あたたかい夕餉
薬草を持って帰ったルーナは、すぐにかごの中身を空けて種類ごとに分けてチェックして、丁寧に拭いて束にして、小部屋の天井に干していった。
「すぐ乾くかな」
「さぁ。天気次第だ」
ルーナはわたしが拾ってきた、咳に効く葉っぱを小さく刻みながら言う。
「ルーナ、それ何になるの?」
「せっかくアウロラが採ってきてくれたのだから、煎じて茶にしてみようと思ってな」
「そうなの? なら、拾うんじゃなくて直接枝からむしってくれば良かったなぁ」
「いいんだよ、拾ってきた葉でも。綺麗に洗ったんだから」
ルーナが作業するのを眺めていたら、カイがやってきた。いつも通り、いきなりドアを開けて。
「来たぜ〜って、クサッ! なんだこの臭いは!」
「カイ、いらっしゃい。これは煎じ薬だよ。咳止めに効く」
「げっほ! いや、無理だろ! 今まさに喉がやられるわ!」
「それを言うなら鼻だろう」
咳き込むカイにルーナが冷静に言う。やっぱり、ひどい臭いだよねぇ? わたしもそう思ってたよ。
「そんなモンよりメシ作れよ! もうそろそろ良い時間だろ」
「わかった、では、続きは向こうでやろう」
ルーナはお鍋を手に奥に引っ込んでいった。カイは持ってきた袋から布に包まれたお肉を取り出すと、上機嫌で準備を始める。
「チビ助、今日はどこに行ってたんだ?」
「薬草摘みに連れて行ってもらったの」
「へぇ、いいじゃねぇか。自分で草の見分けがつくなら、自分で採ってきたほうがカネがかからずにいいやな。まじない屋がカネに執着してねぇのは知ってるが、オレに言わせりゃ勿体なさすぎる」
「そうなの?」
「もしかして、わざと貧乏な暮らしをしてんのかもしれねぇなぁ。たまにいるんだよ、目立ちたくないっていう、変わったヤツ。まぁ、まじない屋はもう兄貴に捕まっちまってっから、関係ねーけど」
「レイン! ねぇ、それ、どういう意味?」
まな板の上で、野菜がスコンと音を立てた。カイは手を止めずに続けた。
「まじない屋は本物の魔法使いだからなぁ。お前、見たことあるか? あれはすげぇぜ」
わたしは首を横に振った。この世界には、すべての法則を超えた魔法という力があることはルーナが教えてくれたけど、ルーナが魔法を使うところなんて、見たことない。ちょっとだけ胸がちくっとした。
「もしかしてもう、本物はアイツだけしかいないんじゃねぇか? この目で見るまで、ガキに聞かせるおとぎ話の類だと思ってたよ、正直。いやぁ、いる所にはいるんだよなぁ。あ、そんな顔すんなよ、お前もそのうち見られるって」
「そうじゃない……」
「へ?」
「ルーナが、捕まったって、どういう意味なの? ルーナとレインはどういう関係なの?」
「そりゃ……」
「カイ、鍋が焦げ臭いぞ」
「うおっ、やべっ!」
後ろからの声に、カイは慌てて火加減を調節した。いつの間にかルーナが立っていた。まるで、言われたくないことでもあるみたい。
わたしはじっとルーナを見た。
「なんだい、アウロラ」
「さっきの話……」
「ああ……。そうだ、私は本物の魔法使いだよ。おいそれと見せるわけにはいかないが……」
「そこじゃなくて、レインに捕まったって。どういうこと? お金を借りてるだけじゃなかったの?」
ルーナはゆっくり首を横に振った。それがどういう意味なのかわからずに、わたしはルーナの言葉を待つ。
「……この街へ逃げてきた私を拾ってくれたのがレインだった。私は彼と契約をした。それが果たされるまではこの街を離れない、と。カイはおそらく、そのことを言いたいのだと思う」
「そうなの? じゃあ、ひどいことされるわけじゃないのね」
「ああ。レインは私の力が欲しいのだろう。だが……私の存在は災いを招く。何とか穏便に出ていく方法を考えなくてはならないな」
ルーナの言葉にドキッとした。災いを招く……。ルーナの見た目は確かに怖いけど、ルーナが悪いことをするなんて信じられない。だから、何か悪いことが起こるとしても、それはルーナがやりたくて起こすことじゃないはずだ。
でも、それよりもっと気になるのは、街を離れるっていう部分だよ。前にもルーナは、わたしを「一人で生きていけるようにする」って言ってたけど、街を出ていくとき、わたしのことも連れて行ってくれるよね……?
わたし、ルーナのこと、もっと知りたい。だって、ルーナのことまだ何も知らない気がする。よく知らないから、不安になるんだ、きっと。
「ルーナ、もっと色んなこと教えて。魔法のことも、たくさん」
「ああ、もちろんだとも」
「おいおい、それは良いけど、オレの前で兄貴に言えなさそうなハナシすんのはやめてくれよな。オレが誰の下についてんのか忘れてんのか、もしかして」
「あっ」
「あ……」
「おいおい」
カイは大きくため息をついて、自分のおでこをペシンと叩いた。
「ホント、心配だわ、お前らのこと」
わたしとルーナは顔を見合わせて笑った。




