のっぽの来襲
入口のドアは、昨日から壊れていたんだった。ただ立て掛けておいただけの木のドアを、誰かが押して倒したんだ。
外から頭を入れてきたのは、昨日の背の高い方の男だった。わたしは慌ててルーナにしがみつく。
「わりぃな。脅かすつもりはなかったんだ」
はげの背高のっぽはそう言うけど、絶対に嘘だと思う。きっとまた、ルーナの家を壊しに来たんだ!
「薬、か?」
「ああ。昨日は結局、受け取らずに帰っちまったからな。あと、壊したドアも直しておいてやるよ」
「助かる」
ルーナはそう言うと、戸棚の方へ行った。のっぽはドアをいじっている。わたしはのっぽを見張ることにした。この人は、信用できない!
「なんだ? 大工仕事に興味があるのか?」
のっぽは腰のポーチに自分の道具を入れて持ってきていた。それで壊れたドアの金具を取り外して、代わりの金具を付けていく。てきぱきと作業をして、ドアはすぐに元通りになった。
「ありがとう、カイ。薬だ」
「ああ、まだいい。水瓶がほぼ空だから汲んでくる。おいチビ、手伝え」
え。チビって、わたしのこと?
聞き返す間もなく、のっぽはわたしにタワシを押しつけてきた。それから手桶も。のっぽは玄関の脇にある、わたしがすっぽり入れそうな大きさの水瓶をゴロゴロ転がしていく。
ついていくと、少し離れた場所に井戸があった。初めて来たけど、ここのあたり、こうなってたんだ。
取っ手を押すと丸い口から水がピューッと出てくる、よく見かけるタイプの井戸。水を貯められる場所がぐるりと丸く作られていて、みんなそこでお洗濯をするのだ。
それとは別に、動物が水を飲めるようになっている部分があって、そこには人間用の柄杓もある。
のっぽはお洗濯を終えておしゃべりしているおばさんたちに声をかけて、お洗濯用の水溜め場のフチに水瓶を傾けた。
「チビ、この中洗え」
……チビじゃないもん。
確かに小さいけど、わたしにはもう、ルーナがつけてくれた素敵ななまえがあるんだもん。
不満だったけれど、文句は言えなかった。怖いから。わたしは言われるままに、水瓶の中に入ってタワシで底をこすった。
「どうだ、きれいになったか?」
「はい」
「じゃあ、流すから出ろ」
のっぽは鼻歌交じりに水瓶を洗い始めた。怒鳴らないし、暴れないし、昨日とはまるで別人みたい。大きいから怖いけど……。
「よし、いいぞ。今から水を汲んで帰る。忘れ物するなよ」
のっぽはそう言って、お水を桶に汲んで水瓶に移していく。半分以上になるまで入れると、のっぽはルーナの家まで水瓶を持って帰った。
ルーナの家では、ルーナがストーブの上でお粥を作って待っていた。
「おかえりなさい。朝食だが、カイも、食べていくか?」
「いや、せっかくだがオレはもう食べてきた。薬だけ貰っていくぜ」
「そうか」
のっぽはルーナから小さなガラス瓶を受け取ると、代わりにポケットから小さな袋を取り出してルーナに渡した。ルーナはテーブルの上にそれを広げて、枚数を数えた。
……金貨だ!
とても小さな瓶なのに、それが金貨三枚になるなんて! わたし、こんなに近くで金貨を見たことない。ルーナ、後でもっとよく見せてくれるかなぁ。
「本当なら、お前が兄貴の下に出向くのが筋なんだぜ」
「……わかっている。呼ばれれば今回もそうした」
「まあ、そうだろうな。今日のところは壊れた物の修理と確認も兼ねてのアレだ。次はまた呼びにくる」
「わかった」
「兄貴に言伝は」
「……特に、ない」
「そうか。じゃあな」
のっぽはわたしたちに背中を向けて、直ったばかりのドアから出ていく。でも、その途中で立ち止まった。
「そうだ、忘れてた。軟膏が余ってたらくれ」
「半銀貨一枚だ」
「それでいい。……というか、いつも思うが安すぎるぞ、ソレ」
「いいんだ。本当は、これでもまだ高いくらい。値が張ると、庶民の手には届かない」
「届ける必要なんざ、ねぇと思うがねぇ」
のっぽは呆れたように言って、自分のはげ頭をペシリと叩いた。
バカにしたように言うなんてひどい! ルーナはきっと、いいことをしているのに!
「ま、オレにゃ関係ない話だ。じゃあな、まじない屋!」
そう言って、今度こそのっぽはルーナの家を出て行った。昨日とは違って、ちゃんとドアも閉めていく。もしかするとだけど、本当は優しいひとなのかもしれないと思った。
「ルーナ、あのひとは?」
「ああ、カイはレインの部下だ。今日はレインのための薬を買いに来たんだが……」
「?」
「たぶん、壊れたドアを直すために、レインが寄越したんだと思う。私ひとりでは直せないからね」
「よく、わかんない」
レインっていうのは確か、昨日やってきた怖い人のことだ。ルーナになまえをくれた人。ルーナがお金を払わなくちゃいけない相手で、のっぽよりもえらい人。
本当はルーナが行かなくちゃいけないのに、ルーナは行かなくてよくて、代わりにのっぽが薬を買いに来てた。でも、ドアを直すために来たの? どうして? なんのために?
「わからなくてもいいよ。今は。それより、朝ごはんにしよう、アウロラ」
「はい!」
わたしは大きな声で返事をした。
なまえを呼ばれるのって、嬉しいな。