おそうじ
お粥を食べてお腹が膨れたら、さっそくお仕事に取り掛かることにする。ルーナは言った。
「さっきので軟膏がなくなったからね。掃除を終えたら、軟膏を作って、夕方に市に行こう」
「軟膏を売るの?」
「そう。後はお守り。それも作って売る」
「おまもり!」
おまもりって、色んなものから助けてくれるものって聞いたことがある。ルーナはおまもりを作れるんだ! すごいな!
「ルーナ、わたしにも作れるかな、おまもり。わたしも、作ってみたいの!」
「もちろんだとも。一緒に、作ろう」
「やったぁ!」
まずはお掃除! 小さな部屋だから簡単に済んじゃう。ベッドを空にして、おひさまの当たる場所に干して、塵を払って、固く絞った雑巾で水拭きをする。
お掃除用具を洗ったらそれも干して、ピカピカで気持ちいい。お洗濯もしちゃおう。
わたしは服を少ししか持ってないけど、それも置いてきちゃったから、今はこの一枚きりしかない。夕方洗って、干して寝れば乾くかなぁ?
途中から床にぐったりして寝ていたルーナに「洗濯物あったら出して」と言ったら、「今着ている服と下着しかないから大丈夫」って言われた。
「なら、今着てるのぜんぶ脱いで、ルーナ」
「えっ!? いや、いやいやいいよ、私のは。本当に大丈夫。ぜったい」
「ついでだから!」
「あああああ……」
私はルーナの服を引っ張って脱がした。お日様の下で見ると、ルーナの体は血の気がなくて真っ白だ。お肌がひび割れてて痛そう。でも、昨日の夜見たときよりマシになってる、のかな。
「アウロラこそ、水浴びして着替えるといい。今、服を出すから……」
「でも、わたし着替えがないの。だから、夕方洗うからいいよ」
「そういうわけにはいかないよ」
そう言うとルーナは壁にある両開きの扉を開いた。戸棚だと思っていたそれは、なんと、別の部屋に続くドアだった。
「なにこれ……すごい……」
ひと部屋しかない家なんだと思っていたのは間違いだった。ベッドが置いてある部屋より、ほんの少し小さなこの部屋は、真ん中に大きな釜と周りにはたくさんの瓶、棚、引き出し。天井からは色んなものがぶら下がってる。薬草? 乾燥させた植物がたくさん。
「どこかな……。ええと、たぶんこの……これだ。このチュニカがちょうどいいはずだから」
「わぁ!」
ルーナがすぐ横の引き出しをゴソゴソと探して出してくれたのは、ヒラヒラがたくさんついた、薄桃色のツルツルしたチュニカ! 大人用だけど、わたしが着たらワンピースの代わりになりそうだ。
「この紐もベルトになるだろうし。下着はコレ。大きさはきっと大丈夫だから」
「ありがとう、ルーナ! 綺麗に着て、後で返します!」
「うん。あなたの服も買いに行こう。夕方の市では、少し、見つけにくいかもしれないが」
「ええっ!? そ、そんな、わたしの服なんて……」
「そういうわけにはいかないよ」
新しい服を着込みながらルーナは笑った。
父さんの家にわたしの服を取りに行くことはできない、と思う。けど、わたしのために服を買ったら、お金がかかってしまう。うつむくわたしの頭に、ルーナの手が置かれる。
「大丈夫だ。そのぶん、アウロラが一緒に薬を売ってくれるんだろう?」
見上げると、優しく笑うルーナと目が合った。わたしは嬉しくなって、ルーナに抱きついた。
「うん! わたし、がんばる!」
「そうだね、一緒に頑張ろう」
「うん! 身体洗って、着替えてくる!」
「ちゃんと拭くものも持っていくんだよ」
「はーい!」
井戸の周りにはもう人がたくさんいて、洗濯物をタライでジャブジャブやっていた。わたしは並んで順番を待つ。すると、話しかけてくる人がいた。
「おや、アンタさっきの。あの家に住むのかい? 化け物のいるところだよ、取って食われるよ」
洗濯を終えて、カゴを持ったおばさんが、わたしを見て怖い顔をしていた。ちょっとムッとしたけど、二回目だもの、わたしだって今度はなんて言えばいいかわかってる。
「ルーナは化け物なんかじゃないよ。あの骨はただの被り物で、中身はちゃんと人間だもの」
「そうだったのかい? ずっとあの頭だから、あれが素顔だと思ってたよ!」
やっぱりね。おばさんはすごく驚いていた。
おばさんの側にいた二人のおばさんも寄ってきて、おしゃべりを始める。
「ほら〜、やっぱり人間だったじゃないのよ」
「そんなこと言ったって、夕方にならなきゃ出てこないし、変な臭いのする煙出してるしさぁ!」
「時々うなり声もするし……」
「何日も見ないときもあるよ。中で死んでんのかと思ったよね、あのときは」
「腐った匂いがしてたもん!」
ルーナ……いったい、どういう生活をしてるの……。
今まで追い出されなかったのが不思議なくらい、評判が悪い。のっぽみたいな怖い人たちも出入りしている家だもんね。
でもこれは、誤解を解くチャンスかもしれない!
「ルーナは体力がないだけだよ。さっきまでお掃除してたけど、小さい部屋なのにすぐ動けなくなっちゃったの。変な匂いはきっと薬だよ! あのね、今日はこれから軟膏を作るんだって! おまもりも作るんだって!」
わたしの言葉に三人のおばさんたちはピタリとおしゃべりをやめた。そして、わたしに笑顔を向けた。
「そうだったのかい。知らなかったからさ、アンタが無理やり連れてこられた可哀想な子かと思ったのさ。ルーナって言うんだね、あの骨の中身は」
「うん。まじないや、って呼ばれてた」
「なるほどね。で、アンタのなまえは?」
「アウロラ。ルーナにつけてもらったの」
「いいなまえじゃないか。アタシはランペッタ、コッチはオルガにピアニー。よろしく」
「よろしくね、アウロラ」
「困ったときはいつでもおいで」
「ありがとうございます!」
わたしは嬉しくなって笑った。
「洗い終えたらあのロープの空いたところにぶら下げておきなよ。じゃあね」
「はーい」
干す場所も教えてもらえた! 助かるなぁ。わたしはまず自分の体を洗って拭いて着替えてから洗濯を始めた。量が少ないから楽チン!
ひと仕事終えて空を見上げると、すごくいい天気だ。よく晴れてる。
「気持ちいい~」
青空の下に風が優しく吹いていた。