カイっていいひと
カイが教えてくれたのは計算だった。それも、実際にお金を使ってのやり方で。カイの財布の中身は偏っていた。かろうじて全種類揃っていたから教わることはできたけど、課題をするには難しくて、問題を出すカイのほうが頭を抱えていた。
「マジか〜、もうこれ以上なんも出ねぇよ」
「わたしもまだ完璧に覚えたわけじゃないよ。だからもう一回問題出して」
「え〜〜〜!?」
「カイ! お願い!」
教室と呼ばれる部屋の中、わたしとカイは他の子たちに混じっていたけれど、奇妙なものを見る視線をヒシヒシと感じていた。腫れ物に触るような、そんな空気だ。わたしはそれに気づかないふりをして、カイに次の課題をねだる。
うめき声を上げるカイを見かねたのか、先生がやってきてわたしに言った。
「計算もいいけれど、せっかくだから数の形も覚えましょうか。そうすれば、目の前にお金がなくても計算できるようになるわ」
先生はそう言って優しく笑った。教室に先生はこのおばさんひとりで、教室の中を歩き回ってのグループの勉強の様子を見ていたのだけれど、わたしのために立ち止まって、ゆっくり教えてくれた。
そのせいでもっと視線が痛い。大きい子が小さい子の面倒を見ながら勉強しているのに、後から来たわたしが特別扱いされるのは、面白くないんだろうな。
「お前、頭いいよな、チビ助」
「……カイは、わたしの名前覚えられないくらい頭が悪いよね」
「おっ、言うじゃん!」
怒るかと思ったら、カイは大きく口を開けて笑った。大騒ぎになって追い出されたら、ルーナのところに帰れると思ったのに。
わたしは居心地の悪い空気の中で、先生に文字と数字を教わって、長い時間の後でようやく解放された。
「よし、んじゃ、まじない屋んとこ帰るか」
「うん!」
わたしは、ルーナにほめてもらいたかった。急いでルーナの部屋に行くと、半分開いたドアの中から話し声がした。
「幾らでも好きに作ればいい、俺は俺の欲しい量がもらえればそれで満足だ。残りをどう売ろうがそれはお前の勝手だ」
「……わかった。それが、条件なら」
「だが、そうだな。あまりにも大量に薬草が必要になると、値上げも検討しなくちゃならなくなる。何が出せる?」
話しているのはレインとルーナだ。また、意地悪しようとしてるの?
「……困ったな。それでは逆に、手が出せない。申し出は嬉しいがやはり……」
「いや待て、それなら損金は俺が被る。だから軟膏と髪油を卸せ。できるな?」
「そんな、レイン……、いいのか……?」
「ああ。あんな条件を吹っ掛けた手前、完全に無理な状況に追い込むのは流石に不公平だ。そうだろう?」
「感謝する。レイン……ありがとう」
だまされてる!
ルーナ、それ絶対だまされてるよ!
飛び出そうとしたわたしの体と口を、カイの手が抑える。
「むぐーー!」
「あ、こら」
わたしのうなり声に気づいたのか、レインはベッドの側の椅子から立ち上がった。
「じゃあな、ルーナ。来月も必ず、俺のところに来い」
「え……わ、わかった……」
「むーーっ!」
レインはわたしのことを見もしないで部屋から出て行った。むかつく!
ルーナはどうしてあんなヤツの言うことを素直に聞いているんだろう。どう考えても罠なのに! レインは敵だ……!
でも、そう言ってもルーナは困ったように笑うだけだった。それはいいとして、ルーナには聞いておかなくちゃいけないことがある。
「ルーナ、動ける? 帰れる?」
「大丈夫だ。帰れるよ。レインも、帰っていいと言っていた」
「よかった!」
ルーナに抱きつくと、ルーナは抱きしめ返してくれる。
「……おかねのことは、どうなったの?」
「そんなこと、アウロラは気にしなくていいと言ったのに。薬を作って渡すという条件で、レインが支援してくれることになったんだ。だから大丈夫だよ」
「薬、増やすの? わたしも手伝うね!」
「ありがとう、アウロラ」
ルーナに頭を撫でられていると、舌打ちが聞こえた。カイだ。お行儀が悪いなぁ。さっきもそれで先生に叱られていたのに。
「ったく、聞いちゃいらんねぇぜ!」
「カイ?」
どういうこと? わたしとルーナが顔を見合わせていると、カイは近くまで来てわたしたちを見下ろした。
「お前らに必要なのはまず、ちゃんとしたメシな! まじない屋はもちっとしっかりしろ。お前がフラフラしてっから、チビがいらねぇ心配することになるんだぜ」
「すまない……」
「オレに謝んな。ガキ引き取った以上、身の回りのことやら読み書きやら、他のガキと遊ばせてやるやら、考えなきゃいけねぇことはゴマンとあんだ。オレはこのままここにいりゃいいと思うが、それが嫌だってんならちゃんとしろ」
「ちょっとカイ! ルーナをいじめないで!」
「いじめてねぇよ。……オレはなぁ、母親が一人で店やってて、ガキの頃から妹や弟やの面倒を見てきてんだよ。だから、もう、ほっとけねぇつぅか……。とにかく! 今日からメシはオレが作ってやる」
「えっ!」
「お前も見て覚えろよ、チビ」
「チビじゃないもん!」
「へいへい」
カイは笑ってわたしの髪の毛をグシャグシャにした。わたしは怒ってみせたけど、嫌な感じじゃない。やっぱり、カイはいいひとだ。
ルーナはカイに頭を下げていた。三人で一緒にルーナの家に帰って、買ってきた料理を食べて、ルーナと一緒に眠った。今日は、ルーナはどこにも行かなかった。




