役に立てるなら
「アウロラ? どうした、何かされたのか!?」
「ルーナ……!」
のっぽがドアを開けた部屋には、ベッドに背中を預けて座っているルーナがいた。その顔にはガーゼが貼ってあって、首には包帯が巻かれていて、すごく痛々しい格好だった。家を出るときには、こんなじゃなかったのに!
わたしはルーナの足に取り縋って泣いた。朝起きたときから、ずっと不安だった。こわかった。きっとレインがルーナをこんな目にあわせたんだ! あのひとは、こわい……あんなやつ、大嫌い!
「アウロラ……」
「泣かせておけよ。具合は少しは良くなったのか。兄貴はチビを他のガキどもと同じ場所に放り込むつもりだぜ」
「何故だ。少し休んだら私はアウロラと家に戻るぞ。契約は成った。これ以上レインに迷惑をかけるわけにはいかない。……まぁ、借金がすでに迷惑なのではないかと言われると立場がないのだが」
「リターンが見込めるなら悪手じゃねぇさ。オレとしちゃ、ホントは、兄貴のためにアンタをここに閉じ込めとくのが正解なんだろうが」
「だめ!」
「まぁ、そうなるよなぁ」
のっぽはツルツルの頭を掻いて笑う。でも、嫌な感じじゃなかった。もしかして、のっぽはわたしの敵じゃないのかもしれない。……あの男が命令しなければ。
「カイ、手を貸してくれないか。アウロラと家に戻りたい」
「兄貴の許可が下りなきゃダメだぜ」
「私はずっとここにいるわけにはいかない。レインには借りがある、だが、それを返し終わればそのときは……」
「いや、そもそも借りとか以前に動けないだろアンタ。何もない場所ですっころんで立てもしなかったクセに」
「えっ? ルーナ?」
思わずルーナの顔を見上げると、ルーナは恥ずかしそうに目を逸らした。
「アイツにやられたんじゃないの?」
「レインに? まさか! レインはそんな男ではないよ」
「でも、でも、最初家に来たとき……」
今思い出しても体が震える。いきなり部屋に押し入ってきて、のっぽともうひとり、横に丸いひとを暴れさせたレイン。ルーナの服を掴んで無理やり立たせたり突き飛ばしたりしたこと、わたしは絶対、忘れない。
「あれは……彼も、仕事だったから……」
「仕事だったからって、どういうこと? 仕事なら、何をしてもいの? あんなことする仕事なんて、おかしいよ……!」
叫ぶわたしを、ルーナものっぽも困った顔で見ていた。わたしのこの感情は、怒りだ。本当なら、レインにぶつなくちゃいけないものだ。
でも、怖くて……。わたしはアイツが怖くて、アイツにはこんなこと言えない。だから、ルーナを困らせてしまった。わたしは……わたしは、卑怯だ。弱くて、ずるくて、ルーナに迷惑ばかりかけてしまう。
「ごめんなさい、ルーナ」
「いや、アウロラは悪くない。おかしいのは我々の方だ。帰ろう、アウロラ。もう少し休んだら、私も、動けるようになる……」
「ルーナ!」
「おっと」
倒れていくルーナを、のっぽが受け止める。ルーナが動けるのは、一日のうちだいたい半分くらいだから、どうしても途中で寝てしまうの。ちゃんとベッドに寝かしておいてあげるんだった。後悔の気持ちが水のように溜まっていく。
「おいおい、どうしたんだよ」
「魔力が……すまない、少し、動けなく……」
ルーナは説明の途中でグッタリしてしまった。のっぽが毛布をバサリとどけてルーナをベッドに寝かせたから、わたしが毛布をかけ直してあげた。
「大丈夫なのか、これ」
「しばらくしたら、起きてくるから大丈夫。いつものことだよ」
「これが、いつも? じゃあお前はその間どうしてるんだよ」
のっぽが眉毛をぐにゃっとさせながら聞いてくる。変なの。なんでそんなこと知りたいんだろう。
「家の掃除をしたり、色々だよ。でも、すぐに終わっちゃうの。だから、部屋でルーナが起きるのを待ってるの」
「待ってるの、って。どこへでも遊びに行きゃいいだろうが」
「……同じ年の子は嫌い。いつもわたしのこと除け者にして笑うんだもん。それにひとりで市場に行ったらいけないし、外の広場のおばちゃんたちはわたしに質問ばっかりするもん。だから外には行かない。それに、お守りは余ってるし、わたしにできることなんて、ないんだよ」
のっぽは、何も言わずに聞いていた。ルーナ以外のひとにむけて、こんなにしゃべったのは初めてかもしれない。それにのっぽは、カイは、わたしの言葉を途中で切ったりしなかった。
それどころか、わたしの頭にその大きな手を乗せて、ワシワシしてきた。びっくりして、まばたきの間だけ体がビクッとしたのは内緒。どうか気づかれていませんように。殴られるかもしれないなんて思ったこと、カイには知ってほしくなかった。
「よし、じゃあ、別館に行くか」
「えっ?」
「他のガキどもと一緒になって、遊んだり勉強したりして来い」
一瞬、何を言われているのかわからなかった。でも、頭がちゃんとその言葉の意味を飲み込んだとき、わたしは怒った。
「いやだっ! 絶対、いや!」
カイのバカ! いいひとだと思ったのに!
いったい何を聞いてたの!?
「まぁまぁ、落ち着けよ。まじない屋が目を覚ますまで、ここにいなきゃならないんだ、そうだろ? だったら、時間を有効活用しようぜ。こりゃ兄貴の受け売りだけどよ」
「やだ!」
「お前は別館に行って、メシ食って、遊んで、勉強するんだ。んで、ここに戻ってきたら、まじない屋は起きてて家に帰れる。これでどうよ」
「…………」
わたしはべつに、ルーナが目を覚ますまでここにいたってよかった。ひとりでだって、ずっと待ってられる。でも……。
「勉強したら、まじない屋の役に立てるかもしれないぜ」
「……行く」
カイの言葉がわたしを変えた。ルーナの役に立てるなら、わたしは何だってするって決めたの。だから、嫌なヤツに出会っても、きっと絶対、投げ出さない。




