あくまでアクマは良魔にこだわる106 タケチ半平太
自分はどうもタケチ半平太さんが好きだ。
自分が二十一歳になったとき、タケチさんが安政地震で失い新築した自宅に道場を開き、百二十人の門弟が集まった。
例の熱狂の渦の中にいる人たちである。
自分もお祝いに駆けつけて、ある人を紹介された。
オカ田以蔵というヤツだ。
やや暗い目つきが気になるヤツだった。
独特の雰囲気を漂わせていて、身のこなしは油断もない。
コイツは強いな、と一発で理解した。
それとタケチさんの身辺を取りつかれたような目つきで見張っている。
心底心酔しているのが、はたからも分かった。
ストーカー、うっ、頭が痛い。
わからん単語が頭に浮かぶ。
どうもこういう瞬間があって自分は油断できない。
それともう一人、気になるのがいた。
中オカ慎太郎と名乗るヤツだった。
タケチさんも頼りにしている有能なヤツらしい。
目端の利くようなヤツなら自分も唾をつけておこう。
ヤマ本琢磨、イケ内蔵太やらモチ月亀弥太なんかは、近所の親類や知り合いだ。
知り合いがいるとちょっと安心する。
それにひそかに黒船を操る人員を集めるためにも、人脈はいるだろう。
得意ではないが、これからは意識的にこういう交流をしておこう。
資金の問題はおそらくそう簡単には解決しないだろう。
なのでそれ以外に必要な要素は、今のうちからコツコツやるのだ。
タケチさんには悪いが、攘夷だろうが何だろうが、協力してもらうつもりだ。
まあ、結果攘夷につながれば、何でも問題はないはずだ。
時点がややずれるだけで、理解させる時間はあるだろう。
尊王に関しては、現時点で本気でいっているヤツがどれぐらいいるのか。
倒幕ということになるはずだが、具体的な資金はどうするつもりだろう。
武力も今のままでは、アメリ国の黒船に一掃されてしまいそうだ。
日本としては、アヘン戦争の二の舞だけは、何としてでも避けねばならない。
いちいち以蔵がこちらをうかがう目つきがイヤだ。
むう、タケチさんに話しかけるヤツをいちいちにらんでいる。
タケチさんもあんなヤツを身辺に置いていて、足元をすくわれるぞ。
ただ、ああいうヤツも必要なのはわかる。
その年の十二月四日父が亡くなり、翌年の二月に兄の権平がサタ元家を継いだ。
どうも年末年始が、葬儀やらなにやらであわただしい感じになる。
ちょっと象山さんが投獄されたことを思い出した。
このときもひどく号泣していたため、周囲からバカにされた。
ああ、そうそう、例の夢によれば、乙女姉さんはクマのミカだそうだ。
千鶴さんの子である、春猪さんと直が、それぞれミナ、サノの兄弟らしい。
どうも彼らの堂々とした佇まいは、確かにクマっぽい。
気になっているのだが、前世の自分の周囲は、妙な生き物が多すぎないか。
当世でも周囲にきっちり配置されているのは、誰かの悪意なのかな。
跡継ぎの議をしっかり終えたサタ元家は安泰となり、それがいい方に作用した。
二十二歳になった自分はエド行きを藩に許され、八月になって二回目のエド剣術修行へ出発した。
九月にタケチさんらとともにエド到着し、例のツキジの中屋敷に寄宿した。
相変わらず狭苦しいうえに、タケチさんが今はいる。
おつきの以蔵も相変わらずで、気物騒である。
ゲンブ館の向かいにあった定吉さんの道場は、オケ町に移っていた。
まあ、佐那子さんとの関係性は、ちょっと緊張感を勝手に孕みながら進む。
気の強い、いい女だ。
汗のいい匂いがするし胸も大きい。
いかんいかん、絡新婦に喰われるとか縁起でもない。
しかし周囲はそうは見ない。
ありゃ夫婦のようだ。
佐那子も満更でもなさそうだ。
鬼をもらってもらえるように、周囲で協力していこう。
聞こえるように皆にいわれる。
気になって稽古どころでなくなりそうなので、重太郎さんに手合わせを頼んだ。
指導をしてほしい、できれば交代してほしい。
逆効果だった。
あっさりと勝ってしまい、その場でオケ町チバ道場塾頭にされた。
このとき、二十四歳になっていた。
よければもらってくれといわれて、定吉さんから長刀兵法目録を受ける。
免許皆伝となった。
わかっているよね、なにがいいたいか。
無言の圧力がそうとうキツイ。
佐那子さん、モジモジしないでくれ。
自分には前世より約束した許嫁がいるんだ、いや割とマジで。
夢に出るホノカとかいうドラゴンは、時々ひどくすねるのだ。
顔色がひどく悪いこともある。
そうだ、時間的には前後するがついでにいっておこう。
昨年の八月だ、前に書いたが従兄弟のヤマ本琢磨がバカをやった。
エドで盗みを働き、捕まった。
このままいくと切腹沙汰となったんだが、タケチさんらとともに逃がした。
やっぱりあの以蔵というヤツは手練れだ。
ごまかしきれていないってか。
いや、そうか。
じゃあ、とっておきの爆弾もあるぞ。
今年四月に、井イ直弼が幕府大老に就任した。
一バシ慶喜公派を退けて、トク川家茂公を将軍にした。
アメリ国と条約を勝手に締結して開国を強行し、反対派を弾圧しだした。
安政の大獄が始まっちまったわけだ。
ヤバイことになったわけだ。
ヤマ内容堂公率いるトサ藩も他人ごとじゃない。
なぜかっていえば、容堂公も一バシ慶喜公派だからさ。
自分もそれを受けて、今年九月に二回目のエド遊学を終えトサに帰国と相なった。




