立ての真っ白なコメが。
後日ピクシーちゃんは改めて、おっさんたちを自分の新巣箱に招待してくれた。
ちょっとずつおしゃれポイントを増やしているのが彼女らしい。
新巣箱の中から嬉しそうに自分たちを見上げて、静かに笑った。
玉座に収まった女主人のような貫録を感じた。
ミツバチさんの歓迎の舞と、クマの子供のじゃれ合いと。
一幅の絵画のような色彩の見事さ、楽しげな雰囲気がそこにはあった。
おっさんは改めてこのプレゼントは正解だったと感じた。
グレゴリーズは、また新巣箱に整備と手入れを始めた。
移動させるにはやはり重量がネックよね。
お神輿にある肩で支えるような棒でもつけるか。




