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竜と盗人  作者: 天界音楽
13/19

カイっていいひと

 カイが教えてくれたのは計算だった。それも、実際にお金を使ってのやり方で。カイの財布の中身は偏っていた。かろうじて全種類揃っていたから教わることはできたけど、課題をするには難しくて、問題を出すカイのほうが頭を抱えていた。


「マジか〜、もうこれ以上なんも出ねぇよ」

「わたしもまだ完璧に覚えたわけじゃないよ。だからもう一回問題出して」

「え〜〜〜!?」

「カイ! お願い!」


 教室と呼ばれる部屋の中、わたしとカイは他の子たちに混じっていたけれど、奇妙なものを見る視線をヒシヒシと感じていた。腫れ物に触るような、そんな空気だ。わたしはそれに気づかないふりをして、カイに次の課題をねだる。


 うめき声を上げるカイを見かねたのか、先生がやってきてわたしに言った。


「計算もいいけれど、せっかくだから数の形も覚えましょうか。そうすれば、目の前にお金がなくても計算できるようになるわ」


 先生はそう言って優しく笑った。教室に先生はこのおばさんひとりで、教室の中を歩き回ってのグループの勉強の様子を見ていたのだけれど、わたしのために立ち止まって、ゆっくり教えてくれた。


 そのせいでもっと視線が痛い。大きい子が小さい子の面倒を見ながら勉強しているのに、後から来たわたしが特別扱いされるのは、面白くないんだろうな。


「お前、頭いいよな、チビ助」

「……カイは、わたしの名前覚えられないくらい頭が悪いよね」

「おっ、言うじゃん!」


 怒るかと思ったら、カイは大きく口を開けて笑った。大騒ぎになって追い出されたら、ルーナのところに帰れると思ったのに。


 わたしは居心地の悪い空気の中で、先生に文字と数字を教わって、長い時間の後でようやく解放された。


「よし、んじゃ、まじない屋んとこ帰るか」

「うん!」


 わたしは、ルーナにほめてもらいたかった。急いでルーナの部屋に行くと、半分開いたドアの中から話し声がした。


「幾らでも好きに作ればいい、俺は俺の欲しい量がもらえればそれで満足だ。残りをどう売ろうがそれはお前の勝手だ」

「……わかった。それが、条件なら」

「だが、そうだな。あまりにも大量に薬草が必要になると、値上げも検討しなくちゃならなくなる。何が出せる?」


 話しているのはレインとルーナだ。また、意地悪しようとしてるの?


「……困ったな。それでは逆に、手が出せない。申し出は嬉しいがやはり……」

「いや待て、それなら損金は俺が被る。だから軟膏と髪油を卸せ。できるな?」

「そんな、レイン……、いいのか……?」

「ああ。あんな条件を吹っ掛けた手前、完全に無理な状況に追い込むのは流石に不公平だ。そうだろう?」

「感謝する。レイン……ありがとう」


 だまされてる!

 ルーナ、それ絶対だまされてるよ!


 飛び出そうとしたわたしの体と口を、カイの手が抑える。


「むぐーー!」

「あ、こら」


 わたしのうなり声に気づいたのか、レインはベッドの側の椅子から立ち上がった。


「じゃあな、ルーナ。来月も必ず、俺のところに来い」

「え……わ、わかった……」

「むーーっ!」


 レインはわたしのことを見もしないで部屋から出て行った。むかつく!

 ルーナはどうしてあんなヤツの言うことを素直に聞いているんだろう。どう考えても罠なのに! レインは敵だ……!


 でも、そう言ってもルーナは困ったように笑うだけだった。それはいいとして、ルーナには聞いておかなくちゃいけないことがある。


「ルーナ、動ける? 帰れる?」

「大丈夫だ。帰れるよ。レインも、帰っていいと言っていた」

「よかった!」


 ルーナに抱きつくと、ルーナは抱きしめ返してくれる。


「……おかねのことは、どうなったの?」

「そんなこと、アウロラは気にしなくていいと言ったのに。薬を作って渡すという条件で、レインが支援してくれることになったんだ。だから大丈夫だよ」

「薬、増やすの? わたしも手伝うね!」

「ありがとう、アウロラ」


 ルーナに頭を撫でられていると、舌打ちが聞こえた。カイだ。お行儀が悪いなぁ。さっきもそれで先生に叱られていたのに。


「ったく、聞いちゃいらんねぇぜ!」

「カイ?」


 どういうこと? わたしとルーナが顔を見合わせていると、カイは近くまで来てわたしたちを見下ろした。


「お前らに必要なのはまず、ちゃんとしたメシな! まじない屋はもちっとしっかりしろ。お前がフラフラしてっから、チビがいらねぇ心配することになるんだぜ」

「すまない……」

「オレに謝んな。ガキ引き取った以上、身の回りのことやら読み書きやら、他のガキと遊ばせてやるやら、考えなきゃいけねぇことはゴマンとあんだ。オレはこのままここにいりゃいいと思うが、それが嫌だってんならちゃんとしろ」

「ちょっとカイ! ルーナをいじめないで!」

「いじめてねぇよ。……オレはなぁ、母親が一人で店やってて、ガキの頃から妹や弟やの面倒を見てきてんだよ。だから、もう、ほっとけねぇつぅか……。とにかく! 今日からメシはオレが作ってやる」

「えっ!」

「お前も見て覚えろよ、チビ」

「チビじゃないもん!」

「へいへい」


 カイは笑ってわたしの髪の毛をグシャグシャにした。わたしは怒ってみせたけど、嫌な感じじゃない。やっぱり、カイはいいひとだ。


 ルーナはカイに頭を下げていた。三人で一緒にルーナの家に帰って、買ってきた料理を食べて、ルーナと一緒に眠った。今日は、ルーナはどこにも行かなかった。

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