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第4節 Memoire:孤独

 ――どうしてこんなことになっているんだろう。


 父と母の遺体を引き取るために立ち寄った業者が帰っていくのを、詩凪は棒立ちで見送った。袋に詰められ、担架に乗せられて運ばれていった両親。最期の表情は殺されたときのまま歪められていて、作業の間、詩凪はそれをずっと見ていた。そうすれば、何があったのか分かるのではないのか、とそんな期待を込めて。

 結局両親の死体は何も語ることはなく、警察官によって運び出されていった。検視のためだ。間宮が希望を出した。詩凪も同意した。

 全ては、事の真相を探るため。


「お嬢様」


 冬空の下いつまでも立ちすくんでいる詩凪に、背後から間宮が声を掛けてくる。我に返った詩凪は、身体の向きはそのまま、目線だけで振り返った。


「先程申し上げました通り、ご両親のご遺体は検死に回すよう手配いたしました。ですが、おそらく……」

「……誰かが、殺した?」


 間宮は顎を引いた。


「旦那様と霧沢様には、死因となった切り傷の他、誰かと揉み合った痕があるそうです。そして、部屋には侵入の形跡が。強盗殺人だろうというのが、警察の見解です」

「何か盗まれたの?」

「と言いますより……」


 間宮は言い淀んだ。訝しげに眉を寄せて身体も向き直った詩凪の様子を窺いながら、躊躇いがちに口を開く。

 何やら背中に隠し持っているのが気になった。


「本が一冊、ばらばらにされていました」

「本?」

「魔書です」


 そこまで聞いて、ようやく詩凪は書斎の中を紙が舞っていたのを思い出した。あれは本のページだったのだ。

 間宮は背中に隠し持っていた表紙を差し出した。詩凪は受け取ることはせず、金で箔押しされた横文字を読み上げる。


「〈ルルー異録(いろく)〉……」

「どういったものか、ご存じですね?」


 頷くこともせず、詩凪は表情を歪めた。自分でも顔色がさらに悪くなっているのが判る。知っているも何も、昨晩父との喧嘩の原因となった本なのだ。

 穂稀が殊更厳重に保管している本の正体がなんなのか、興味を持って書斎で流し読みしたのが昨日のこと。そこを父に見つかって叱られ、喧嘩して飛び出した。その後は、父のことだ、本をそのまま放置せずに、魔術の掛けられた特別な書棚にしまいこんだに違いないのだが……。


〈ルルー異録〉。

 それは、二百年ほど昔に存在していた()()()、フランスのルルーという町で起こった物語。


 昔、ルルーの町の長が、女の子を授かった。その娘は不思議な力を持っていた。何もないところで火を起こしたり、物を浮かせたり、枯れた木に花を咲かせたり。まさに魔女と呼べる所業をその娘は繰り返していた。

 両親が娘の力を受け入れ、きちんとしつけていたからだろうか、その娘が魔法の力を人に向けることはなかった。しかし、未知の力を操る娘に、町の住民たちは恐れを抱いていた。


 娘が十になったある日、両親が亡くなった。出掛けた両親の乗った馬が突如暴れ出し、二人を振り落として踏みつけたのだという。

 事故なのか、あるいは町の住民の仕業だったのか、それは()()にも分からなかった。けれど、娘はそう考えたらしい。両親だけでなく、自分の居場所も奪われてはたまらない、と幼くして町長の立場に就いた。そして、自らの魔法の力を振るい、町人を恐怖で縛り付けた。

 だが、それも長くは続かない。娘は一人。町人は数千に及んだ。大人が徒党を組み、町長の屋敷に雪崩れ込めば……その小さな命は呆気なく失われてしまったのだ。


 さて、その魔女の娘には、弟が一人いた。仲の良い姉弟で、両親を喪ってから弟は姉に依存していた。しかし、ある日突然町人たちによって姉を奪われ、弟は頼れる人を失った。

 弟は、姉のように不思議な力を見せていなかった。町人はそんな弟を殺しこそしなかったが、屋敷の奥に閉じ込めた。


 姉を恋しがった少年は、暗闇の奥底でもう一度姉に会いたいと願った。そのために自らも魔術に手を出した。姉を見ていたこともあるのだろう、スポンジのように知識を吸収し、力を手にした少年は、町の住民を使って実験をはじめた。

 ある男の身体の一部を別の物ににすげ替えて、

 ある女の影を切り取った。

 ある兄弟の身体を合わせて一つにし、

 ある姉妹の魂を抜き取って入れ替えた。

 他にも語るのも恐ろしい数々の実験を繰り返し、少年は遂に姉を甦らせることに成功した。

 地獄から呼び戻した姉の魂を、人間の身体を寄せ集めて作った歪な人形の中に封じ込めて。


 その頃にはもう、町にまともな人間は一人もいなかった。町は少年の実験の産物が残るだけの、魔窟と化していた。

 その化け物ばかりの町で、少年は姉との蜜月を過ごし――。

 数年後、全てを失うことを決意した。


 成長した筆者(おとうと)は、世の理を失った魔窟をこの世界から切り放さんとやって来た魔術師に自らの手記を託し、愛しい姉と共に自らの運命を受け入れる。


 それが、世界から切り放され、世界から存在を忘れられたルルーという町の、唯一の存在証明に記載された顛末だ。


 その本が、ばらばらになったという。


 それだけではありません、と間宮は言った。


「ページは、庭を含めた邸内の何処にも、一枚もありませんでした」

「じゃあ、全部外に行ったの?」


 そういえばあのとき書斎の窓が開いていたことを思い出した。どうにも自然発生のものには思えなかったが、あれだけの風が吹いていたのだ、ばらばらになったページが外に出ていってもおかしくはない。


「魔書は、魔術を封じ込めるものであると同時に、再現するものです。そして魔書は、記載された内容を再現されることを望みます」


 もうお分かりですね、と間宮は平坦な声で詩凪に問う。

 言われずとも、詩凪は事態を正しく理解していた。


「……魔書を、直さなきゃ。ページを集めて、それで……!」


 あまりの事態に気が昂ったのは一瞬。

 冬枯れた風を浴びた少女は、その寒さに身を震わせて縮こまった。己の身体を抱きしめ、地面に視線を落とす。


「…………できるかな」


 ポツリ、と落とした言葉を掻き消すように、かさかさ、と枯れ葉が白い石造りの小道を走っていった。その視線を追った先にあるのは我が家。風から詩凪を守ってくれる邸はまだあるが、そこはもう暖かい場所ではない。

 孤独が身に染みる。それだけで、心が折れそうになる。


「ページを全部集めるなんてこと、私にできるのかな? 何処に行ったのかも分からないのに」


 叱りつつも教えてくれる父も、励まし助けてくれる母も、もういない。誰も詩凪を助けてくれないのだ。

 詩凪一人で全てどうにかしなければいけない、という事実が重くのしかかる。まだ十五なのに。ルリユールとしての技術もまだまだで、つい昨日まで父様に叱られていた。そんな自分が何処まで飛んで行ったかわからない魔書のページを集めて、引き起こす怪奇現象を封じ込めるなんて、そんな大変なこととても無理――。


「できるよ」


 思わぬところから掛けられた第三の声に、詩凪は顔をあげる。

 詩凪の背後、家の門に通じる側に柾が立っていた。

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