表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜と盗人  作者: 天界音楽
16/19

ルーナとレイン

「ん……。あ、あー。どうだろう、少しはマシな声になったろうか」


 喉にいいという例の臭〜いお茶を飲んで、ルーナが言う。ひびわれていた声は、今は落ち着いている。


「良くなったよ。これで喉の痛いのがなくなるなら、ずっとお茶を飲んだらいいのに」

「そうだな……。けど、この効果は一時的だから」

「一時的でもいいじゃない? ルーナがつらくないなら、その方がいいよ」


 私が言うと、ルーナは少しくすぐったそうに笑った。


「実は、葉の薬効だけじゃないんだ。カイがくれた蜂蜜のおかげが大きいのだと思う。まさか贈り物としてくれるとは思わなかったが」

「わたしは、ルーナがお茶じゃなくて別の薬に入れようとするのが信じられなかったよ」

「それは……、蜂蜜の薬効が優れているからであって……」

「せっかくカイが、まずそうなお茶だからってわけてくれたのに!」

「……言葉は正確に使うものだよ、アウロラ。カイは不味そうだ、ではなく、苦そうだと言ったんだ」


 どっちでも同じじゃないかなぁ。そう思いながらルーナを見ると、ルーナはそそくさとお茶を片付けて奥の部屋のドアを開いた。


「そろそろ詰め終えた薬を取りにレインが来る頃だ。……ちょっと着替えておこうかな」

「ふぅん?」


 今夜のルーナは余ったクリームを体にすりこんでいるし、余った髪油も使っていて黒髪がツヤツヤしている。お茶もたくさん飲んで喉の調子もいい。


 今日のルーナは今まで見た中で一番綺麗だ。いつもはクローゼットにしまってある、あの素敵な服を着たら、きっともっと綺麗になるんだろうな。


 ルーナを待っていると、外からドアを叩く音が聞こえてきた。レインたちがもう来たんだ。ドアを開けようとして、一回立ち止まる。そうだ、ちゃんと相手を確認しないといけないんだった。


「どなたですか?」

「オレだよ、カイだ。兄貴が直接来てくださったぞ、ドアを開けてもいいか?」

「わかった。ルーナがいいか聞いてくるね」

「早く頼むぜ」


 いつもなら何も言わずに開けるのに、今夜のカイはすごくお行儀がいい。部屋の奥を振り返ると、ちょうど着替えたルーナが出てきたところだった。


「ルーナ、来たよ」

「ありがとう。私が開けよう」


 ツヤツヤの黒いローブ姿のルーナは、首からキラキラ光るお守りを下げていた。唇は赤く塗られていて、通り過ぎるといい匂いがした。


 こんなにオシャレしているのはもしかして、レインのため? もしかしてルーナは、あの男のことが、好きなんだろうか……。


 胸がぎゅうっと締めつけられる。こんな綺麗なルーナを見たら、あの怖い顔のレインだって普通じゃいられない。今度こそルーナを捕まえて、閉じ込めてしまうかもしれない!


 でも、そんな心配はいらなかった。レインはオシャレをしたルーナを見ても、顔色ひとつ変えなかった。いつも目を覆っている薄い色付きのガラスも、今日はかけていなかったのに。


 レインはルーナの薬と髪油をひとつ開けて確かめて、それをカイともうひとりのおじさんに運ばせた。


「確かに品物は受け取った。代金は用意しておく、明日、取りに来い」

「わかった。次の薬が出来上がったら、またカイを通して連絡するということで良いだろうか」

「ああ。期待しているぜ」


 ふたりの会話は仕事のためのことばかりで、ちっとも楽しそうじゃない。レインはお茶も飲まずに帰ってしまった。わたしは、ルーナが落ち込んでいるんじゃないかと思ったけれど、何て言葉をかけたらいいかわからなかった。チラチラ様子を窺ってみるけれど、何もわからない。


 ルーナはお守りを外して寝間着に着替えると、顔を洗ってベッドに戻ってきた。


「さぁ、もう(やす)もう。おやすみ、アウロラ」

「おやすみなさい、ルーナ」


 寝る前の挨拶をしたけれど、わたしはすぐに眠れなかった。ルーナも同じなのが、呼吸でわかる。ねぇ、ルーナは、レインが好きなの? わたしたちにとっては、敵みたいな男なのに?


 言えない言葉が降り積もる。ルーナのことをもっと知りたいと思ったばかりのに、こんなことなら、知りたくない。あんなひどい男を好きになる気持ちなんて、わからなくていい。


「アウロラ……まだ、起きているか?」

「うん……」

「明日、レインの屋敷に行くんだが……。また、この前のように勉強を見てもらうのはどうだろう。カイからも誘われていただろう? 同じ年の子どもたちと一緒に学ぶのは、アウロラのためになると」


 わたしはわざと返事をしなかった。ルーナが戸惑っているのがわかったけれど、知らないふりをした。


 わたしが勉強している間、ルーナはレインと一緒にいたいんだ。そう思うと悲しくて、悔しかった。


「ルーナは、レインのことが好きなの?」

「えっ!」


 わたしはルーナの方に向き直った。暗がりの中、ルーナの顔はよく見えなかったけれど、慌てているのがわかる。しばらくモゾモゾ動いていたルーナは、動きを止めて小さな声で答えてくれた。


「あれは、私の勝手な、想いだから……」


 自分ことを「災いを呼ぶ」と言って、この街からいつか離れるつもりでいるのに、ルーナはレインのことが好きなんだね。でも、打ち明けるつもりは、ないんだ。黙って行ってしまうつもりなんだ。


 どっちがいいんだろう。

 想いを打ち明けるのか、黙っているのか。どっちが幸せになれる? どっちが正しいの?


 わたしには、わからなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ