あくまでアクマは良魔にこだわる112 お良さん
自分はどうもお良さんが好きだ。
この方はいわずと知れたわが妻であり、ホノカというドラゴンである。
三十歳のとき、五月にキョウでとうとう出会ってしまったのだ。
すぐにテラ田屋の女将、お登勢に預けた。
八月一日すぐに祝言をあげてしまって困ったものである。
キョウの話だから内々だ。
先年、ライ三樹三郎、ウメ田源次郎、ヤナ川星巌、カスガ潜庵などの、有名な書生太夫が朝廷のお為に世の難を被ったものがあった。
その頃その同志であったナラ崎将作という医師が、それも近頃病死されたが、その妻と娘三人、息子二人が残された。
その太郎はすこし頭がよくて、次郎は五歳、長女は二十三歳、次女は十六歳、三女は十三歳になった。
もともと十分裕福に暮らしていたので、花道、香道、茶道などはしていても、全く飯炊き奉公することはできない。
一体医者というものは一代きりのものだから親が死んでは親類というものもない。
たまたまあるのは、その虚に乗じて、家道具などめいめい盗んで帰っていく位だ。
当時は家屋敷はじめ道具自分の着物などを売って、母や妹を養っていたようだ。
けれどもついにどうしようもなくなり、めいめい別れ別れ奉公することになった。
十三歳の女はことの外美人で、悪者がすかしてシマバラの里へ舞妓に売られた。
十六歳になる女はだまして母にいい含めさせ、オオサカに降ろし女郎に売られた。
五歳の男子は粟田口の寺へ奉公に出された。
それを姉が悟ったことで、自分の着物を売り、その銭をもちオオサカにくだる。
その悪者二人を相手に死ぬ覚悟で、刃ものを懐にしてケンカ致し、とうとう、あれこれ文句を言う。
「そちらがだましてオオサカにつれ下った妹を返さないと、命もこれきりだ。」
悪者が腕に彫り物しているのを出しかけ、ベラボーグチにて脅しかける。
「女あああああ、ヤツ、ブッ殺すぞ。」
元よりこちらは死ぬ覚悟だったので、とびかかってその者の胸ぐらをつかみ、顔を強かになぐりつけた。
「殺し殺されに、はるばるオオサカに下ってきた。それはおもしろい。殺せ殺せ。」
さすがに殺すというわけにはいかず、とうとうその妹を受け取り、キョウの方へ連れ帰った。
信じられないことだ。
かのキョウのシマバラにやられた十三の妹は、年端もゆかぬので差し迫った気遣いはないとして、今はそのままだ。
それはさておき、去年六月モチ月亀弥太らが死んだ時、同志の者八人ばかりも皆戦死した。
その前にこの者らは、今の母娘に大仏の辺りに養って隠され、女二人に飯炊きしてもらっていた。
その騒ぎの時、家の道具も皆、幕府の取り締まりで車に積み取って帰ったので、今は活計もない。
その娘は母と知足院という亡父の寺に行き、養われているが、日々食うや食わずで実にあわれな暮らしだ。
このあとどうなったか、また次に話す。
右の娘は、誠におもしろい女で月琴をひく。
今はそんなに不自由もせず暮らしている。
自分はわけあって、この娘、十三の妹、五歳の男子を引き取って人に預けている。
また自分の危うい時よく救ってくれたこともあり、万一命あればどうにか面倒をみたいと思う。
この娘、乙女姉さんに対して真の姉のように会いたがっている。
乙女姉さんの名は諸国に知れ渡っていて、良魔より強いという評判だ。
なにとぞ帯か着物か、ひとつこの娘にお遣わし下さるように内々に願い出る。
この度のお願いの用事は、乙女姉さんに頼んだ本、春猪さんに頼んだ本。
それに乙女姉さんの帯か着物か一筋、是非お送り今の娘に遣わしてください。
今の名はお良といって、自分に似ている。
早々尋ねたが、生まれた時に父がつけた名だそうだ。
三十一歳のとき九月九日、乙女姉さん春猪さん宛てにこのような手紙を書いた。
これ以外にもいろいろお願いしているがこっぱずかしいので割愛する。
するったらするのである。
知足院というのは青蓮院の金蔵寺の住職、夢覚である。
まあ、本人はスクといっていたが。
どうもタケシウチノスクネというのはヤツのことらしいぞ。
ホノカというドラゴンは、見た目人間の子供のようなヤツだ。
歳は不明で文字通りの龍女である。
つまり、どういうことだってばよ。
母弟妹がいるのは本当だが、血のつながりがあるのかは疑わしい。
かわいそうな境遇の子供たちを多く保護してきたのかもしれない。
いろいろあったようである。
あと彼女が強いのは、肌で感じるもので充分わかった。
前世からの自分の女房だということも、肌で感じた。
なぜ寒気がするんだろうな。
この浮気者といわれているような気がするのだ、なんとなく。
あとはこれをついでにあげておく。
二十九歳のとき、八月十四日に送ったものだ。
考えてみると佐那子さんのことを乙女姉さんに報告していないことに気づいた。
婚約したことになっているのだから、いくらなんでもマズイ。
長刀順付はチバ先生より越前老公へあがり入ったときのお申し付けで書く。
この人はお佐那という。
本当は乙女といっていた。
今年二十六歳になった。
馬によくのり剣も余程手ごわく、長刀も出来、力は並みの男子より強く、例えばうちに昔いたギンという女の力量ばかりもあるようだ。
顔かたちはヒラ井より少しいい。
十三弦の琴をよくひき、十四歳の時皆伝されたようだ。
そして絵もかける。
心映え大丈夫で、男子など及ばない。
それにいたって静かな人で口数は多くない。
まあまあ今のヒラ井ヒラ井。
のろけやがって、とかいわない。
そもそもこの人、アラクネのミユキなんだろ。
絡新婦とかいって、ホノカもちょっとこわいのだ。
彼女と会って話していると、大抵あとですねる。
キョウでもエドでも自分は決して暇ではない。
今はコウベ海軍塾も廃止されてしまい、皆とともにキョウのサツマ藩邸にかくまわれている状態だ。
女房だの妻だの嫁だの、色っぽい現地妻遊戯を楽しんでいる場合ではない。
自分でも何やってんだと強く思う。
ただ不思議と大丈夫だという気がするのだ。
むしろ黒船の商売としての運送業をやるにはこれからだという気がする。




